将兵会議2
本日3話目の投稿となります。
大陸には、魔族さえ近づくことの無い二つの危険地帯が存在する。
一つは南の大森林。
大陸の中でもなぜか群を抜いて肥沃な土地を持つ一帯である。
しかしあまりに肥沃すぎる大地には、まるで山脈のような巨大な木々が生い茂っており、その樹木のほとんどが魔物化してしまっている。
足を踏み入れたが最後、恐ろしい生命力を持つ植物たちは、ありとあらゆる生物を喰らいつくしてしまうのである。
リスタコメントスと隣接するこの大森林の植物は、膨大な魔力を内包した大森林内でなければ生息できないためにその外部に出てくることはない。
ゆえにこの大森林は大陸でも最大の危険地帯として存在している。
そしてもう一つは北の大山脈。
切り立った山々が散在する土地は、大陸内で唯一竜種が生息している危険地帯である。
シェルビエントが長年魔族を迎撃できたのは、南北をその危険地帯に挟まれていたため、極めて狭い範囲を防衛すればよかったからである。
ところが、この大山脈と隣接する帝国北部には、およそ100年に一度ある災害が発生する。
竜種は縄張り意識が強いのか、ほとんど人里に下りてくることは無い。
だが、何事にも例外というものがある。
『竜号』
そう呼ばれる災害が、およそ100年に一度発生するのだ。
竜号とは、数百頭の竜種が大山脈から人里へ現れる災害の名である。
なぜ竜号が災害と呼ばれるのか。
それは竜種が通常の魔物とは一線を画する戦闘能力を持っており、その数百頭の竜種を全滅させるまでに、帝国東部の民は毎回10万人を超える死者が出るからである。
そして現在を遡ること12年前、再び帝国の歴史に竜号が記録された。
数百匹の龍種が一斉に大山脈を下山し、帝国東部に現れたのだ。
しかし、その時の竜号による被害者は僅かに三桁であった。
その時、帝国東部の軍を束ねていた人物とその直属部隊が、竜号によって山を下りた竜種を瞬く間に全滅させたからである。
「……それが、ドルガー将軍ってことか?」
「その通りよ」
俺の質問に、シルディエが頷く。
「大山脈から降りた竜種は、父上の軍に侵攻を阻まれたの」
「………」
あまりにも凄絶な戦歴に、俺は言葉を失った。
俺とフィナリアも、ベヘルとかいう竜人が呼び寄せたドラゴン(この世界では竜種と呼んでいるらしい)の群れと戦ったが、ファーレンベルクという反則がいたから戦えたのであって、普通に戦えばフィナリアでさえ一匹倒すだけで結構梃子摺っていた。
「…一つおたずねしたいのですが、ドルガー将軍はどのようにして竜種の群れを討伐したのでしょうか?」
フィナリアの質問に、俺も同じ疑問を抱く。
竜種というのは空を飛ぶ。
そのことだけでも厄介なのに、全身を竜燐に覆われているため、まともな攻撃は武器だろうと魔法だろうと効果がない。
そんな竜種を討伐できるというのは並大抵のことではない。
「竜種の大半は父上が持ち前の剣技で討伐したらしいけど、途中から弱点を見つけた直属の兵士たちも討伐していったらしいわね」
「……マジかよ」
シルディエの説明に、俺は唖然となった。
それは単身で竜種数百匹を討伐してのけるドルガー将軍に対してか、途中からでも竜種を攻略してのけたドルガー軍の兵士に対してなのか自分でもわからなかったが、とにかくとんでもないということだけは分かった。
「竜号を食い止めた功績で、当時地方貴族だった父上は帝都へ迎え入れたの。その武勇伝を気に入った皇帝陛下が父上を召し抱えた。父上がただ腕の立つだけの武人なら、この腐敗した帝国の将軍になんてなれなかったわ。父上が将軍になれたのは、権力争いをしている連中が入り込めないほどの武勲と、それを可能にする軍隊があったからなの」
