祝福の儀
本日6話目の投稿となります。
「そんな方法があるのですか?」
セレスティーナが口にしたことに、俺より先にフィナリアが食いついた。
そんな質問に、エルフの女王は頷く。
「お主ら人族の魔法にはないようじゃが、妾の精霊魔法には存在する。と言っても、里の中でも妾しかできぬ代物じゃがな」
「…いったい、どんな魔法なんだ?」
セレスティーナの言う霊法に興味を覚えた俺は、気が付けば敬語を使うのを忘れていたが、そんな事にも気が付かない位に驚いていた。
ファーレンベルクは現時点でも、魔法が効くということを除けば反則的に強い。
だというのにそれをさらに強くするとなると、どうなるのか想像もできない。
問い詰める俺たちに対して、セレスティーナはその魔法の説明を始めた。
「やることは至って単純じゃ。今、お主と霊獣は霊絡によって結ばれておる。そのことは分かるな?」
その言葉に俺は頷く。
俺とファーレンベルクは、この世界に来る前に女神レンシアによってパスを繋げられた。
文字通り、俺とファーレンベルクは一心同体なのだ。
セレスティーナの話だと、俺の魔力が無意識的にそのパスを通してファーレンベルクに流れ込んでいるらしいのだが、その魔力量が少ないのでファーレンベルクはその真価を発揮できないらしい。
「だから、俺の魔力量を引き上げる精霊魔法を使うと?」
俺の問いに、しかしエルフの女王は首を横に振った。
「違う」
「えっと……俺の魔力量を増やさないとファーレンベルクは強くならないんじゃないんですか?」
「その通りじゃよ。しかし人の魔力量などそうそう増えるものではない。増やすためには長年の修行が不可欠じゃ」
「????」
のらりくらりと言葉を濁すセレスティーナに対して俺が疑問符を浮かべまくっていた時、目の前のエルフは笑いながら答えた。
「魔力量を増やすのではなく、使える魔力を増やすのじゃよ」
「使える魔力を増やす?」
おうむ返しに答える俺に、セレスティーナは頷く。
「お主が霊獣と霊絡でつながっておるように、他の者とお主の霊絡を繋ぐ。そうすれば、お主の元に霊絡で繋いだ相手の魔力が流れ込んできて、さらにその魔力が霊獣へと流れ込む。お主と同程度の魔力量を持つ者と霊絡を繋げば、霊獣に流れ込む魔力は倍となる」
「…そんなことが、出来るのですか?」
セレスティーナの言に、フィナリアが驚きながら問いかける。
「出来る。そして、クウヤと霊絡を繋げるのに最もふさわしいのは、フィナリア・ノーストン。お主じゃよ」
「私、ですか?」
女王に指名されたフィナリアは、驚きながらそう答える。
そんなフィナリアを見ながら、セレスティーナは頷いた。
「お主の魔力量は、人族にしてはなかなかのものじゃ。よほど鍛練を積んだことじゃろう」
「…私とクウヤさんの、霊絡を繋げると?」
「左様。さすればあの霊獣は今の数倍強くなることじゃろう」
セレスティーナの説明を聞き、フィナリアは俺の方を向いた。
その視線が『どうしますか?』と問いかけている。
「さすがにその精霊魔法がどんなものなのかを知らないと答えようが…」
こちらを見る美女二人に対して、俺はそんな返答をした。
メリット・デメリットを知らない状態でそんなもの使えるはずもない。
「もっともな話じゃが、この精霊魔法は利点こそあれども欠点はほとんどないぞ。霊絡がつながった者同士の間で力が循環するため、使える魔力は多くなり、回復力も上がる。他にも種々様々な加護を受けられるという優れものじゃからな」
耳あたりのいいキャッチセールスのようなことを言うセレスティーナに若干の不安を覚えるが、仮にもフォルシアンの女王がそんな詐欺をするはずもない。
「…本当に欠点はないんですか?」
「ない。強いて言えば一度つなげた霊絡は繋がりっぱなしになるということぐらいじゃな。とはいえお主らの言葉に直せば、霊絡を繋げた者同士の魔力量が増え、回復も早まるということじゃから、別に問題はあるまい」
「…なら、やってみるかフィナリア?」
半分疑問形で俺はフィナリアに問いかける。
そんな俺に対して、フィナリアも頷いた。
なるほど。そのためにセレスティーナはフィナリアを呼んだのか。
「ファーレンベルクと私たちが今より強くなれるのでしたら、やってみる価値は十分にあります」
「そうだな。やってみるか」
そう決めて、俺たちはエルフの女王に向き直った。
「それで、具体的には何をすれば?」
「よし。まずは向き合い二人で手を繋げ。そうして目を閉じ、心を落ち着けろ」
「……」
