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2人の夢

クウヤとフィナリアの視線がコロコロ変わります。

ご注意ください。



「では、ドルガー軍は」


『はい。撤退しました』


 エベルス将軍率いる(あくまで推測にすぎないが)帝国軍を撃退した後、俺とフィナリアはセレスティーナの提案通りにリスタコメントスに通信を入れていた。


 結果として入って来た情報は、ドルガー軍が撤退し、シルディエ、バストラングを始めとするこちらの主戦力に大きな被害はなかったというものだった。


 とはいえ戦況はカーナイル自身も把握しきってはいなかったため、情報が入るまで数日間を有してしまった。

 俺もフィナリアもその間生きた心地がしなかったため、ほとんど寝ずに通信水晶の前を陣取っていた。


「バストラング様は、無事なのですね?」


『はい。深手を負ったようですので危惧してはいたのですが、常人では考えられないほどの速さで快復に向かっているようです』


「そうですか。よかった」


 話を聞けば俺とフィナリアが出発した直後、伝令兵からドルガー将軍強襲の報告が舞い込んだのだという。

 シルディエ率いるリスタコメントス軍とドルガー将軍率いるトルデリシア軍がリスタコメントス内で激突し、バストラングは相当な深手を負ったらしい。

 しかし、なぜか翌日ドルガー軍が撤退し、バストラングは持ち前の尋常ならざる生命力から快復に向かっているらしい。


『なぜドルガー将軍が勝利を目前にして撤退したのかは分かりかねていましたが、とにかく当面リスタコメントスは大丈夫です。お二人とも、大変ご心配をおかけしました』


「いえ、カーナイル様もあまりご無理をなさらないように」


 そう言ってフィナリアは通信を切った。


「リスタコメントスは無事なようです」


「そうか、良かった」


 そう言って俺は深いため息を吐く。

 まさか俺とフィナリアがフォルシアンへと来た直後にドルガー軍がリスタコメントスに襲撃をかけてくるなど想像もしていなかったため、カーナイルからその情報を得てから今までの数日間は本当に生きた心地がしなかった。


 大至急ファーレンベルクに乗って援護に向かおうかとも考えたが、フォルシアンを襲撃した帝国軍の残党が南部を荒らしていたこともあったためになかなか自由な時間が取れなかったという理由もあり、不用意に動けなかったのだ。


