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狭槍

「来ました」


 副官サルラの報告がそう言うと、ドルガー軍の騎馬隊がこちらに向かって突撃してきた。


 定石通りの方法。

 ドルガー将軍の事だから単純に突っ込んでくるだけとは思えないが、考えている時間もない。

 定石には定石で返すに限る。


 互いの兵力は互いに1万。

 練兵具合はドルガー軍に軍配が上がるだろうが、リスタコメントス軍は奴隷民族である獣人族を徴兵している。

 獣人部隊の突破力は尋常ではなく、歩兵部隊でありながら国境警備軍の騎馬隊を打ち破りかねないほどの力がある。

 

 ゆえに、シルディエの打つ第一手は既に決まっている。

 

「特攻隊前へ!」


 ヌーア率いる獣人部隊の中でも屈指の突破力を持つ特攻隊をぶつける。

 敵は騎馬。それも帝国最強のドルガー軍。

 しかし、ヌーア達は突飛な身体能力を持つ獣人たちの中から選び抜かれた精鋭。

 

 その中核を担うのは、マトワール軍との衝突の時からフィナリア達と共に戦ってきた部隊である。


「突撃!」


 シルディエの指示に従い、ヌーア達が騎馬隊めがけて走り出す。

 元奴隷であった彼らは騎馬を扱う技術を持たない。

 しかし人族の歩兵の倍以上の足があるため、騎馬隊ほどではないにせよ尋常ではない勢いを持つ。


 そんな獣人部隊が攻撃を仕掛けるに当たり、シルディエは定石通りに策をもう一つ発動させる。


「魔導師部隊! 攻撃開始!」


 シルディエの指示に、後方に控えていた魔導師部隊から色とりどりの魔法がドルガー軍めがけて放たれる。

 魔導師を大量に抱える帝国軍が得意としている策だが、現在リスタコメントス軍も一国としての形を成しているため魔導師の数はそれなりに揃っている。


 そして帝国軍と比べて前衛の強度は比較にならない。

 魔法で荒らした前衛に獣人の特攻隊が攻撃を仕掛ければ、いかにドルガー軍と言えどもただでは済まない。


 だというのに、シルディエは懸念を抱いていた。

 なぜドルガー軍は魔導師による攻撃を仕掛けてこないのかということである。


 騎馬・歩兵に限らず、迫りくる敵に対して弓や魔法で遠距離攻撃を行い相手の勢いを削るのは定石中の定石。

 そんなことを知らないドルガー将軍であるはずがない。


 にもかかわらず、ドルガー軍はリスタコメントスの特攻隊に向かっていく騎馬隊に対して何の後方支援もしていない。

 基本中の基本であるこの戦法を取らない将軍は、兵法のへの字も知らないド素人か、あるいはそれに打って変わる策を有する者のはずである。


 そして、ドルガー将軍が前者である可能性は皆無。


(見せてもらいます父上。あなたの軍がどのようなものなのかを)


 シルディエがそう思った直後、リスタコメントス軍から放たれた魔法の雨がドルガー軍の先方部隊に激突した。

 直後、シルディエは目に映った光景に深く驚愕した。

 否、シルディエだけではなくリスタコメントス軍全軍が驚愕した。

 

 ドルガー軍の騎馬隊が、魔法をもって魔法の雨を防いだからである。


「き、騎馬隊が魔法を!?」

 

