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シルディエ・グランガイス

本日1話目の投稿です。

「ロウセイ、様。どうして」


 自分を抱えながら尋常ではないスピードで瞬く間にヴァルシアを脱出したロウセイに対して、シルディエはそんなことを口にした。

 そんな疑問に、ロウセイは走りながら答える。


「さっきも言った通りだが、お主ら若人は未来への希望だ。その希望を、あのような下らぬ連中の利益のために失わせてはならない」


「……そうではなく」


 ロウセイの解答に、シルディエはそんな返事をする。

 なぜ自分を助け出したのかは、あの処刑場内である程度察しがついている。

 堂々と宣言したロウセイの言葉に、嘘や偽りが混じっているとは思えない。


 そうではなく、シルディエの疑問どうやって自分が処刑されることを知ることができたのかということだ。


 シルディエの疑問を正確に理解したのか、ロウセイは走る速度を全く落とさずに答える。


「雇われたんだ。お前を助けてほしいとな」


「雇われた? 一体、誰に?」


 ロウセイの言葉に、シルディエは疑問を抱く。

 自分を救い出そうとするであろう人物は、国境警備軍内であれば幾人も思い浮かぶが、その中でロウセイと面識がありそうな人物は、シルディエの記憶の中にはいなかった。


 そんなシルディエに対し、ロウセイは諭すようにゆっくりと語りかける。


「今、わしはお前を助けてほしいと依頼してきた連中の元へと向かっている。だからしばし休むといい。少なくとも帝国内ではゆっくり休んでいる暇がないからな」


「……」


 ロウセイの言葉に、シルディエは沈黙する。

 ヴァルシアから国境まで強行軍した直後に、エベルスに捕らえられてから今に至るまで、食事もろくに与えられぬ中で、心労からほとんど眠ることも出来なかったシルディエは、その大きな腕のぬくもりを感じながら意識に帳が落ちるのを感じた。


「…すみません。少し、休みます」


「うむ。後の事は任せよ」


 そんな力強い言葉を最後に聞き、シルディエは眠りに落ちた。







「……」


 目が覚めると、シルディエはベッドの上に横になっていた。


「…ここは?」


 起き上がって周囲を見渡そうとしたシルディエは、自分の状況に気が付く。

 体には治療を施された跡があり、自分が来ている服装がロウセイに運ばれるまで着ていた物と変わっていた事に気が付いた。


 室内を見渡すと、自分が来ていたそれはベッドのすぐ近くに畳まれた。

 

「……」


 シルディエは記憶を手繰り、状況を把握しようと努めるが、自分がどれほどの間眠っていたのかがわからないため推測のしようがないと思い断念する。


 状況から察するに、この場所はロウセイの言っていた自分を助けようとする何者かの拠点ということで間違いはないのだろう。

 そして待遇から察するに、その何者かが自分に手当してくれたのだろうということも察しがついた。

 

 そんなことを考えるシルディエの視界の端で、部屋の扉がゆっくりと開かれた。

 とっさに軍人の性として身構えるシルディエの視界に飛び込んできたのは、白銀の長髪をたなびかせる一人の女騎士だった。


「…フィナリア・ノーストン」


「シルディエ様。もう起きても大丈夫なのですか?」


 突如目の前に現れた人物に、シルディエは内心で大いに混乱する。

 現れたのが、先日敵として殺し合った間柄の人物だったからだ。


「お食事をお持ちいたしました。どうかお召し上がりください」


 そう言って、フィナリアは手にしていたスープを差し出す。

 その行動に一切の敵意が感じられず、シルディエは混乱を通り越して困惑する。


「…いくつか、聞いてもいいかしら?」


「はい。なんなりと」


 そのように問い返すフィナリアに毒気を抜かれながら、シルディエは疑問を口にする。


「ここはどこなの?」


「リスタコメントスの王都です。気絶されたシルディエ様を、ロウセイ様がここまで運んでくださったのです」


 その返答に、シルディエは状況を察すると同時に更なる疑問がわいてくるのを感じた。


「なら、私を助けるようにロウセイ殿に依頼したというのは?」


「私です」


 間髪入れずに答えられたその回答に、シルディエは目を細める。

 その真意を見逃すまいと、鋭い視線を送りながらさらに疑問を口にする。


「いつ、そんな依頼をロウセイ殿に?」


「シルディエ様との戦いの後、あなたが突然国境を越えて帝国本土へ向かったとの報告が挙がった時に、カーナイル様経由でロウセイ様に連絡させていただきました」


「……なぜ、そんなことを?」


 フィナリアの返答に、シルディエはロウセイに助けられた時からの疑問を口にした。

 その問いに、フィナリアは頷き答えた。


「シルディエ様が戦いの最中に本土へ向かわれたと聞き、私はその背後に何者かの意図を感じました。そして同時に、シルディエ様の身に戦場とはまるで異なる脅威が迫っているように感じられたのです」


