将兵会議
本日2話目の投稿となります。
シルディエがリスタコメントスに匿われたころ。
帝国内では二人の将軍が軍の出撃の準備を整えていた。
二人の将軍といっても、実質的に出撃準備を整えたのはドルガーの方であり、シルディエにちょっかいを出していたエベルスは出撃において何の手伝いもしていない。
そして現在、ヴァルシアに用意された謁見の間にて両将軍はそんなことなど知る由もないオルバール皇帝の元に跪き、出陣の前の報告をしていた。
「…ドルガー。エベルス。お主らが今日この場に居る理由は、分かっておるな?」
オルバールの言葉に、二人は跪いたまま頷く。
「ならばよい。これ以上、反乱分子が余を苛立たせるようなことなどあってはならぬ。徹底的に叩き潰せ」
「陛下。そのことについて、一つ進言すべきことがございます」
二人に命令を下したオルバールに対して、ドルガーがそのようなことを口走る。
「ドルガー、貴様陛下の御前で…!」
エベルスはそんなドルガーを跪いたまま睨むが、ドルガーは跪いたままその表情を鎮めていた。
「…申してみよ」
話に割って入ったドルガーに対し、オルバールはやや不機嫌そうに応じる。
そんな皇帝に対し、ドルガーは口を開く。
「リスタコメントス、ノーストンの連合軍に対抗する前に、北のフォルシアンに対して何かしらの手を打つべきかと存じます」
「なに?」
直後、不機嫌そうだった皇帝はドルガーの言葉に興味を示し、謁見の間に集まった臣下達が動揺した。
そんな中、ただ傅き続けるドルガーに対してオルバールは問いをかける。
「ドルガー。お主は何をもってそのように思う?」
問われたドルガーは、なおも跪いたまま答える。
「我々はこれまで南のリスタコメントスにのみ焦点を集めておりましたが、西のノーストンがあまりにも静かすぎます」
「それがなぜフォルシアンとつながる?」
珍しく配下の意見に耳を傾けるオルバールに対し、ドルガーは口を開ける。
「現在我が帝国は西のノーストン、南のリスタコメントスとことを構えておりますが、未だに兵力はこちらが圧倒的。たとえ二国を相手にしようと、敗北するような帝国ではありません」
「と、当然だ。奴らのような屑に屈するような帝国ではない!」
ドルガーの言葉に、エベルスはそんなことを口にする。
しかしエベルスの言葉などまるで興味ないとばかりにドルガーは話を進めた。
「そしてそのことは当然敵も承知の上。である以上、敵のとる選択は一つ」
「…それがフォルシアンだと?」
オルバールの返答に、ドルガーは頷く。
「フォルシアンが連合軍に合流した場合、帝国は三方向から攻められることとなります。そうなればいかに帝国軍と言えども苦戦は必至となりましょう」
「馬鹿な! あの畜生共の住まう国が、反乱軍どもと手を組むと!?」
臣下達の喧騒の中からそんな声が上がる。
しかしドルガーは子揺るぎもしなかった。
「あくまでも可能性の話。しかし、ノーストンには名将ジェクトが存在しております。彼我の兵力差を鑑み、勝利のために動くとすれば、現在ノーストンが静かなのはフォルシアンと同盟を組むことを目的としている可能性が高いかと」
ドルガーの言葉に、謁見の間が静まり返る。
しかしその静寂の中、エベルスが口を開いた。
「陛下。であれば私がフォルシアンへ進軍いたしましょう」
「お主がフォルシアンへか?」
エベルスの進言に、オルバールはそのように言を返す。
「はい。帝国軍30万をもってフォルシアンを制圧してまいります」
そのエベルスの言葉に、その場に集った者達が驚く。
エベルスという将軍が直々に軍を率いることを申し出るなど、今までに例がなかったからだ。
しかし当のエベルスにしてもこの発言は苦肉の策でもあった。
先日の一件で、エベルスはオルバールの御前で失態を晒し、反逆者を取り逃がしてしまっている。
ロウセイという襲撃者が襲来するまでは何もかもうまくいっていたが、その襲撃者1人に対してエベルスはまんまと罪人を取りのがし、ドルガーは突然の襲撃者から皇帝陛下を守り抜いたのだ。
とはいえドルガーも(事実無根とはいえ)娘が反逆者となっているため、どちらの将軍も現在オルバールから不信を抱かれている。
