援軍
「全く、なんだよあの頑丈さは」
ドルガーのあまりの強さに俺はそんな悪態をつく。
何しろフィナリアの風龍弾とファーレンベルクの火炎放射を突破し、そのままこちらを切り伏せようとしたのだ。
馬鹿げた耐久力の持ち主なのは間違いない。
そして俺の悪態に、フィナリアも全面的に合意する。
「ドルガー将軍の力がこれほどとは思っておりませんでした。まさかあれほどの魔道装甲を扱えるとは」
「魔道装甲? あれが?」
以前フィナリアが話していた龍形成魔法と対を成すという、魔力を纏う魔法。
見るのは初めてだったが、ドルガー将軍の耐久力はどうやらその魔道装甲を用いたものらしい。
だが、正直今はそんなことを考えている場合ではない。
ファーレンベルクが退避したことでドルガーとは距離を取ることができたが、状況はあまり良くない。
さすがのドルガーも上空に構えたこちらを落とせるような攻撃方法は無いらしく、俺たちの方を睨みながら様子をうかがっている。
ドルガーの鎧はフィナリアの風竜とファーレンベルクの火炎放射でボロボロになっているが、本人は相も変わらず鋭い眼光でこちらを睨んでいる。
「フィナリア。どう見る?」
「……近づくのは危険としか言えません」
ドルガーを注意深く観察するフィナリアの意見に俺も頷く。
あれだけの攻撃を受けて無事とは考えたくないが、ドルガーは未だに呼吸ひとつも乱していない。
確かにフィナリアの言うとおり近づくのは危険すぎる。
ドルガーは明らかに近接戦闘を得意としており、今は俺たちが上空に陣取っているから手が出しにくいだけなのだろう。
おそらくこちらが射程圏内に入った途端、再び飛びかかってくるのだろう。
その眼光には獲物を逃がさないという強い意志が宿っている。
あれは一国の将軍のそれというより、獲物を狙う猛禽のそれだ。
近づくのは危険すぎる。
パワーアップしたはずのファーレンベルクとフィナリアを持ってしてもそう判断せざるを得ないほどにドルガーは怪物だった。
ドドドドドドドドドド!!
しかしそんな俺たちの眼下でドルガー軍が何のためらいもなく進軍している。
真っ直ぐにセレスティーナの陣取る山をめがけてだ。
「クソッ!」
その光景に俺は悪態をつく。
ドルガー軍はセレスティーナの位置を把握している上に攻撃を防ぐすべを備え持っている。
進軍を止めなければセレスティーナが危険だ。
しかし下手に動けば俺たちは再びドルガーの間合いに入る。
もしそれで俺たちが討たれれば間違いなく共倒れとなる。
急いでセレスティーナの元へ向かって撤収するのも手だが、それだと帝国からフォルシアンを守る方法がなくなってしまう。
「やばいな。八方ふさがりだ」
ドルガー率いる精鋭部隊の力は想像以上であり、30万のエベルス軍を撃退させた防衛線を易々と突破して見せた。
ドルガーだけかドルガー軍だけならどうにかできただろうが、ドルガーが率いたドルガー軍はあまりにも強すぎる。
これでは仮にフォルシアンの徴兵が間に合ったとしても勝負になるか怪しい。
「フィナリア……これ、やばくないか?」
「クウヤさん。少し静かに」
俺の問いに、フィナリアは自分の口元に指を当てて静かにするように示した。
「どうした?」
「……」
俺の問いに、フィナリアは静かに目を閉じる。
何かを感じ取ろうとしているようなその仕草に、俺は固唾をのんでそれを見守った。
おそらくフィナリアは俺以上に状況を正確に把握している。
そんなフィナリアがドルガー軍と戦わずに何かを探っているということは、何かが迫ってきているということなのだろうか?
