フォルシアンの歴史
「二人とも。同盟を組むに当たり、話しておかねばならんことがある」
フィナリアと共に朝餉を済ませて同盟の会談を進めようとした俺たちに、セレスティーナが突如そんなことを口にした。
やや重苦しい雰囲気ゆえに、内容があまりいいものではなさそうだということは察しがついた。
「お主らは、フォルシアンの歴史をどの程度知っておる?」
セレスティーナの問いに、俺はフィナリアの方を向く。
正直、国の歴史など聞かれても知らんとしか答えようがない。
俺が水を向けたフィナリアは、しばしの間を置いた後に答えた。
「フォルシアンの祖は、5000年前の災害戦争の際に人族と獣人族の激突のあった場所を避け、この北の大地に居を構えた少数部族の方々だと伺っています」
「……なるほど。人間界ではそう伝わっておるのか」
含みのあるセレスティーナの一言に、俺とフィナリアは眉をひそめる。
俺はフォルシアンの歴史など知らないが、フィナリアが知っているのは恐らくこの世界に一般的に知られていることなのだろう。
「フォルシアンに伝わる歴史は異なるのですか?」
フィナリアの問いに、セレスティーナは頷いた。
「フォルシアンが災害戦争を避け、この北の大地へとのがれた。お主はそう言ったな?」
「はい」
「それは間違いじゃ。5000年前の災害戦争時、フォルシアンの民も災害戦争には加わっておる」
「な!?」
セレスティーナの告げた一言に、フィナリアは絶句していた。
「やはり、人族の世界には歪められた歴史が伝わっておったのか」
「……詳しく話を聞いても?」
俺の問いに、セレスティーナは頷き応じた。
5000年前に、大陸の東端に隕石が衝突し、大陸東部を焼き尽くすという凄まじい大災害が発生した。
そして、残された大陸西部の土地を奪い合い、当時の人々は二つの陣営に分かれて激突した。
その二つの勢力というのが、人族が束ねる現トルデリシア帝国の勢力と獣人族が束ねるガイアと呼ばれた勢力である。
「人族と獣人族がぶつかり合った……って話じゃなかったか?」
その話を聞いた俺は、フィナリアにそんな問いを口にした。
それに対し、フィナリアは頷いた。
「トルデリシア、ノーストン、リスタコメントスに伝わる伝承には、確かにそう綴られています」
「ふむ。そちらの伝承にもやや興味があるが、まずは話を続けさせてもらおうか」
そう言って、セレスティーナは話を進めた。
隕石衝突によってもたらされた爪痕はあまりにも深く、当時少数民族として各地に点在していたエルフ族やドワーフ族なども、当然のように行き場を追われる形となった。
その際、そういった少数民族を迎え入れ、連合軍を造り上げたのが人族を主権とするトルデリシア勢だったのだという。
「……つまり、現在の帝国側と共に、当時の少数部族の方が戦われたと?」
「うむ。勝利した暁には、各部族を手厚く遇するという約定の元にな」
しかしと、セレスティーナは言葉を切る。
「だが、妾たちが住んでおるこの北の大地は不毛とは言わぬまでも貧しい土地じゃ。何故妾たちがここに住みついたのか、理由は解るか?」
「……戦の後に、トルデリシア帝国勢が約定を破棄し、少数部族の方々を北の大地に追いやったから、ですか?」
セレスティーナの問いに対し、フィナリアが恐る恐るといった具合でそう問い返す。
その答えに、セレスティーナは首を縦に振った。
「そのとおりじゃ。約束された土地はおろか、長く住みついていた土地をも追われた我々フォルシアンの民は、流れ流れてこの北の土地へと追いやられた。だからこそほとんどの者が人族を強く憎んでおる。帝国側もそのことを知っておるがゆえに我々フォルシアンの民が攻め込んでこれぬように北方の警備を分厚くしておるのじゃよ」
「そんな、ことが」
セレスティーナの説明に、フィナリアが絶句していた。
フォルシアン内に伝わる歴史と人族側に伝わる歴史の齟齬。
それがフィナリアにとっては深い衝撃だったようだ。
「……なるほど」
「ん? どうかしたのかクウヤ?」
「いえ、なんでジェクト将軍が使者だったのか納得がいきました」
フォルシアンが人族を憎んでいるというのなら、使者を送ったとしても門前払いされるどころかその場で殺されても不思議はない。
ゆえにジェクト将軍が使者となったのだ。
しかし、だとしたらだとしたで疑問も残る。
