超常のぶつかり合い
「あれは、風龍弾!」
ゼインは目の前に生み出された風龍を見て驚愕を露わにした。
リスタコメントスを襲撃したエベルスから情報は得ていたが、ノーストンの王女が属性魔法の極致ともいえる魔法を扱ったということに対してゼインは半信半疑だった。
なぜなら竜を模る魔法の習得は、魔導師大国である帝国であっても魔道総師であるロイルド・インディオスと、元帝国筆頭魔導師であるロウセイの二人以外に成し遂げた者のいないある種の偉業なのである。
事実、帝国内でも10本指に入る魔導師であるゼインをもってしても習得できていない超常の魔法なのだ。
一人の魔導師として憧憬を抱きながらも、ゼインは大きな疑問を抱いていた。
竜を模るかの魔法の習得が困難な理由は二つある。
一つは並みの魔導師が全身全霊を振り絞っても引き出すことのできない膨大な魔力の消費量。
もう一つは、その膨大な魔力を一片さえも霧散させずに扱いぬく技量。
この二つが揃わなければ、竜を模す魔法は発動させることができないのである。
ロウセイの元で修練を積みあげたゼインをもってしても、あの魔法を用いるには魔力が足りず、仮に足りたとしても針の穴を通すような魔力コントロールを要求されるため発動できるとは到底思えない。
だというのに、自分より明らかに年下の王女がそれを発動してのけたという事実に、ゼインは僅かばかり歯噛みした。
天才。
そんな単語が頭をよぎるが、ゼインは即座に雑念を振り払い部下たちに命を下す。
余計な雑念に囚われることが致命的であるということは、日々戦場に身を置くドルガー軍の誰もが魂に刻み込まれるほどに理解していることである。
「迎撃しろ! 全力の魔法であの竜を撃ち落とせ!」
自分たちの背後を走る魔道騎馬隊に対し、ゼインはそんな指示を下す。
直後、魔道騎馬隊から色とりどりの魔法が風龍めがけて放たれる。
しかし無数の魔法が激突しながらも、風龍はその勢いを全く緩めていなかった。
わずかばかりにその表面を削り取られてはいるが、言ってしまえばそれだけである。
だがゼインにとってもそれは予想の範囲内である。
風竜は通常の魔法では考えられないほどに魔力が圧縮されており、その圧縮率は魔力を線状に放つ『風鳴閃』と同程度なのである。
言い方を変えれば、『風鳴閃』に込める魔力量を増やしていけば自然と風龍になるのだが、極限まで魔力を圧縮する『風鳴閃』でさえ習得できる魔導師は1000人に1人もいない超高等難易度の魔法なのだ。
魔道騎馬隊は機動力を兼ね備える魔導師部隊という破格の部隊ではあるが、魔導師としての練度そのものは帝国の魔導師と大きく変わりはない。
ゆえに彼らの魔法では風竜の魔力を僅かばかり削るのが関の山であり、全員でかかっても勢いを止めることはできないのである。
ゆえにゼインは己の手に魔力を集める。
頑丈な岩を砕くのに必要なのは無数に降り注ぐ雨ではなく、極限まで凝縮された一撃である。
『水閃弾!』
魔力を極限まで圧縮し、その速度と射程範囲を膨大なものにする高等魔法。
魔力を圧縮するという特性上、極めて高い貫通力を持つこの魔法であれば風竜と言えどもある程度効果がある。
その昔、師ロウセイに習った魔法の知識に従い、ゼインはドルガー軍内でも扱うことのできる者の少ない高等魔法を紡ぎあげる。
高密度に圧縮された『水閃弾』が光線のように風竜めがけて飛来し、魔力で作り上げられた風竜の体を貫き僅かばかりだがその勢いを殺した。
「よし。追撃をかけろ!」
ゼインの意図を察した魔道騎馬隊も同様に魔法を紡ぎあげる。
水閃弾、風鳴閃をはじめとする高圧縮魔法であれば風竜を削り取ることが可能。
そしてドルガー軍の魔道騎馬隊の中にはそれを扱うことが出来るもの達が少数ながら存在している。
彼らが一斉にそれらを放てば風龍弾を削り切ることも可能だろうと考えての事である。
が魔法を紡ぎあげようとした時、不可視の風の矢がゼストめがけて飛来する。
「チッ!」
舌打ちをし、ゼインは自分めがけて飛来する風の矢を迎撃する。
不可視の矢とはいえ、魔力を帯びている攻撃であればゼインには問題なく対処できる。