「……来ました!」
突然、フィナリアが目を開けてそんなことを口にした。
直後、ドルガー軍の先頭部隊に無数の矢が降り注いだ。
「何!?」
驚愕は一体だれのものだったのか。
俺たちが何をしても冷静に事を進めていたドルガー軍でさえも、突然の襲撃に僅かばかり陣形を乱している。
しかしさすがと言うべきか、即座に陣形を整え直したドルガー軍の魔道騎馬隊が降り注ぐ矢を魔法で吹き飛ばす。
とはいえ突然の襲撃にさすがのドルガー軍も進軍を止めていた。
「フィナリア。これは?」
フィナリアが察知していたのは恐らくこの援軍だ。
しかし未だにフォルシアン軍は編成されていないはずだ。
混乱する俺に対し、フィナリアはその援軍を見据えながら答えた。
「クウヤさんには分かりませんか? この剣気が」
「…剣気?」
武人ではない俺にはさっぱりわからないが、フィナリアには感じ取れる何かがあるのか?
戸惑う俺に、フィナリアはどこか嬉しそうに頷く。
「私の剣術の師匠ですよ」
「…まさか」
フィナリアが口にしたその一言で、俺は目を凝らす。
すると、援軍の奥から一人の青年が現れた。
俺やフィナリアよりも一回り年上のその男の手には、長い刀が握られていた。
「トリストスさん!」
俺が名を呼ぶと、トリストスは一度こちらを向いてニヤリと笑った。
「攻撃開始!」
トリストスが号令をかけると、数百名の部隊が一斉に攻撃を開始した。
獣人族が、ドワーフ族が、エルフ族が、種々様々な種族が入り混じった連合部隊が魔法や弓を用いてドルガー軍の前衛を攪乱する。
起伏の激しいフォルシアンという土地の利を生かしたその襲撃に、さすがのドルガー軍も進軍を止めざるを得なかった。
「魔導師部隊! 上空からの攻撃を通すな! 後方の騎馬隊は前に出ろ!」
しかしそれはあくまで足を止めたというだけ。
陣形も指揮系統も一切の乱れはなく、魔導師部隊が上空から降り注ぐ矢、岩、魔法の全てを撃ち落としている。
その間にできたわずかな時間の間に後詰の騎馬本隊が前に出る。
目的は当然遠距離攻撃を行う援軍を制圧するためである。
「そんなことを俺が許すと思うか?」
しかし、その騎馬隊の前に1人の剣士が立ちはだかる。
通常であれば単身で騎馬隊と対峙するなど自殺行為以外の何物でもないのだが、その剣士の纏う違和感をドルガー軍の騎馬隊は敏感に感じ取り、密集体型を造り上げたまま剣士に突撃をかけた。
直後、戦場に血しぶきが巻き上がる。
トリストスの刀の間合いに入った途端、まるで絶対不可侵領域が張り巡らされているかのごとく騎馬隊が切り捨てられていく。
騎馬も騎士も相当な重装備を固めているのにも関わらず鎧ごとすっぱりと切断されてくのだ。
「全軍下がれ!」
そんな時、突如ドルガーの怒号が戦場に響き渡る。
その命令に騎馬隊は即座にトリストスから距離を取り下がる。
声の主は騎馬隊を潜り抜けながら真っ直ぐトリストスに向かって突撃をかけた。
ギィィィイイン!
