第一陣
「敵の魔法に注意しろ!」
激を飛ばしながらヌーアが先陣を切る。
シルディエの命令により、特攻部隊であるヌーアが先陣を切ることとなったのだ。
その数はおよそ1万。
大軍と言えばとんでもない大軍だが、その軍勢が挑もうとしているのは30万の超大軍である。
「固まれ! 盾を上に構えろ!」
獣人族の中でも精鋭を集めた特攻部隊は、歩兵でありながらも下手な騎馬隊以上の速さを持っている。
しかし敵は正面に壁となる軍を配備し、射程圏内に入ると同時に魔法と矢を雨のごとくふらせてきた。
それに対してヌーアの特攻隊は一塊になって盾を上方に構えたまま突撃する。
繰り返すが、獣人族の身体能力は凄まじい。
フィナリアやシルディエのような特別な人物が相手となるとさすがに勝負にならないが、まともな人族が相手であればその身体能力だけで圧倒できるほどに。
そんな彼らにとって飛んでくる矢や魔法を防ぐ程度であれば盾を構えるだけで十分すぎる。
まともな人族であれば、矢はともかく魔法を受けた際の衝撃で盾ごと弾き飛ばされるが、獣人族の特攻隊の体力をもってすれば耐えることは十分に可能である。
そして僅かに削り取られながらも特攻部隊はエベルス軍の前衛に食らいついた。
「散れ!」
ヌーアがそう叫ぶと、それまで一本の槍のようだった特攻部隊が大きく広がった。
敵の中心めがけて突撃してもよかったのだが、今回ヌーアが預かった作戦の関係上その選択肢は取れなかった。
何よりそんなことをすればさすがの特攻隊も削り取られてしまう。
ゆえにヌーアは隊を横に広げて帝国軍と正面からぶつかった。
その先は一方的な展開となった。
「オルアアア!!」
ヌーアが手にした棍棒を振るうと、その威力に押されて帝国軍数名が弾き飛ばされる。
「セリャアアアア!!!」
ヌーアの傍らで特攻隊の一人が斧を振るう。
その斧が振るわれるたびに帝国兵の首が幾つも飛んでいる。
同様に広がった特攻部隊の面々も帝国軍を相手に圧倒している。
もとより圧倒的に違いすぎる身体能力に加え、特攻隊はもっとも被害が大きくなりやすい囮部隊の役目も兼ねている。
そのため特攻隊の兵士の練度はリスタコメントス軍の中でも群を抜いている。
元々圧倒的な能力と士気の差に加え、兵士の練度でさえ劣っている帝国軍はあっという間に表面の部隊を削り取られてしまう。
「ひ、ひいぃぃ」
「ば、ばけもの!」
そんな鬼神のごとき戦いぶりを見せるリスタコメントス特攻隊を前に、帝国軍はかつてテオローグ率いる悪魔族に蹂躙されたときのように腰が引けていた。
無論そんな状態の帝国軍が相手になるはずもなく、ヌーア達の攻撃はさらに苛烈さを増していった。
「ははは! 隊長、こいつらてんで大したことありませんぜ!」
「このまま一気に全滅させてしまいやしょう!」
ヌーアの両脇を走る二人がそんなことを口走る。
そんな二人をみて、ヌーアはしばし足を止めて戦場を見渡す。
自分と共に特攻隊の最前線を務めるこの二人は実直な性格をしている。
そのためこの二人の抱いている意見は特攻部隊全体の意見の総意であるとも考えられる。
そんな二人が攻撃的な意思をむき出しにしているなら、恐らく全体が似たり寄ったりの状態になっていることは間違いない。
であるなら、隊長である自分はしっかりと頭をひやして状況判断を下さなければならないとヌーアは視野を広げた。
すると、その目に信じがたい光景が飛び込んできた。
「放て!」
号令の元、エベルス軍の魔導師部隊から無数の魔法が特攻隊に降り注いだのだ。
「ッ、全員防げ!」
ヌーアの命令に、特攻隊全員が手に持っていた盾を構える。
