フォルシアンへ
本日4話目の投稿になります。
「つまり、フォルシアンは予定通りに同盟を受け入れてくれたってことか?」
あの後、僅か半日でリスタコメントス軍の引き継ぎを終わらせた(出鱈目な早業である)フィナリアは、そのまま俺と共にファーレンベルクにまたがってフォルシアンへ出発した。
リスタコメントスとフォルシアンの間にはトルデリシア帝国があるので、通常であればノーストン経由で迂回しなければならないのだが、帝都まで一日で行くことが出来るファーレンベルクであれば、フォルシアンへの道中も二日で行ける。
無論、帝国軍に見つからないように、地上の景色がよく見えないほど上空を飛んでいる。
で、その道中で俺はフィナリアからなぜフォルシアンへ向かわなければならないのかを教わっていたのだ。
「で、フォルシアンは一体いつその同盟の話を受けたんだ?」
「ちょうどエベルス卿と戦っていた時ですね。お父様がカーナイル様へ連絡されたので、前線で戦っていた私達には情報が届いていなかったのです」
「……あの時か」
エベルスと戦っていた最中にそんな連絡が入ったのであれば俺が知らないのも当然だ。
「で、同盟が決定したなら、なんで俺たちはフォルシアンに行くんだ?」
妙にスムーズに同盟の話がまとまったような気もするが、同盟を組むことが決定されているのなら、わざわざ俺たちがフォルシアンへ向かう理由がわからない。
そんな俺の問いに、フィナリアは答えた。
「正確には、フォルシアンとの同盟は未だに本決まりではありません」
「本決まりじゃあない?」
俺の疑問に、フィナリアは頷く。
「フォルシアンを束ねるエルフ族の女王セレスティーナ・クララベル様が、同盟を受けるにあたって一つ条件を出したのです」
「…エルフ族? それって、森に住む長寿の種族か?」
フィナリアが口にした単語が、俺の琴線に触れる。
獣人族、竜人、魔族、ドワーフ族と人族のハーフ(トリストスの事)
いろんな奴らに出会ってきたが、俺はまだエルフ族と出会ったことは無い。
定番通りなら、全員が美形で長寿という話だが、それはこの世界でも同じなのだろうか?
話の本筋から大きく離れている自覚はあるが、エルフの女王という単語が琴線に触れてしまったのだから仕方がない。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、フィナリアは頷く。
「よくご存知ですね。エルフ族は人族の10倍の寿命を持つと言われています。フォルシアンの中でも群を抜く長寿な種族ですので、いつしか彼らがフォルシアンを束ねるようになったと言われていますね」
「…なるほど。で、そのエルフの女王が出した条件っていうのは?」
エルフが美形なのかどうかとても気になったが、とりあえず現状本気でどうでもいいので頭からたたき出して本題へ戻る。
俺の質問に、フィナリアは頷き答える。
「フォルシアンで折衝を行ったジェクト将軍の話では、セレスティーナ様が出した条件は『炎鳥とその担い手。及び、ノーストンの王女との面談』だそうです」
「…つまり、ファーレンベルクと、俺と、フィナリアにフォルシアンに来いと。フィナリアが言っていた王女として動くって言うのはこの事か」
なぜジェクト将軍が折衝に行ったのかが気になったが、とりあえずは話を進めることとする。
「はい。フォルシアンがその条件を出してきたときは、私がリスタコメントスの指揮を外れることができませんでした。ですから、私はシルディエ様にリスタコメントス軍の指揮をお願いしたのです」
「なるほど。ようやく話がつながった」
これまで通りフィナリアが指揮を取ればいいものをなぜ無理にシルディエに引き継がなければならないのかと思っていたが、裏にはそんな事情があったというわけか。
確かにフォルシアンと同盟を組めるのならば、フィナリアが一時的にリスタコメントスを離れる価値もある。
「でも、なんでその…エルフの女王様は俺たちをフォルシアンに呼んだんだ?」
「それについては何とも言えませんね。そもそもフォルシアンという国は険しい山々に囲まれた多民族国家なので、私もあまり内情には詳しくありませんから」
「それもそうか」
そうこう言いながら、俺たちはフォルシアンへの旅程を急いだ。
