ドルガー軍との対峙
「これで良しと」
フォルシアンのドワーフ族の集落にて、俺は治療を終えて汗を拭う。
帝国軍を撃退した俺たちは、フォルシアンがノーストン・リスタコメントスとの連合を組んだということを表明したわけだが、その賛同者を増やすためにファーレンベルクに乗ってあちこちを回りながら調停を行う日々を送っていた。
調停そのものはフィナリアとセレスティーナがいれば事足りるため、俺はポジティブキャンペーンの一環として白魔法の修行も兼ねて、集落内の怪我人や病人の面倒を見ていた。
案外集落内には病気やけが人が多く、俺の魔法が存外役に立つのだ。
「…クウヤよ。お主凄まじい魔導師じゃったのじゃな」
「あ、女王様。話はどうなりました?」
会談を終えたのか、フィナリア・セレスティーナの美女二人がこちらに向かってやってきた。
「無事完了じゃな。ここも協力してくれることとなった」
「それは何より」
そう言って、俺は次に待っている患者の治療を始める。
協力者ではないからと言って手を抜くつもりはないのだが、やはり手を貸してくれる味方となってくれるなら治療のやりがいもある。
「…………」
そんなふうに治療に当たる俺を、セレスティーナはとても興味深そうに見ていた。
「…なにか?」
絶世の美女と言ってもいいセレスティーナに覗き込まれることがやや気恥ずかしかった俺は、気恥ずかしさを誤魔化すために思わずそんな質問をした。
それに対し、エルフの女王は問いを返す。
「お主、一体どこでそれを身に付けた?」
「ロウセイ師匠に、ですけど?」
間髪入れずにそう答えた俺に対して、セレスティーナは眉をひそめる。
「その者は人族なのか?」
「勿論」
俺の返答に、セレスティーナはますます深く眉をひそめた。
「その、ロウセイという人物は、相当にできるのか?」
「勿論。人間界最強って言われてるらしいですから」
「お主にそれほどの霊法を身に付けさせるほどの師だというのか……」
その美麗な顔に深い眉間が刻まれる。
……俺、そんなに変なこと言ったのか?
「セレスティーナ様。私が説明いたします」
俺の説明に底なしの皺を眉間に作るセレスティーナに対し、フィナリアが口を挟んだ。
「セレスティーナ様も知っての通り、クウヤさんは私達とは生まれ育った環境が違います。クウヤさんの師であるロウセイ様も尋常ならざる使い手であることは間違いありませんが、クウヤさんの白魔法はその特異な知識から来るものなのです」
フィナリアの説明を聞いたセレスティーナは、途端に納得したように表情を変えた。
「なるほど。クウヤ特有の知識から来る魔法ということか。ならばその異様な魔力の使用方法も納得できなくもないな」
「特有の魔法、ね」
そんなことをぼやきながら、俺は並んでいた最後の患者の治療を終える。
セレスティーナにどう見えているかは知らないが、俺から見れば特有の魔法と言うのはセレスティーナの使っている精霊魔法の方だろうと思える。
俺は元の世界の知識から白魔法の要訣を抑えているだけであり、決して固有だとか特有だとかいう特殊なことをしているわけではない。
現にフィナリアも俺の知識を教えると、あっという間に魔法の練度を跳ね上げて見せた。
しかしセレスティーナの場合は違う。
肉眼では明らかに目視が不可能な相手の存在を察知したり、俺が異世界人であるということを看破してのけたりといった具合で、完全にやっていることが違うのだ。
「俺にはそっちの魔法もほうがよっぽど特異に見えますよ?」
治療を終えた俺がそんなことを口にすると、セレスティーナは目を瞬かせた。
「ふむ。人間界のものには精霊魔法が特異に見えるのか?」
「そりゃあもちろん。そもそも精霊ってのはなんなんです?」
いきなりの俺の質問に、セレスティーナはいささか意表を突かれたような表情を浮かべていたが、すぐさま答えてくれた。