セレスティーナに言われるがままに、俺とフィナリアは向き合って手を繋ぎ、目を閉じた。
フィナリアの手は少しひんやりとしていたが、心地のいい冷たさだった。
「では、始めるぞ」
セレスティーナがそう言うと、フィナリアとつないだ手から暖かい何かが流れ込んできた。
否、なにかではない。
これは魔力だ。
フィナリアの手から、俺に向かって魔力が流れ込んでいるのだ。
そして同様に、俺の手からもフィナリアに向かって魔力が流れ出ているのを感じる。
白魔法を使うときのような感覚だが、大変な集中力を要求される魔法の発動とは違って今は呼吸をするかのように自然に魔力を放出できているように感じる。
まるで、俺の魔力とフィナリアの魔力が混ざり合っていくような感覚に、どこか陶酔的なものを感じ取りながら、その感覚に身を任せていた。
二つの魔力がまじりあっていくような感覚は、やがて一つに融合するような感覚へと変化していった。
直後。
「そこまで。もう眼を開けてよいぞ」
突如、セレスティーナの声が俺の耳に響くと、それまで感じていた陶酔感覚がきれいさっぱり消え去った。
言われるままに目を開けた俺の目に飛び込んできたのは、儀式を始める前に手を繋いだフィナリアの姿だった。
「で、霊絡がつながった気分はどうじゃ?」
セレスティーナに言われ、俺は自分の体の変化に気付いた。
目に見えて何かが変わったというわけではない。
目に見えぬ、魔力の流れが大きく変わっているのだ。
これまで魔力は俺の体の中を血液のように循環していた。
そして今、その循環の中にフィナリアが入っている。
俺の魔力が、何かを通じてフィナリアへと流れ込み、逆にフィナリアの魔力が何かを通じて俺の中へと流れ込んでいるのだ。
おそらくその何かが霊絡なのだろう。
感覚的に言えば俺が常にフィナリアに対して白魔法を発動しているような状態であり、それによって消耗した魔力がフィナリアから流れ込んできている、という感じだ。
「……」
フィナリアと繋がっている。
そうとしか表現できないが、その表現はいろいろと語弊を招きかねないので俺は言葉に詰まっていた。
「クウヤさんの魔力が流れ込んできているのが分かります。とても、心地いいです」
そんな俺の隣で、フィナリアがそんなことを口走る。
「ふむ。成功のようじゃな。クウヤ。お主はどうじゃ?」
セレスティーナの問いに、俺は頷いた。
ついでに言うと、フィナリアと霊絡が繋がったと同時にファーレンベルクと俺を繋ぐ霊絡の存在も感じ取れた。
現在、俺を通じてフィナリアの魔力もファーレンベルクへと流れ込んでいる。
もしセレスティーナの言うとおりだとすれば、ファーレンベルクはパワーアップしていることだろう。
同様に、俺が魔力を用いて消耗した場合はフィナリアの魔力によってある程度の補充が効くし、逆もまたしかりだ。
技量は伸びてはいないが、魔力の運用についてはこれまでとは比べ物にならないほどに優位な状況になったと言えるだろう。
というか、この霊絡を繋げるという霊法は本当にすごい。
今、俺の魔力はフィナリアに常に流れ込んでいる。
同様にフィナリアの魔力も常に俺に流れ込んでいる。
これなら片方が魔力を消耗したとしても一人の時より遥かに速く回復するだろう。
二人そろって消耗した場合は多少厳しいだろうが、それでもどちらかが早く回復すればもう片方もスムーズに回復するだろう。
「女王様。これ、もっと大人数でやった方がいいんじゃないんでしょうか?」
霊絡が繋がるという感覚に驚いた俺はそんなことを口にした。
しかしその問いに、セレスティーナは首を横に振った。
「この霊法を使うにはいくつかの制限があってな、お主らは上手くいったが、本来ならこんなにうまくいくような代物ではないし、幾人につなげられるようなものでもない」
「制限?」
俺の疑問に、セレスティーナは何やら愉快そうに笑みを浮かべながら答える。
「左様。この霊法の名は『祝福の儀』と言ってな、本来であれば心の底から生涯を誓い合った者同士に精霊が授ける福音なのじゃよ」
「…へ?」
セレスティーナの言っていることの意味が解らず、俺は目を点にする。
そんな俺に、エルフの女王は説明を続けた。
「分からんか? その霊法を扱うための条件は、互いに心を通わせることのできる絆を持った男女であるということじゃ。本来であれば婚姻の場において精霊から授けられる祝福であり、永久を誓う絆を持つ伉儷にのみ許された加護なのじゃよ」
「な!?」
それはつまり何か!?
俺とフィナリアは永遠を誓い合ったってのか!?