特攻隊は現在帝国軍と乱戦模様を呈しており、魔法で攻撃を仕掛けるということは味方ごと巻き込むことが前提であるということでもある。
ヌーア達の視界の端で、腰を抜かしていただけの帝国兵が自軍の魔導師部隊の魔法によってその身を切り裂かれていた。
そしてその魔法の脅威は当然特攻隊にも襲い掛かる。
万全の状態であれば防げる一撃も、攻撃に夢中になっていた連中には届かず、あるいは気づいても帝国兵と切り結んでいる最中で間に合わずに、あちこちでヌーア隊の連中がその身を焼かれていた。
「隊長!」
「大丈夫か!?」
ヌーアの目の前にいた二人は何とか防御が間に合ったようだが、周囲には魔法に焼かれて負傷した味方があふれていた。
「…ッ!」
その光景にヌーアは歯噛みする。
サルラから聞いた話だと、エルリオット軍も獣人奴隷を隷属魔法でけしかけた末に同じことをしたと聞いていたが、まさか帝国軍が味方もろとも自分たちに攻撃を仕掛けてくるとは思わなかった。
「撤退するぞ!」
状況を見てからのヌーアの判断は早かった。
多少の負傷程度で怯む特攻隊ではないが、敵の魔導師部隊はおそらく幾度でも同じことをしてのける。
これ以上深入りすれば間違いなく激しく消耗することを強いられるだろう。
何より、目的はすでに果たした。
「退くのか?」
「同じことを言わせるな。すぐに伝達しろ」
ヌーアがそう言うと、一人の獣人が頷き遠吠えを上げる。
その遠吠えに応えるようにあちこちで同様の遠吠えが上がった。
「撤退するぞ! 敵に構うな!」
一度決まれば切り替えが早い特攻隊の連中が180度向きを変えて撤退していく。
これまで圧倒的な戦力で戦線を押し込んでいた特攻隊が撤退していくのを見て、帝国軍は色めき立った。
「や、奴ら退いていくぞ!」
「つ、追撃しろ! 一人も生きて返すな!」
色めき立った帝国軍に当てられるように部隊長らしき人物が騎馬隊を前に出して攻撃を命じる。
その数はおよそ2万。
つい先ほど味方を巻き込んだ魔導師部隊の攻撃のことなど忘れたかのように……と言うよりはそれを無理やり記憶の外に追い出すように帝国軍が撤退する特攻隊を追撃する。
「走れ! 本陣まで走り抜け!」
ヌーアの激に呼応するかのように特攻隊が脱兎のごとく逃げ去る。
しかし本来であれば下手な騎馬隊よりも速く動くことのできる彼らも、半数近くが先ほどの魔導師部隊の集中砲火を受けているため本来の動きを発揮することができない。
それでも必死の形相でヌーアに追走している。
騎馬隊も攻撃をしようと迫ってきているが、どうにも事態が急展開すぎるのか今ひとつ士気が上がっていない。
本来であれば絶好の追撃の好機であるはずなのだが、再び魔導師部隊の巻き添えを受けないかと気になっているように見える。
「走れ! 走れ!」
そんな中、ヌーア隊は真っ直ぐにアーモル平原を駆けぬける。
途中でいくつかの林を横切りながら。
「かかれ!」
帝国軍がその林を横切った時、林の中からそんな掛け声とともに獣人族の一団が襲撃をかけてきた。
「な!?」
追撃をかけていた帝国の騎馬隊が驚愕の声をあげる。
ヌーア隊に追撃をかけようと肉薄していた騎馬隊が、突然横から奇襲を受けたからである。
「ば、馬鹿な! いったいどこから!?」
「は、林に兵を潜ませていたのか!?」
突如林に潜んでいたリスタコメントス軍に奇襲を受けた騎馬隊は見事にそのわき腹を突かれた。
あらかじめシルディエが潜伏させていた奇襲用の兵士たちである。
シルディエはアーモル平原に付くや否や、最優先で兵士を林の中に隠すことを優先した。
