動き出した者達
通信水晶を用い、フィナリアはノーストンへと連絡を入れる。
この通信水晶は℡番号ではなく魔力の波長によって通信対象を決定しているらしいので、ガインの作った通信水晶でも問題なく通信することが出来るらしい。
以前俺も通信水晶を使ってみたことがあるが、魔力の波長とかいうのを合わせるのが難しくなかなかに難航したのを覚えている。
あっさりやってのけるフィナリアはやはり相当に優秀なのだろう。
ノーストンの通信係といくつか本人確認のやり取りをしてしばらくたつと、ジェクト将軍の声が聞こえてきた。
『フィナリア様。お呼びでしょうか?』
「ジェクト将軍。お呼び立てして申し訳ありません」
『いえ。こちらもフィナリア様にお伝えしたことがありましたので』
などという非常に生真面目な言葉を返すジェクト将軍。
しかし俺は忘れていないぞ。アルザスやセレスティーナに俺とフィナリアのあることないこと吹き込んだことを。
『さて、お話を聞く前に現状を教えていただきたい。現在フィナリア様はどちらにおいでなのですか?』
「私はいまフォルシアンに居ます」
『フォルシアンですか? しかし私が設置した水晶とは魔力派数が全く異なるようですが?』
魔力派数。
俺の世界でいうところだと通信機器の周波数みたいなものか?
固有名詞は初めて聞いたな。
「細かい話は後にしましょうジェクト将軍。今はそのような些事に構っている場合ではありません」
『……左様でした。では、フィナリア様。状況をご説明ください』
ジェクト将軍もフィナリアがどうやって連絡を入れているのか気になったようだが、状況の把握が優先と相変わらずの生真面目さを発揮している。
「まずジェクト将軍もご存知かと思いますが、フォルシアンとの同盟が決定しました。私とクウヤさんは足場固めのためにもうしばらくこちらに残るつもりです」
『左様でしか。フォルシアン同盟の件は耳に入っていましたが、フィナリア様もフォルシアンの調停に尽力されていたのですね?』
「おおよそはその通りです。しかし現在一つ問題が発生しているのです」
『……帝国軍ですか?』
フィナリアが発した問題の一言でジェクト将軍は見事に核心を言い当てて見せた。
さすがに凄まじい洞察力を持っている。
「その通りです。しかも、現在の帝国軍を率いているのはドルガー将軍です」
『なんと。先月リスタコメントスを襲撃したドルガー将軍が、ですか?』
通信水晶越しにジェクト将軍が驚愕している。
無理もない。
帝国の領土は広大で、ファーレンベルクでこそ二日で横断できるが、まともな移動方法なら馬車を飛ばしても半月ほどかかる。
軍の編成まで考えるとほとんど休みなしである。
「はい。現在ドルガー将軍率いる10万の帝国軍が国境付近を制圧しています。フォルシアンは抗戦の意思こそありますが、国力の関係から長期戦は圧倒的に不利なのです」
『……つまり、フィナリア様はドルガー軍をフォルシアンから撤退させたいのですね?』
師弟関係にある二人の以心伝心からか、フィナリアが先ほど口にしたことを言い当てて見せた。
そんなジェクトの一言に、俺も含めたフィナリア以外の全員が驚愕した。
「お願いできますか? ジェクト将軍」
『確認しますが、ドルガー将軍が北にいるのは間違いないのですね?』
「はい。私もこの目で見ました」
『……であれば、恐らく半月もすればドルガー軍は撤退することになるでしょう』
ジェクトが口にした言葉に、俺たちは呆気にとられていた。
さすがにこのジェクトの話にはフィナリアもやや眉をひそめていた。
「どういうことでしょうか?」
フィナリアの問いに、ジェクト将軍はすかさず答えた。
『帝国に放っていた間者から、エベルス・ホットファードが30万の軍勢を率いてリスタコメントスへと進軍しているという情報が持ち込まれました』
「な!?」
ジェクト将軍が口にした情報を聞き、俺は驚愕の声をあげる。
あのデブ将軍、リスタコメントスを落とすつもりなのか!?
俺の驚愕を余所に、フィナリアはジェクトを問い詰める。
「…なるほど、伝えたいこととはそのことですか?」
『はい。ですので、ドルガー将軍が撤退するのは時間の問題かと』
「……は?」
俺の頭からクエスチョンマークが飛び出しまくる。
なんでエベルスがリスタコメントスを攻めるとドルガー軍が撤退するんだ?
「……そうですね。確かに」
しかもフィナリアもその内容を認めている。
……本当に、一体なんでそんなことになるんだ?