「トリストスさん。元気かな?」
ふと、俺はそんなことを口にした。
フォルシアンはトリストスの生まれ故郷で、ドルガー将軍と戦ったのちトリストスはこの地に帰ったはずだ。
「トリストス様と共に戦うためにも、同盟は成功させなければなりませんね」
俺の言葉にそう返すフィナリアに対して、俺も一つ頷いた。
ファーレンベルクが休息を取る必要がないので、俺とフィナリアは交代でファーレンベルクの背中で寝たり食ったりしながら眼下を眺めていた。
時折帝国内の山中にて休息を取ったりもしていたが、おおむね行程そのものは順調だった。
低空飛行であればものすごい速度で飛んでいることがわかるファーレンベルクだが、帝国領内を飛んでいる今は高高度で飛翔しているためかなり風景の流れが遅い。
あれだ。飛行機ののぞき窓から眺めた景色の流れが遅いみたいな感じだ。
フィナリアは常に興味深そうにその大地を眺めていた。
二人でノーストンに向かった時もそうだったが、フィナリアは非常に勤勉だ。
だからこそ俺と同い年くらいなのに一国の軍を率いるようなことが出来ているのだろう。
「……クウヤさん」
などということを考えている俺に、フィナリアが声をかけてきた。
「どうかした?」
「…あれを見てください」
気が付くと、フィナリアはかなり険しい表情を浮かべていた。
その態度が気になり、俺もフィナリア同様にファーレンベルクの背から大地を見下ろす。
そしてその眼下に、不自然なものを見かけた。
「…なんだあれ」
眼下には、明らかに周囲とは異なる何かがあった。
黒い何かが大地を染め上げ、何やら蠢いているのだ。
初めてこの世界に来たときに見たブラックバイソンの群れのようにも見えるが、それにしてはありえないほどに数が多い。
今のファーレンベルクの高度から見れば小さな山程度なら丘のように見える。
普通に見れば小高い丘でも、まるで無いように感じるのだ。
だというのに、その何かは明確に蠢いているのだ。
広大な大地の一角を、明確なまでに。
「フィナリア。あれは一体」
俺の問いに、フィナリアは眼下で蠢く何かに対して目を凝らしながら答えた。
「あれは、恐らく帝国軍です」
「帝国軍!?」
言われて、俺は眼下の蠢きに目を凝らす。
その蠢きは、言われてみれば大軍が行軍しているようにも見えた。
「ちょっと待った! あれが帝国軍だっていうなら、あいつら!」
「はい。間違いなくフォルシアンへ向かっています」
俺の言葉をフィナリアが肯定する。
そう。眼下を蠢く何かは、よく見てみると真っ直ぐに北上しており、ファーレンベルクの行き先と同じ方向を目指しているのだ。
「やばくないか!?」
「…いずれにしても、フォルシアンへ急ぐ必要がありますね」
フィナリアの答えに、俺は頷く。
「ファーレンベルク。急いでくれ」
「クルルゥ」
そんなこんなで、俺たちは帝国とフォルシアンの境界をまたぐ。
フィナリアの言った通りで、フォルシアンの内地はかなり切り立った山が多かった。
そんな山を見渡しながら、俺は一番重要なことを知らないことに気が付いた。
「で、俺たちはどこへ向かえばいいんだ?」
フィナリアとフォルシアンに来るようにと指示されはしたが、フォルシアンのどこへ向かえばいいのかということを俺は完全に失念していた。
道案内があるわけでもないので、ここから先は完全に未知の領域なのだ。
そんな俺の質問に、フィナリアが答える。
「フォルシアンの中央へ向かえば、あちらから案内が来るという話でした」
「ファーレンベルクに乗っていてもか?」
俺の解答に、フィナリアは頷いた。
フォルシアンからの伝言なのだろうが、そんなアバウトな指示で俺たちが目的地に到着できるとは思えなかった。
「…だがまあ、他に方法もないか」
そう言って、俺はファーレンベルクに指示して大雑把にフォルシアンの中央を目指した。
大山脈に隣接しているだけあって、フォルシアンには平地よりも山が多かった。
一応緑豊かと言えるが、決して住みやすい環境ではなさそうに見えるので、確かに人族は住みつこうとしないだろう。
雲の高さと同じくらいで飛翔を続けながら、俺たちは地上を観測する。