しかし対処をしてしまったせいで風龍弾に対する迎撃は中断せざるを得なくなってしまった。
そして、同様に風龍弾を迎撃しようとしていた他の魔導師たちも突如襲ってきた風の矢に対処を迫られて攻撃を中断させられてしまう。
ゼインが僅かばかり勢いを相殺したとはいえ、迫りくる風竜弾の内包する魔力そのものは大きく損なわれていない。
用いられる魔法の魔力量そのものに雲泥の差があるため、『水閃弾』だけで相殺するのはそもそも無理があるのだ。
しかし眼前に迫る風竜を目の当たりにしながらも、ゼインはもとより兵士たちには何の動揺もなかった。
なぜなら、自分たちの正面を走る将軍が全く怯んでいないからである。
ドルガー将軍は剣を片手に真っ直ぐ上空から迫りくる風竜を見据えている。
少なくともゼインにはそう見えていた。
だが、ドルガーが目を向けているのは風竜だけではなくその先に迫りくるファーレンベルクと、その乗り手である二人に向けられていた。
その表情に獰猛な笑みが浮かんでいることに、ドルガーの後方を走るゼインは気が付かなかった。
「すげえ」
フィナリアが放った風竜の威力に、俺はそんなことを口にした。
ドルガー軍の騎馬隊から放たれる魔法は難易度こそ低いが、実戦で用いられるには申し分ないほどに練り込まれており、エベルスが連れていた魔導師たちよりもはるかに鋭い魔法が飛んできている。
事実、俺たちの方に全くと言っていいほど流れ弾が飛んでこない。
よほど精度よく狙っているのか、全ての魔法が風竜に激突しているのだ。
だというのに、フィナリアの風龍弾は僅かに威力を削がれてはいるものの、ほとんどの魔法を弾いている。
攻撃魔法については門外漢な俺だが、フィナリアが単独で発動した魔法を一軍の魔導師たちが迎撃しきれていないという状況が異常なのは理解できる。
しかし同時に俺の目にはそれが当然のように思えるような情報が見て取れる。
フィナリアの魔法とドルガー軍の魔法では、その魔力の密度と性質がまるで違う。
言ってみれば、風竜という魔法は魔力という水を氷塊にしているのだ。
氷塊に雨水が当たれば多少溶けはするだろうが、その原型を崩すにはそれなりに時を有する。
だからこそドルガー軍の魔道騎馬隊が束になって魔法を叩き込んでもフィナリアの風龍弾の勢いを殺しきれていないのだ。
「行けるかフィナリア」
見る見るうちにドルガー軍に迫る風龍弾をみて、俺はフィナリアにそう問いかける。
しかし当の本人は非常に険しい表情を浮かべている。
「油断はできません。相手は…間違いなく規格外ですから」
フィナリアがそう言った瞬間、ドルガーの後方から水魔法の一閃がフィナリアの風竜を貫いた。
「大丈夫か!?」
ウォーターカッターのような高圧水流が風龍弾を貫いたのを見て、俺はフィナリアに確認を取る。
それに対し、フィナリアは大丈夫だと頷いた。
「一撃ならどうということはありません」
「そうか…ってヤバイ!」
そう思っていた俺の目に、続けざまに同種の魔法を放つ予兆が見えた。
援護したいが俺は攻撃魔法については門外漢だし、風龍弾を使っているフィナリアには到底他の魔法を扱う余裕などないだろう。
さっきの攻撃はまるでアイスピックのようにフィナリアの魔力を貫いていた。
あれを幾度もくらうと威力が激減してしまう。
しかし何か手はないかと俺が頭を悩ませていた矢先、突然魔法を放とうとしていたそいつらが発動をやめて何かを防御した。
「……女王様か?」
「そのようですね」
俺の推測をフィナリアが肯定する。
どうやらセレスティーナは山三つ離れた先から射撃するだけでなく援護することも出来るらしい。
こんな長距離から援護をするなど人間技ではないが、セレスティーナならありだろう。
今の援護でできた時間で、風龍弾はドルガー軍を…もっと言えばドルガー軍の先頭を走るドルガー将軍の眼前まで迫っていた。
今からでは敵の援護も意味を成さない。
属性魔法の最高峰とも呼ばれる風龍弾を受ければ、さすがのドルガーもただではすむまい。
そう考えていた俺は、直後迫りくるドルガーの表情が目に飛び込んできた。
ゾクリ!