「…シルディエ様。その、竜号を防いだという部隊は、今もドルガー将軍の元にいらっしゃるのでしょうか?」
フィナリアの質問に、シルディエは頷く。
「その時の軍は、通称ドルガー軍と呼ばれているわ。500の直属を残して、残りは父上の指示に従って各地で魔物や山賊たちを討伐して回っているの。帝国軍内で最も実戦経験が豊富なのは間違いなくこの軍隊よ」
そう言って、シルディエは腕を組んで言葉を続ける。
「父上の軍に一年以上在籍し続けられる胆力を持つ兵士は100人に1人いるかどうからしいわ。今現在、父上直属の軍は総勢一万名。将軍という役職が保有するには少なすぎるけど、この一万名は他の帝国軍とは比べ物にならないわ。正直、どのくらいの戦力なのかは私にも分からないの」
シルディエの言葉に、俺は茫然とし、フィナリアは頷いた。
「帝国を落とそうとすれば、必ず父上の直属部隊との戦闘になるわ。そして、その一軍は、私が率いた国境警備軍の精鋭たちよりもはるかに上だと思っておいて」
「分かりました。お話は以上ですか?」
フィナリアの問いに、シルディエは頷く。
その様子に、フィナリアも一度頷いて立ち上がった。
「では、今のお話を通信水晶で父上にもお伝えしたいのですが、シルディエ様も一緒に来ていただけますか?」
「いいわ。指揮系統の引き継ぎもあることだし」
「ありがとうございます。それと、クウヤさん」
「ん? なんだ?」
突然俺に声をかけたフィナリアは、直後妙なことを言いだした。
「所要があるので、旅支度をしておいていただけますか?」
「旅支度? どこかへ行くのか?」
「ええ。シルディエ様がリスタコメントス軍を指揮していただけるので、私も他の案件に取り組むことが出来るようになりましたので」
「ふーん。で、どこに行くんだ?」
そんな俺の質問に、フィナリアは答えた。
「フォルシアンです」
「じゃあ、行ってらっしゃい」
ファーレンベルクという名の炎鳥にまたがったクウヤとフィナリアに向けてシルディエはそんなことを言う。
ノーストンの姫であるフィナリアがフォルシアンへ向かうとすれば、その要件はおおよそ見当がつく。
シルディエの予想通りなら、確かに一時的とはいえ自分にリスタコメントス軍を預けなければならないような山なのだろう。
そう思い、シルディエはクウヤと共に炎鳥にまたがったフィナリアを見た。
「はい。この国をお願いいたします」
フィナリアがそう言うと、クウヤがファーレンベルクに指示を出し、炎鳥は飛び去って行った。
「さて、なら早速仕事に取り掛からないと」
「では、早速軍の調練を見ていただけますか?」
シルディエの一言に、隣にいた副官のサルラがそう告げた。
サルラはフィナリアの時から副官としていてくれたらしく、リスタコメントス軍を維持するために必要な引き継ぎは彼女が受けている。
「そうね。なら、早速取り掛かりましょうか」
「では、ご案内いたします……少々お待ちを」
やり取りをする二人の元に、突如一人の兵士がやってきた。
何やら血相を変えている。
「さ、サルラ様! フィナリア様は!?」
「フォルシアンへ行くと言っていたわ」
そう言って、サルラは遠ざかっていくファーレンベルクを指さした。
炎鳥の飛行速度は尋常ではなく、見る見るうちにその姿が小さくなっていく。
「あ、ああ……」
その光景に、伝令兵はその場に膝をつく。
「どうしたっていうの?」
その兵士の態度に、シルディエはよくない報告が舞い込んできたことを察知した。
そしてその予想は大当たりだった。
「て、帝国軍が、リスタコメントスとトルデリシア帝国の国境を越えたとの報告が入りました」
「……確かにタイミングが悪いわね」
タッチの差で出発してしまったフィナリア達に対し、シルディエはいささか厳めしそうに眉をひそめる。