「でも、なんでドルガー軍は撤退したんだ?」


 聞けばドルガー軍はバストラングを打倒したのちに一度引上げ、翌日襲撃してくると踏んでいたシルディエの予想を裏切り撤退したのだとか。

 そんなタイミングであのドルガー将軍が軍を引くというのが、俺にはどうも腑に落ちなかった。


「…おそらくですが、私達がエベルス将軍を撃退したことに関係しているのではないでしょうか?」


「ここでの戦闘が、なんでリスタコメントスに関係してるんだ?」


 帝国を挟んで正反対の位置で行われたこの戦いがどうやってリスタコメントスの戦況に影響を及ぼすのか理解の及ばない俺の問いに、フィナリアは思案顔を崩さぬまま答えた。


「あくまで仮説の話ですが、エベルス将軍の敗北を知った皇帝オルバールがこちらを警戒してドルガー将軍を呼び戻したのではないか、と」


「つっても、エベルスの敗報が届いてからドルガー将軍の元まで情報が届くのが早すぎないか? 通信水晶は固定型のものしかないんだろ?」


 俺の指摘にフィナリアも頷く。

 しかしその思案顔は崩していなかった。


「実は、通信水晶の制作技術は帝国が独占しているのです。リスタコメントスとノーストンが用いている通信水晶は、全て帝国から入手したものにすぎないのです」


「…つまり?」


「帝国内には、クウヤさんのおっしゃるような携帯型の通信水晶があっても不思議ではないということです」


「…なるほど」


 帝国が技術を独占しているならそれも納得できなくもない。

 情報伝達速度の速さに差があるのはそれだけで圧倒的に優位となる。


「となると、相手の情報伝達力に助けられたってことになるのか?」


「はい。そう考えるべきかと思われます」


 俺の疑問にフィナリアは頷き応じる。

 ドルガー将軍があのタイミングで撤退してくれなければ、間違いなくリスタコメントスの主力は全滅して王都が落とされていたらしい。

 それほどにドルガー軍の戦力は特出していたのだとか。


「なにはともあれ、一件落着か……いかん、そう分かったら眠くなってきた」


 そう言って俺ははばかることなく大あくびをかます。

 そんな俺をみてクスリと笑いながら、フィナリアも頷く。


「リスタコメントスの無事も分かりましたし、一度休みましょう」


「おう。そうしよう」


 そう言って、俺とフィナリアはそれぞれに割り当てられた部屋へと向かう。

 一応女王セレスティーナの賓客として迎えられている俺たちには当然個室が割り当てられている。

 初めは相部屋を提案されたが、それはさすがに拙いと固辞させてもらったため個室が用意されたというわけだ。

 

「んじゃ」


「はい。おやすみなさい」


 そう言って別れ、俺とフィナリアはそれぞれの部屋へと入る。

 正直言ってここ数日間リスタコメントスの事が不安で仕方なかったため、あまり寝ていない。

 そのため、リスタコメントスの現状を知った今、その緊張は取れ、ベッドに飛び込んだ瞬間に強烈な睡魔が俺を襲った。


「……にしても、ファーレンベルクの奴本気で強くなったな」


 微睡に落ちながら、俺はそんなことを口にした。

 帝国軍を追い払った時のファーレンベルクの強さは尋常なものではなかった。

 元々凄まじい攻撃力と物理耐性を持っているのに加え、今は魔法を防ぐ障壁のようなものまで張れるときたものだ。

 

 これも全てフィナリアと霊絡とかいうのを繋げた結果なのだろう。

 今こうしている間もフィナリアと魔力のやり取りが行われているのがはっきりとわかる。


(?)


 その魔力に意識が向いた瞬間、俺の脳裏にフィナリアの姿が投射された。

 微睡に落ちていく俺は、まるで夢を見るかのようにその姿を眺めていた。








 ノーストン王国。

 5000年前に巻き起こった災害戦争の際に、最終的に勝者となった人族の生存者たちのなかにいた女子供を始めとする非戦闘員たちが集められ造り上げられた国家。


 その国に、彼女は生まれた。

 フィナリア・ノーストンの名づけられた彼女は、少女と呼ばれる年のころに流行病から当時の王妃であった母を亡くした。


 だが、彼女は母親から二つのものを譲り受けた。

 一つはノーストンの聖女と言われるまでの美貌。

 もう一つは、何よりも他者を思いやる優しき心。


 その二つを兼ね備えたフィナリアは、文字通りの聖女としてノーストンの至宝とさえ呼ばれてきた。

 だが、そんな彼女は、だからこそその立場に耐えられなかったのだろう。


 生来、天才の類であるフィナリアは、王女として勉学に励む最中にふと気が付いたのだ。

 自分の生活が、他の人々とは比べ物にならないほどに裕福なものだということと、世界には明日はおろか今日食べる物にさえ困る人々が数限りなく存在しているということを。


 そして、その原因が、人間界を牛耳る帝国にあるということを。

 

 そのことを深く理解していたフィナリアは、王女という立場でありながら、いつしか剣を手にしていた。


 聡明な彼女は知っていたのだ。

 人々が幸福に生きるためには、いつか絶対的な権力を持つ帝国と戦わなければならないということを。

 父であり国王であるアルザス・ノーストンが、そのための用意を整えているということを。


 だからこそ、彼女はジェクト将軍に、本物の武芸の教えを乞うた。

 王女であり、未だ年端のいかぬ少女でもあったフィナリアの願いに、ジェクト将軍は困ったような笑みを浮かべていた。

 