「でも、だとしたらなんで女王様は連合軍の参加を受諾したんですか?」
フォルシアンの民がそんな事情を抱いているというのであれば、俺たちを殺さんとするほどに憎むのも当然だろう。
しかし、だからこそ目の前のエルフの女王様が連合軍の参加を受け入れたのかが分からないのだ。
そんな俺の疑問に、セレスティーナは頷き答えた。
「話というのはそれじゃ。フォルシアンの中には、今も根深く人族に対して強い憎しみを抱く者達が大勢おる。そして、フォルシアンを束ねておるエルフ族はその最たる存在だったのじゃ」
「……だった?」
「うむ。お主らからみて、今のエルフ族はどうじゃ? お主らを殺したいほど憎んでいる者達がいるように見えるか?」
「……いいえ」
ファーレンベルクに乗って真っ直ぐにこっちに向かって来たために他の集落は全く見てないが、少なくともエルフ族の里では一切の敵意や悪意を受けた覚えはない。
友好的とも言いにくいが、もし害意を持っていたら俺とフィナリアは暗殺されるなりなんなりされていたことだろう。
そんなことを考える俺に対し、セレスティーナは頷き答える。
「今からおよそ20年前の話になるが、妾は人族を憎むエルフ族と決別し袂を分かった」
「……じゃあ今女王になっているのは?」
「袂を分かったのちにいろいろ込み入った事情があってのう。詳しくは省くが、妾は当時エルフ族を束ねていた元老院を打倒したのじゃ。まあ、言ってしまえば革命を起こし、王位を簒奪したといったところじゃ」
「……はぁ」
あっけらかんととんでもないことを口にするセレスティーナに対し、俺はそんな間の抜けた返事をすることしかできなかった。
そんなセレスティーナに対し、しばし黙り込んでいたフィナリアが問いかける。
「では、現在のフォルシアンはどのような状況になっているのですか?」
「内輪もめがあちらこちらで広がっておる、といった状況じゃな。何しろ災害戦争が起こったのは5000年前の話じゃ。寿命の長いエルフ族ならまだしも、その憎しみを根深く持ち続けている種族はそう多くはない。かといって、一丸となって人族と融和を望む者が多くもないというのが現状じゃよ」
「なるほど。それで連合軍参加の表明ですか」
フィナリアの一言に、セレスティーナは頷いた。
「正直、フォルシアン内だけで人族との融和を声高に叫んでみても、ただの絵空事と化してしまう。しかし、人族と連合を組むということになればその話はより現実味を帯びることとなる。まして、相手が我々フォルシアンの民を虐げた帝国となれば、なおの事じゃ」
セレスティーナの説明に、俺は納得した。
俺たちはフォルシアンに連合を組んでもらえることが戦力の増強につながるが、フォルシアン側から見ても人族とのコネクションが出来れば融和を前目ることが出来るのだ。
セレスティーナの話を聞き、フィナリアは一度ため息を吐いた。
「どうかしたか?」
「いえ、自分の浅慮さに、少々思うことがありまして」
「浅慮? フィナリアが?」
「はい」
そう言って、フィナリアは複雑そうな表情を浮かべる。
「人間界に伝わる歴史は、トルデリシア帝国の初代皇帝にして、災害戦争時に人族側を勝利に導いた英雄グランツ・ローゼンバルク卿の記した書簡を原典としています。私たちは帝国の行いを正そうとしながらも、その帝国の伝える歴史には全く疑いを持っていませんでした」
「ああ。そう言うことか」
フィナリアが何を想い悩んでいるのかが分かった。
つまりは、戦勝国である人族側が事実を捻じ曲げたことを考慮していなかったということだ。
凝り固まった既成概念というものはそう易々とは取り除けるものではない。
俺にしてもこの歴史など全く知らなかったからこそこんな違和感を抱けたのだが、フィナリア達から見ればキリスト教が聖書の内容を疑わないほどに信じていた歴史だったのだろう。
だが、フィナリアはすぐに表情を切り替えてセレスティーナに向き直る。
「フォルシアンの事情は理解できました。つまり、連合軍に参加することはできても兵力を集めることが出来るかは別問題ということでよろしいのでしょうか?」
「うむ。現在融和派の力もそこまで強くはないため、下手にフォルシアンの民を動員すれば人族と敵対する勢力に付けこまれてしまうのでな」
