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動き出した者達2

 エベルス軍が動き出したという報告を受けてから10日後、シルディエ率いるリスタコメントス軍はアーモル平原に布陣していた。

 ドルガーの強襲があったために何時でも迎撃出来る用意を整えていたリスタコメントス軍は、トルデリシア帝国の国境付近に布陣していた。


「……布陣。間に合ってしまいましたね」


「……そうね」


 微妙な表情でそんなことを口にするサルラの隣でシルディエが同様に微妙な表情を浮かべたまま布陣が完成した自軍を眺める。

 

 ほぼ構想通りの布陣を組むことができたことは喜ばしい限りなのだが、その過程がシルディエに取って、と言うよりリスタコメントス軍にとってほぼ不本意なものだったのである。

 






 事は三日ほど前までさかのぼる。


「……遅い」


「遅いな」


「遅いですね」


 順にシルディエ、ヌーア、サルラがそんなことを口にしていた。

 三人は順に苛立ち、呆れ、戸惑いの感情を含めている。

 理由は……。


「どうやらドルガー将軍が軍を率いていないというのは間違いないようですね」


 サルラの言葉にその場にいる全員が頷く。

 遅いというのは帝国軍の行軍速度の事であり、それが予想以上に遅すぎるということである。


 ドルガーの一件があったためリスタコメントス軍は大急ぎで準備を整えて迎撃用意のために出撃したのだが、いざ予想される戦場に到着してみればエベルス軍はまだ国境さえ超えていなかったというありさまだったのだ。


 シルディエの進軍速度の基準は国境警備軍(通称辺境軍)の行軍速度を基準にしている。

 ドルガー軍であれば辺境軍よりもはるかに速く、帝国軍であればそれよりは遅いと言った感じで評価しているのだ。

 そのため、辺境軍の進軍速度であればこの地点に布陣して明日あたりに開戦になると計算していた。


 エベルス軍の進軍速度が予想より前後しても開戦の位置が多少ずれるだけなので問題ないのだが、エベルス軍の進軍速度は辺境軍の半分以下だった。

 前回戦ったドルガー軍が辺境軍の倍近い進軍速度だったためにリスタコメントス軍全体が焦り気味の行軍を行ったので完全に計算が狂ってしまったのだ。


 同じ帝国軍だというのに進軍速度が5倍近く違うというのはどんな冗談だとも思わなくもないが、これで相手にドルガー将軍がいないというのが確定的になった。


 行軍が遅くて得になることなど何もない。

 この鉄則すら知らない蒙昧が軍を率いているとなれば、なるほどエベルス将軍が率いていると考えるのが妥当だろう。


「……面倒な」


 しかし相手の行軍速度が遅すぎるせいでシルディエの計算も大きく狂ってしまった。

 現在リスタコメントス軍は大軍を迎え撃つのに恰好の街道に布陣している。

 予定ではこの街道を通ろうとしているエベルス軍を迎撃するつもりだったのだが、敵の進軍速度があまりにも遅すぎるせいで、今から布陣してしまえばそれに気付いた敵の進軍ルートが変わってしまいかねない。


 相手が戦の常識を無視しているので次の手が読めないというのは正直いたい。

 このままこの街道で待ち伏せしている中を正面から進軍してくるのか、あるいはこちらの布陣に合わせて進路を変える程度の知恵はあるのかをシルディエは測りかねていた。


「……軍を進める」


 考えた末、シルディエはそう口にした。


「進めるというと、どこまででしょうか?」


「関所前のアーモル平原にまで」


 30万の大軍となると相応に整備された関所を通る必要がある。

 元国境警備軍を率いていたシルディエから見てエベルス軍の現在位置から逆算して使う関所は一つ。

 