直後、トリストスとドルガーの刃が重なり金属音が響き渡る。
ドルガーの一撃をトリストスが受け流したのである。
「相変わらずの剣技だな」
「そっちこそ。いきなりの事で受け流し損ねるかと思ったぞ」
ドルガーの賞賛にトリストスはそう言って応じた。
それに対し、ドルガーはフンと鼻をならす。
「お主はフォルシアンの生まれなのか?」
「そうだが、それがどうかしたか?」
「いや、前回の戦い方は堂に入っていない気がしていたが、なるほど、それがお前の本来の得物だということか」
そう言うと、ドルガーは再び剣を構える。
「いつぞやとは異なりここは戦場だ。まずは名乗らせてもらおうかフォルシアンの剣士よ。わが名はドルガー・グランガイス。帝国軍の将にして、このフォルシアン侵略の一番やりを担うものだ」
「俺はトリストス。フォルシアンの剣士だ」
そんなトリストスの返答に、ドルガーは僅かに笑みを浮かべた。
「トリストスか。覚えておこう!」
直後、ドルガーがトリストスに向かって踏み込む。
しかしトリストスはその踏込に対して大きく後方に下がった。
「逃がさん!」
後方に下がったトリストスに対してドルガーが突撃をかける。
しかしトリストスはそれを読んでいたように体勢を整え。
「逃げんよ」
その長刀を振るった。
「甘いわ!」
突撃しながらドルガーはその長刀ごとトリストスを叩き潰さんと大上段から振り下ろす。
「そうでもない」
しかしトリストスはその長刀の軌道をずらしてドルガーの剣の腹にその刃を叩き込む。
さすがにドルガーの刃が断ち切れれるようなことにはならなかったが、その軌道が僅かに逸れる。
そして僅かに逸れた剣の軌道を避け、トリストスがドルガーに踏み込み、その長刀を切り返した。
「チィ!」
舌打ちをしてドルガーは後退する。
先ほどの一戦でその身を纏う鎧はボロボロになっており、トリストスの長刀と技量をもってすれば紙切れのように切り裂ける程度の強度しか残っていない。
正面から受けるわけにはいかないのだ。
ズザザザ!!
地面を削り取るような凄まじい勢いでドルガーが後退する。
「……あれほどの剣戟を放った直後に後退できるとは、相変わらず出鱈目な」
あきれ交じりにトリストスがそう言った時、ドルガーのみぞおち付近が浅く切り裂かれ、僅かに鮮血が流れだした。
ドルガーは自分の負傷を確認し、その血を指で拭いながら答える。
「お前こそ、あの時よりも腕を上げておるな」
「どうかな。俺にはあんたの動きが僅かに鈍っているようにも見えるが」
ドルガーの賛辞にそう返したトリストスは、その長刀を構えたまま注意深くドルガーを観察して再び口を開いた。
「むしろフィナリアとファーレンベルクの攻撃を受けて僅かに動きが鈍るだけのあんたは異常だな」
「……」
トリストスの言葉に、ドルガーはその視線を一気に鋭くする。
視線が鋭くなると同時にドルガーの闘志も膨れ上がる。
「やはりお前は危険だな。全力を持って相手をさせてもらおう!」
そう言ってドルガーがその剣に魔力を込めようとする。
かつてトリストスの長刀をへし折って見せたその奥義を前に、しかしトリストスは全く動じていなかった。
「遅い」
トリストスがそう言った瞬間、ドルガーは剣に魔力を込めるのを中断して再び大きく後方に下がった。
ドルガーが後退するなどほとんど目にしたことの無いドルガー軍の兵士たちにわずかばかりではあるが動揺が起こる。
それに対して一呼吸でドルガーへ踏み込み長刀を振るったトリストスは面白みもなさそうに口を開いた。
「全快ならともかく、今のあんたにはわずかばかりの隙が見て取れる。そこを突けばその奥義の妨害位わけはないぞ」
涼しげにそう告げるトリストスに、ドルガーは歯噛みする。
確かに自分は先ほどノーストンの王女の風龍弾と炎鳥の火炎放射を受けた時のダメージで呼吸が一拍子遅れている。
目の前の剣士は攻撃の絶対的な威力でこそ自分には及ばないが、その太刀筋の鋭さと速さは明らかにこちらを上回っている。
対応できないほどではないが、確かに僅かでもこちらの動きが鈍れば致命的となるだろう。
通常攻撃が一拍子遅れる程度であればどうにか誤魔化せないこともないが、奥義の発動も一拍子遅れては合計で二拍子遅れることとなる。