「分かりました。同盟の話を受けていただけるだけでもありがたく思います。それで、これからの方針はいかがいたしましょうか?」
「お主らには融和派の者達との折衝に協力してもらいたい。お主らがおれば進む話もあるじゃろうしのう」
「分かりました。クウヤさんもそれでいいでしょうか?」
「おう。問題ない」
そう言って、フィナリアとセレスティーナの話は終わり、俺たちはフォルシアン内の調停に動くこととなった。
だが、そうやって連合軍を動かしている最中、帝国内でも次の戦いの用意が進んでいるということに俺たちは気付かなかった。
フォルシアン・リスタコメントス内で発生した争いから10日ほどが経過したある日の事。
仮帝都と化した要塞都市ヴァルシア内へとたどり着いたドルガーは、早急に謁見の間へと向かった。
久々に戦場の空気に触れた高揚感が見る見るうちに冷めていくのを感じながら、ドルガーはヴァルシア内を闊歩する。
しばし歩んだ後、ドルガーの目の前に謁見の間へと続く扉が目に入った。
その扉の前に居座る衛兵が扉を開けたので、ドルガーは中へと踏み込んだ。
「ガアアアアアァァァァァ!!!!!」
直後、開け放たれた扉の奥から不快極まりない悲鳴が届いた。
悲鳴を発している人物は、ドルガーと同時に大軍を率いて北のフォルシアンめ向かったはずのエベスル将軍であった。
「陛下。ドルガー・グランガイス。ただいま帰還いたしました」
エベルスの上げる悲鳴を無視し、ドルガーは皇帝の前に跪く。
ドルガーがそう言うと、エベルスが悲鳴を上げるのをやめた。
今もなお苦しそうに息を乱しているが、とりあえずはその身を苛む苦痛からは解放されたのだろう。
その背には、ドルガー同様に刻まれた隷属魔法が浮かび上がっていたが。
絶対帝政。
本来であれば決して長続きするはずのないその制度は、しかしある方法によって5000年にも及ぶ長きに渡ってまかり通ってきた。
その方法とは、実は獣人族を長年支配し続けてきた隷属魔法である。
皇帝オルバールは…というより代々のトルデリシア皇帝は、自らの側近に当たる上級貴族に隷属魔法を施しているのだ。
帝国貴族には大きく分けて二つの種類が存在している。
地方の領地管理を任されている辺境貴族と、皇帝陛下の傍に仕える上級貴族である。
当然、この二つの貴族の差は歴然である。
辺境貴族が領地を治めながら重税を納める義務が発生するのに対し、上級貴族はある程度ではあるが皇帝同様にその甘い蜜を吸うことが出来る。
ゆえにほとんどの辺境貴族はより多くの貢物を皇帝陛下に献上して上級貴族の仲間入りをしようと躍起になっているのである。
だが、上級貴族と辺境貴族にはもう一つ大きな違いがある。
辺境貴族が納税義務を除きほぼ野放しになっているのに対し、皇帝の側近に当たる上級貴族はその身に隷属魔法を刻まれるということである。
納税義務を果たすのに一杯一杯な辺境貴族と異なり、上級貴族の懐には大きな余裕がある。
そういった貴族たちが反乱分子となってしまえば絶対帝政が揺るいでしまうのだが、上級貴族に任命される際には必ずその身に隷属魔法が刻まれるためそれが行えなくなるのである。
隷属魔法といっても、上級貴族に施される隷属魔法は肉体的な苦痛を与えることしかできない獣人族用の粗悪な魔法とは大きく異なり、肉体に一切の負傷を与えずに精神にのみ苦痛を与えることも出来る。
当然通常の隷属魔法のように相手に死を与えるようなことも可能であるし、最大の違いは簡易的な連絡さえ可能だということである。
ドルガーがリスタコメントスへ撤退する必要があったのは、この隷属魔法によってオルバールが帰還を命じたからなのだ。
上級貴族たちは、全員が高等隷属魔法とも、貴族用隷属魔法とも呼ばれるこの魔法をその背に刻まれている。
この魔法を刻まれるということは皇帝の奴隷となるということでもあり、同時に人間界に生きる者の中では最大級の富と自由を約束されるようなものなのだ。
逆らえば隷属魔法によって確実な死がもたらされるが、逆らわなければ人間界において最大級の富と自由が約束される。
この二つの条件がそろっているため、上級貴族たちはオルバールに逆らえず、同時に逆らおうともしない。
この絶妙な飴と鞭の制度があっては、並大抵の精神力など関係なくほとんどの者達が隷属するようになってしまう。
「……ドルガー。お主の予想通り、フォルシアンの連中は反乱分子に加わってしもうたわ」