風が吹けば桶屋が儲かると言うが、どんなバタフライ効果が発生するんだ。
『ですが、念のために私も西部の国境付近を荒らしておきましょう。それでほぼ確実にドルガー軍は撤収せざるを得なくなるはずです』
「助かります。他に何か打ち合わせることはありますか?」
『いえ、そちらは?』
「ありません。それでは」
『はい。早速準備に取り掛からせていただきます』
そう言って、ジェクトは通信を切った。
「……なあフィナリア。一体どうやってドルガー将軍を追い払うってんだ?」
この場に居る面子を代表して、俺はフィナリアにそう質問した。
その質問に対し、しかしフィナリアは首を横に振った。
「ドルガー将軍も、直属の部隊も、全くと言っていいほど隙がありません。フォルシアンの戦力で追い払うのは、ほぼ不可能です」
「……よく分からんな。ならばどうやってあ奴らを追い払うというのじゃ?」
ドルガーの強さを認めるフィナリアの言葉に、セレスティーナがそんな問いをかける。
その問いに対し、フィナリアは頷き答える。
「ドルガー将軍とその軍勢が無敵であっても、その所属している組織は無敵ではないということです。詳しく説明します」
そう言って、フィナリアはジェクト将軍がやろうとしていることを説明した。
「エベルス将軍がここに来ると?」
フィナリア達がフォルシアンに防衛網を敷いている最中、リスタコメントス内にいたシルディエの元にカーナイルから一つの情報が舞い込んだ。
「はい。ノーストンのジェクト将軍からです」
「ジェクト将軍の…となると信憑性は高いですね」
「はい。またジェクト将軍経由ですが、現在御父君はフォルシアンを侵攻しようとしているとのことでした。つまりおそらくこちらへ向かって侵攻している大軍を率いているのは」
「エベルス・ホットファード」
シルディエの口にした名前に、カーナイルは頷いた。
「フィナリア様に代わってこの軍の総指揮を担っているあなたにお聞きします。どのように対処するべきだと思われますか?」
カーナイルの問いに、シルディエは僅かに黙こうしたのちに答える。
「無論。正面から制圧します」
「出来ますか?」
「兵の中から精鋭を中心に5万名を用意させてください。それで十分です」
「勝てますか? 相手は六倍の戦力を有していますよ?」
カーナイルの問いに、シルディエは頷いた。
「エベルス将軍とは浅からぬ因縁があります。もしこのリスタコメントスに攻め込んでくるというのであれば、私も因縁に決着がつけられるというものです」
「では、お願いいたします。くれぐれも油断なされないように」
カーナイルがそう言うと、シルディエは一度敬礼をして踵を返した。
「お話はどうでしたか?」
シルディエがカーナイルの執務室を後にしたとき、入り口で待機していた副官のサルラがそんなことを問いかける。
「エベルスが30万を率いてこの国を攻めようとしているらしい。こちらも5万で迎え撃つ」
「……30万。ですか」
その圧倒的な数にサルラが表情を曇らせる。
無理もない。
先月ドルガー軍1万を相手にあんな激戦を繰り広げたのだ。
その30倍の大軍を相手にするとなれば気が重くならない方がおかしい。
しかし。
「心配には及ばない。父上とその直属の部隊は現在フォルシアンにいる。こちらに向かってくる大軍は、恐らく数が多いだけの烏合の衆だ」
「そうなのですか?」
「カーナイル様はエベルス将軍が率いていると言っていた。30万の大軍を率いてフォルシアンに攻め込みながら、僅か数日でクウヤ達に追い払われた将軍だ。あれと父上を同列に考えるとかえって危険だ」
「…同じ将軍なのに、ですか?」
シルディエの言葉にサルラがそんな問いを返す。
「そうだ。と言うより、帝国貴族内で武功を上げて将軍になった人物は父上ただ一人。残りは全員権力争いで将軍の役職に就いただけの素人だ」
「…帝国貴族内には、ドルガー将軍以外に気を付けるべき人物はいないと?」
サルラの問いに、シルディエは歩きながら一度考える。
権謀術数渦巻くなかで生き抜いてきた貴族たちは、良くも悪くも欲深く狡猾だ。
そうでなければあんなところで生き残れるはずがない。
かつての自分がそうだったように、戦場で育った自分には帝国貴族たちの土俵での戦い方が全く分からず処刑されそうになってしまった。
しかし今回は状況が逆。
エベルス・ホットファードはそう言った権謀術数渦巻く場においてこそ無敵ではあっただろうが、戦場という土俵は全くの畑違いだ。
権力争いであれば保身能力の高さが何より重要になるのだろうが、戦において保身に走り足並みを乱せば命取りになる。
権謀術数に優れた人物は、戦場においては疫病神とでも表現できる存在なのだ。
そう考えれば、帝国内部は事戦においては疫病神ぞろいということになる。
