再会
「お久しぶりですトリストスさん」
ドルガー軍が撤退した後、俺とフィナリアはファーレンベルクと共にトリストスの元へと舞い降りた。
トリストスは、以前ドルガーにへし折られたはずの長刀と瓜二つの獲物を手にしてこちらに向き直った。
「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
そう言うと、トリストスは俺たちに手を差し出してきた。
俺もフィナリアも順にその手を取る。
「トリストスさんこそお元気そうで」
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
握手しながら、俺とフィナリアがそんなことを口にした。
フィナリアの言うとおりで、トリストス達が駆けつけてくれなければ俺たちはかなりやばかっただろう。
また一つ借りが出来てしまった。
そんなことを考える俺たちを見ながら、しかしトリストスはかぶりを振った。
「お前たちはフォルシアンを守るために戦っていたんだろう? なら、礼を言うべきは俺たちの方だ」
トリストスがそう言うと、ドルガー軍に襲撃をかけた一団がこちらに集まってきた。
すらりとした美形軍団のエルフ族。ズングリとしたドワーフ族。他にも見慣れた獣人族が混じっていた。
「……トリストスさん。彼らは?」
様々な民族入り乱れる部隊をみて、俺はそんな疑問を口にする。
セレスティーナがフォルシアン内の同盟軍を造り上げるのには相当な時間が必要なはずであるので、その部隊ではないのは確かだ。
そんな俺の疑問を察したのか、トリストスはニヤリと笑って答えた。
「あとで説明する。とりあえずは合流するぞ」
「合流? 誰とです?」
トリストスの言っていることが理解できなかった俺は問いを返す。
「決まってるだろ。こっちに向かってきている女王様とだ」
「あ」
トリストスにそう言われて、俺はセレスティーナのことをきれいさっぱり忘れていることに気が付いた。
「まずは女王様と合流してから俺たちの集落へ移動するぞ。話はそれからだ」
そう言って、トリストスは真っ直ぐにセレスティーナの陣取っていた山へ向かって歩き出した。
ドルガーもそうだったが、こいつら超人たちはどうやって気配を察しているのだろうか?
「コソン。俺は別行動をする。部隊を率いて里へ戻ってくれ」
トリストスにコソンと呼ばれたドワーフ族は、その指示に頷く。
それを尻目にトリストス、俺、フィナリア、ファーレンベルクは真っ直ぐにセレスティーナのいる山に向かって移動を開始し、しばし後セレスティーナと合流した。
「……」
「……」
トリストスとセレスティーナが無言で対峙する。
突然舞い込んだ重苦しい沈黙に、俺とフィナリアは首を傾げた。
だが、その沈黙は決して重苦しいものではなかった。
そして、直後セレスティーナの方が破顔した。
「久しいなトリストス。元気だったか?」
「女王こそ元気そうだな。まさかクウヤ達と一緒にいたとは思わなかったぞ」
「ぬ? お主、その者達のことを知っておったのか?」
俺たちの方を見ながらトリストスにそんな問いを口にするセレスティーナに対し、トリストスはコクリと頷いた。
「前に帝国内を探索していた時にな」
「そうか。そうじゃったか」
「……あのー」
顔見知りらしいトリストスとセレスティーナに対し、俺は恐る恐るといった具合で半ば分かり切った問いをかける。
「お二人はお知り合いなんですか?」
「うむ」
「まあな」
俺の問いに二人は即答する。
「……さいですか」
それ以上何を言えるわけでもなく、俺は口をつぐんだ。
別に不思議なことではないのだが、以外と言えば意外だった。
「とりあえず場所を変えよう」
「そうさな。で、どこに向かう?」
「俺たちの集落で構わないか? お互い情報交換したいこともあるだろ」
「そうじゃな。クウヤ。フィナリア。構わんか?」
「え、ええ。勿論」
「私達は構いません」
トリストスとセレスティーナに押されて、俺たちはそのままファーレンベルクに乗って移動を始めた。
ファーレンベルクの背は広く、四人乗ってもまだ余裕がある。
「お二人はどのようなつながりがあるのですか?」
ファーレンベルクの背に乗ってトリストスの指示する方角に飛翔する最中、フィナリアがそんな問いを口にする。
それに対し、セレスティーナが答えた。
「以前、妾がエルフ族の王位を簒奪したという話をしたと思うが、トリストスの父は妾の協力者として反乱に協力してくれたのじゃよ」
「へー。そんなつながりが」