 アーモル平原はその関所の南部にある平原であり、エベルス軍は必ずそこを通らなければならなくなる。

 アーモル平原の後にどこへ向かうかは分からないが、その平原を通ることは決まっている。

 正直寡兵のこちらが戦うには有利な場所とは言えないが、進軍先が読めずに兵力を分断させるよりはずっとましである。


「分かりました。では、陣は敷かずに軍を北上させるようにします。それでよろしいでしょうか?」


「頼む。それと、アーモル平原の南端には林が点在している。そこに隠せるだけ兵士を隠せ」


「了解しました!」


 そう言うと軍議は終了した。

 本来なら想定していた戦場から外れた場合は地形の調査から始めなければならないのだが、シルディエが南の国境付近の地形に精通しているのでそのあたりの心配は全くない。

 逆を言えばそうでもなければシルディエ自身も国境付近で戦おうなどとはつゆほども思わなかっただろう。


 いかにエベルスが率いているとはいっても相手は魔導師を多く含んだ30万という大軍である。

 本来であれば正面から寡兵でぶつかるのは避けるべき相手なのだ。


 アーモル平原まではこの街道からおよそ三日。

 正直布陣が間に合うかどうかは分からないが、現状確実に全軍同士でぶつかれると断言できる地点がほかにないのだ。


「急ごう。恐らく布陣が間に合うかどうかは五分五分と言ったところだ」


「分かりました!」


 そう言って各部隊長が軍議を開いていた天幕から出る。

 こちらの布陣が間に合ってくれと、シルディエは祈るように行軍していた。

 







 そして今に至るというわけだ。


「…向こうはまだ出てきますね」


 リスタコメントス軍が布陣している反対側では、今もなお帝国軍があふれ出すかのように流れ出ている。

 移動中に叩くのは戦の常套手段ではあるが、国境を背にした状態であるエベルス軍を攻めるためには今のリスタコメントス軍では兵力が足りない。

 

 戦時中である今、関所にも相応の兵力を配置しているため、リスタコメントス軍がエベルス軍と戦うには最低でも関所からの援護が届かない程度の距離を取って戦わなければならない。

 となればリスタコメントス軍はエベルス軍の布陣が終わるのを黙ってみているしかないのだが……。


「遅い……」


 いら立ちを含んでシルディエはそう口にする。

 そう、遅いのである。

 エベルス軍はまるでこちらが攻撃してこないことを見抜いているかのようにのんびりと陣形を組んでいるのだ。

 

 いや、こちらが攻めてこないことを確信しているにしても陣形を組むのが遅すぎる。

 あれは単純に軍の練度が低すぎるのだ。


 戦いの玄人が動きを見ただけである程度相手の力量を把握できるように、シルディエも軍の動きを見るだけである程度軍の練度を把握できる。


 辺境軍に長く軍籍を置いていたシルディエの判断基準は当然辺境軍になる。

 そんなシルディエから見るとドルガー軍はその布陣の組み方ひとつ見るだけで底知れぬものを感じるほどの練度を感じたが、エベルス軍は無意味にダラダラと陣形を組んでいるように見える。


 正直、見ているこっちがイライラするほどに。

 将軍が急かせるだけでもっと早くなりそうなものだが、恐らくは布陣が完成するまでエベルスは豪華な料理に舌鼓を打っているつもりなのだろう。

 かつてシルディエと共にリスタコメントスへと攻め入った時のように。


「……本当にあちらはリスタコメントスを制圧するつもりがあるのでしょうか?」


 そのあまりに遅すぎる布陣の組み方にサルラがシルディエにそう問いかける。

 

「少なくとも、エベルス将軍はそう言う心積もりがあったからここへ来たのでしょう。彼なりの勝算を元にして、ね」


「…そういうものですか?」


 心底わからないとサルラはそんなことを口にする。

 無理もないとシルディエも思った。

 

 リスタコメントス軍を束ねてきたのはあのフィナリア・ノーストンであり、これまで戦ってきた相手はエルリオット軍や自分の率いた辺境軍、そして帝国最強のドルガー軍なのだ。


 リスタコメントス軍は、良くも悪くも優秀な指揮官の元で上質な戦闘を経験し続けている。

 本来であれば戦において彼らは素人だが、そんな良質な経験の元に文字通り一つの軍隊として成立している。


 そんな彼らに腐敗した帝国貴族のことなど分かるはずもないし、シルディエにしてもわざわざ教えようとは思わなかった。

 