 しかしフィナリアは引かなかった。

 彼女は武芸に興味があったわけではないのだが、それがこの先の時代に必要になるということを誰よりも強く感じており、その思いが彼女に剣を握らせたのである。


『……教えるからには、加減をすることはできませんよ?』


 幾度となく決意を伝える幼いフィナリアに対し、とうとうジェクト将軍が先に折れた。

 その先、フィナリアはジェクト将軍の手ほどきを受け、愚直なまでに己を磨き上げた。


 トリストスと俺が教えたあれこれを、フィナリアは渇いた地面が水を吸い上げるように吸収していっていたが、あれはフィナリアが積み重ねてきた膨大な基礎があっての話なのだ。

 王女でありながら剣を手に取った少女は、時を経て人間界の南東の地にて白銀の騎士となる。

 

 両親から受け継いだ世界平和を望む志と、ジェクト将軍に叩き込まれた武芸を兼ね備えたフィナリアは、リスタコメントスの獣人族と触れ合う中で、いずれ帝国に挑むという大望をより強固なものとしていった。

 

 ……どうやら、俺とフィナリアが出会ったのはそんな時だったらしい。

 フィナリアが騎士となったのは、オルバール皇帝との一件があってのことだと思っていたが、フィナリアが剣を握った理由はもっと前にあったのだ。

 そのことを、俺は今知った。









 ……見たこともない町が立ち並んでいる。

 そして、見た子もない数の人々がその街中を歩いている。

 自分が生まれ育ったノーストン王国の王都であるカロリオンであってもここまでの人が集まることなどあり得ない。

 まるで戦場のような人のひしめき合いは、途切れることなくどこまでも続いていた。


(…これは?)


 自分の世界ではありえないほどに巨大で整った形の建物が並ぶ街並みに、数えきれないほどの人々が、何でできているのかも分からない高級そうな服装を身にしている。

 

 このような世界、フィナリアは想像もしたことがない。

 おおよそ自分の知りえる世界とは隔絶された体制が整っているのが一目で分かるこの世界は、フィナリアの知る世界ではないことは明白だった。


(なぜ、私がこのような光景を?)


 脳裏に映し出される光景を見ながら、フィナリアは疑問を浮かべる。

 リスタコメントスの無事を知り、それまで不安から眠りに付けなかったために、クウヤ同様に眠気に襲われたフィナリアは、クウヤと別れた後に静かに眠りについたはずだった。

 

 だから、これは夢のはずなのだ。

 だが、なぜこんな夢を見ているのかが分からない。

 自らが想像したこともない世界の光景を眺めている理由が分からないのだ。


(……! あれは!?)


 俯瞰するかのように街中を眺めるフィナリアは、街中を歩く一人の人物に目を奪われた。

 どんな偶然か、無数に歩む人の中に交じっていた炎鳥の宿主であるクウヤを見つけたのである。


 その光景に、フィナリアはかつてクウヤが異世界人であるという話を思い出した。


(ということは、この光景は、クウヤさんの?)


 そう思い、フィナリアは改めて脳裏に移る世界を眺める。

 木材や石材とは明らかに異なる物質で作り上げられた建物の立ち並ぶ街並みは、ノーストン王国はおろか帝国の中心である帝都でさえも及びもつかないほどに整っており、道行く人々は誰もがせわしなく歩き回っている。


(これが……クウヤさんの生まれ育った世界?)

 

 その風景に、フィナリアはクウヤが異世界人だということを初めて実感をもった。


(……ならば、なぜ、私はこのような夢を?)