「縁というのは奇妙なものですね」
そんな話をしていると、トリストスが突然身を起こした。
「見えたぞあれが俺たちの集落だ」
そう言って、トリストスは見えてきた一つの集落を指さした。
「ちょっと待ってろ」
そう言うと、トリストスはファーレンベルクから飛び降りた。
まだファーレンベルクは相当な上空を飛んでいるはずなのだが、まるで階段を二段飛ばしで降りるような気軽さでトリストスは飛び降りる。
おそらく集落の人たちに何か伝えることがあるのだろうが、しかしいつまでこうしていればいいのやらと思いながら俺たちはしばし上空で待機していた。
すると、突然セレスティーナが長い耳をピクリと動かし口を開く。
「トリストスがこっちに来いと言っておるぞ」
「……なるほど」
女王様がいるから伝令が簡単にできると踏んでいたわけか。
相変わらず隙がないな。
「なら、ファーレンベルク。集落の方へ行ってくれ」
「クルル」
俺の指示に応じてファーレンベルクが集落の中でもひときわ大きな建物の付近に舞い降りる。
そこでトリストスが待っていた。
ついでに言うと、トリストスの隣にいかにもなドワーフ族がいた。
身長が低く、短いが丸太のように太い手足。そして蓄えられた白いひげを持つ絵にかいたようなドワーフのオッサンが。
ファーレンベルクが着地したのち、俺たちは背から降りて、待っていたであろう二人に歩み寄る。
「ガイン。久しぶりじゃな」
「女王様こそお変わりないようで」
突然、目の前のドワーフ族のオッサンとセレスティーナがそんなやり取りをした。
……ガインってことは、このいかにもなドワーフのオッサンがトリストスの親父さんか。
似てねーなー。
寸胴でむっくりしているガインというドワーフのオッサンは、すらりとしたイケメンのトリストスの父親らしい。
ドワーフ族と人族のハーフだと言っていたが…トリストスは母親似か?
「息子から話は聞いております。ようこそいらっしゃいました。立ち話もなんですので、どうぞ中にお入りください」
そう言って、ガインは目の前にある大きな天幕の中に入っていった。
トリストスに目配りすると、「入っていいぞ」といった感じの視線が帰ってきたので俺たちもお邪魔する。
「さて、多少はお互いのことを存じているでしょうが、まずは自己紹介からするべきだと思いますが、いかがでしょうか?」
「そうですね。まずはそうしましょう」
見た目典型的なドワーフのガインは、しかしとても職人とは思えないような丁寧な対応をしてくる。
そのギャップに戸惑いながら、俺は自己紹介をする。
「俺はクウヤ。リスタコメントス軍総指揮官です」
「私はフィナリア・ノーストンと申します。リスタコメントス軍総指揮補佐にして、ノーストンの第一王女でもあります。以後お見知りおきを我が師の御父君」
そう言ってフィナリアはペコリと優雅に頭を下げた。
俺もこんなふうに丁寧にあいさつするべきだったかと思ったが、ガインとトリストスはやや驚きの声をあげていた。
「あなた様はノーストンの姫君であらせられましたか。知らぬ非礼をお許しくだされ」
「いえ。私もトリストス様には身分を伏せていましたので」
「左様でしたか。では、こちらも名乗らせていただきましょう。私の名はガイン。そこのトリストスの父親で、しがない鍛冶屋であります」
「謙遜のしすぎじゃぞガイン」
しがない鍛冶屋と名乗ったガインに対し、セレスティーナがそんなことを口にした。
「クウヤ。フィナリア。その男はドワーフ族最高の鍛冶職人じゃ。妾の霊弓も、トリストスとやらが使っておる長刀も、全てガインが作った代物じゃ」
「ですよねー」
トリストスは自分の獲物がガインの作品だみたいなこと言ってたからな。
ついでに言うと、セレスティーナの弓もガイン作らしい。
こんな超人連中が使うような得物を造れる人物が、しがない鍛冶屋なんて名乗っても説得力などあるはずがない。
「しがない鍛冶屋と言うのは間違いではありませんよ。不肖の身ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「も、もちろん。なあフィナリア?」
「はい。こちらからもお願いいたしますガイン様」
そう言って、フィナリアはガインに手を伸ばす。
俺もそれに習って手を差し出した。
「はは。これはこれは」
笑いながらガインは俺たちと握手を交わす。
その手は岩のように硬かった。
「さて。それでは現状の確認といきましょうかな?」
改まってガインが場を取り仕切る。