 その光景に、シルディエの隣のサルラがそんな声をあげた。







 ドルガーの腹心であるゼインは、ドルガー軍内でも最古参に該当する人物である。

 そんな彼がドルガーの副官をやっているのは、しかしその経歴の長さだけから来るものではない。


 ゼインは生まれつき平凡であった。

 生まれも、武芸も、体躯も、魔力も、何もかもが平凡であった。

 人並みよりは賢かったが、それだけで上り詰められるほどドルガー軍というところは甘い場所ではない。

 事実、グランガイス領にいた時の彼はただの一兵卒だった。


 だが、そんな彼の運命を変える人物がいた。

 およそ15年前に帝国筆頭魔導師となったロウセイである。


 元々真摯に魔導師を志していたゼインは、帝国筆頭魔導師であるロウセイの持つ独特な理論に興味を覚え、ドルガーに許可を得てロウセイの元で魔道を修めた。

 ゼインはロウセイが帝国筆頭魔導師と呼ばれたころの初期の弟子であり、ロウセイの理論を体現した初の実例なのである。


 しかしそんな彼らは、帝国内の魔導師として大成できなかった。

 今より10年前、ロウセイは魔道総師ロイルド・インディオスとの勢力争いに敗れ帝国を追放されたからである。


 当然ロウセイを師事していたゼインは帝国内で強い風当たりを受けることとなった。

 そんな彼らを拾い上げたのが、ロウセイの盟友にしてゼインのことを良く見知っていたドルガー将軍である。


 ドルガー軍は帝国軍内部において国境警備軍と同じく実力主義の部隊であった。

 その序列には古参も新参も関係なく、ただ実力によってのみ判断が下される。


 ロウセイの元で魔道を身に付けたゼインは、再び舞い戻ったドルガー軍内で魔導師として頭角を現すと同時に元々の特技であった頭脳労働を生かし、やがてドルガー軍の参謀としてその芽を出すこととなる。


 それだけでもかなりのものだが、ゼインの挙げた最大の功績は別にある。

 それは彼が人族の歴史の中で初めて、造り上げた特殊部隊の存在である。


 魔道騎馬隊。


 簡単に言ってしまえば、魔法を扱える騎馬隊の事である。

 言葉にするのは簡単な話だが、騎馬を扱いながら魔法を操るというのは尋常なことではない。

 

 魔法の発動は、体内の魔力を練り上げ形を与えるという工程が必要になる。

 それにはかなりの集中力が必要になるため、並みの魔導師たちは魔法を発動させようとするだけで他の事に気を配る余裕がなくなる。

 

 そのため魔導師部隊を活躍させるためには前衛に守りを固めさせ、後方から攻撃させるという方法が最も効率的となる。

 魔導師の放つ魔法は、弓矢よりも長射程かつ高火力である。

 そのため、魔導師部隊は前衛に守らせてでも扱うべき価値のある存在なのだ。


 だが、魔導師として大成しながらドルガー軍にもまれたゼインはそのさらに先へと到達した。

 彼らは騎馬を扱いながら魔法を自在に操っていたのだ。


 魔法は学問に該当し、騎乗は軍事に該当する。


 その両方を身に付ける人物はただでさえ希少なのだが、それを同時に行うとなると一部の天才以外には到底出来るものではない。

 馬を自在に操りながら精神を統一して魔法を扱うなど、その両方が自然に扱えるほどに熟練していなければ到底出来ることではないからだ。

 

 事実、現在の連合軍側にもそんなことが出来るのはフィナリア・シルディエ・ジェクトの3名位のものである。

 騎乗と魔道の両方を自在に扱えるのは一部の天才のみ。

 それが帝国の常識であった。


 だというのに、ゼインはそんな常識を無視してドルガーに進言し、魔道騎馬隊を造るという構想を打ち立てた。

 

 帝国の常識を破るこの企画に対し、ドルガーは『公にせず、演習の一環として行うこと』という条件をだし、それを承認した。


 そして、ゼインはこれまでの常識を覆し魔道騎馬隊を造り上げた。

 その騎馬隊の威力は凄まじく、魔道騎馬隊にとって辺境の魔物や野盗は全く相手にならなくなった。

 

 前衛に守られる必要がなく、自由自在に戦場を動き回る魔道騎馬隊は、ドルガー軍の中でも極めて特殊な部隊となり、その部隊を造り上げたゼインの功績を認め、ドルガーは彼を副官として迎えたのである。


