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将軍の大失態

「ば、馬鹿な…」


 エベルスの目の前でありえない光景が繰り広げられている。

 自ら率いる30万の大軍が、一匹の怪鳥に吹き飛ばされているのだ。

 

 エベルスは知っていた。

 あの怪鳥を倒すには魔法が有効であることを。

 あの日、ヴァルシアにて魔道総師ロイルドの一撃がファーレンベルクを打ち抜いた光景を、あの場に居たエベルスも目撃しているからだ。


 そしてその作戦そのものは正解だった。

 先日、シルディエ軍の後方に布陣していたエベルス軍に向かってあの怪鳥は飛来してきたが、明らかに魔法攻撃を受けるのを嫌がっている節が見て取れたゆえである。

 

 だからこそ、フォルシアン侵略のために編成した今回の軍であれば、撃ち落とすことはたやすいと考えていた。


 だというのに、炎を纏った怪鳥はエベルスの知るそれとは完全に違っていた。

 先の戦の際、あの怪鳥は魔法攻撃を受けることを嫌っていた。

 それは間違いない。

 

 だというのに、突如現れたあの怪鳥は、まるでこちらの攻撃が物の数ではないと言わんばかりに魔法をその身に受けながら平然としている。

 否、ぶつかる直前で霧散しているのである。


 自分が現在率いている魔導師たちは、魔道総師ロイルド・インディオスから借りた魔導師たちも含まれており、数も質もリスタコメントス軍と戦った時を上回っているのだ。


 にもかかわらず、上空を舞う巨大な怪鳥には全く魔法が届いていない。

 ばかりか、その翼を羽ばたかせるたびに帝国兵が吹き飛ばされている。

 

 こちらの攻撃は届かず、向こうの攻撃はこちらの陣容を一方的に蹂躙している。

 全く争いになっていないのだ。

 しかも。


「エベルス様! コウエン隊長、突如発生した竜巻に巻き込まれ重傷!」


「同じく、ジハイ隊長負傷! 指揮官不在により、隊が乱れきっております!」


 エベルスの元には先ほどからひっきりなしに隊長たちが負傷するという報告が入って来ていた。

 元々統率の緩い軍隊ではあったが、隊長が負傷してからの統率力の無さは目を覆いたくなるようなものだった。


 あの怪鳥の仕業なのか、先ほどから局所的に爆風が発生しており、その爆風があちこちで部隊を引っ掻き回している。

 そして、時折耳の奥に響くような音が響いたと思うと、そのたびに部隊長が負傷するという報告が入るのだ。


 この世のものとも思えないその光景に、エベルスは恐怖した。

 帝国軍を吹き飛ばす怪鳥は、僅かずつではあるがエベルス本隊の元へと近づいてきている。

 

 ふと、怪鳥の目がエベルスを射抜いたように見えた。

 実際にはただ帝国軍を吹き飛ばすファーレンベルクがそう見えたというだけの話なのだが、恐怖心に支配されたエベルスには被害妄想からそのよう見えた。


「ひ、退け! 逃げろ!」


 気が付けば、エベルスは副官に向かってそんな指示を下していた。

 とにかく、今は一刻も早くこの場から立ち去らねばという一念に支配されていた。


「に、逃げろとは、撤退命令を下すということですか!?」


「違う! さっさと馬車を反転させてこの場を去るのだ!」


 副官の問いに、エベスルは襟首をつかみながらそんなことを喚き散らす。


「し、しかし撤退命令は…」


「そんなものはどうでもいい! さっさと馬車を反転させろ!」


 喚きながら、エベルスは腰の剣を引き抜き、副官の首に押し当てる。


「命令通りにしろ! さもなくば」


 目を血走らせながら、エベルスはそんな命令を副官に下す。

 己の保身に目を曇らせる将軍に対し、副官は渋々頷く。


「わ、分かりました。反転させろ!」


 そう言って、エベルスの乗っていた煌びやかな馬車が反転し、味方の一団を押しのけながら戦場から遠ざかっていく。

 総大将が何の指示もなく逃げ出すという事態に、帝国軍はさらなる混乱に落とし込まれた。









 炎鳥ファーレンベルクと帝国軍が衝突している地点から遥か彼方。

 帝国軍の上げる砂塵さえ見えないほどに遠く離れた山の頂上から、セレスティーナは弓を構えていた。

 