 そのような疑問を抱くフィナリアを余所に風景が切り替わっていく。

 それは、フィナリアにとっては新鮮と呼ぶのもおこがましいほどに異質な世界で、しかしクウヤはそれをさも当然のように行動していた。


 学校と呼ばれる学び舎にて、同年代の人族と自分の世界水準では考えられないほど高度な教育を受けている光景。

 9割以上の人々が同じ黒い髪と黒い目をしており、獣人やドワーフ、エルフといった異種族が話題にさえ上がることの無い街並み。

 何をどうすればそれで食いつないで行けるのかということを疑問視するような仕事を行う人々。

 魔法が一切存在していないにもかかわらず、光り輝く街並み。


 何もかもがフィナリアの理解を越えており、だからこそそれを当たり前のように享受するクウヤが、まるで自分の知る人物だとは思えなかった。


(これが…クウヤさんの、居た世界? これは、クウヤさんの記憶?)


 次から次へと脳裏に映し出される光景に、フィナリアは混乱しながらも目を向け続けた。


 そのしばし後、脳裏に映し出される情景が、一つの家に向かった。


『ただいま』


『お帰り隼也』


『おう兄貴、帰ったのか?』


「!!?」


 そのやり取りを聞き、フィナリアは言葉を失った。

 それは、クウヤの家族の姿だった。

 

 その光景を見た直後、フィナリアの脳裏に映し出された光景は、途端に輪郭を失い始めた。

 それは、夢の終わりを示していた。









「夢、か?」


 フィナリアの夢を見た俺は、そんなことを口にしながら起き上がった。

 意識はほとんど覚醒していたような気がするが、頭も体もすっきりしているため、睡眠は十分にとれた気がする。

 

 ただ、それとは別に俺は幾つか混乱していることがあった。

 なぜ俺がフィナリアの夢を見たのか?

 そして、あれはフィナリアの記憶だったのか? ということだ。

 

 フィナリアの夢を見ること自体は別段不思議でもなんでもない。

 彼女の容姿は芸術品と呼べるくらいに整っており、夢に出てくればむしろ俺の寝顔がにやけかねないようなものだ。


 だが、それだけでフィナリアの過去をああまで鮮明に見れるものだろうか?

 それも、俺の全く知らない一面まで含めて。


「あれは、俺の妄想、なのか?」


 そんなことを呟き、しかし俺はあれが自分の浮かべた妄想とは思えなかった。

 

「……聞いて、みたほうがいいのか?」


 フォルシアンの連合軍加入に向けて忙しい時期だと分かっていながら、俺は頭の中に浮かぶモヤモヤを晴らすためにそうすべきなのかと考えながら腰を上げた。








「あれが、クウヤさんの、世界?」


 目が覚めたフィナリアは、体を起こしながらそんなことを呟いた。

 先ほど彼女が夢に見た光景は、あまりにも現実味を帯びていた。

 まるで、本人の記憶を追体験するかのように。


「……」


 黙したまま、フィナリアはしばし考えを巡らせる。

 あの光景は、本当にクウヤの居た世界のものなのは、最後に見た家族らしき人物とのやり取りからほぼ確定的だ。

 

 フィナリアはノーストンとリスタコメントスの同盟を結んだ時にクウヤが異世界人であると聞いていた。


 あの時、フィナリア自身その言葉を疑ってはいなかった。

 しかし、だからと言って完全に信じ切っていたかと言われればそうではない。

 言葉の上で疑ってはいなかったが、彼が異世界からやってきたということにはどうしても実感が持てなかったからである。


 だが、先ほどの夢の持つ現実感が、フィナリアにその疑念を払拭させた。

 本人に確認してみなければ断言はしきれないが、クウヤが異世界人であるという実感が、今のフィナリアにはある。


(…そうだとして)


 この違いすぎる世界へと送り込まれた彼は一体何を思っているのだろうか?