本来この高さだと寒かったり空気が薄かったりするはずなのだが、ファーレンベルクの背に乗っているとそんなことはなさそうだった。
しかし肝心の目的地も見当たらない。
フォルシアンの中央付近と言えば、今俺たちが飛んでいるあたりのはずなのだが、眼下には山と森が入り乱れているだけであった。
「全く、これじゃあどうにもならないな。一旦高度を下げて…ええ!?」
愚痴ろうとした俺の近くを何かが通過した。
凄まじく速い飛来物は、ほぼ真下の森の中から放たれた。
「なんだ今の!?」
「クウヤさん。落ち着いてください」
フィナリアの一言に、俺は一度深呼吸する。
「また来ます」
フィナリアがそう言うと、森の中で僅かばかり緑色の光が見えた。
高速で飛来する何かは、薄緑色に輝く何かに見えた。
「フィナリア、今のは?」
「おそらくですが、風魔法によって生み出された矢です」
フィナリアの洞察に、俺は頷いた。
先ほど俺たちの隣を通過したのは、薄緑色に光る細長い何か。
つまりは矢だった。
しかし俺たちは未だに雲と同じくらいの高さを飛んでいる。
にもかかわらず、俺たちの元まで魔法を届かせるなど尋常なことではない。
つまりは。
「これ、奥義か?」
「……」
俺の問いに、フィナリアは肯定も否定もせずに矢が放たれたと思しき山を眺めていた。
直後、再び森の中が緑色に光ったと思った直後、ファーレンベルクの近くを一本の閃光が通り過ぎた。
その直後も、散発的に俺たちの近くを風の矢が通り過ぎる。
ただの一発も当たることなく。
「…なあ、フィナリア。これは敵の攻撃なのか?」
その魔法を見て、俺はそんな疑問を抱いた。
俺もこれまでいくつもの魔法を見てきたから分かるが、この魔法を放っている魔導師の練度は尋常ではない。
まるで針のように研ぎ澄まされた魔力が、弾丸のような速度で打ち出されているのだ。
尋常ならざる技量の持ち主が放っていることは一目見てわかる。
だというのに、散発的に放たれる風の矢はファーレンベルクが回避する必要がない程度の位置を通過している。
まるで、発射点の位置を教えているかのように。
「…クウヤさん」
「ああ。もしかして、これが案内ってやつなのかもな。ファーレンベルク。あの魔法の出所へ向かってくれ」
俺の指示に頷き、ファーレンベルクは魔法の発射点めがけて飛び込んだ。
案の定、その後も幾度か風の矢が放たれたが、その軌道は俺たちの近くを通り過ぎるだけだった。
発射点めがけて下降していると、森の中の小さな集落が見えてきた。
そのあたりから魔法は飛んでこなくなってきた。
「やっぱり、あれは道案内のつもりだったのか?」
「かもしれませんね。ですが、あれほど鋭く研ぎ澄まされた魔法の使い手となると…」
そうつぶやき、フィナリアは目を細める。
おそらく先ほどの風の矢を放った魔導師に対して、何かしらの脅威を覚えているのだろう。
俺が見た限りではトップクラスの魔導師であるフィナリアがここまで警戒するのだから、尋常な相手ではないのは確かだ。
そうこう考えているうちにその集落が近づいてきた。
集落内には、すでにこちらの様子をうかがっている集団がいる。
ファーレンベルクが翼をはためかせながらゆっくりとその集団へ向けて降下する。
少しずつ、遠目には点に見えたその集団がなんなのかが見えてきた。
「…エルフ族」
長い耳と整った顔立ち。ほっそりした体を覆う緑を基調とした服装。
その出で立ちは間違いなくファンタジーでおなじみの森の民、エルフ族だった。
ファーレンベルクが広場に降り立つと、美形揃いのエルフ族の中でもさらに一際際立って綺麗な女性のエルフがこちらへ歩み寄ってきた。
そのエルフの女性の手には、身長と同じくらいの大きさの綺麗な弓が握られていた。
歩み寄ってきたエルフに対し、突然フィナリアがファーレンベルクの背から飛び降りて頭を下げた。
「お初にお目にかかります。私はフィナリア・ノーストン。以後、お見知りおきを」
フィナリアがそう言うと、そのものすごい美人なエルフ族は鷹揚に頷いた。
「よく来たな。人族の王女よ。そこの炎鳥の宿主も降りてこられるがいい」
促されるままに、俺はファーレンベルクの背から降りる。
そのエルフは俺たちを一瞥すると踵を返した。
「久々の客人だ。もてなそう」




