進化した神鳥
本日7話目の投稿となります。
豪華な馬車の中で、豪華な料理と酒を手にエベルスがくつろいでいる。
馬車も住み心地を良くするためか、エベルスは見るからに高価な家具をそろえている。
ドルガーであれば軍備に回す資金をエベルスは自分の快適さのために使用しているのだ。
当然そのことでは一部の良心的な将兵から苦言を呈されることもあった。
しかしその苦言に対してエベルスは。
「将である自分が万全でなければ軍など機能しない」
という言葉で一蹴した。
やたらと豪奢な馬車に乗り、揺れがひどいという理由から行軍速度さえも落としたエベルスだったが、しかし帝国兵全体としてはそんなエベルスに対してそこまで不満を抱いていなかった。
強行軍をしないということは、兵士たちに過酷な進軍を要求しないということでもある。
指揮の高い兵士であれば苦痛でしかない亀のような行軍も、日々ろくに調練もしていないような兵士たちから見れば居心地がよくなってしまう。
エベルス軍は特にその色が濃く、ドルガー軍のような苛烈な行軍を送ることを嫌った者達が非常に多いのだ。
しかし、30万という大軍が進軍する以上、当然のごとく費用が掛かる。
ならばエベルスはそれをどこから引っ張り出しているのか。
それは行軍中の町や村々から徴収しているのである。
元々好き放題にやっている帝国貴族だが、戦という名目を持った上で軍を動かした場合その腐敗ぶりはさらに顕著となる。
大義名分もなしに無理な徴収を続ければ反乱も起きかねないが、大軍勢を見せびらかしながらであれば民衆は逆らおうとはしないからである。
「で、フォルシアンにはあとどのくらいで着く?」
「半日後には国境を越えますので、後は点在する集落を攻撃するのみです」
「ふん。フォルシアンくんだりに行くのに7日もかかるとはな」
「全くです。大軍を率いての行軍がこうも時間がかかるものとは予想しておりませんでした」
馬車が揺れるという理由で行軍速度を落としておきながらエベルスはそんなことを言う。
そんなエベルスの妄言に対して、部下は諌めるどころか同意している。
ドルガーと異なり、軍を率いるという経験がほとんどないエベルス軍がそのようなことを口にするのも無理はない話ではある。
しかしそんなエベルス軍の兵力は30万。
それも魔導師を多分に含んだ軍隊である。
まともに戦えばその数だけでほとんどの敵を殲滅できてしまう。
俗にいう人海戦術だが、それだけの兵力を用意できるのであれば極めて有用な戦法でもあるのは確かなのだ。
「さて、フォルシアン全土を制圧し、帝都へ凱旋するまでどのくらいの時間がかかる?」
「おそらくは一月ほどかと」
「一月、か。長いな。さっさと終わらせろ。捕虜を取る必要はない。皆殺しにしろ」
「は!」
戦いが始まってもいない内から、エベルスと副官はそんな会話をする。
彼らの頭の中にあるのは、面倒な戦をさっさと終わらせて帝国へ戻り英雄として奉られることのみ。
この先の戦いで死んでいく兵士の事も、フォルシアンの住民の事も、ここに来るまでの間に物資を吸い上げられる帝国民の事も、彼らの頭には全く残っていない。
それだけ30万という大軍は圧倒的なのだ。
町や城の一つや二つ程度はあっさりと落としてのけるような大軍である。
このような大軍で打ち破れない敵となれば、魔王のような圧倒的な戦力を誇る怪物位のものである。
しかも先の魔族侵略の際に、さっさと帝都を放棄したエベルスは魔族たちが帝国軍と相打ちになったと思い込んでいるため、現在の兵力で魔族の進撃も止めることが出来ると思っているのである。
「ほ、報告!」
「なんだ騒々しい」
そんなことを考えるエベルスの元に、一人の伝令兵が駆け込んできた。
その伝令兵に対し、エベルスは白い目を向ける。
しかし伝令兵はそんなエベルスの態度には目もくれずに報告を口にする。
「じょ、上空に、巨大な怪鳥が!」
「…怪鳥?」
伝令兵の言葉に、エベルスは眉をひそめる。
エベルスの脳裏に、リスタコメントス軍の炎鳥が思い浮かぶ。
しばし前に、シルディエ軍の後方で魔導師部隊を指揮していた時に見かけた炎を纏った巨大なあの鳥は、まさしく怪鳥と呼ぶにふさわしいだろう。
「どけ!」
そう言って、エベルスは伝令兵を押しのけて外へ出た後、上空を見上げる。
伝令兵の報告通り、上空には一匹の怪鳥がいた。
その姿は、先ほどエベルスが連想した炎鳥の姿であった。
「あれは、リスタコメントスにいるはずではないのか?」
「……そのはずですが」
エベルスの問いに、副官が困惑の色を示す。
ファーレンベルクはわずか二日で大陸を縦断できるということを知らぬ彼らから見れば、この場に炎鳥が現れるというのはいささか以上に非現実的なのである。