 そして普段は辺境に散らばる彼らが一同に会しての大戦は今回が初めてとなる。


「さすがにシルディエの奴も驚いているな」


 その様子を見ながら、ドルガーはそんなことを口にする。

 天賦の才を持つ者にしか許されぬはずの、魔道を扱う騎兵。

 それを部隊として成立させてしまうほどに育て上げるなどというのはドルガーであっても真似できないことである。

 

 魔道騎馬隊の上方から無数の魔法が叩き込まれているが、騎馬隊に被害らしい被害は見て取れない。

 防御用の魔法を上方に用いているのだろう。

 

「見事なものだな。あれだけの騎馬隊を造り上げるとは」


 そんな魔道騎馬隊をみて、ドルガー自身も鼻を鳴らす。

 魔道騎馬隊全軍を用いての軍を相手にした実戦はドルガーから見ても初めての事だったためである。


 そんなドルガーの言葉に、指揮権を預かったゼインが答える。

 

「まだこれからです。私に出来るのは軍を造り上げるのみ。ここから先は、将軍の作られた突撃陣形『狭槍』の出番となります。将軍は第二陣へ」


「ふ。分かっている」


 そう言って、ドルガーは再び戦場へと目を向ける。


「さて、この一石をどうさばくシルディエ」

 

 ドルガーがそう口ずさんだ頃、ドルガー軍とリスタコメントス軍の先頭があと一歩で衝突しようとしていた時、ドルガー軍・魔道騎馬隊が左右に割れた。


 



 


「な!?」


 シルディエの隣でサルラが驚愕の声をあげる。

 魔導師部隊の攻撃を防いだドルガーの騎馬隊は、ヌーア率いる特攻隊とぶつかる手前で二つに分かれたのである。


「右翼と左翼の部隊は前進! 敵の両翼を砕け!」


 シルディエの指示に、リスタコメントス軍の両翼が前進を開始する。


「シルディエ様、あれは一体!」


 混乱するサルラに対し、シルディエは手短に状況を説明する。


「おそらく父上の特殊部隊よ。騎馬を操りながら魔法を扱えるあの部隊に挟まれたら、いくら特攻部隊といってもただでは済まない」


 本来なら遠距離から放たれるはずの魔法が近距離から、しかも挟まれる形で打ちこまれるのだ。

 いかに身体能力に優れている獣人部隊と言えども、騎馬隊から無数の魔法を打ち込まれては勝負になるはずがない。


 左右に分けられた魔道騎馬隊から魔法が叩き込まれる。

 特攻隊では届かず、しかし魔導師たちから見れば目と鼻の先である間合いを絶妙に維持しながら、魔道騎馬隊は一方的に特攻隊を攻撃していた。


 遠距離からでも十分すぎる威力のある魔法攻撃を近距離から受け、ヌーア率いる特攻部隊はあっという間にその勢いを殺されてしまった。

 それをいち早く止めようと指示を下したシルディエの判断の速さはこの上なく適切なものだ。

 

 今回前衛を務めたヌーアの特攻部隊を叩くのなら、魔道騎馬は今の距離を保つ必要がある。

 ゆえにその両翼の侵攻先を潰すようにこちらも予備隊を上げてしまえばいい。


 離れすぎればリスタコメントス軍の魔道師部隊の的になり攻撃が出来なくなるからである。


「両翼、敵とぶつかります!」


 見る見る内に距離を詰める両翼に対し、魔道騎馬隊の先頭が攻撃対象を移す。

 両翼のリスタコメントス軍も魔道騎馬隊の攻撃を正面から受けたせいでわずかに勢いが殺されたが、僅かばかり削り取られたのみで突撃そのものは問題なく断行できている。


 しかし直後、再び魔道騎馬部隊の軌道が大きく変わった。


「……え?」

 