まあこの中で一番そう言うことに向いてそうな人ではある。
見た目がガチガチの職人ドワーフなのを除けば…であるが。
「まずはお互いの情報交換からですな。現在帝国軍はフォルシアンの南端。国境付近にたむろしているらしく、足場を固めておるようです」
「……え?」
いきなりそんなことを言い出したガインに対し、俺は呆気にとられる。
しかしそれも当然だろう。
さも見てきたかのようにさらりとガインは帝国軍の現在地と状況を口にしたのだから。
突然舞い込んだ報告に、俺はもとよりフィナリアとセレスティーナも目を丸くしている。
「どうかなされましたか?」
「いえ、ガイン様はどのようにしてそのような情報を得られたのですか?」
フィナリアの問いに、ガインは何か思い当たったかのように何かを取り出した。
「これで斥候部隊から報告を受け取っています」
それは一つの小さな水晶だった。
「そ、それは!」
それを見た途端、フィナリアが驚愕の声をあげる。
「ど、どうしたんだよ?」
珍しく驚きの声をあげたフィナリアに、俺も目を丸くしながらそんなことを問いかける。
しかしフィナリアは尚も驚きを隠せずにいた。
「クウヤさん。これは通信水晶です。しかも台座なしに稼動しています」
「!? これがか!?」
フィナリアの説明に俺も驚愕を露わにする。
通信水晶の現物は見たことがあるが、あれは俺の頭部と同じくらいの大きさがあったはずだ。
しかし今俺の目の前にある通信水晶はどう見積もっても片手ですっぽり覆えてしまう程度の大きさしかない。
おまけにあれは設置型の装置なので持ち運びはできないはずだ。
前に通信室の台座から外したとき即座に魔力の輝きが消え失せて通信できなくなった。
だというのにこの通信水晶は台座も何もなしに光り輝いている。
つまり通信水晶を固定電話とするならばこれは携帯電話ということになる。
「なんでそんなものが…」
「それは親父が作った代物だ」
俺の疑問にトリストスがそう返した。
「!?!?!?」
その返答に俺もフィナリアも絶句した。
通信水晶は非常に希少な水晶を高い技術を持って長時間加工しなければならないため一般には出回っていないとされている。
だというのにそれをガインは造り上げたらしい。
しかも改良までして。
「まあその話はおいおいいたしましょう。今は敵の勢力の話です」
小型通信水晶の話を適当に切り上げ、ガインは話を進めた。
正直言って凄まじく言及したい内容なのだが、確かに今は帝国軍の状況を知るのが先決だ。
「先ほども申しましたが、現在フォルシアンにいる帝国軍は10万名ほど。その全軍がフォルシアン南部の国境付近に布陣しております。間違いありませんかセレスティーナ様?」
ガインの問いに、セレスティーナが頷く。
「確かに10万名ほどの人族がそのあたりに集まっておる。しかしガイン。お主らはその奇怪な水晶で敵の位置を把握しておるのか?」
「いえ、フォルシアン南部に配置した斥候部隊が同じものを持っていますので、彼らから得られる情報をもとに敵の位置を探っているのです」
「……珍妙な装置もあったものじゃのう」
非常に興味深そうにセレスティーナも通信水晶を覗き込む。
フォルシアンには通信水晶がなかったからジェクト将軍が設置したという話だったので、まさかこんなものが出来ているなど夢にも思わなかったことだろう。
「さて、話を戻しますが、斥候部隊からの報告では帝国軍は現在国境南部にて足場固めをしている模様。これは長期戦の構えと思われますが、あなた方はどう見られますか?」
ガインが俺たちに向かってそんな問いを投げかけてくる。
その視線に、俺は即座にフィナリアの方を向いた。
正直軍略なんて俺に聞かれても分からん。
「……その前に一つだけ確認させてください」
視線を向けれられたフィナリアは、そんなことを口にしてトリストスの方を見た。
「トリストス様から見て、ドルガー将軍は負傷しているように見えましたか?」
「ん? んー。まあ全快とは言えない程度にはな」
トリストスの返答に、フィナリアは少し考え込んで答えた。
「もしそうでしたらドルガー将軍が快復するまでは帝国軍も動くことは無いでしょう」
「なるほど。その、ドルガーという将軍がいなければ帝国軍は動かないと?」
「はい。トリストス様の技量があればドルガー将軍の足止めが出来るようでした。ドルガー将軍を封じれるのであれば、帝国軍そのものは私達だけで撃退できます」
そう言ってフィナリアは外で待機しているファーレンベルクと俺を見た。
お、俺も戦力にカウントされてるのか?