正直、そんな貴族たちの誰がどれだけの兵力をそろえても負ける気はしない。
しかし警戒に値する人物はいる。
「警戒するべき人物と言うなら、二人いる」
「ど、どのような?」
「帝国魔道総師ロイルド・インディオス。それと、ライエット・メイスナー」
「そ、その方々が軍を率いてこられる可能性は?」
サルラの問いに、シルディエはゆっくり首を横に振る。
「あり得ない。彼らは軍人ではない。仮に率いて出てきたとしても、戦場において私が負けるとは思えない」
「…では、どうしてそのようなことを?」
その質問に、シルディエは僅かに眉を潜ませる。
あの貴族たちの集まる不快な空間において、父ドルガーと先に名前を挙げた三名だけはまるで違っていた。
文字通り、見ている物が違う。
しかし、他の貴族とは全く異なる経歴を持つ父なら分からなくもないが、魔道総師ロイルドは魔法の技量こそ特筆しているがエベルス同様権力争いに勝ち残りあの場に立っている。
自分がまだ幼いころには父の盟友ロウセイという魔法に長けた武人と権力争いをしたこともあったらしいが、実践主義のロウセイとは異なり研究畑の人間であり、実力など全く伴わないはずの帝国貴族内において、極めて希少な実力者なのだ。
そして、ライエット・メイスナー。
貴族の経歴などほとんど知らないシルディエだが、彼が上級貴族の中で最も位が低い立ち位置にいるということは分かる。
しかし普通はそう言った人物ほど出世欲に眩んでいるのだが、ライエットにはそれが全く当てはまっていないように見えた。
異質。
戦に直接関係がないとはいえ、シルディエにとってロイルドとライエットと敵対するのは父ドルガーとは全く別の危険があるように思えてならなかった。
無論、戦いになれば余念を挟むつもりも毛頭ないが。
「あくまで警戒しておくべき人物がいるというだけの話だ。サルラはあまり気にしなくていい。それよりも出陣の用意を」
「わ、分かりました!」
そう言うと、サルラはシルディエに一礼して持ち場に戻ろうと駆け出した。
父ドルガーの時はその進軍速度から逆算して即座に出なければならなかったが、カーナイルから聞いた情報によれば進軍速度もそこまで速いとは言えないらしい。
よって今回は十分に準備を整えてからの出陣になる。
「さて、一体エベルス将軍はどんな手を打ってくるのやら」
そんな独り言を口にしながら、シルディエも頭の中でいくつもの策と可能性を巡らせる。
エベルスという人物が戦場においては素人なのは間違いないが、保身に長けたあの人物がフォルシアンでの失態を前に何の策も用意せずに向かってくるとも思えない。
サルラの前でこそああいったが、エベルスは決して侮っていい相手ではないとシルディエは思っている。
軍を率いる身として今やるべきことは、上手く事を運べるようにあらゆる可能性を模索することである。
軍の編成をサルラに任せ、シルディエは策を模索していた。
「……おのれドルガー」
エベルスは兵30万を率いてリスタコメントスを目指しながらそんなことを口にする。
エベルスは今回の戦に際してドルガーからリスタコメントスの攪乱とノーストンに対する防衛を任されている。
しかしエベルスはそんなものに従うつもりは毛頭なかった。
もしドルガーがフォルシアンを制圧した場合、その功績は間違いなく大きく皇帝陛下に認められることとなる。
一方で、エベルスは先月のリスタコメントス戦で戦犯扱いされており、ドルガーの進言によりかろうじて首の皮一枚繋がったという状態にある。
だからこそドルガーがやるべきではないと言ったリスタコメントスの制圧をやってのけることで自分がドルガー以上に優秀なのだということを示してやる機会だと考えたのだ。
「ドルガー。この屈辱は必ず倍にして返してやる」
自分がドルガーに救われたということを完全に棚に上げ、エベルスはそんなことを口にする。
その目には最早怨讐の念しか浮かんでいなかった。
そんなエベルスに、ある人物が声をかける。
「エベルス将軍。なぜリスタコメントスを今攻めようと思われたのですかな?」
エベルスにそう問いかけたのは、帝国魔道総師ロイルド・インディオスであった。
「なに、ドルガー将軍はああいいましたが、リスタコメントスにいるのは所詮野蛮な獣人ども。魔導師部隊の火力を以て制圧すれば片付けるのは造作もない話です。違いますか?」
エベルスの答えに、ロイルドは満足そうに頷く。
「なるほど。私の魔導師部隊を借りたいというのはそう言うことでしたか」
「そう言うことですな」
エベルスは国防を固めるという名目で、帝国最強の魔導師部隊を所有する魔道総師ロイルド・インディオスから魔導師部隊を借りだしたのだ。
しかし、魔導師部隊を借りる条件として、なぜか帝国魔道総師であるロイルド・インディオスがエベルスに同行することを申し出てきたのだ。