これではなるほどトリストスの言うとおり奥義の発動は厳しいだろう。
そんなドルガーを見ながら、トリストスは長刀を手にしたまま言葉を続ける。
「さて、打ち取れるかどうかは別問題として、今のあんたを押し止めることなら俺にもできなくはない。となれば、あいつもこいつらもあんたの部隊を潰しにかかるが、どうする?」
そう言いながらトリストスはファーレンベルクと自分の連れてきたフォルシアンの兵士たちを指さした。
それを吟味し、ドルガーは命令を口にする。
「全軍、撤退した後本隊と合流しろ!」
ドルガーがそう言うと、ドルガー軍は即座に踵を返した。
当然後方に警戒しながらではあるが、そのあまりの統率のとれ方にフォルシアンの兵士たちの方が呆気にとられていた。
本来なら追撃をかけるにはもってこいの状況だが、ドルガー軍は撤退しながらも一分の隙も見て取れない。
何よりトリストスと対峙しているドルガーが「余計なまねをすればたたき切る!」と言わんばかりの戦意をむき出しにしている。
トリストスならまだしも、他の面子では今のドルガーでも対応できるはずもない。
「……見逃すのか?」
様子を伺うだけのトリストスに対してドルガーがそんなことを問いかける。
それに対してトリストスは長刀を手にしたまま答えた。
「そんな戦意をむき出しにしている奴に下手に手を出せるわけないだろ」
そんなトリストスの返答に、ドルガーはフッと笑みを浮かべた。
「借りにしておこう」
そう言うと、ドルガーは指笛を鳴らして愛馬を呼び寄せる。
トリストスと兵士たちに背を向けてはいたが、その背に誰も追撃をかけようとはしなかった。
「全く。見ている方の寿命が縮みますよ」
部隊と合流したドルガーに対してゼインがそんなことを口にする。
いかに自らの将に対して絶対的な信頼を置くゼインと言えども、正面から最上級魔法と得体の知れない炎鳥の火炎放射をその身に受けたのだ。
しかもその状態でドルガー軍の騎馬隊を一刀両断してのける剣士と戦うなど、常人の域を越えないゼインから見て正気の沙汰と思えないのも無理はないだろう。
「ふむ。確かに今回はいささか疲れた」
ゼインの言葉にドルガーはそう応じる。
ゼインから見ればあれだけの戦いをして少し疲れただけというドルガーの異常さに呆れを抱くが、竜号の際に100を超える竜種を一人で討伐してのけたという実績を持つ将軍にそれは今更だと思い直す。
「将軍の実力は存じ上げておりますが、あまり無謀なことは」
「ゼイン」
ゼインがドルガーを諌めようとした時、突然ドルガーが言葉を挟んだ。
「お前も分かっているはずだ。わしがなぜ戦うのかを」
ドルガー静かにゼインに向かってそう告げる。
その指摘に、ゼインは一度目を閉じた。
「将軍。やはり考えは変わらないのですか?」
そんなゼインの問いにドルガーは頷く。
「考えを変えるつもりはない。わしは帝国軍の将としての使命を果たす」
「……分かりました。ですが、今回は主力となる部隊も連れています。強行突破する必要はないので、時間をかければ十分に制圧できるかと思います。それで問題はないでしょう」
ゼインの指摘にドルガーはしばし黙する。
そしてその首を縦に振った。
「まあ、それはそうじゃな。こちらが攻め込む側なのだ。そこまでに急ぐ必要もない」
「ええ。今回のように強行せずとも、何の問題もないはずです」
問い返すゼインに、ドルガーは頷き答える。
「ゼイン。お主の言っていることは正しい。わしらの目的を鑑みるのであれば、今回のように強行する必要はない」
「では」
提言を口にしようとしたゼインに対し、しかしドルガーは首を横に振った。
「これから一戦交える相手を知りたいと思うのは、武人としては当然のことだろう。まして、それがこれから人間界を背負おうとしているような連中であればなおさらの話じゃ」
「……」
ドルガーの返答に、ゼインは苦笑を浮かべた。
あまりにもあっさりとした答えに、この将軍はこれからも無茶を繰り返すのだろうと察してのことである。
「下らん話はここまでにしろ。本隊との合流を急ぐぞ」
「は!」
ドルガーの命に、ゼインは頷く。
そして、ドルガー軍は真っ直ぐ南下していった。