憎々しそうに、ドルガーを見ながらオルバールは告げる。
その情報はドルガーもヴァルシアへ戻る道中に伝令兵から受けていた。
大軍で行動する以上、伝令兵や斥候といった兵士を送り状況を確認するのは鉄則中の鉄則である。
よって、ドルガーは行軍中になぜ自分が呼び戻されたのか、オルバール陛下がなぜエベルス将軍を罰しているのかのおおよその理由を察している。
「は。すでに話は聞いております」
ドルガーがリスタコメントスにてバストラングと一騎打ちをしていた時、北のフォルシアンの国境をまたいだエベルスは、そこでフォルシアンにいるはずのない炎鳥と対峙したと報告していた。
報告によれば、エベルス軍はその炎鳥に完膚なきまでにかき回され、フォルシアンを攻めるどころか、国境を越えた直後に敗走することとなったらしい。
ドルガーが部下から受けている報告はそんなところだが、その認識が間違っていないということを直後に皇帝が発した言葉が証明した。
「フォルシアンの山猿どもが奴らに協力したということが分かったというなら、なおの事フォルシアンを攻め落とさねばならぬだろうが! それを、30万という大軍を率いながら早々に敗れ去って帰ってくるなど……」
怒りに顔を真っ赤に染めながら震える皇帝に、先ほどまで拷問を受けていたエベルスが口を開く。
「へ、陛下。我が軍はあの炎鳥が出ることなど想定しておらず…」
「黙れぇい!!」
弁明しようとするエベルスに対し、オルバールは怒声と共に隷属魔法を発動させる。
「が、あああああああ!!!!」
再びドルガーの隣でエベルスが悲鳴を上げる。
その身を捻り回しながら痛みを逃れようとしているが、隷属魔法による戒めをそんな方法で逃れられるはずもなく、広間にはしばし絶叫が響き渡っていた。
「陛下、処罰はそのあたりにされるのが賢明かと」
見かねたドルガーがエベルスをかばうようにそんなことを口にした。
そんなドルガーの進言に、オルバールは隷属魔法の発動を止める。
しかしその表情には不満がありありと浮かんでいた。
「ドルガー。分かっておるのか? フォルシアンが奴らと手を組んだということは、我が帝国は周囲三国に囲まれたということなのだぞ?」
オルバールの問いに、ドルガーは頷く。
「だからこそ、迅速な対応が必要なのです。エベルス将軍を裁くのは時間の無駄でしかありません。こうしている間にも、奴らはこちらを攻める算段をたてているのですから」
ドルガーの言葉に、オルバールはもとよりその場に集った貴族たち全員が押し黙った。
現在こうしている最中にも、周辺三国は帝国へ攻め込む用意を整えていると考えるべきなのだろうということを、今更この場に居る連中は理解したのだ。
普段利権争いばかりしている彼らから見れば今の状態は専門外も甚だしいだろう。
そしてこういった場面に適応できるのはドルガーただ一人であるため、誰もがその言葉に反論できずにいたのだ。
オルバールもそのことを理解してか、顔を顰めながら口を開いた。
「……ドルガーよ。お主はどうすればいいと思う?」
その問いに、ドルガーは迷わず答えた。
「敵は連合軍です。それも我が国を取り囲むように位置取っておりますので、各個撃破するのが好ましいでしょう」
「…どこから手を付けるつもりだ?」
「フォルシアンを攻めるべきかと」
ドルガーの解答に、広間内の貴族たちに動揺が走る。
「…なぜフォルシアンなのだ?」
その場に集う貴族たち全員の疑問を、オルバールが代弁した。
それに対し、ドルガーは頷き応じた。
「まず西のノーストンは、北のフォルシアン。南のリスタコメントスと隣接する位置にあるため、制圧に時間をかければ三方向から挟み撃ちにあう恐れがあります。加えて、かの国にはジェクトという武人がいます。そうやすやすと落とすことはできません」
ドルガーの答えに、大臣の一人が口を挟む。
「ならば、南のリスタコメントスはどうだ? あそこは反乱の拠点。かの地を落とせば、反乱は即座に鎮圧できるのではないか?」
その指摘に、しかしドルガーは首を横に振る。
「私があのまま攻め続けていたならいざ知らず、一度手ひどく敗北したかの地は、徹底的な強化に努めている事でしょう。加えて、リスタコメントスは反乱の拠点であるとおっしゃいましたが、だからこそ敵は死に物狂いで守りを固めるのは目に見えております。そして、敵の主力である獣人族のほとんどは元奴隷。下手に刺激すれば、リスタコメントスに住む民全てが兵士となり、帝国へとなだれ込むことでしょう」