 その光景にサルラは戸惑った。

 左右に分かれた魔道騎馬隊は、両翼とぶつかる前にさらに大きく軌道を曲げる。

 その軌道は最早リスタコメントス軍に向かうものではなく、大回りして本陣へ向かって撤退するような軌道を描いていた。


「…シルディエ様。敵は、退いたのでしょうか?」


「違うわ」


 撤退するように軌道を変えた魔道騎馬隊をみてそんな疑問を抱いたサルラは、その疑問をそのままシルディエに向かって口にした。

 そんなサルラの問いに、シルディエは視線一つ動かさずにそう答えた。

 

「あの騎馬隊の存在には驚かされたけど、父上は単純な戦力だけで相手を叩くような方ではないわ。戦場に出た以上、父上は必ず正面からこちらの裏をかいてくる」


「正面から…あ!?」


 言われてサルラはシルディエの視線の先を追った。

 ドルガー軍の先方として出てきた騎馬隊は目を疑うようなことをしてのけたが、あれは第一陣に過ぎないのだ。

 

 第一陣の役目は敵の攪乱。

 現在リスタコメントス軍の意識は完全に第一陣である魔道騎馬隊に集約してしまっている。


 だからシルディエは戦場を俯瞰するにとどめて視線を一切動かしていなかったのだ。

 次にやってくる第二陣に備えるために。

 

「全軍を下がらせなさい。恐らく敵の本命は第二陣。あの騎馬隊が後退したのは、第二陣の背後から魔法による援護を行うためよ」


「り、了解しました!」


 サルラがそう言うと、近くにいた一人の獣人が雄叫びを上げる。

 その声を聞くや否や、特攻隊と共に両翼の軍も後退を始める。

 

 しかし両陣営が後退する最中、敵の第二陣は既に勢いに乗った状態であった。

 第一陣の背後から助走していたのだろう二陣の先頭を走っているのは、まぎれもなく帝国最強の将軍だった。


「バストラング。出番よ」


 静かにそう告げたシルディエに対して、バストラングは頷き、背に背負った巨大な戦斧を握った。









「バッハアアアアアア!!!!」


 ドルガーの雄叫びと共に、騎馬隊がまっすぐに一塊となりリスタコメントス軍へと突き進む。

 第二陣の先頭を走るのは、帝国軍最強の将軍ドルガー・グランガイス。

 その第二陣の突撃に備えようとリスタコメントス軍は前衛を立て直そうとしているが、第一陣の魔道騎馬隊に備えるために三つの部隊が飛び出してしまったため一塊になるのに手間取っている。


 そしてドルガー率いる騎馬隊にそんな時間を与えるような愚鈍さはない。

 ばかりか、第二陣の背後に回り込んだ魔道騎馬隊が隊列を整えるのもそこそこに魔法の雨を降らせにかかっている。

 

 魔道騎馬隊の放つ魔法の雨を、リスタコメントスの魔導師部隊が迎撃にかかる。


 しかしそれも焼け石に水。

 元々乱れていた前衛は魔法の雨が降り注ぐ中でとても陣形を整えられずにいた。

 

 そしてドルガーの騎馬隊は魔法を意に介していなかった。

 先の魔道騎馬隊と異なり、第二陣は堅固な鎧と盾を構えた重装騎馬隊。

 そして最大の攻撃対象となっている先頭を走るのは怪物ドルガー。


 いくつもの魔法がひっきりなしにドルガーの元へと飛来するが、ドルガーはその魔法を剣で弾き飛ばし、小手で防ぎ、時にその身に受けながらも全く勢いを殺していなかった。


 先頭のドルガーの勢いが全く止らない。

 そのため続く騎馬隊の勢いも全く止まらない。

 このまま進めば、ドルガー軍は乱れたリスタコメントス軍にぶつかることとなる。


 第一陣が左右に分かれて敵第一陣を削り取り、攪乱された敵を第二陣が叩き潰す。

 ドルガー軍固有の兵法『狭槍』

 第一陣の部隊が敵を掻き乱し、本命である第二陣が突貫するという単純明快な戦法である。

 本来なら第一陣は投げ槍を用いるのだが、今回はそれ以上に適切な魔道騎馬隊という戦力が揃っていたため『狭槍』の効果は絶大なものとなった。


(この程度か?)