遠目に見えたドルガーの表情に、俺は戦慄を覚えた。
その面貌は、獣のように獰猛な笑みを浮かべていた。
そして俺はさらに目を疑うような光景を目の当たりにする。
ドルガーの右手に掲げた肉厚の刃が黄土色に染め上げられていくのだ。
その剣の輝きは、以前シルディエの騎馬隊を止めたバストラングの一撃によく似ているが、その輝き方はバストラングの比ではなかった。
「ハアアアアアアア!!!!!」
直後、ドルガーは雄叫びと共に風龍弾めがけて馬の鞍から飛び出し、フィナリアの緑竜の咢めがけて真っ直ぐ飛び込んでいった。
『飲み込め!』
俺の背後でフィナリアがそんなことを口にする。
すると風竜の咢が閉じられ、ドルガーが飲み込まれた。
あの中は攻撃性の魔力の塊だ。
そんな中に身を投じれば、まともな奴ならひとたまりもない。
まともな人間ならあの中で一秒と持たずに死に絶える。
そう。まともな人間であれば、である。
「ラアアアアアアァァァァイ!!」
そんな叫び声が聞こえたかと思うと、風竜の体が突然膨れ上がり破裂した。
その中から、ドルガーが剣を片手に地面へと飛び降りてきた。
「そんな!」
「嘘だろ!」
目の前の光景に対し俺もフィナリアが驚きを隠せずにいた。
風竜に飲み込まれたドルガーは、事もあろうに内側から風竜弾を叩き壊したのだ。
「ピュィィィィイイイ!!」
直後、ファーレンベルクがドルガーに対して威嚇するかのように鳴き声を上げた。
その口内には、すでに赤々とした炎が滾っている。
「…まさか」
ファーレンベルクが迎撃しようとしている。
ということは、ドルガーはフィナリアの風龍弾をぶち破っておいてまだ余力があるということなのか。
それを確認しようとした俺の目に、再び持ち上げられたドルガーの面貌が映し出される。
その目は、獲物を見つけた猛禽のように鋭い目つきだった。
その鋭い目つきのまま、ドルガーはこちらに向かって一度地面に着地して深く腰を落とす。
「ヤバイ! 迎撃しろファーレンベルク!」
直感的に俺がそう叫んだ時、ドルガーがまっすぐにこちらめがけて跳躍してきた。
無謀ともいえる猪突猛進ぶりだが、そこに突破力が伴っていればそれは立派な策となる。
そして風竜弾を真正面から潰して見せたドルガーにはあるのだろう。
絶対的な突破力と、どんな障害でも正面から突破してのけるという自信が。
「ピュアアアアアアア!!!!!」
ドルガーがこちらに向かって跳躍した直後、ファーレンベルクの口内から火炎放射が放たれた。
放たれた火炎が迫るが、すでに跳躍したドルガーに成す術などあるはずもない。
「ハアアアアアアア!!!!」
だというのに、ドルガーは避けるそぶりなど微塵もなく、裂帛の気合と共にファーレンベルクの放つ火炎の中に飛び込んでいった。
「……」
あっという間に炎に包まれて見えなくなったドルガー姿を、俺とフィナリアはファーレンベルクの背から祈るように探していた。
この火炎の中で生き残るなどあり得ない。
ファーレンベルクの火炎は、不死身の魔王と言われたヴィラルドを殺した一撃なのだ。
だが、そう思うなかでどうしても反対の可能性が脳裏に浮かぶ。
この攻撃でもドルガーは死なないのではないかという可能性が、どうしても拭い去れないのだ。
ファーレンベルクはドルガーを飲み込んだにも関わらずその火力を全く弱めていない。
ファーレンベルクはドルガーを骨も残さず焼き尽くすつもりなのか。
それとも……未だに倒した手ごたえがないのか。
その答えは、直後明らかとなった。
ドルガーがその剣を振りかぶりながらファーレンベルクの炎を突破したのだ。
「……嘘だろ」
そのあまりに現実味のない光景に、俺はそんなことを呟いた。
ファーレンベルクめがけて飛来するドルガーは、その手に握った肉厚の剣に黄土色の魔力を乗せている。
ファーレンベルクも攻撃の最中に即座に回避することはできない。
「残念だったな」
そう言って、ドルガーがその剣を振り上げる。
風龍弾を突破したドルガーの一撃であれば、ファーレンベルクの障壁を突破することも出来るかもしれない。
「クウヤさん! 下がってください!」
そんなことを考えていた俺の前に、フィナリアが踊りだした。
いつの間にかその手には剣が握られており、その剣は薄らと緑色の魔力を纏っていた。
「ダメだ!」
その姿に、俺は一秒後にフィナリアが切り伏せられる光景を幻視した。
ドルガーの剣に宿っている魔力と、フィナリアの剣に宿っている魔力は、その輝きから見て取れるほどに密度が違う。
これでは風龍弾に通常の魔法を持って挑むような物であり、全く、微塵も、勝負にならない。
フィナリアもそれは分かっているはずなのだが、ほかに手段がないと判断したのか、ファーレンベルクの背に乗ったまま全身全霊にてドルガーを迎え撃たんとしている。
「や!」
やめてくれ。
その言葉を口にしようとした時、ドルガーが突然体を逸らした。
「チッ!!!」
ドルガーが舌打ちすると、先ほどまでドルガーの頭があった位置を風の矢が通り抜けて行った。
これは、セレスティーナの魔法!
「フィナリア!」
「分かっています! 『鎌鼬!』」
直後、フィナリアは剣に宿した魔力を解放し、自らの斬撃を飛ばした。
その斬撃を、ドルガーは手にした剣で受け止める。
フィナリアの『鎌鼬』はドルガーに防がれあっさり霧散したが、そのわずかにできた隙をついてファーレンベルクが大きく羽ばたいた。
「よし!」
上空へと羽ばたくファーレンベルクに変わり、ドルガーは重力に従って落下する。
超人を越える化け物ドルガーから離れ去っていくという事実が、俺に安堵をもたらした。