「……」


 フィナリアの解答に、シルディエは言葉を詰まらせる。

 彼女の読みは見事に的中しており、自分はその後見事にエベルスに嵌められて処刑されるところだったのだ。


「シルディエ様の身を危惧した私は、僭越ながらカーナイル様に進言してシェルビエントにいたロウセイ様をお呼び立てさせていただきました。現在仮の帝都となっている要塞都市ヴァルシアに侵入できるほどの腕を持つ方が、他に思い当たらなかったからです」


 よどみなく答えるフィナリアの答えに、シルディエはただただ絶句していた。

 目の前の自分よりも一回り年下の王女は、自分が敗れ去った敵軍の将の身を案じて、敗戦の直後にそんなことをやってのけたのだ。

 

 その慧眼に感心すると同時に、しかしシルディエには先ほどの疑問の解答になっていないということに気が付く。

 自分はフィナリアに対して、なぜ自分を助けたのかと問いかけたはずだ。

 であるのにフィナリアはどうやってということを答えるだけで、その問いをはぐらかしていた。


「…もう一度質問させてもらうわ。どうして、私を助けたの?」


「……」


 シルディエの質問に、フィナリアは沈黙をもって返す。

 その様子に、シルディエは眉をひそめる。


「シルディエ様。その質問にお答えする前に、まずは食事を取っていただけませんか?」


「…それを飲めば、答えてくれるのかしら?」


 その問いに、フィナリアは頷いた。


「加えさせていただくなら、その話をするにはこの場はふさわしくありませんので」


「…いいわ。どこへでもついていくとしましょう」


 そう言って、シルディエは差し出されたスープを飲んだ。

 毒でも盛られている可能性も考慮したが、もとより帝国で失うはずだった命に今更執着する気概もわかなかった。

 同様に、こんな手の込んだ真似までして自分を助け出した張本人を疑うつもりにもなれなかった。


「……美味しい」


 そのスープの味に、シルディエは思わず感嘆の声をあげる。

 気が付けば、スープは空になっていた。


「では、ついてきていただけますか?」


「…ええ」


 そう言って、シルディエは着替えを済ませてフィナリアについていく。

 向かった先は、リスタコメントス軍の兵舎だった。


「どうぞこちらへ」


「……」


 フィナリアの意図が分からないまま、シルディエは黙して扉を開ける。

 

 そんなシルディエの目に、信じがたい光景が目に飛び込んできた。

 その兵舎内にいたのは、先日ともに戦い、フィナリア軍を破った南方国境警備軍の兵士たち、つまりはシルディエの配下たちであった。


 誰もがその身に深手を負っていたが、彼らの体には包帯が巻かれており、丁寧に治療を施された跡が見て取れた。

 そして今もなおその兵士たちはリスタコメントスの人々に介護されていたのだ。


「…これは?」


 エベルスに無理やり戦わされ、壊滅したと聞いていた部下たちがリスタコメントス内で治療を受けているという事実に、シルディエはこれまで以上に混乱していた。

 そんなシルディエに対して、フィナリアが答える。


「シルディエ様の軍が、エベルス将軍によって無理やり戦われていたのは、戦ってすぐに分かりました。シルディエ様であれば、私たち相手に二度もあの鎖騎馬を使うことは無いと思っておりましたので。ですから、私たちは生き残った皆さまを可能な限り保護させていただいたのです」


「……」


 フィナリアの言葉を理解するまでに、シルディエはしばしの時間を必要とした。

 シルディエにとって、目の前に広がる光景は信じがたいほどの奇跡だった。


「シルディエ様! ご無事で!」

 

 そんなシルディエの存在に気付いた幾人かの配下がそんなことを口にする。

 その一言に、兵舎内で治療を受けていた兵士たちのほぼすべてがシルディエの方を向き、直後兵舎内は歓声に包まれる。

 