しかも内密に。
どういうつもりか知らないが、ロイルドは皇帝陛下に見つかれば即座に隷属魔法によって罰せられかねないようなことをやっているのだ。
表立って動いていない以上、現在のロイルドは魔道総師として権限など持ち合わせていない。
つまりはエベルスが何をしようと黙認するほかは無いのだ。
なぜこんなことを申し出てきたのか分からないが、特に不利益になることもないのでエベルスは了承したのだ。
「リスタコメントスは今回の反乱の中心地。であるならば、なるほどリスタコメントスを制圧してのければその武勲は第一級ですな」
「そうですな。もう一つ言えば、あの国には陛下がご執着していらっしゃる者が二人いる」
エベルスがそう言うと、ロイルドはなるほどと口角を持ち上げる。
「フィナリア・ノーストンと、シルディエ・グランガイスですか?」
「左様。リスタコメントスを落としたうえで、皇帝陛下の前にその二人を捕虜として献上すれば、あとは分かりますな?」
エベルスの言い分に、ロイルドはほうとため息を吐く。
「なるほど。全ては皇帝陛下のためですか」
「左様。無論、全てが上手くいった暁にはロイルド卿の協力も耳打ちさせていただきますので」
エベルスがそう言うと、ロイルドはニヤリと明確に笑う。
「分かりました。存分に私が手塩にかけた魔導師部隊をお使いください」
「ありがとうございます」
そう言って、エベルスは頭を下げる。
エベルスにとって目の敵であるのは同じ将軍職に就いているドルガーのみであり、普段は魔法の研究に注力しているロイルドにはあまり敵愾心を抱いてはいない。
魔道総師という役職は少々特殊で、魔道に携わる者がなることが出来る唯一の上級貴族なのである。
与えられる義務は帝国軍の魔導師部隊の管理。
しかし実質的に魔導師部隊を指揮する権限は将軍にしか与えられていないため、文字通り魔法を研究し、それを伝授することのみが魔道総師の役職なのだ。
権限を持たないが、魔導師部隊の恩恵に受けている身としてエベルスはロイルドとの関係が気に入っていた。
もっとも、それはエベルスの方が実質的に高い権限をもっているからくる優越感によるものなのだが。
「では、リスタコメントスにつくまではどっしりと構えていましょうか」
「そうですな。では、乾杯」
そう言って、馬車の中でエベルスとロイルドはグラスを打ち合わせる。
葡萄酒を嚥下し、エベルスはその旨味をいつもより感じない自分に気が付く。
酒の味はいつも通りのはずだが、腹の底に渦巻く怨嗟が酒の味を不味くしているのだろうとあたりをつける。
そもそもこの状況に陥った原因を手繰ればリスタコメントスの敗北を逆手にとってシルディエを利用してドルガーを失脚させるという計画が失敗に終わったことにある。
エベルスの算段では、娘のシルディエが処断されるとなった時点でドルガーが何かしらの行動をとるとにらんでいたのだが、娘のシルディエがいざ処刑される段階になるまでドルガーは一切行動を起こさなかった。
一門から反逆者を出したというだけでも大きな汚点だが、その上でそれをかばったとあればドルガーの失脚は確定的なものだったのだが、どういうつもりかドルガーは全く動こうとしなかったのだ。
ばかりか、あの場にロウセイが乱入し、その場においてドルガーは反逆者の奪還よりも陛下の身を守ることを優先するという適切な判断をしてのけた。
対してエベルスはそんなドルガーを攻め散らすことしかできておらず、処刑場内での出来事を述べるなら、ただ醜態をさらすのみだったのだ。
その時の汚名を払拭するために、エベルスはフォルシアン制圧という功績を挙げようと軍を率いてフォルシアンへと出向いたのだ。
将軍という役職を持っている以上、もっとも手っ取り早い方法がそれだったからである。
だというのに、リスタコメントスにいるはずであった炎鳥がなぜかフォルシアンにおり、しかも以前は直撃を避けていた魔法攻撃を正面から防ぐほどに強くなっていた。
続けざまに起こった誤算により、現在エベルスは失脚寸前の立場に立っている。
首の皮一枚繋がっているのは、皮肉にも蹴落とそうとしていたドルガーの進言によるものであった。
他の者から見れば自業自得のエベルスをドルガーがかばっただけに見えるが、エベルスはあくまでドルガーを蹴落とす対象としか見ていない。
そんなドルガーからかけられた情けが、エベルスを逆上させているのだ。
逆恨みとしか言えない怨念だが、エベルスはそれを正当なものだととらえてしまっている。
そのため、エベルスはドルガーを上回る功績を立ててドルガーの鼻を明かそうとしているのだ。
「ククク」
エベルスは再び根拠のない自信を燃やす。
その目に映っているのはリスタコメントスを制圧したのちにどうやってドルガーを引きづり下ろすかということに染まっていた。