奇襲とは相手の虚を突いてこそ効果のあるものであるため、なんとしてでもエベルス軍がアーモル平原に現れるまでに兵士を隠す必要があったからである。
……ふたを開けてみれば拍子抜けするほどに敵の進軍速度が遅かったので余裕をもって潜伏させることが出来たのだが。
「ヌーア隊反転! 負傷兵はそのまま本隊に合流しろ!」
その奇襲を確認したヌーアが特攻隊に反転するように指示を下す。
さすがにここまで逃げる時点で満身創痍の者もいるため、そういった者達は参戦させるつもりはない。
しかし魔導師部隊の卑劣な奇襲を正面から受け切った猛者はそのまま反転してヌーアに続く。
「ドオオオラアアアア!!!」
気合のこもった掛け声と共にヌーア隊が真正面から帝国軍の騎馬隊を真正面から打ち破る。
そこには先ほどまで帝国軍と激戦を交わしていた部隊とは思えないほどに激烈な猛攻だった。
こんな激しい用兵をしているからこそ、特攻隊の兵士たちは練度が高いのである。
「た、退却だ! 退却しろ!」
気が付けば囲い込まれていたエベルス軍の騎馬隊は、馬を反転させて唯一空いていた後方へと逃げ出した。
追撃があるかもしれないなどという思考は完全に抜け落ちており、最早助かれば何でもいいと言わんばかりの形相で逃げ出したのである。
「追うな! 目の前の敵だけ片付ければそれでいい!」
追撃を仕掛けようとした隊をヌーアが制する。
林から奇襲をかけた部隊も追い打ちをかけようとはしなかった。
「作戦通りだ。今戦っている騎馬隊を片付けたら撤退するぞ」
そう言って、ヌーアは隊をまとめ上げて目につく騎馬隊に標的を絞った。
完全に騎馬の突進を止められたエベルス軍は、追撃に用いた2万の騎馬隊の過半数を失うこととなった。
「何をやっておる貴様ら!!!!」
帰還した騎馬隊に対してエベルスは大いに憤慨していた。
否、その怒りは騎馬隊のみではなく、リスタコメントス軍にあっさり突破を許した前衛部隊にも向けられている。
「貴様ら! それでも誇り高き帝国軍か!? あのような野蛮人共にいいようにやられて逃げ帰ってくるなど!」
「え、エベルス将軍……」
攻め立てられている騎馬隊の隊長が言葉を濁す。
その態度に、エベルスは更なる怒りをあらわにする。
「大体なぜあの場で逃げ帰ってきた!? 兵の数そのものではお前たちの方が上であっただろうに、なぜ逃げ帰るような醜態をさらす!? お前たち一人が相手一人を殺せばこちらの勝ちであったろうに!!!」
明確な怒気を含めてエベルスは騎馬隊隊長にどなりつける。
そのエベルスの叱責に、隊長は言葉を返した。
「え、エベルス様。敵の軍はこちらの予想を上回る強敵です。騎馬隊の知らかをもってしても一兵一殺などとても不可能です。ましてあのように包囲されては……」
「黙れ! 言い訳など聞きたくもない!」
エベルスはそう言うと、自分の側近に声をかける。
「こやつの首をはねて全軍にさらせ。敵前で逃亡するような愚か者に待っている末路を、全軍に見せつけてやれ!」
「かしこまりました」
そう言うと、副官は何のためらいもなく騎馬隊の隊長の首を撥ね飛ばした。
「全軍に伝えよ! 明日、全軍を以てリスタコメントス軍を蹴散らす! 臆する者は容赦なく処断する!」
「ははぁ!」
エベルスの言葉に、側近全員が傅く。
その日の晩、エベルス軍内には斬首された騎馬隊の隊長とその配下たちの首がさらされることとなる。
明日行われる戦で、退いたものは同様の末路をたどるということを示すように。
「よくやってくれた」
帰還したヌーア隊に対し、シルディエは短く、しかし惜しみない賞賛を送った。
「……大将。目的はどの程度成功したんだ?」
「ほぼ完璧だ。恐らく敵は明日全軍を率いて攻撃を仕掛けてくる」