しかし、そんな予想外の存在を目にしたエベルスはむしろ喜色を浮かべる。
先の戦とヴァルシアでの一件からエベルスは炎鳥が魔法に弱いことを知っていたからである。
「全軍に戦闘用意をさせろ! あの炎鳥は魔法に弱い! 魔導師部隊全軍の火力をもってあの鳥を叩き落とせ!」
「は!」
副官にそう命令をし、エベルスはほくそ笑む。
あの炎鳥はヴァルシアにて皇帝陛下の目にもとまっている。
それを打ち取ったとなれば、エベルスの株が上がることは間違いない。
その上、今は大量の魔導師を引き連れての行軍である。
そんな中に現れたのだから、エベルスから見れば飛んで火にいる夏の虫にしか見えていなかった。
しかし、エベルスは知らなかった。
その炎鳥は、かつて戦った時とはまるで違うということを。
「どうだフィナリア」
「……確かに、30万名近くいるかもしれませんね」
ファーレンベルクに乗りながら、フィナリアは帝国兵の概数を数え上げる。
その数はセレスティーナから言われていた通りのものだった。
「魔導師たちもかなりの人数が出向いていますね。これまで通りであれば、近づくこともままならないでしょう」
「…これまで通りなら、か」
フィナリアの言葉に、俺はファーレンベルクを見下ろした。
『祝福の儀』を受けた後、俺たちはファーレンベルクに乗ってフォルシアンとトルデリシア帝国の国境付近へとやってきた。
ファーレンベルクの見た目は全く変わっていない。
体が大きくなっているわけでもなければ、纏っていた炎の色合いも変わっていない。
しかし霊絡という存在を知った今の俺には、ファーレンベルクの力が大幅に上昇している事が明確に感じ取れる。
それは俺と霊絡を共有しているフィナリアについても同様だろう。
「さて、準備はいいか?」
「はい」
「よし。行くぞファーレンベルク!」
「ピュアアア!!!」
俺の指示に、ファーレンベルクは高度を下げる。
一気に帝国軍魔導師部隊の射程圏内へと入り込んだ俺たちに、シルディエ軍の時よりも遥かに密度の高い魔法が撃ち込まれる。
シルディエと戦った時よりもはるかに大量の魔導師がファーレンベルクを集中攻撃しているのだからそうならないはずもない。
下方からこちらへ射出される魔法の雨は、留まることなくファーレンベルクめがけて飛来している。
というよりその魔法の逆雨は止むことなくこちらに向かって飛来している。
なぜなら、ファーレンベルクの身に一切届いていないからである。
「……スゲーな」
「はい。凄絶な光景ですね」
ファーレンベルクに向かって放たれる魔法が、ぶつかる1m前ほどで消滅しているのだ。
俺たちを乗せて空気の薄い上空を飛んでいたファーレンベルクは、元々その体を覆うように見えない障壁が張られていた。
でなければ、俺たちが生身で上空を長時間移動し続けられるはずがない。
そしてフィナリアの魔力供給を得られるようになったファーレンベルクは、その障壁を大きく強化していたのだ。
その障壁が、迫りくる魔法を見事に防いでいたのである。
これまでのファーレンベルクであればあっという間に飲み込まれたであろう魔法の豪雨を、ファーレンベルクは何をするでもなく平然と防いでいるのである。
俺とフィナリアはそんなファーレンベルクの背に乗りながら、その幻想的な光景に見入っていたのだ。
色とりどりの魔法がファーレンベルクめがけて撃ち込まれており、ファーレンベルクに向かってきた魔法は打ち消され、外れた魔法は上空へと打ち上げられる。
今が争いの最中であるというのに、俺たちは敵の魔法攻撃の雨に見とれるほどに余裕があった。
それほどにファーレンベルクの守りは圧倒的なのだ。
「フィナリア。敵の様子は?」
「驚き戸惑っているようですね。後先を考えず、ファーレンベルクを撃ち落とすつもりのようですが……」
「…無理だろ」
パワーアップしたファーレンベルクの障壁は鉄壁その物で、帝国兵は丸っきり突破できていない。
フィナリアの使っていた『風龍弾』クラスの魔法ならどうなるかわからないが、眼下の魔導師の攻撃は文字通り傘を打つ雨のようなものだ。
どれほどの豪雨であったとしても、魔力の余波が届く程度で魔法自体が直撃しないのだから意味はない。
そんな状態で待機することおよそ10分。
流石に消耗してきたのか、敵の魔法攻撃が目に見えて弱くなってきた。
「よし。行け!」
「ピュアアアアア!!」
俺の指示に、ファーレンベルクが大きく降下する。
帝国軍の魔導師たちは魔力が切れたのか、接近してくるファーレンベルクを見ても先ほどの豪雨のような魔法は届いてこない。
しかしそれも当然だろう。