目を瞬かせながら驚きまくる俺を見て、セレスティーナは口元を隠してクツクツという擬音が付きそうな笑い方をしている。
「何、これはエルフのしきたり故、お主らがそうならなければならないというものではない」
「あ、そうなんですか?」
そう言われ、俺はようやくからかわれていることに気が付いた。
「しかしまあ、中には虚飾を飾るがゆえにこの加護を受けられぬ者達もいる。そう言った連中は大概離別するものだが、あっさり祝福の儀を成功させたお主らはかなり強い絆を持っとるようじゃな」
「ッ~~~~」
からかわれていると分かっていながら、この手の出来事に丸っきり免疫のない俺は激しく動揺していた。
そんな俺に対して容赦なく追い打ちをかけてきたセレスティーナは本当に大人げないと思う。
なんか威厳たっぷりだったエルフの女王様が、突然世話焼きばあさんみたいに見えてきた。
そんな俺の隣で、フィナリアが俯いて表情をのぞかせないようにしていた。
両手はくるぶし付近まである長いドレスアーマーのスカートの裾を握りしめている
「それにしてもこうまであっさり成功するのは妾もほとんど見たことが無いな。やはりノーストンの使者の言っておった通り、お主らは固い絆で結ばれとるな」
「…ノーストンの使者?」
なおも追い打ちをかけてくるセレスティーナだったが、その言葉に含まれた妙な単語に俺は耳を傾けた。
それについてはフィナリアも同様で、先ほどまで堅く結ばれていた口を開いた。
「セレスティーナ様。ノーストンの使者とはジェクト将軍の事でしょうか?」
「その通りじゃ。あ奴は並外れた魔導師じゃったのう」
「……」
常識人のジェクト将軍が俺とフィナリアの関係をほのめかすようなことを言うとも思えないので、多分女王様が根掘り葉掘り聞いたんだろう。
……ほんとに世話焼きばあさんみたいに見えてきた。
というか将軍がこんな時に国を離れて大丈夫なのかよ?
フォルシアンが人族を嫌悪する土地だから、使者も腕が立つ人の方がいいんだろうけどよ。
あ、そのためにフィナリアが囮になってたんだっけ?
「……ともかく、これでファーレンベルクは強くなったのでしょうか?」
いつの間にか顔を上げていたフィナリアが、話をそらすためにそんなことを口にした。
ナイス! と、おれは内心でフィナリアに親指を突き立てる。
セレスティーナも俺たちをいじるのに飽きたのか、話に合わせてきた。
「おそらく問題はあるまい。なんなら実戦で試してみればいい」
「実戦? 実戦……あ!!!」
実戦という言葉を聞き、俺はこの場で伝えておかなければならないことがあることを忘れていたことに気が付いた。
確認のためにフィナリアの方を向くと、彼女も頷き口を開いた。
「セレスティーナ様。一つ報告をしておかなければならないことがございます」
「なんじゃ?」
「実は、ここに来る途中で、私たちは帝国軍がフォルシアンへ向けて進軍しているのを目撃いたしました。その数は…」
「30万、と言ったところかのう」
フィナリアの報告に、セレスティーナが言葉を被せる。
その一言に、俺もフィナリアも唖然とする。
そんな中、エルフの女王は超然とした様子で口を開いた。
「妾を誰だと思っておる? 精霊王と契約を交わしたエルフの長ぞ。妾の耳はすでに国境付近に集まっている帝国兵を捉えておる」
「ど、どうやって…」
戸惑いそんなことを口にする俺に向かって、セレスティーナは口を開く。
「言ったはずじゃ。里一番の精霊魔法の使い手である妾は、物理的な制約をある程度越えて物事を感じ取ることが出来るのじゃよ」
…そう言えばそんなことを言ってたな。
そしてつい先ほど、俺とフィナリアの霊絡を繋ぐという奇怪なことをあっさりとやってのけた。
恐らく、彼女の見えている世界は俺たちとはまるで違うのだ。
ファーレンベルクの背から眺める世界がまるで違うように。
『風響』を用いたフィナリアが、他の連中とはまるで違う音の使い方をしているように。
「セレスティーナ様。実戦で試せと言うのは…」
フィナリアの問いに、エルフの女王は頷く。
「帝国兵を迎撃する。奴らが国境を完全に越える前に叩きのめすのじゃよ」
「…相手は30万。しかも魔導師が混じってると思うんですが?」
俺の問いに、しかしセレスティーナはにやりと笑う。
「お主らが無理そうなら、妾たちがやるまでじゃよ」
「……」
自信に満ちたセレスティーナの態度をしばし観察しながら、俺は頷いた。
どの道選択肢などないに等しい。
フォルシアンへ帰ったというトリストスがいれば頼もしいことこの上ないが、今から探している時間もない。
俺はパチンと自分で両頬を叩いた。
「よし。行くか!」
「ええ。行きましょうクウヤさん」
「よし。決まりじゃな」
そう言って、俺たちは部屋を後にした。