 右手に剣を、左手に手綱を手にしたドルガーは、見る見る内に近づいていくリスタコメントス軍を見ながらそんなことを思う。

 このままいけば、こちらの騎馬隊がリスタコメントス軍を蹂躙するだろう。

 

 これまでリスタコメントス軍は幾度となく帝国軍を倒してきた。

 その間、帝国はシルディエが一度だけ挙げた勝利以外の全てが黒星なのだ。


 しかし、だというのに未だに帝国は盤石。

 彼我の国力には、未だにそれだけの差があるのだ。

 

 連合軍となった今であっても勝ち続けなければ瓦解する。

 これまで連戦連勝を飾ってきた反乱軍は、そうでなければすぐにでも消失してしまうような危うい綱渡りを続けてきたのだ。


 それがわからぬ相手ではない。

 何しろ、今戦っているのは自分が手塩にかけて育て上げた武将なのだ。

 だとすれば、必ず何かを狙っている。

 

 しかし何を狙っているのかが今ひとつわからない。

 すでにリスタコメントス軍の前衛は崩れており、こちらの突撃を防ぐ術もなさそうに見える。


 最早その前衛も目と鼻の先。

 今から打てる策などあるはずもない。

 そう考えていたドルガーの耳に、敵獣人の遠吠えが響いた。


「なんじゃあ?」

 

 その遠吠えが響いた直後、崩れていた前衛が左右に割れた。

 割れたというのは正確ではなく、崩れていた前衛が左右へと逃げ出したのだ。


「……」


 先ほどの遠吠えは撤退の指示を告げるものだったのかとドルガーは戦場を眺めながら一瞬のうちに考えられるだけ考える。


 選択としては間違っていないとドルガーは思った。

 陣形を組み直す時間もない上、その状況下でこちらの魔道騎馬隊に荒らされているのであれば、たとえ身体能力に優れる獣人部隊と言えどもドルガー軍の騎馬隊の勢いを殺すことはおろか削ぐことさえできまい。


 ならば無意味な被害を出さないという判断は間違ってはいない。

 しかしそれでは本陣がむき出しになってしまう。

 現に今、自分の目の前には本陣が見えている。


「雑魚に構うな! 敵本陣を叩く!」


 逃げ惑う前衛を無視して本陣を叩くように指示を下す。

 それに従い、後方に続く騎馬隊もドルガーに続き敵陣内部へともぐりこんでいく。


 あっという間に敵本陣が目の前に迫った。


「ぬ?」


 直後、本陣の目の前に1人の巨漢が現れた。

 その巨漢は、体格同様の巨大な戦斧を手にしており、それを大きく振り上げる。

 その刃に、黄土色の魔力が宿るのをドルガーははっきり見て取った。


「イカン! 全軍左右へ退避せよ!」


 ドルガーの指示に、騎馬隊が左右に分かれる。

 しかしその先には逃げ去ったはずの獣人たちが多少乱れてはいるものの迎撃体勢に入っていた。


 嵌められた。

 ドルガーがそう思った時、本陣前に立っていた巨漢の獣人が斧を地面に叩き付けた。

 