「精霊は自然霊とも呼べる存在じゃな。言ってみれば、岩や草木に宿る霊魂という存在じゃよ。お主らの魔法と異なり、精霊を間に挟むがゆえに、人の身では扱えぬ類の魔法を扱うことが出来るのじゃよ」
セレスティーナの説明に、俺はなるほどと頷いた。
確か祝福の儀とかいう霊法は精霊王と契約した彼女にしか使えないという話だったし、セレスティーナにしか使えない霊法がほかにもいろいろあるのだろうか。
「ふう。とりあえず一通り終わったな」
おしゃべりしながらも治療を続けていた俺は、最後の患者の治療を終えた。
細かい治療となるとそれこそ際限がないが、とりあえず俺でなければ難しい治療の類はあらかた済ませた。
あとはなんとでもなるだろう。
「見事な治療じゃのう。機会があれば妾も教わりたいものじゃ」
「まあ機会があればということで」
「ふふふ。ならばなおの事この争いを早く終わらせねばのう……む?」
突如、セレスティーナが南の空を眺めた。
否、正確には南の地平線の方を向いた。
「どうかされましたか?」
「……敵が来る。恐らくは帝国軍じゃ」
「また?」
セレスティーナの探知能力が本物なのは俺たちもよく知っている。
である以上、彼女の向いた先には帝国軍がいるのは間違いない。
「あんな大軍を追い返されたのに、もう忘れたってのか?」
「……いや、今回の敵は以前の奴らとは進軍速度がまるで違う。恐らく、相当な強者ぞろいじゃぞ」
「強者? 帝国軍の強者って言ったら…」
俺は一人の人物を連想し、フィナリアの方を向いた。
それに対して、フィナリアは難しい顔をしていた。
「可能性はありますが、断言はしかねます」
「……だよな」
帝国の強者って言ったらドルガー将軍以外に思いつかないが、そのドルガー将軍は一月位前にリスタコメントスでバストラングと一騎打ちをしていたはずだ。
通信水晶で確認したから、そこはほぼ間違いはない。
僅か一月で軍を再編成してフォルシアンに来る。
普通に考えればいくらなんでも早すぎるが、ドルガーほどの将軍ならその進軍速度と編成速度を持って堂々と裏をかきに来ることも十分に考えられる。
「いずれにせよ、ドルガー将軍が相手と思って迎え撃った方がいいでしょう」
俺の考えを見透かしたようにフィナリアがそんなことを言った。
それに対して俺も頷く。
「セレスティーナ様。集められるだけの兵士を集めてください。恐らく、今回は我々だけでは荷が勝ちすぎる相手の可能性があります」
「…分かった。すぐに集めよう。しかしどうやっても時間はかかるぞ?」
フィナリアの進言に、セレスティーナはそう言って応じた。
フォルシアンが未だに一つの国として形を成していない以上、軍の編成に時間がかかるのは無理もないだろう。
「なら、時間を稼がないとな」
「うむ。軍の編成は妾の部下に任せておけばいい」
「では、早速行きましょう」
そう言って、俺たちはファーレンベルクの元へと向かう。
フォルシアンへと踏みこもうとしている帝国軍を迎え撃つために。
「ドルガー将軍。少々足が速すぎると思われますが?」
北の国境を越え、フォルシアンへと踏み込んだドルガーに対して副官ゼインがそう問いかける。
フォルシアンへの侵攻を決めたドルガーは、迅速に準備を整え出撃した。
ドルガー軍だけであればもっと早くに用意を整えることはできたのだが、今回の遠征には帝国軍10万を引き連れている。
ある程度地形がわかっているリスタコメントスであれば、不意打ちという形で襲撃をかければ短期間で王都を落とせる確信がドルガーにはあったのだが、さすがにほぼ未開の地であり、他の国に比べて険しい山や森の多いフォルシアンを攻めるのには直属の1万だけでは無理と判断してのことだ。