現在が戦時下であるという状況から鑑みれば、武功を上げることこそが皇帝の心を繋ぎ止める最大の好機なのだ。
しかし、事戦において言えばエベルスはドルガーに遠く及ばない。
というより、権力争いで成り上がったエベルスと耳を疑うような武勲を立てつづけたことで将軍となったドルガーでは勝負になるはずもないのだ。
だからこそエベルスはフォルシアンを襲撃することを選んだ。
フォルシアンという国は多民族国家と呼ばれ、いくつもの集落が点在している国家だ。
フォルシアンは荒れた土地と切り立った山々が多いため人族はその地を捨てた。
そんな土地に、5000年前の災害戦争の際に人族にも獣人族にもくみしないエルフ族やドワーフ族達が住み着いたというのが帝国に伝わるフォルシアンの概要である。
ゆえにエベルスの提案は、これまで大軍を打ち破ってきたフィナリア軍とぶつかるよりも、小さな集落が点在しているフォルシアンの方が下しやすいと考えての発言に他ならない。
要塞都市ヴァルシアが帝国の北西方面にあるため、フォルシアンの方がリスタコメントスよりも圧倒的に近いという理由も含まれている。
そんなエベルスの内心を知ってか知らずか、オルバールは続いてドルガーの方を向く。
「…して、ドルガー。お主はどうするつもりだ?」
そんなオルバールの問いに、ドルガーは答えを返す。
「私直属の1万騎でリスタコメントスへ赴こうと思います」
その回答に、再び謁見の間に喧騒が広がった。
そんなドルガーの返答に、オルバールは再度問いかける。
「…僅か1万でリスタコメントスを落とすと?」
「正確にはリスタコメントスの王都を制圧いたします。現在リスタコメントスは烏合の衆と呼んでもいい状態ではありますが、王都を陣取る主たちは侮ることが出来ません。逆を言えば、王都を制圧してしまえばリスタコメントスは瓦解するでしょう」
ドルガーの説明に、オルバールは暫し黙したのちに頷いた。
「よかろう。ドルガー。お主の思うようにやって見せよ。だが、そんな大言を放ったのだ。手柄無きときは、忘れるなよ?」
その言葉に、ドルガーは頷いた。
こうして新たな戦線は開かれることとなる。
シルディエをこちらの陣営に引き入れてから半月後、俺はフィナリアとシルディエに呼び出されていた。
なんでもシルディエの処遇が決まったらしいので、報告とその他細かい打ち合わせも兼ねて俺を呼んだらしい。
「私は一兵卒でも構わいのだけど?」
「そんなわけにいくか!」
陣営内に引き込んだ直後にそんなことを言いだすシルディエに、俺は思わずそんな突っ込みを入れる。
戦場で見た時もそうだったが、紅の長髪をポニーテイル状に束ねたシルディエは、フィナリアの凛とした趣とは異なり刃のような鋭い美貌を備えている。
でもって相当男勝りな性格のようで、逐一先ほどのような発言をかましているのだ。
当然、俺以外のメンバーもシルディエの意見を聞き入れるわけにはいかない。
とりあえずリスタコメントスを代表してフィナリアが説得に入る。
「シルディエ様を一兵卒にするというのは、能力的にも立場的にも不可能です。現在、リスタコメントスには指揮官が不足していますし、シルディエ様が一兵卒になられては元国境警備軍の方々にも不満が募ります」
「分かっているわ。私の希望はそうでも、それがまかり通るような状況ではないってことくらいは」
フィナリアの説明に、シルディエはため息を吐きながら答える。
それに対して、フィナリアはニコリとほほ笑みながら話を進めた。
「では、お互いに見知って間もないことですので、まずは自己紹介をいたしましょう。私の事はご存じでしょうから、クウヤさん。お願いします」
そう言ってフィナリアは俺にバトンを渡す。
やむなく俺はシルディエに自己紹介をすることになる。
「クウヤだ。俺のポジションは……」
……なんだっけ?
考えてみれば今の俺って役職持ってたっけ?
「クウヤさんはリスタコメントス軍の指揮官です」
言葉に詰まっていた俺に、フィナリアがとなりからそう補足してくれた。
(あれ!? 俺ってそんな役職だったっけ!?)