「第一陣の用意はできている?」


「はい。いつでもいけます」


「行儀よく敵の布陣が完成するのを待つ必要はないわ。関所から帝国軍が大方で切ったら第一陣を動かす。用意をしておいて」


「分かりました!」


 サルラの返答を聞き、シルディエは再び戦場を眺める。

 始まった時に、一瞬で片をつけるために。








「ふん。リスタコメントスの野人どもは攻め込んでくる勇気もないと見えるな」


 自分用に用意した馬車の中で食事を取りながらエベルスは報告を聞いていた。

 リスタコメントス軍は関所からギリギリ目視できる位置に大軍を配備しているが、それ以上は近づいてくる気配はないとのことだった。


 報告を受けたエベルスは、リスタコメントス軍を眺めもせずにそんなことを口にしていた。


「そうは思いませんかロイルド卿」


 そう言って、エベルスはグビリと葡萄酒を口に運んだ。


「ははは。私は軍務に関しては素人同然。そんな私の意見など当てになろうはずもないでしょう」


 ロイルドは軍務を帯びているわけではない。

 参謀でもなければ、魔導師部隊の隊長としてきているわけでもないお忍びなので、エベルスに意見する義務さえない。

 むしろ責任逃れのためか、エベルスが何を問いかけてもそんな当たり障りのない返事を返してばかりであった。


「それで、我が軍の配備はあとどのくらいで終わる?」


「お、恐らくあと半日ほどかと」


「フン。配備が完了し次第全軍に出撃をかけるぞ。リスタコメントス共の野人どもを魔法の雨で焼き尽くしてやれ」


「は!」


 エベルスがそう言った直後、一人の伝令が走り込んできた。


「エベルス将軍!」


「…なんだ騒々しい」


 突然やってきた伝令兵にたいしてエベルスは不快感をあらわにする。

 しかし伝令兵はそれどころではないと口を開く。


「リスタコメントス軍の第一陣が進軍してきました!」


「……なに?」


 敵の方から攻撃してくることは無いと考えていたエベルスにとっては意外ともいえるその報告に、エベルスは食事の手を止め馬車の外へと出る。

 確かに敵の一団がこちらに向かって砂煙をあげながら向かってきていた。

 

 しかし。


「あ奴ら、血迷ったのか?」


 その数はどう見ても少数。

 帝国軍を貫くにはどう考えても足りない程度の一団がまっすぐにエベルスの帝国軍にめがけてやってくるのだ。


「……目障りだ。潰せ」


「は!」


 エベルスの命令に副官たちが応じる。

 さすがのエベルスも敵が迫ってきているという状況下で戦場を眺めないわけにもいかず、馬車内に戻らずに戦況を眺めることとした。







「シルディエ様。相手は大方出そろったようです」


 サルラの報告に、シルディエは頷いた。

 帝国軍はあらかた関所を通り抜けたのか、先ほどまで押し出されるかのように出撃してきていた帝国兵の出が悪くなってきている。

  

 シルディエには見えないが、獣人族の視力なら十二分にそれが見て取れるらしいのだ。

 

「ヌーア隊長」


「おう!」


 血気盛んな様子で、ヌーアが棍棒を手に返事をした。


「まずは特攻隊に任せる」


「ぶっ潰しちまっていいんだよな?」


 手にした棍棒を弄びながら、ヌーアはそう答える。

 それに対してサルラが口を挟んだ。


「あんた。作戦をもう忘れたの? いくらあんたたちでもあの大軍を正面から倒せるわけないでしょ」


「わっかんないぜ? 大将、もし行けるようなら全滅させてしまってもいいんだよな?」


 弄んでいた棍棒で背を自分の肩をトントンとたたきながらそんなことを口にするヌーアに対し、シルディエはわずかばかり苦笑した。

 ドルガー軍との一戦を経て、ヌーアはなぜかシルディエのことを大将と呼ぶようになっていた。

 

 認めてもらえたといえば認めてもらえたのだろうが、どうもその呼び方にくすぐったさを感じながらシルディエは口を開いた。


「倒せる限りは倒してしまっていい。けど、撤退の合図があったらわき目もふらずに撤退を。特攻隊は血気盛んだから、隊長のあなたがしっかりはんだんして」


「分かってる。なら、やっちまっていいんだよな?」


「あんた……もういいわ」


 サルラがどこか諦めたようにそんなことを口にする。

 今のがヌーアなりの了解を示したものなのは理解しているのだ。


「確認するけど、今回あんたたち特攻隊の役目はあくまで陽動であって、敵の殲滅じゃないのよ。そのことは理解している?」


「おう。味方の犠牲は極力減らせってことだよな」


「分かっているならいいわ」


 サルラとヌーアがそんなやり取りを終わらせると、ヌーアはリスタコメントス軍の前衛と合流し、棍棒を掲げて口を開いた。


「この一戦の一番槍は、俺たち特攻隊が請け負った! 相手は30万の大軍勢だ! 倒し放題倒してくるのが一番槍の俺たちの役目だ! 行くぞ野郎ども! 突撃だ!!!!」


『オオオオォォォォォォォ!!!!』


 ヌーアの音頭に従い、特攻隊がエベルス軍めがけて突撃を開始した。

 こうして南の国境にて帝国軍とリスタコメントス軍による激戦が繰り広げられようとしていた。


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