 直後、その大男が斧を叩き付けた前方広範囲の地面に亀裂が入り、その亀裂が砕け、地表が崩れた。







「……上々といったところかしら」


 眼下に広がる光景に、シルディエはそんなことを口にする。


 バストラングが立った今放った一撃は、フィナリアの『鎌鼬』『断空閃』やシルディエの『投雷槍・一閃』と同様に魔力を武器に帯びさせるという奥義とも呼べる代物である。

 この技を使うためには、魔法と武芸の両方を高い練度で身に付けていなければならず、その威力はただの魔法や武芸とは一線を画す。


 バストラングの用いている奥義には名さえ与えられていないが、シルディエの目に映る黄土色の魔力から察するに土属性を纏った一撃である。

 フィナリアの風を纏わせる奥義が武器の切れ味や鋭さを強化するのに対し、バストラングの用いた土属性は強度と重量を強化する代物だ。

 

 バストラングはなぜか土魔法は扱えないにもかかわらず奥義を用いることが出来る。

 そのことを知ったシルディエは、父ドルガーと戦うに当たって利用できる手札の一つとしてバストラングの奥義を利用することにしたのだ。


 聞けばバストラングという獣人は、シルディエの用いた騎馬・鉄鎖陣を潰すために、ほんのわずかな期間でこれを編み出したという。

 にわかには信じられなかったが、この目で見れば疑いようがない。


 父ドルガーは尋常ではない剣技と柔軟な思考を持っている。

 しかしその本質は愚直なまでの武人である。


 例えば取り囲むべき場面であれば取り囲むし、突撃すべき場面なら突撃する。

 ただ、取り囲んでも突撃してもいい場面となると、父ドルガーはまず間違いなく突撃をかけてくる。


 無論ただ単純に突撃するような愚行は侵さず、今回の『狭槍』のように変幻自在の用兵で相手を攪乱し、突撃の威力を極限まで生かせる状況を作り出してから突撃をかけてきた。


 ゆえに、シルディエがそんなドルガーに対して用意した策はただ一つ。

 ドルガーが突入するように中央にこれ見よがしな隙を作るということである。

 その隙さえ作ってやれば、後はバストラングの奥義によって地盤を崩し、騎馬隊の足を止めることが出来る。


 しかし、ドルガーの戦略眼は鋭い。

 生半可な隙では罠だと見抜かれ対処されてしまうのは目に見えていた。

 よってシルディエはあえてドルガーの策に乗り、味方に被害と混乱を与えることでドルガーの目を欺いたのである。


 もしヌーアや両翼の隊長たちにこの策を話していれば、隊長たちは実際に戸惑うことなく冷静に部隊の兵士たちを束ねようとしただろう。

 そうなればドルガーは誘いに応じることなく、第二陣を鶴翼の陣へと切り替え、外周の部隊を包囲しながら魔法を打ち込んできただろう。


 もしそうなれば、実質的にこうむる被害は部隊長に作戦を伝えなかったとき以上になる。

 そして今回の策は、ドルガーがシルディエの作った虚実入り混じる隙に乗り込んできたおかげで逆に包囲することができた。

 

 バストラングの放った一撃は、斧に宿した魔力と破壊力を拡散させているため、広範囲にわたり地盤をひっくり返しながらも、騎馬隊の足を止めるに留まっている。

 そしてドルガーがバストラングを見た直後に口にした警告に従ったのか、騎馬隊の両端にいた部隊はギリギリ地割れを回避している。

 後方の騎馬隊も地割れを察知してか上手く回避しており、現在ドルガー軍を両脇から囲い込む前衛部隊を牽制している。

 

 あらかた予想通りに進んだ展開に、しかしシルディエは内心で冷や汗をかいていた。

 この上なく上手く決まるはずだった作戦を、ドルガーはとっさの判断で察知してのけ、兵士たちもそれに十分にこたえ、陣形の関係上回避不可能だった中央の騎馬隊以外はバストラングの作り出した亀裂を見事に回避している。