エベルスと違ってドルガー率いる帝国軍は比べ物にならないほどに行軍速度が速かったが、それでもドルガー軍から見れば緩やかな行軍であることに変わりはなかった。
しかしどういうつもりか、ドルガーは北の国境を越えた直後に自ら先頭を走りながら直属1万名を引き連れ先行しだしたのだ。
ドルガー軍にとっては普通の行軍速度であっても、ろくに鍛えてもいない帝国軍では到底ついてこれる速さではない。
そのため、帝国軍本隊は完全に置いてけぼりとなっている。
ゼインが指摘しているのはそのことだ。
別にドルガー軍は何の問題もないのだが、ドルガーの管理下から外れた本隊が後を追いかけてくるのに時間がかかるのは間違いない。
未開の土地で意図的に軍を分けることには愚策と呼んでも差し支えない。
しかしゼインの言葉はドルガーにそのことを指摘してはいても、非難はしていなかった。
ゼイン自身もドルガーがそんなことも分からいような人物ではないことを確信しているため、その真意を確認するためにそんな問いを放ったのだ。
その問いに対し、ドルガーは進軍先を鋭く睨んでいた。
「これでいい。こうしてわしらが正面から突入すれば、フォルシアンの連中は必ずわしらの存在に恐れおののく。何しろ、フォルシアンは少数民族の集まりゆえ、こうした大軍の侵攻を受けた経験など皆無なのじゃからな」
「……なるほど。そういうことですか」
ドルガー将軍の意図を察し、ゼインはコクリと頷いた。
フォルシアンが少数民族の集まりである以上、確かにドルガーの言う通り大軍同士でのぶつかり合いなど経験のない話だろう。
ゆえにこうして大軍でフォルシアン内を闊歩するだけでも威嚇としては十分すぎるほどの効果がある。
相手が混乱して足並みを乱せば、それだけでフォルシアンの侵攻は楽になるのだ。
本来なら無謀とも取れる行動だが、ドルガー軍に限って言えばそれは無謀たり得ないのだ。
「つまり、フォルシアンの民を震え上がらせるということですね?」
「まあそう言うことだ」
ドルガーの返答にゼインは頷いた。
確かに、フォルシアンの民を震え上がらせることが出来ればどう転んでもこちらに旨味がある。
そう、どう転んでもだ。
「む?」
ゼインがそう考えていた時、突如ドルガーが眉をひそめた。
直後、ドルガーめがけて風の矢が飛来する。
「ムン!」
気合一閃。
ドルガーはいつの間にか引き抜いた肉厚の剣でその風の矢を撃ち落とした。
「このまま突き進むぞ! ゼイン、わし以外を狙うものは任せた!」
ドルガーがそう叫ぶと、ゼインが無言でうなずいた。
再びドルガーめがけて風の矢が迫りくる。
それをドルガーは真正面から叩き落とした。
「……敵の攻撃は、あの山か?」
ドルガーを射抜かんと飛来する風の矢を見て、ゼインはその射出点を割り出す。
射出されたであろう弓使いがいるであろう山は、現在ドルガー軍がいる地点からみて三つ先の山。
間に二つの山が挟まれているため、その山は山頂が見える程度であり、霧がかかればすぐにでも見えなくなるほどに距離が離れている。
そんな位置からこちらの位置を正確に特定するなど、にわかには信じがたい話だった。
加えてドルガーが撃ち落としたのは魔法による攻撃だった。
ゆえに敵の魔導師はそれほどまで離れた距離から魔法を放ってきたということになる。
そんな長距離の攻撃など、到底自分でもできはしないとゼインは眉をひそめる。
ましてそれを命中させるなど常軌を逸しているにもほどがある。
だが、それをさも当然のごとく撃ち落とすドルガーもまたまともではない。
凄まじいほどの長距離からこちらの位置を正確に察知し、狙撃してのけた敵の魔導師と、先ほどから一切進路を変えずに真っ直ぐ正面の山めがけて進軍し続けているドルガー将軍に対し、ゼインは戦慄を覚えた。
「将軍。まさか、はじめからあの山に敵がいると気づいていたのですか?」