 

 以前クウヤはフィナリアに対して、この世界が内包している滅びの因果を解くために女神様に送り込まれた存在であると口にした。

 そこに至るまでにどんな経緯があったかは知らないが、あれほどに異なる世界からこの世界に来た人物の胸中など、到底フィナリアには想像できなかった。


 そして。


(もし、この世界が救われたとして、クウヤさんは……)


 トントン。


 その先のことを思案しようとしたフィナリアの耳に、部屋の扉をノックされる音が響いた。


「はい。どうぞ」


 フィナリアがそう言うと、部屋に入って来たのは夢に出てきた人物だった。


「…おはようフィナリア」


「…おはようございます。クウヤさん」


 どこか気まずそうなクウヤに、フィナリアは出来る限りの微笑みを浮かべて応じた。


「どうかされましたか?」


「ああ、いや、ちょっと聞きたいことがあって」


 その答えに、フィナリアは自分と同じことがあったのかもしれないと頷き応じた。


「そうですか。実は、私もです」


「フィナリアも?」


「はい。立ち話もなんですし、どうぞお入りください」


 そう言うと、クウヤが部屋の中に入ってきて、備え付けられていた椅子に腰かけた。


「それで、お話とはなんでしょう?」









「はい。立ち話もなんですし、どうぞお入りください」


 フィナリアにそう言われ、俺は部屋の中に入る。

 勧められるままに備え付けられていた椅子に腰かけると、フィナリアがこちらを向いて口を開く。


「それで、お話とはなんでしょう?」


「……」


 あらためてそう問われるとなんと質問すればいいのかが分からなくなる。


『夢でフィナリアのことを見たから君のことを教えてくれ』とでも聞けばいいのか?

 いやいや、明らかに変だろ?


「どうかされましたか?」


 俺が一人で悩んでいると、フィナリアがこちらの表情を覗き込むように問いかけてきた。

 

「あー、んーとだな」

 

 しばしそう唸ったのち、俺は。


「フィナリアがジェクト将軍に弟子入りしたのって、いつの話なんだ?」


 そんな当たり障りのない質問(だと思う)をした。


「…そうですね。母が他界した翌年の事でしたから、およそ10年前の話でしょうか?」


「そんなになるのか」


 俺の質問に素直に答えてるれるフィナリア。

 そうか。フィナリアって10年以上剣を握ってきたんだ。


「それは、何のために?」


「……少々長くなるうえに、上手く伝えられるか分かりませんが、それでもよろしいですか?」


 フィナリアの問いに俺は頷く。

 そんな俺の対応に、フィナリアも頷き話を始めた。


「幼少のころ、私はノーストンの第一王女として何不自由ない生活を過ごしてきました。ですが、物心ついて幾年かの月日が経ったある日、私は自分たちがそうして生きている傍らで幾多の人々が帝国の暴政に苦しみあえいでいたことを知ったのです」


「それが、フィナリアがジェクト将軍に弟子入りした理由?」


「はい。そうです」


 俺の問いに、フィナリアはしばしの沈黙ののちに肯定した。


「帝国の支配がもたらすものを知れば知るほど、私は帝国の支配体制を変えなければならないと思いました。そして、そのために必要なものは何かということを考えた末に、剣を取ったのです」


「帝国を滅ぼすためにか?」


 そんな俺の問いに、フィナリアは頷いた。


「帝国の支配体制を内側から変えるということは、ノーストンの王女である私には不可能でした。帝国と武力衝突して滅ぼす。それ以外に帝国の支配を解く術を、私は思いつきませんでした」


 ……そんな理由で、フィナリアは剣を取ったのか。

 フィナリアのような優しい人が、まだ少女だったころにそんな覚悟を持たなければならないというのは、一体どれほどの事だろうか?