ヌーアが行った策は全てシルディエに指示されたものだった。
作戦内容は単純なもので、ヌーア隊が攻撃を仕掛けエベルス軍の前衛部隊と衝突し、しばし矛を交えた後に帝国軍を引き連れながら撤退。
撤退した帝国軍を林に潜ませていた部隊を用いて強襲し、エベルス軍の包囲して叩き潰し、撤退させるというものだった。
ヌーア隊を追ってきた騎馬隊は全滅させてもよかったのだが、力の差を示すには『皆殺し』よりも『制圧』の方が効率的であり、戦闘時間も短くて済むために味方の被害も出にくくなる。
自尊心の高いエベルス将軍にこれほど圧倒的な力の差を見せつければ間違いなく頭に血が上ることだろうと踏んでのことだ。
そしてもう一つは明日の作戦のために敵の騎馬隊の勢いを少しでも削り取っておくためである。
しかし作戦というのは言葉にしてしまえば簡単なものだが実行するには優秀な指揮官の存在が不可欠となる。
特に今回の作戦の場合、指揮官には常に頭に血を登らせることなく冷静に戦場を俯瞰できる能力を要求される。
ヌーア隊はその特性上、能力的に見ればもっともこの作戦を遂行するのにふさわしい部隊ではあったのだが、指揮官も兵士も血気盛んなため、冷静に行動し適切なタイミングを見抜けるかどうかに不安が残っていた。
シルディエにしても失敗する可能性は常に念頭に置いていたので、必要とあれば本陣そのものを動かす用意もしていた。
しかしふたを開けてみればヌーアは見事に冷静な判断を下し、これ以上ない戦果を上げてくれたのだ。
「それにしても、よくあんたが血気には知らなかったわね」
「俺だって元狩人だぞ。無茶と無謀の線引き位できる」
サルラの嫌味をあっさり流すヌーアだが、理屈の上ではそうでも元狩人と万の軍を率いることを同列視することなど普通に出来ることではない。
シルディエも薄々感じてはいたが、ヌーアは確かに兵士を束ねる将としての才を芽吹かせているのだ。
……もっとも、頭足らずなので全権を与えるわけにはいかないのだが。
「ヌーア隊は負傷兵が多いはず。明日の戦いは後方に詰めていて」
「ん? 俺たちが出張らなくてもいいのか?」
シルディエの言葉にヌーアが疑問符を浮かべる。
確かに特攻隊は獣人族の精鋭を集めた部隊ではある。
しかし、追い詰められているわけでもないのに疲弊の大きい部隊を使うような愚を犯すシルディエではなかった。
ヌーアに対し、シルディエは目つきを鋭くして口を開く。
「問題ないわ。あなたがお膳立てしてくれた今、後は私達本隊で片を付けることが出来る。とりあえず今はゆっくり休んで」
「……大将がそう言うなら安心だな。ま、何かあったら遠慮なくいってくれ。うちの隊は血気盛んな奴が多いからよ」
そう言って、ヌーアは自軍の野営地へ戻っていった。
「…化けましたね」
サルラの言葉に、シルディエはクスリと笑う。
「でも、彼は部隊を率いることはできても軍隊を率いることはできない」
「……ですが、部隊を率いることに関して言えば完全に私よりも上です」
悔しそうにも微笑ましそうにも思えるような口ぶりでそんなことを口にするサルラに対し、シルディエは頷く。
「ヌーア隊長は戦局を見れない代わりに戦場と向き合い続けているから、その分野であなたが勝てないのも当然。だから」
「私は戦局をみろ。ですね?」
そう答えるサルラに、シルディエは再度頷いた。
「エベルス軍の底は知れたわ。明日この戦いを終わらせる。本陣の指揮は任せたわよサルラ」
「承知しています。この大役を、必ず果たして見せます」
「お願い」
副官の解答に、シルディエは短くそう答えると、自分の天幕へと戻っていった。