「いや、敵に気付いたのはさっき攻撃を受けた時だ」
つまりそれまでは完全に勘で動いていたということだ。
だというのに真っ直ぐに敵の居場所めがけて軍を進めるということをやってのけている自らの将の尋常ではない直感に、ゼインは尋常ならざる狙撃を成功させてのけた敵以上の畏敬の念を示した。
「ゼイン!」
直後、ドルガーがそう叫ぶと、ゼストがその手から魔法を放つ。
放たれた魔法は、上空にて敵の魔法と衝突し、弾け去った。
おそらく敵が正面を走るドルガーではなく、引き連れる配下を狙った一撃だったのだろうが、それをゼインは迎撃してのけたのだ。
「ゼイン。迎撃は任せる!」
ゼインにそう言い残し、ドルガーは真っ直ぐ射手のいるであろう山めがけて馬を進める。
「敵は山三つ先に陣取っている! 攻撃は私が防ぐため、各自進軍速度を緩めるな!」
前方から迫る攻撃をドルガーとゼインが食い止める中、凄まじい進軍速度をたもちながらドルガー軍は瞬く間に山ひとつを越えた。
「拙いのう」
弓を絞りながら、セレスティーナがそうつぶやいた。
「フィナリア。何か見えるか?」
「いえ。私にも何が起きているのか分かりません」
俺たちから見ればセレスティーナがはるか彼方に向かって魔法を放っているようにしか見えない。
フィナリアの『風響』の探知範囲からも外れているため、何が起きているのかまるで分らないのだ。
そんな俺たちの疑問を見抜いたセレスティーナが、弓を引き絞りながら状況を説明してくれた。
「帝国軍およそ1万名がまっすぐにこちらめがけて進軍してきた。それを迎撃するために霊弓を放ったのじゃが、それを見事に無効化されておる」
そう言いながらセレスティーナは再び弓を引き、風でできた不可視の矢を放つ。
しかし矢を放ってしばし後、再びセレスティーナの表情が曇った。
「……失敗?」
「うむ。先頭を進む者を狙っても、その後方の部隊を狙っても、その全てを叩き落とされてしまう」
「………」
セレスティーナの分析に、俺とフィナリアは顔を見合わせる。
彼女の攻撃を叩き落とせるような人物など、帝国軍内においては一人しか思い浮かばなかったからだ。
「セレスティーナ様。現在迫りくる一団の中に、際立った人物は見受けられますか?」
「……先頭を走る男が桁外れの気配を放っておる。しかも、まっすぐとこちらを見据えておるようにも見えるのう」
「こちらを見据えてですか? こちらへ向かってきたのは偶然なのではないのでしょうか?」
セレスティーナの表現に、フィナリアが眉をひそめてそう問いかける。
確かにさっきの言い方だと、まるでドルガーがこちらの位置をあらかじめ特定しているように聞こえる。
しかしそんな事はありえない。
ここからドルガー軍まではまだ山三つを隔てている。
それだけの長距離からこちらの気配に気づなど、セレスティーナならいざ知らず、超人級とはいえ人族であるドルガーに出来るとは思えない。
しかしそんな俺たちの考えを、セレスティーナはやんわりと首を横に振ることで否定した。
「間違いない。あ奴の軍は妾の攻撃を受けても全く揺らいでいない。恐らく、漠然とでも妾の存在を察知していたのやもしれぬ」
「……マジかよ」
トリストスを真正面から叩き伏せる剣技だけでも厄介極まりないというのに、推測の域を出ないとはいえ、まさかそんな探知能力まで習得しているという事実に俺は空恐ろしいものを感じた。
しかしだからと言って尻尾を巻いて逃げ出すわけにもいかない。
フォルシアンから見ればドルガー軍は侵略者に他ならないのだ。
セレスティーナの話では後詰に10万近い規模の軍が続いているという。
ドルガー将軍がそんなことをするとは思えないが、それに続く帝国軍であれば略奪の限りを尽くしても何の不思議もない。