射程圏内ギリギリを飛ぶファーレンベルクを撃ち落とそうとすれば、魔導師たちは全力で魔力を振り絞らなければならなかったはずだ。
そんな無茶な魔法の使い方をして、魔力切れにならないはずがない。
全力疾走など1分も持てばよすぎるくらいだ。
「羽ばたけ、ファーレンベルク!」
俺の指示に、ファーレンベルクはその両翼を大きく羽ばたかせる。
その両翼から、風魔法の象徴である緑色の魔力が放出され、ただ羽ばたいただけでは考えられない爆風が引き起こされる。
ファーレンベルクの巻き起こす爆風が風魔法であるということは理解していたが、強化されたファーレンベルクが引き起こす風に帝国兵はなすすべなく吹き飛ばされていた。
俺たちの眼下にて、帝国兵が大いに混乱する。
「フィナリア、敵の隊長はどこだ?」
その光景を見ながら、俺はそう口にした。
帝国軍を全滅させることも決して不可能ではないだろうが、敵の指揮官を倒してさっさと戦いを終わらせてしまった方がいいに決まっている。
無意味に兵士を殺すのは俺たちの趣味ではないのだから。
「あちらです!」
フィナリアが指差した先で、馬に乗った隊長らしき人物が混乱する兵士たちを叱咤していた。
「よし、合図を!」
俺の指示に、フィナリアが頷き風魔法を放つ。
『風弾』に似た魔法が、敵の隊長に向かって放たれる。
「クウヤさん! 耳をふさいでください!」
フィナリアの指示に、俺は頷き耳をふさぐ。
直後、フィナリアの放った魔法が爆ぜ周囲に強烈な炸裂音が響き渡る。
『風響』と『風弾』を合わせて改造したこの魔法の名は『音響弾』
そのまんまの名前だが、威力ではなく強い炸裂音を放つ『風弾』を、『風響』によってその炸裂音を増幅させるという代物だ。
フィナリアに狙われた隊長は、『風弾』だと思って防いだ一撃が『音響弾』であったことを知らず、防いだ盾の向かい側で発生した大音響にやられて昏倒する。
上空から見ていた俺たちでさえも耳をふさがないと厳しい大音響だ。
盾を挟んだ位では到底防げないだろう。
「次は?」
「あちらです」
フィナリアの指示に従い、ファーレンベルクに爆風を起こすように指示をくだす。
さっきの爆風で帝国軍は混乱状態にあったのだが、隊長を失ったためその混乱にさらに拍車がかかる。
指揮官さえ倒してしまえば指揮系統は成り立たなくなる。
最も効率がいいのは総指揮官を倒すことだが、そもそも俺たちはこの帝国軍を誰が率いているのかもわからないのだ。
「…なあフィナリア。この大軍を率いているのは誰だと思う?」
「……これだけの大軍を率いるとなると、将軍以外の人物が率いているとは考えられません。つまり」
「ドルガー将軍か、エベルスのどっちかってことか?」
俺の問いに、フィナリアは曖昧に頷く。
フィナリアは聡明だ。これがあくまでただの推測にすぎないということはよく理解しているだろう。
だからこそフィナリアは断言できずにいるのだ。
将軍が率いているなら頭を潰したいところだが、さすがに誰が率いているかもわからない状態で大将を探すことなど不可能だ。
それに眼下には30万もの大軍である。
人一人を見つけるのは極めて困難な話だ。
俺たちはこのまま隊長を片付けていくことにした。
「クウヤさん。耳を」
「おう」
俺がそう言って耳をふさぐと、フィナリアは再び『音響弾』を発動させる。
高速で射出されたその魔法は、次の隊長めがけて飛来する。
しかし今度は優秀な隊長だったのか、自分の隊の魔導師たちと弓兵に命じて『音響弾』を迎撃してのけた。
『音響弾』は目標の隊長から離れた場所で炸裂し、隊長は耳をふさいで耐えていた。
「……やるな。あいつ」
フィナリアの『音響弾』は絶対的な有効打ではなく、むしろ奇襲でこそ効果を発揮する代物だが、それでもたった一度でこうも見事に対応できるのは見事としか言いようがない。
しかし、予想より早く対処されたとはいえ、音響弾が決定打になる魔法ではないということは重々承知である。
むしろこれは隊長の位置を知らせるための魔法だ。
「来ました!」
フィナリアがそう言うと、緑色の矢がまっすぐ隊長に向かって高速で飛来した。
それが数百本。
フィナリアが『音響弾』を炸裂させた地点の奥にいた兵士たちを、上空から降り注いだ風の矢が打ち抜いた。
「やるな女王様」
そう言って、俺とフィナリアは矢の飛来してきた方向を向いた。
ファーレンベルクに乗った俺たちにさえ見えない地点から『音響弾』の炸裂した地点めがけて魔法を放ったエルフの女王に向かって。
「…これが、セレスティーナ様の力ですか」
俺の隣で、フィナリアがそうつぶやいた。
ここから遥かに離れた山奥から『音響弾』の炸裂音のみで敵の位置を正確に把握して狙撃してのけたことに対しての驚愕と賞賛の交じった一言だった。