しかし伝令の報告はこれで終わりではなかった。
「し、シルディエ様。その、帝国軍の指揮官ですが…」
「指揮官がわかっているのね。誰?」
その問いに、伝令兵はおずおずと口を開く。
「ど、ドルガー将軍とのことです」
「なんですって!?」
伝令兵の口にした一言に、シルディエの表情は一気に強張った。
「敵の数は?」
「い、1万ほどとの報告です」
「敵の位置は?」
「げ、現在ノルガ平原を横断中とのことです」
「分かったわ。あなたはこのことをカーナイル様に報告。ノルガ平原南端に兵士を集めるように手配するように進言して」
「わ、分かりました」
そう言って、伝令兵は真っ直ぐにカーナイルの方へ走って行った。
同様に、シルディエも迅速に行動に移る。
「サルラ。今すぐに部隊長に招集をかけて。ノルガ平原南端まで1日で向かわないといけないから、一時間以内に集められるだけの兵士を正門前に集めるようにつたえて」
「分かりました!」
そう言うと、サルラはすぐさまその場を後にした。
「さて、私も準備をしないと」
そう言って、シルディエは通信室へと向かう。
そしてリスタコメントスの各地へ向かって以下の連絡を行った。
『ドルガー軍がノルガ平原に向かって進軍中。平原南端に兵を集める。翌日までに、集められるだけ兵を集めよ』
そんな情報をノルガ平原に近い町々へ送るように通信士に指示した後、獲物である槍を手にしてシルディエは正門前へ向かった。
正門前には、すでにあわただしくたくさんの兵士がうろうろしながら隊列を作っていた。
その中には、先日フィナリアに紹介されたヌーアやサルラといった部隊長も含まれている。
「あ、シルディエ!」
自分のことをみて、ヌーアという名の獣人がそんなことを口走る。
「シルディエ! じゃないわよこのトンチンカン! 今はシルディエ様が司令官なのを忘れたの!?」
そんなヌーアに対し、サルラが手厳しい一言を告げる。
「いや、わかってるけどよ」
「先日殺し合いをした元帝国軍の私が指揮を執るのは不満?」
そんなシルディエの問いに、ヌーアは頭を掻きながら答える。
「フィナリア様をあそこまで苦しめたあんたが指揮を執ることに不満はねーよ」
ぶっきらぼうにそう言うヌーアは、やはりまだ先の一戦でのしこりが残っているのだろうとシルディエは思う。
軍と軍がぶつかり合ったのだ。
当然、彼の部下や、あるいは親友が私の戦術で死んでいったのかもしれない。
下手をすれば自分が指揮を執ることに反発を覚えるかもしれないと思っていたシルディエから見て、ヌーアの態度は予想よりもいいものだった。
そんなヌーアを横目に、シルディエは集まっていた軍を見渡した。
自分の元部下も含めた人族の兵士も集まる中、ヌーア、サルラの率いる獣人部隊は他よりも早く集まっていた。
「いく、のか?」
そんな光景を眺めるシルディエの背後に、いつの間にか戦斧を担いだ大柄の獣人がいた。
先日の戦の際、自分の魔法で打ち抜いた獣人バストラングだった。
恐ろしいほどの巨漢は、しかし全く気配を感じさせずに自分の背後を取っていた。
「あなたね。私の鉄鎖陣を打ち破ったっていう超人は」
「……」
フィナリアが言っていたが、バストラングは獣人たちの中でも頭一つ以上に飛びぬけているため、下手に部隊を率いらせると彼の持ち味そのものが生きなくなるほどの超人らしい。
部隊を率いる立場にいるわけではないためフィナリアから直接紹介されてはいなかったたが、一瞬のみとはいえ戦場でぶつかり合った強敵である人物であるということは一目でわかった。
対峙してみて感じる圧倒的な存在感に、シルディエは改めて驚愕する。
状況が状況だったとはいえ、良く自分はこんな相手を退けられたなと思いながら、シルディエは右手を差し出した。