と目線でフィナリアに訴える俺に対して、シルディエが何やら白い目を向けている。
「…私の精鋭たちを梃子摺らせた軍の指揮官様は随分と呑気みたいね」
鋭いジト目で俺を見るシルディエ。
なまじ美人なだけにものすごい迫力である。
しかしそんな俺にフィナリアが助け船を出してきた。
「獣人部隊は実質的に私が指揮しています。ですから、クウヤさんの役職は別にあるのです」
「と言うと?」
「神鳥ファーレンベルクの担い手です」
フィナリアの説明に、シルディエが眉を動かす。
「なら、あなたがあの炎鳥の?」
シルディエの質問に、俺は頷き、フィナリアがさらに口を開く。
「もう一つ言えば、リスタコメントス軍随一の白魔導師でもあります。シルディエ様の騎馬隊も、クウヤさんの治療がなければあれほど生き残らせることはできませんでした」
「え?」
フィナリアの言葉に、シルディエは驚きの表情を浮かべる。
「いや、とはいっても重症者に白魔法を施しただけで、のわ!?」
「であれば、あなたも私の部隊の恩人ね。先ほどは懐疑の目を向けてごめんなさい。そして、部下の命を救ってくれてありがとう」
そう言ってシルディエは俺の手を掴んで引き寄せてきた。
その力は女性とは思えないほどに力強く、であるのにその手はとてもしなやかだった。
「…コホン。話を進めてもよろしいでしょうか?」
突然のことでドギマギする俺は、フィナリアの一言で我に返る。
シルディエもすぐに手をはなし、軽くこちらに会釈してとりあえず話は終わった。
続いて今度はシルディエが俺に自己紹介をしてきた。
「私はシルディエ・グランガイス。帝国軍将軍、ドルガー・グランガイスの娘で、元帝国国境警備隊南方方面部隊長を務めていたわ。よろしく」
短くシルディエがそう口にした。
というか、シルディエ軍ってそんなにクソ長い名前だったのか。
「では、まず初めにシルディエ様の配役を決めたいと思いますが」
自己紹介が一通り終わったところでフィナリアが口を開き。
「シルディエ様には、私に代わってリスタコメントス軍全体の指揮を行っていただきたいと思います」
そんなことを言いだした。
「……ねえ、それはさすがに不味くないかしら?」
フィナリアの言葉に、まず真っ先にシルディエが反論する。
ちなみに俺は判断に迷っていた。
シルディエであれば実力的には問題ないだろうが、いきなり元帝国軍のシルディエがリスタコメントス軍を率いて大丈夫なのかという疑問が付きまとうのだ。
「私はまだこの軍の指揮系統もよく知らないし、そもそも元帝国軍の私が指揮を取って反発は出ないの?」
俺の疑問をシルディエが代弁する。
しかしそんなシルディエに対してフィナリアは言葉を返す。
「名目上、シルディエ様は私の副官として動いてもらうことになります。指揮系統については副官のサルラが熟知していますし、バストラング様も副官に任命していますからリスタコメントス軍から反発が出ることは無いと思われます」
「バストラングっていうのは?」
「あんたは一度戦ってるだろ。ファーレンベルクから、あんためがけて飛び降りた巨漢の獣人だよ」
「え? 私が魔法で貫いた、あの獣人?」
俺の説明に、シルディエはすぐにピンと来たらしい。
目を瞬かせる彼女に対し、俺は首肯して返す。
「エベルスが指揮していた鎖騎馬をぶち破ったのもあいつだぞ」
「…ちょっと待って。私の魔法を受けて生きてただけじゃなくて、数日後には鉄鎖陣を正面から崩せるくらいに回復してたっていうの?」
「ええ。クウヤさんの白魔法のおかげで、一命を取り留めたばかりか、見る見るうちに快復していきましたよ」
フィナリアの解答に、シルディエは俺の方を見て唖然としていた。
「あんたたち、相当に外れてるわね」
「…どういう意味だ?」
俺の問いに、なんでもないと返したシルディエは、そのまま指揮官を引き受けるかどうかまで話を戻した。
「……一応名目上はそれで何とかなるんでしょうけど」
なおも不安…というより不審そうシルディエは口元をとがらせているが、フィナリアはこの決定を覆すつもりはないらしい。
「実は、近々私はリスタコメントス軍指揮官としてではなく、ノーストンの王女として動く必要があるのです。その際に、この国の指揮官を務められるだけの能力と経験を兼ね備えた方は、シルディエ様以外にいらっしゃらないので」
「ノーストンの王女として?」
一方的にそんなことを口にするフィナリアに対し、シルディエはしばし詮索するような表情だったが、すぐにその口元に笑みを浮かべる。
「随分と信頼してくれているようね。総大将様」
「はい。よろしくお願いしますシルディエ様」
そう言って二人の女騎士は手を取り合った。
「なら、リスタコメントス軍総指揮官として、あなたたちに私も伝えておくべき事を伝えておかないといけないわね」
「…ドルガー将軍の事でしょうか?」
フィナリアの問いに、シルディエは頷いた。
「帝国と戦うのなら、父上と必ず戦うことになるわ。だから、あなたたちには知っておいてほしいの。父上…いえ、ドルガー・グランガイスという人物を」
父親のことを名前で呼ぶシルディエには、ある種の覚悟が見て取れた。
その態度に、俺たちは頷いた。
そんな俺たちを見て、シルディエも頷いた。
「将軍の最も有名な武功の中に、『竜号』の防衛があるわ。知ってる?」
そう言って、シルディエはドルガーの話を始めた。