 

「私が元帝国皇帝と婚姻を結ぶはずだった、という話はご存じですよね?」


「ん? ああ。知ってる」


 フィナリアがジェクト将軍の裏工作で死んだことにされ、リスタコメントスに運ばれたままカーナイル軍に所属したはずだ。


「私は、あの婚姻を受けるつもりでした」


「……」


 沈黙を持って先を促す俺を見て、フィナリアは話を続けた。


「力任せに不平等条約を結ばされていたノーストンと帝国の国力の差は歴然でした。そんな情勢下、叛意を見抜かれてはならないという状況での反乱の用意は困難を極めました。ですが、私が皇帝オルバールに嫁げば、ノーストンに対する警戒は確実に緩みます。あの時、私はそのために嫁ぐつもりだったのです」


 ……それは、女としての幸福ではなく世界中の人々を慮っての選択。

 フィナリアは、文字通り自分の全てを犠牲にして最悪の怨讐の元へと嫁ごうとしていたということだ。

 

「結局、失敗してしまいましたけどね」


 タハハと、悪戯がばれた子供のように笑うフィナリアの表情は、いつもよりも相当に砕けたものだった。


「それでよかったんじゃないのか?」


 気が付けば、俺はそんなことを口にしていた。


「じゃなかったら、俺はフィナリアと出会えなかったんだ。じゃなかったら、俺は今こうやって国を相手取ってなんていなかったと思うぞ?」


 女神レンシアに託された願い。

 この世界の人々を救ってくれと、俺はファーレンベルクを託されたが、この世界に疎い俺ではどうすれば世界を救えるかなど絶対にわからなかった。


 否、今も絶対にわからない。

 フィナリア達と出会っていなければ、俺はファーレンベルクと共にこの世界をさまよっていたことだろう。


「俺がこの世界で迷いもなく戦えるのは、まぎれもなくフィナリアのおかげさ。だから、フィナリアが帝国に行かなかったのは、俺にとってはこの上なくありがたい話だったよ」


 そう言った俺に対し、フィナリアは笑みを浮かべながら。


「私の方こそクウヤさんがいなければ、こうして反乱を起こすことはできませんでした。いえ、クウヤさんと出会えたからこそ、私はこうして帝国と戦うための先兵となれました。それは、私にとっては何よりも大きな大恩です」


 こちらに向き直って頭を下げながら。


「これまで、私と共に歩んでくださり、本当にありがとうございました」


 そんなことを口にした。


「まだ早い」


 そんなフィナリアに、俺は頬を掻きながらそんなことを口にした。

 

「まだ帝国に勝ったわけでもないんだ。俺たちの戦いは、まだまだこれからなんだからよ」


 100里の道を行くものは99里をもって半ばとすという言葉があるように、まだまだこの反乱は始まったばかりなのだ。

 成功してもいないのにお礼を言われても…困る。

 

 そんな俺の意図を察したのか、フィナリアは頭を上げて微笑んだ。


「そうでしたね。まだ、私たちの戦いは終わっていませんでしたね」


 そう言って、フィナリアは俺の元へと歩み寄り、椅子に座る俺の背後へと回り込み……俺を抱擁した。


「な、何を!?」


「クウヤさん。このまま聞いてください」


 俺を抱きしめたまま、フィナリアは言葉を紡いだ。


「私にとって、クウヤさんと共に歩んだ日々は、まるで夢のような日々だったのです。帝国に苦しめられていた獣人族を解放しながら帝国と戦い、今こうしてフォルシアン、ノーストン、リスタコメントスの三国同盟の立役者と成れたのは、間違いなくクウヤさんの存在があってのことです。だから、私にとってクウヤさんは昔年の願いをかなえてくれた恩人そのものなのです」


「……」


 フィナリアの体温を感じながら、俺はその語りを聞いていた。


「だから、私は最後までクウヤさんと共に歩みたい。その先に、何が待っていても」


「……フィナリア?」


 フィナリアは一言そう言うと、俺の抱擁を解いて立ち上がった。


「行きましょうクウヤさん。フォルシアンとの調停はこれからが本番です」


「ん? ああ」


 そう言って、俺もフィナリアの後に続いた。

 さっきのフィナリアの言葉に含まれた真意は、聞くことが出来なかった。 

 そして、フィナリアが俺に何を聞きたがっていたのかも聞きそびれてしまった。

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