 騎馬隊の走る地盤を崩して足を止める作戦は、その実被害を最小限に抑えこまれてしまったのだ。


 しかも。


「フン!!!!」


 突如バストラングの隣に甲冑を纏った偉丈夫が降り立ち、その手にした肉厚の剣を振るった。

 バストラングはその一撃を手にしていた戦斧で防いでいた。


「ほう。今の一撃を防ぐか」


「……」


 突然隣に降り立ったドルガーの一撃を、バストラングは見事に防いで見せた。

 バストラングが一撃を放った際に、一番近くにいたドルガーは騎馬の上から跳躍してバストラングのすぐ隣に降り立ったのである。


「先の一撃と言い、お主尋常な使い手ではないな。名はなんという?」


「…バストラング」


「そうか。見たところ誰に学んだわけでもなさそうだ。天賦の才という奴か?」


 ドルガーの問いに、バストラングは答えなかった。

 代わりに大斧を両手で握り、ドルガーに向かって構えた。


「ふむ。ゼイン! 指揮は任せた! 中央に取り残された騎馬隊を脱出させろ!」


 そう言って、ドルガーもその肉厚の剣を両手で構える。

 その様子を視界の端に収めたまま、シルディエは戦場全体を見渡す。

 

 ほぼ作戦通りに行ったとはいえ、未だにドルガー軍は巻き返しを図っている。

 包囲された騎馬隊の指揮系統は一切乱れていないし、逆に後衛の騎馬隊は包囲し返そうとしている。

 

 騎馬隊の動きに迷いは一切感じ取れない。

 サルラも優秀な補佐官ではあるが、あれほど目まぐるしく動き回るドルガー軍相手に対応しきれるほどの経験はない。

 

 バストラングに加勢したいところではあったが、シルディエが指揮をとらなければドルガー軍はこの戦況をひっくり返してしまうだろう。


「両翼の騎馬隊を抑え込みなさい! 左右の予備隊も前へ!」


 シルディエの指示に、リスタコメントス軍が応じる。

 先ほどまで嘘偽りなく混乱の只中であった前衛部隊もすでにほぼ立ち直っている。


 元々身体能力に優れる獣人族によって構成されている部隊ではあるが、それと部隊が立ち直るために必要なものは全くの別物だ。

 騎馬・鉄鎖陣を用いた一戦である程度理解してはいたが、リスタコメントス軍は確かに軍としての練度が高い。

 

 兵士が恐怖心に囚われてしまえば兵士として機能しなくなる。

 そうなれば部隊は部隊として機能しなくなり、果ては軍が軍として機能しなくなる。


 そうなればシルディエにも手の施しようがなくなってしまうが、獣人族をはじめとしたリスタコメントス軍は兵士としての経験の割には練度と士気が恐ろしく高い。

 

 おそらくは奴隷民族として生きてきた獣人族たちは、この一戦が何のための戦いなのかを深く理解しているのだろう。

 5000年もの長きに渡って虐げられ続けてきた人間界の歴史が、変わろうとしているということを。


 だからこそ、命を擲つような戦場においても、何のためらいもなく戦うことを選べるのだ。

 帝国軍の中ではまともな軍に属する国境警備軍であってもそこまで高い意識を持つ部隊はそうそうない。

 このリスタコメントス軍は、確かな意味で帝国最強のドルガー軍と渡り合っているのだ。


 そんな軍を率いているという事実にシルディエは僅かばかりの高揚を覚えながら、冷徹に戦場を見渡した。

 敵後方の騎馬隊は左右に分かれてこちらの前衛と交戦しており、陣形を変えながらこちらを押し上げようとしている。


 抑え込むことは出来るだろうが、制圧することは困難だろう。

 となると、敵の指揮を砕くためには中央に囲んだ騎馬隊を殲滅する必要があるのだが、こちらも両端が猛烈に抵抗しており難航している。


 有体に言えば戦場全体が膠着状態になっているのだ。


(となると)


 現在本陣の目の前で戦っている二人の超人の決着が、そのままこの戦の結果に直結することとなる。

 そう察したシルディエは、指揮を執りながらも視界の片隅で二人の戦いを見守った。


 その身に魔力を滾らせ、いつでも戦いを始められるようにしながら。


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