 セレスティーナが弓を構えている地点は、肉眼であれば超大軍であるエベルス軍を目視することもできないほどに離れている。

 何しろエベルス軍がいるのはセレスティーナが陣取っている位置からみて地平線の彼方にあり、常人であればどう頑張っても目視できるはずがないのだ。


 セレスティーナ側から黙視できない以上、エベルス軍からセレスティーナが目視できる可能性は皆無。

 ゆえにエベルス軍は現在どこからどんな攻撃を受けているのか皆目見当もつかないだろう。


 しかしそんなエベルス軍の事情など知ったことではないセレスティーナは、遠慮なしに次から次へと弓から矢を放つ。

 セレスティーナの手にしている弓は彼女の身長と同じくらいの全長があるため、はたから見れば非常に大きい代物である。

 

 しかし、だからといってそれだけで地平の彼方を射抜けるような飛距離があるかといえば否である。

 そもそもセレスティーナは矢筒を持っておらず、弓には矢がつがえられていない。

 

 放たれている矢は物質的なものではなく、風魔法によって生み出された魔力の矢である。


『風弓・流星群』


 セレスティーナが再び魔力の矢を放つ。

 その矢は真っ直ぐに地平線付近にいるエベルス軍をめがけて飛翔し、着弾の直前に数百の矢へと分裂してエベルス軍を串刺しにする。


 霊弓。


 エルフの里の中でもセレスティーナ以外に扱えるもののいない超長射程を誇る魔力弓である。

 矢を必要とせず、魔力によって矢を生み出すというこの霊弓の射程は、その気になればフォルシアンを縦断させることさえ可能という規格外の代物である。


 だが、当然霊弓に頼っていたのでは地平の先にいる敵を正確に射抜くことなどできはしない。

 それを可能とするためには、針の穴を射抜く無窮の弓錬と、地平の先の敵さえも正確に捉えることのできる探知力が必要となる。


 そして、セレスティーナはその両方を併せ持つエルフ族の中においても規格外の戦士なのである。

 なにしろ肉眼では見えもしない戦場に響き渡るフィナリアの『音響弾』の音のみを頼りに敵の隊長のいる地点を打ち抜いているのだから。


「あやつら。やるではないか」


 そう言って、セレスティーナは弓の玄を引き絞る。

 引き絞られた弓に矢はつがえられていなかったが、エルフの女王は何のためらいもなくその玄を弾く。


 直後、再び彼女の弓から一条の閃光が放たれた。

 その閃光は地平めがけて真っ直ぐ飛び、常人の目に見えないほど彼方へと消え去った。

 

 しかしセレスティーナには確かな手ごたえと共に自分の風矢が敵を射抜いている実感があった。


「ジェクトとかいう将軍の誇張かとも思ったが、並みのエルフ族よりもはるか高みにおるではないか。ノーストンの姫よ」


 一人でそんなことを口にしながら、セレスティーナは再び耳に響く炸裂音を頼りに弓を引き絞った。

 彼女以外の者がその場にいたとすればフィナリアの放った『音響弾』はもとより、セレスティーナの射抜いた先で戦争が起こっていることにさえ気づかないだろう。

 

 そんな中で、セレスティーナはフィナリアから届けられる炸裂音のみを頼りに弓を引き絞る。


 狙うは敵である帝国の司令官。

 強化された霊獣により、すでに戦場は混乱状態である。

 ゆえに、指揮官そのものを始末してしまえばあとは勝手に潰走する。


「招いてもおらぬのに、我らの土地を荒らそうなどという恥知らずは、さすがに許せんしな」


 そう言って、セレスティーナは再び弓を引き絞る。

 

 霊獣が戦場を荒らし、フィナリアが指揮官の位置を知らせ、自分がその指揮官を射抜く。

 単純極まりない戦法であるがゆえに個々の技量頼みになるが、逆を言えばこの戦法は今あるこちらの戦力を最大限に生かす戦法であるともいえる。

 