「あなた方は先日およそ30万の帝国軍を迎え撃たれたのでしたな。なるほど。そのドルガーという将軍を抑えられれば、帝国軍そのものはあなた方で相手が出来るのですね?」
「はい。ドルガー将軍直属の部隊は例外ですが、本隊の10万名はあの時の帝国軍と大差はないでしょうから」
フィナリアの説明を聞き、ガインは僅かに目を閉じ考え込む。
「トリストス。お前はそのドルガーという将軍を抑え込むことは出来そうか?」
「このフォルシアンの地でなら、間違いなく。こっちから攻め込むのは厳しいが、守るだけならどうとでもなる」
「ではトリストス様。ドルガー将軍もそう認識していると思われますか?」
トリストスの発言に、フィナリアがそんな問いを返す。
その問いに、トリストスはやや考えた後に頷いた。
「おそらく。あいつの気性から考えれば、強行突破できるのに撤退するはずがない。地の利は完全にこっちにある。それがわかっているから、あいつは南から順に足場を固めようとしているんだろうよ」
「では長期戦になるのは間違いなさそうですな」
トリストスとフィナリアの打ち合わせを聞いていたガインがそう言うと、トリストスとフィナリアは頷いた。
「じゃが、だとすればいつまでもにらみ合いを続けるのか?」
そんな状況を把握した後、セレスティーナがそんな問いをかける。
「知っておろうが、フォルシアンは決して富んだ土地ではない。あまり戦が長引くようならば兵站が不足しかねない。可能であるのなら早期に決着とつけるのが好ましいと思うのじゃが?」
セレスティーナの指摘に、トリストスとガインが少々渋い顔をする。
おそらく彼らも懐事情は厳しいのだろう。
一方で帝国は長年リスタコメントスと自国の民から吸い上げた富がある。
となれば確かに長期戦は好ましくない。
「しかし、こちらから攻め込むには帝国軍の数が多すぎます」
「分かってはおるが、戦が長引けばそれだけこちらが不利になる。帝国軍がフォルシアン南部に陣取っておる現状は非常に不味い」
「では、女王様はどうされるおつもりですか?」
ガインの問いに、セレスティーナは答える。
「今現在、我らエルフを中心にフォルシアン軍を編成しておる。その軍備が揃い次第、こちらから打って出るべきじゃと考えておる」
セレスティーナの答えに、しかしトリストスが首を横に振る。
「この国の日寄った連中がいくら束になっても戦力にはならない。それはあんたが一番よく分かってるんじゃないのか?」
「しかし、ならお主らだけで相手にしようというのか?」
セレスティーナとトリストスがにらみ合うように顔を会わせる。
現状、フォルシアンは長期戦には耐えられない。
しかし明確な打開策が浮かばない。
その状況が余裕を奪っているのだろう。
そんな時。
「では、フォルシアンから帝国軍を撤退させましょう」
フィナリアが突如そんなことを口にした。
「……何を言っておるのじゃお主は。帝国軍を攻め落とす算段があるのか?」
フィナリアの言葉にセレスティーナがそんなことを口にする。
俺もその疑問には全面的に合意する。
多分ファーレンベルクで襲撃をかけてもドルガー将軍が中核を担う現在の帝国軍は容易には崩せない。
しかしそんな俺たちの考えをフィナリアは首を横に振って否定する。
「通信水晶をお借りできますか?」
「はい。それは構いませんが」
そう言ってガインは水晶をフィナリアに手渡す。
「誰に連絡するつもりなんだ?」
俺の問いに、フィナリアはニコリと笑って答える。
「ジェクト将軍にです」