俺たちは時間稼ぎにこの場に来ている。
である以上、ここで引くことも出来ない。
「ファーレンベルク。行くぞ」
「ピィ!」
そう言って、俺は傍に待機させていたファーレンベルクに飛び乗る。
ついでに俺の後方にフィナリアが飛び乗った。
「帝国軍はこっちで足止めします。女王様はここから援護を」
「すまぬな。頼む」
そう言って、俺たちはセレスティーナが矢を放った先へと向かった。
そこには、確かに1万人ほどの帝国軍がおり、素人の俺から見ても分かるほどに統率がとれたまま高速で移動していた。
そしてその先頭で騎馬を手繰る人物が放つ圧倒的な覇気に、俺とフィナリアは再び顔を合わせて頷いた。
「ドルガー将軍」
「間違いありませんね。まさかフォルシアンへと攻め込んでくるとは」
後詰の10万は見当たらない。
ということは先方としてドルガー自らが精鋭を引き連れてきたのだろう。
その状態で真っ直ぐセレスティーナのところに向かって来たとすれば、なるほど何かしらの方法で察知していたとしても納得できなくもない。
「行け! ファーレンベルク!」
「ピュアアアアア!!!」
一層気合の入った鳴き声を上げ、ファーレンベルクがドルガー軍の先頭めがけて突入する。
「全軍止まれ!」
さすがのドルガー軍も、ファーレンベルクを前に進軍を止める。
先ほどまでの疾風のような行軍が即座に停止する。
動作の一つ一つが洗練されており、誰もかれもが歴戦の勇士と言わんばかりの風格を持つその部隊は、以前俺が相手にした帝国軍とはまるで似ても似つかなかった。
「リスタコメントスの炎鳥使いクウヤと、アルザス王の娘フィナリア・ノーストンだな!」
恐ろしいほどの轟声でドルガーが叫ぶ。
フィナリアはともかく俺の名前まで調べ上げているとは。
同じ将軍でありながらエベルスとは何もかもが違う。
「貴様らがフォルシアンと同盟を組んだということは聞いている! この場で立ちふさがるというなら、我々は帝国の敵を滅ぼすために剣を抜くことになるだろう! 命惜しくば退くがいい! さもなくばその炎鳥ごとたたき切る!」
そう宣言し、ドルガーはその剣を抜いた。
こちらはファーレンベルクにまたがり空を飛んでいるというのに、ドルガーにもドルガー軍にもまるで気負いが感じられない。
おそらく自信があるのだろう。
ファーレンベルクが……というより、誰が相手であっても勝利する自信が。
そんなドルガーに対して、俺の後方でフィナリアが問いをかけた。
「ドルガー将軍。私たちは帝国と敵対することを望んでおりません。私たちは、この人々の住む世界をあるべき形に正したいと願っているだけなのです」
フィナリアの言葉は、語りかけるようでありながらとてもよく響いた。
しかしそんな言を聞きながらも、ドルガーはその闘志を些かも緩めなかった。
「笑止! お主らがやっていることは、この人間界5000年の歴史を破壊する代物だ! お主らが行った反乱により流れた血の量は、シェルビエントを破壊した魔族たちが手にかけた同胞のそれを遥かに上回る! 長い泰平の歴史を崩し、この世界に混乱を引き起こす張本人が世界をあるべき形にしたいなど、妄言ここに極まるぞ!」
ドルガーの指摘に、フィナリアの言葉が詰まる。
フィナリアは戦いを望むような気性の持ち主ではない。
むしろ諍い事さえ嫌うような穏やかな性状と言っていい。
そんな彼女は、しかし併せ持つ仁愛の精神ゆえに、帝国の暴政によって流される血と涙を見過ごすことが出来ず、本人が最も忌み嫌う戦場の真っただ中に身を置いたのだ。
本来であれば、ノーストンの王女として蝶よ花よと愛でられるような立場を帝国皇帝に奪われただけで絶望に身を浸らしていただろうに、そんなことに甘んじることも許されないまま、フィナリアは戦う道を選んだのだ。
だからこそフィナリアはドルガーの指摘に言い返せない。