 セレスティーナが招集をかければフォルシアンの民をある程度ではあるが集めて帝国軍を迎え撃つことも出来るが、同盟が正式に結ばれることを公言する前に帝国軍が攻め込んできた。

 この状態で軍隊としての形を整えることは不可能なのだ。


 だからこそ、セレスティーナは本来であればよそ者であるクウヤ達との共闘をしているのだ。

 この一戦にて、フォルシアンの女王である自分と、リスタコメントス軍がつながっていることを、帝国とフォルシアンの民へと知らしめるために。


 そんな想いを込め、セレスティーナは矢を放つ。

 放たれた一本の矢はエベルス軍の上空にて無数の矢に分裂して敵軍を串刺しにする。


 彼女の霊法の一つである『霊弓・流星群』

 魔力の矢を着弾直前に分裂させ、広範囲を一度に射抜くという荒業である。


 セレスティーナは長年の鍛錬から、その霊力の矢を針のように細く鋭く研ぎ澄ませており、フォルシアンの中でも最も魔法に精通しているエルフたちでさえも考えられぬほどに高い練度で弓と魔法に精通している。


 持って生まれた才と、長年にわたるたゆまぬ努力。

 その二つが折り重なり、セレスティーナは地平の彼方までその霊弓を放つことが出来る。

 

 本来であればそれほどまで飛距離があっても相手の正確な位置がわからなければ意味がないのだが、セレスティーナにはその長距離を埋める霊感がある。

 そんな武器を最大限に生かすために、セレスティーナは山の頂から弓を引き絞っているのである。


 戦場をかき乱す役割を、霊獣ファーレンベルクという反則に任せることによって。


「ん?」


 再び弓を引き絞ろうとしたセレスティーナは、弓を下ろして『霊眼』を開く。

 透視と遠視を持たせた眼が、遥か彼方で巻き起こる戦場を捉える。

 この目は魔力の消耗が激しいのでそう長い時間扱えはしないが、先ほどまで用いていた『霊聴』よりもはるかに正確に状況を把握できる。

 

 その『霊眼』の先に、フォルシアンから背を向けて逃げ出す帝国軍の姿が映った。

 

「……どうやら、敵の指揮官は相当な臆病者のようじゃな」


 帝国兵は1割どころか1%も減っていない。

 にもかかわらず撤退するなど、慎重を通り越してただの臆病者としか表現できない。

 

 おまけに陣形も何もあったものではない逃げ方で、統率を取るわけでもなく指揮官そのものが我先に逃げ出しているとしか考えられない乱雑具合。

 おそらく霊獣に任せれば帝国の主要地に至るまでに軽く半数は削り取れるだろう。


「目的は果たしたとはいえ……これはこちらを油断させるための作戦なのか?」


 腕を組みながら、セレスティーナは『霊眼』を閉じる。

 あまりにあっさり過ぎる決着に、セレスティーナだけではなくクウヤとフィナリアも霊獣の上で唖然としていることだろう。


「敵は撤退しておるし、余計な追撃を駆ける必要もあるまい」


 そう呟きセレスティーナはファーレンベルクめがけて弓を引き絞る。

 撤退して来いと言う合図を放つためである。









「フィナリア。さっきの軍隊を率いていたのは」


「ええ。間違いなくエベルス将軍でしょうね」


「だよなー」


 フィナリアの解答に、俺は大きく頷いた。

 先ほどの戦いは戦いとも呼べないほどにひどいものだった。

 

 こんなひどい指揮を、トリストスを倒したドルガー将軍が行うとは思えない。

 逆に、エベルスが指揮を取っているのであれば納得できる。


 ファーレンベルクが爆風を起こして帝国軍を攪乱し、フィナリアが指揮官に向かって『音響弾』をとばし、セレスティーナがそれを射抜くという単純極まりない連携だが、これに対抗できる力がなければどれだけ数を集めても問題にもならないだろう。

 