「…皆様、シルディエ様の生還を心から待ち望まれていましたよ」


 フィナリアの言葉に、シルディエはただただ唖然としていた。

 死んだと思った配下たちが生きており、屈辱の死を迎えると思っていた自らの運命が書き換えられたのだと明確に悟ることができるまで、シルディエは半ば放心していた。


「シルディエ様。先ほどのご質問ですが、私は剣の道を志したときから、あなたにあこがれていました」


 シルディエの隣で、突然そんなことを口にするフィナリアに、シルディエは唖然としながらも耳を傾ける。

 そんなシルディエを真っ直ぐ見つめながら、フィナリアは言葉を続けた。


「ですからこそ、シルディエ様の身に危険が迫っていると思った時、いてもたってもいられなかったのです。あの時の私には、あなたが敵であるとか、兵士たちを殺されたとか、そのようなことは念頭にありませんでした。ただ、あこがれたあなたに死んでほしくない一心だったのだと、今は思っています」


 そう言って、フィナリアはシルディエの手を取った。


「シルディエ様。どうか生き延びてください。今もなおあなたのことを必要としている方が、こんなにもいるのですから」


 そう言って、フィナリアはシルディエの配下たちを見渡した。

 フィナリアの言葉に、シルディエはしばしの間を置き、その口元にほんのわずかな笑みを浮かべた。


「それは、私にあなたの軍門へ下れと言っているのかしら?」


 毅然とそう問いかけるシルディエに対し、フィナリアは首を横に振った。


「私達は、民を救うために帝国に敵対した存在です。志を共にできぬ方を、無理やり死地へ赴かせるようなことはできません」


「……ふふふ」


 そんなフィナリアの返答に、シルディエは小さく笑い声をもらした。

 そんなシルディエに対し、フィナリアはキョトンとして首を小さく傾げていた。


 そんなフィナリアに対し、シルディエは僅かに微笑みを湛えながら答えた。


「今更な話ね。もう私も帝国に睨まれているし、彼らのやり口にはうんざりしていたの」


「…では?」


 自分の答えに、フィナリアの表情が明るくなっていった。

 素直に一緒に戦ってほしいと言えばいいのにとシルディエは思ったが、そんなどこか不器用なフィナリアの手を握り返す。


「一緒に戦わせてもらってもいいかしら?」


「勿論です!」


 シルディエの手を強く握り返したフィナリアの言葉を聞き、兵舎内に再び歓声が響き渡る。

 その光景を見て、シルディエは自分の部下たちも同じことを思っていたことを察した。

 

 兵士たちをかき分け、一人の男が現れた。

 その人物は、自分を長い間支えてくれた副官だった。


「シルディエ様。帝国と、事を構えるのですね?」


 副官の問いに、シルディエは躊躇いなく頷く


「ええ。だけど、これはあくまで私個人の問題よ。あなたたちを撒きこむつもりはないわ」


「何を今更。もうすでに我々も帝国の反逆者ですよ」


 そう言って副官は踵を返して右腕を突き上げる。

 

「皆の者! お前たちの忠誠は、帝国の腐れ皇帝にささげたものか!? それともシルディエ様とその理念にささげたものか!?」

 

 その問いに、兵士たちは口々にシルディエの名を口にする。

 気が付けば、兵舎内はシルディエという名の大合唱が始まっていた。


 そんな状況を作った副官は、シルディエに向き直り、跪いて臣下の礼を取る。

 それに習い、兵士たちも合唱をやめて一人、また一人とシルディエに向かって傅いた。

 

 そんな配下たちを見ながら、シルディエは片手を突き上げて口を開いた。


「皆の思いは受け取った! これより我らシルディエ軍は帝国軍を抜け、帝国に仇なす反逆者となる! 長年続いた帝国の独裁を滅ぼし、人間界に真の自由と平和をもたらすために我らの身を捧げよう!」


『ウオオオォォォォォ!!!!』


 怒号が兵舎を揺るがさんばかりに響き渡る。

 その光景を尻目に、シルディエはフィナリアの方を振り向いた。


「よろしくお願いしますシルディエ様」


「こちらこそ、よろしくお願いするわ」


 そう言って、シルディエとフィナリアは互いの手を握った。


 一点の曇りもない大義。

 フィナリアの手を通して、そのまばゆい何かが自分の中に流れ込んでくるのを感じ取り、シルディエの心はかつてないほどに高揚していた。


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