事実として俺たちは大勢の敵の血を流させている。
そのことは、フィナリアにとって何よりも大きな十字架となってのしかかっているからだ。
だが、フィナリアが選んだそんな悲痛な決意を、眼下の帝国将軍は穢した。
そのことが俺の琴線に触れ、俺は背後で口を噤むフィナリアの代わりに口を開いた。
「黙ってい聞いていれば! お前たち帝国のいう平和ってのは、一部のお偉方が富むためだけに他の全員をないがしろにすることだろうが!」
気が付けば、俺の口から自然とそんな言葉が紡がれていた。
そんな俺に対し、ドルガー将軍はこちらを観察するように睨んでいる。
だが、俺の内からあふれ出す激情は止まらなかった。
「お前の言うとおり、この反乱で俺たちが流した血は魔族の襲撃よりもはるかに多いだろうさ! だが、お前たちが5000年間にもわたる暴政で流させてきた民の血と涙の量は遥かに多い! 俺たちが戦うのは、これまで流されてきたその血に報い、この先流される涙をぬぐうためだ! それが分からないなら、お前の方こそ妄言ここに極まっているぞ!」
タガが外れたように俺の口から俺の物とも思えない言葉が紡ぎあげられる。
初めて言葉を交えられる敵を真っ直ぐに見据えながら、俺は最後の言葉を口にする。
「フィナリアが言った通り、俺たちの目的は帝国の滅亡ではなく真の平和にある! その平和に立ちふさがるならば容赦はしない! だが、手を取り合うというならこちらが刃を取る理由はなくなる! 今一度考えてみろ! 誰が先に弓を引いたのかを! どちらが先に涙を流したのかを!」
自分で口にして自分でも内心驚いている。
こんな言葉が自分の口から紡がれるということが、信じられなかった。
事実上の停戦の提案。
俺にそんな権限などないというのに、気が付けば俺はそんなことを口にしていた。
しかし、ドルガー将軍も、ドルガー軍も、俺の言葉に何の興味も示していなかった。
「言いたいことはそれだけか反乱分子! お前たちが帝国に弓を引いた事実は揺るがぬ! 帝国に仇なす愚か者を始末するのが帝国将軍たる我が使命! 退かぬというなら覚悟せよ! 帝国最強の名において、我が祖国の敵を殲滅する!」
『オオオオオオォォォォォォォォ!!!!!!!』
ドルガーがそう宣言すると、背後に控えるドルガー軍から怒号が上がった。
帝国最強の将軍と、その配下たちが、まるで俺の抱いていた意志そのものが間違っていると言わんばかりにその敵意を叩き付けてきた。
真正面から叩き付けられたその悪意に、俺は先ほど自分が口にした信念が僅かに揺らぐのを感じた。
しかし直後、その圧倒的な敵対心にさらされた俺の手を、背後からフィナリアが優しく握ってくれた。
「……」
その手につられ、俺は背後を振り向いた。
俺の手を握ってくれたフィナリアの目には、先ほど言葉を噤んだような迷いの色はなくなっていた。
その瞳が、ドルガー軍の無数の敵意にさらされることで抱いてしまった俺の僅かな疑念を振り払った。
そう。俺が先ほど口にした言葉は、俺一人が思い描いている絵空事ではなく、俺と共に歩んできた同志たちの総意だということを忘れていた。
「クウヤさん。私の心の内を代弁していただき、心より感謝いたします」
そう言うと、フィナリアはその全身に魔力を滾らせる。
『風龍弾』
静かに紡ぎあげられたフィナリアの魔力が、ファーレンベルクの背後で竜の形を造り上げた。
「戦いましょう」
「おう。やるぞファーレンベルク!」
俺がそう言うと、ファーレンベルクは真っ直ぐにドルガーめがけて突進した。
その隣から、風龍がファーレンベルクを抜き去る。
炎鳥と風龍の突撃に、しかしドルガー軍は。
「突撃!」
動揺することもなく、将軍の号令に従って真っすぐにこちらをめがけて突撃してきた。