「よろしく。バストラング」
「…うん。こっち、こそ」
そう言って、バストラングはシルディエの手をスッポリ覆ってしまうような大きな手で握手に応じた。
対して力を入れているわけでもないのだろうに、そのささくれ立った手は異様な力強さを持っていた。
自分は男勝りだとは思っていたし、父上に英才教育を受けていた自分は国境警備軍の中でも頭一つとびぬけていると思っていたのだが、目の前にいる巨人はそんなシルディエから見ても申し分なく頼りになる存在感があった。
「シルディエ様。おおよその部隊が揃いました」
サルラがそんな報告をして、シルディエは集まった部隊を見渡す。
まだ隊列が整いきっていないばかりか、未だにこちらに向かってきている兵士たちも大勢いる。
突然の招集だったので無理もない話だが、そんな些事を気にかけるつもりはなかった。
報告を受けたシルディエは、一枚の羊皮紙をサルラに渡した。
「ここに書いてあることを全軍の前で読み上げて」
「は? はぁ」
戸惑いながら、サルラはシルディエから渡された羊皮紙に目を通す。
直後、戸惑っていたサルラの表情が引き締まる。
「私が、これを読み上げていいので?」
「少なくとも、新参者の私が宣言するよりもいいとおもうわ」
シルディエの言葉にサルラは頷き、未だに集まり切っていないリスタコメントス軍の前に出た。
「急な召集に応じてくれたことに感謝する! 詳細は追って各部隊長から伝えられるが、今回の召集の目的は、リスタコメントス内に侵入した帝国最強のドルガー軍の迎撃にある! その将軍は、帝国内で名実ともに最強の名をほしいままにしている人物、ドルガー・グランガイスである!」
サルラの言葉に、リスタコメントス軍は動揺した。
これまで総指揮を取っていたフィナリア不在の時に帝国最強の将軍が迫ってきていると知れば誰だって動揺するだろう。
しかしそんなリスタコメントス軍に向かってサルラは堂々と用意されていた言葉を宣言する。
「しかし、帝国最強の将軍が来たということは、その者を打ち取れば我々が帝国を打倒する何よりも大きな一助になるということでもある! 大将であるお二方は所要により外しているが、だからこそ我々の手で大きな手土産を用意するとしよう! この戦に勝利することこそが、我らを解放してくださった英雄たちに対する、最高の朗報である! いずれ帰ってくるフィナリア様とクウヤ様のために、我らの手で最高の手土産を用意しよう!」
サルラが力強くそう宣言すると、リスタコメントス軍内で大きな歓声が巻き起こった。
その光景を見ながら、サルラはシルディエの方へと向き直った。
「このわずかな期間で、良くこれほどに兵士たちの心をつかめましたね」
そんなサルラの指摘に、シルディエは首を横に振る。
「あなたが矢面に立ってくれたからと、フィナリアが軍見事に束ね上げていたからよ。私の力ではないわ」
「それでもですよ。少なくとも、私だけではこんなふうに軍を束ねることはできませんから」
そんなことを言うサルラに、シルディエは苦笑しながら応じた。
「さっきあなたに宣言してもらった通り、場合によってはこの一戦で状況が大きく傾くわ。気を引き締めて」
「はい」
サルラはそう言うと、未だに整いきっていないリスタコメントス軍に進軍開始の命令を下した。
細かい陣形は進軍しながら整えることとなる。
もとより、行軍しながら途中の町の兵士たちも吸収する必要があるのだ。
足のある獣人部隊は歩兵として。
獣人たちに劣る人族の部隊は騎馬隊として。
シルディエ率いるリスタコメントス軍は、最終的に1万名ほど軍となってドルガー軍のいる広大なノルガ平原へと向かうこととなった。