 倒すだけであればファーレンベルクだけでも十分すぎるのだが、今回の戦いはあくまで防衛が目的。

 そして俺たちの最終目標も帝国の政権交代であり、帝国軍の皆殺しではない。


 可能であれば帝国兵の被害は押さえたいと思い、俺たちは甘ちゃん丸出しの交渉をセレスティーナに持ちかけ、帝国軍を撤退させる作戦にしたのだ。


 無論、強化されたファーレンベルクでもきつそうなら全力で迎撃しただろうが、ふたを開けてみれば数時間で終了である。


 おかげで今回の戦争。俺の出番は全くなし。

 予定ではフィナリアへの魔力供給が俺の役目だったのだが『音響弾』程度ではフィナリアの魔力消費量もたかが知れている。

 ……ヤバイ。またヒモになりそうだ。


 そんなことを考えていた俺たちの元へ一本の矢…というより一条の閃光が届いた。

 

「セレスティーナ様の合図ですね。一度撤退しましょう」


「そうだな。ファーレンベルク。頼む」


「クルルゥ」


 そう言って、ファーレンベルクは羽ばたきながらセレスティーナの潜む山へと向かった。

 その山まで彼女を運んだのは他でもないファーレンベルクなので、合流するのもたやすい。

 

 セレスティーナのいる山はこの戦場から恐ろしく離れており、そんな距離からどうやって攻撃するのかと思ったが、「任せておけ」と威厳たっぷりに返されたのでどうなることやらと思いながら指定された山へと下ろしたのだが、いらぬ心配だったようだ。


 ファーレンベルクがこれまで以上の速度で飛翔し、見る見るうちに目当ての山へと到着する。

 そこには、弓を手にこちらを見るエルフの女王様がいた。


「すごい攻撃でしたね。先ほどの攻撃は、その弓で?」


「うむ。霊弓フローラ。かつて妾の友が作ってくれた我が至宝じゃ」


 俺の問いに、セレスティーナは自信満々にそう答える。

 普通なら自意識過剰と取れるかもしれないが、先ほどの桁外れの弓の飛距離を目の当たりにしては、俺もフィナリアも一笑に付すことはできない。

 むしろこれほどの味方が出来て頼もしい限りである。


「……」


 が、そんなことを考える俺の背後でフィナリアがずっと黙り込んだままだった。

 そのことに今気付いた俺は、振り向きフィナリアに問いかけた。


「フィナリア。どうかしたのか?」


「……クウヤさん」


 何か考えをまとめるように、フィナリアはゆっくりと口を開いた。


「エベルス将軍は、なぜこのフォルシアンを攻めたのでしょうか?」


「なぜ? なぜって……なんでだ?」


 軍事的なことなど分かるはずもなく、俺はそんな返答をしてしまった。


「フィナリアはどう思ってるんだ?」


 んでもってそのままフィナリアに問い返す。

 それに対し、フィナリアはやや考え込みながら仮説を口にした。


「帝国側が、フォルシアンが連合軍に加入することを警戒したのではないかと」


「……ちょっと待て。てことは」


 フィナリアの一言に、俺は頭の中に一つの懸念を思い浮かべた。

 そしてそれを察したように、フィナリアは頷いた。


「帝国側が連合軍に対して攻撃を仕掛けてきているとすれば、現在リスタコメントスかノーストンが攻められている可能性も十分に考えられます」


「……とにかく情報が欲しいな」


 俺がそう言うと、セレスティーナが頷き答えた。


「ならば、一度里へと戻ろう」


「里へ?」


 首を傾げる俺に対し、エルフの女王は頷く。


「ノーストンの将軍とやらから通信水晶とやらを預かっておる。かなり貴重な代物なので、妾の里にしかないのじゃがな」


「そうなんですか!? よし、すぐに戻りましょう!」


 そう言って、俺は即座にファーレンベルクの背によじ登る。

 その隣でフィナリアとセレスティーナがピョンと飛び乗る。

 ……なんだかな~~と思いながら、しかし今はそんな場合ではないとファーレンベルクに撤退の指示を出した。


 地球の平地であった場合の地平線はおよそ4.5kmらしいですが、月面上だとその半分程度らしいです。

 作者にもこの世界の直径が分からないため、セレスティーナが具体的に何キロ先を射抜いているのかは明言できません……ごめんなさい。


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