「な!」
ドルガーの言に、指摘した大臣がそんな声をあげる。
無理もないと思う内心を、ドルガーは鉄仮面で覆い隠した。
リスタコメントス軍は、しばし前までは奴隷だった獣人族が主軸となっている。
当然奴隷だった彼らは労働力としてこき使われることこそ多かったが、軍として、兵としての訓練など積んではいない。
そんな獣人族が軍として機能しているのは、ひとえにその異常なまでの士気の高さからである。
しかし士気が高いのも当然と言えば当然だろう。
5000年もの長きに渡って虐げられ続けてきた獣人族の彼らが、初めてその身を解放されたのだ。
ドルガーが先ほど口にした獣人族全てが敵に回るというのは決して比喩や抽象などではない。
彼らは歴史上初めて現れた自分たちを解放してくれた国を文字通り死に物狂いで守り通そうとするだろう。
まがいなりにもドルガー軍と渡り合えるリスタコメントスの獣人たちが捨て身覚悟で挑んで来れば、いくらドルガー軍と言えども数の差から対応しきれなくなるのは明白だ。
リスタコメントスは獣人たちの希望の象徴である。
帝都内からほとんど動かない貴族たちには、そのあたりの意識が欠けているのも無理はないという思いをドルガーは飲み込み、話を進めた。
「フォルシアンは連合軍に参加したばかりで、うまく連携が取れるとは思えません。炎鳥がいたというのは気になりますが、逆を言えばそこまでです。初めに落とすべきはフォルシアンであり、その間ノーストンに対しては守りを固め、リスタコメントスには適度に牽制をするのみで十分かと思われます」
ドルガーの説明に、異を唱えられる者はいなかった。
事戦という観点において、ドルガーに張り合えるような視点と気骨を持つような人物は、この場には誰一人としていなかったからだ。
そんなドルガーの意見に、オルバールは頷き応じた。
「ならばドルガーよ。フォルシアンを落とせ」
「かしこまりました。しかしフォルシアンはリスタコメントスと異なり拠点の分からぬ未開の地。私とて全土を落とすのは時間がかかります。そのためノーストンに対する守りと、リスタコメントスに対する牽制を行い、時間を稼いでいただく必要があります」
「ふむ。その役目。お主は誰に任せるつもりだ?」
オルバールの問いに、ドルガーは間髪入れずに答えた。
「今回は私が攻撃に移りますので、守りはエベルス将軍に任せるのが妥当かと」
ドルガーの言葉に、最大級の動揺が広間を覆う。
「……正気か?」
そんなドルガーに対し、オルバールがそう問いかける。
その問いに、ドルガーは頷き答える。
「エベルス卿は、私と同格の将軍です。私が攻撃を行うというのであれば、エベルス卿が守りを務めるのは当然かと」
道理の通ったドルガーの言葉に、反論できる者はいなかった。
ドルガーが攻めに徹する以上、誰かが国防を担当しなければならなくなる。
そして、立場上それを行う適任者はもう一人の将軍であるエベルス以外にはいないのだ。
たとえそこに実際の能力が伴っていなかったとしても、将軍という役職に就いたものに変わってドルガーの部下が全軍を率いるなど名目が立たないのだ。
「……よかろう。お主にめんじて、エベルスに任せるとしよう」
「へ、陛下」
そう言って、エベルスは皇帝の前に跪いた。
「改めて命じる。ドルガー。エベルス。反逆者どもを叩き潰せ」
「は!」
「御意のままに!」
言うや否や、ドルガーは立ち上がって出撃の用意を整えるために歩みだした。
それに続くような形で、エベルスが謁見の間を後にする。
「……貸しのつもりか?」
扉を出た直後、エベルスがドルガーにそんなことを問いかけた。
ドルガーが庇わなければ自身の身が危うかったのだが、これまで見下し続けていた相手に庇われたという事実が、エベルスのプライドを刺激してしまったのだ。
「そんなつもりはない。エベルス卿はわしと同じ帝国の将軍である。ただそれだけの話じゃ」
ドルガーの言葉に、エベルスは一層怨念に満ちた視線を向けた後、背を向けて歩みだした。
その光景を見て、ドルガーはにやりと笑う。
まるで、エベルスの暴走を望んでいるかのごとく。




