処刑場
エベルスに捉えられたシルディエは、木製の手錠にて捕縛された状態のまま帝都へ護送されることとなった。
「どうして…」
こんなことに。
護送されている最中、シルディエはずっと考え事をしていた。
考えていたといっても、自分がなぜこのような目に遭っているのか、ということではない。
今回の一件は、勝手な行動をとったエベルスが責任を逃れるために討った猿芝居に自分が巻き込まれただけの話なのだ。
エベルスはこれまで、無数の人々を食い物にしながら将軍という地位まで上り詰めた人物であり、今回はその食い物にされる人物が自分であっただけの話なのだと、シルディエはとうに理解していた。
だから、彼女が考えているのは、自分がどうするべきだったのかということだ。
国境で戦い続けてきたシルディエは、徹底的な現実主義者だ。
だから、このような思考を巡らせたことは無いのだが、今は自然とそんな思考をしていた。
「…自分なりに、誠を尽くしてきたつもりだったのだけど」
気が付けば、シルディエはそんなことをつぶやいていた。
民が傷つかないように、日々魔物や盗賊たちと戦い続けていた。
配下たちを失わないように、率先して戦場へと赴いた。
反乱軍が、これ以上帝国に刃向わないように徹底的に叩き潰そうとした。
シルディエは、その選択が間違っていたとは思っていない。
だが、その選択の果てに待っていた結果に、シルディエは強くうなだれていた。
拘束された腕で膝を抱える。
民を助けるために父の命令のままに敵と戦い、無理強いされて仮の帝都である要塞都市に赴いた結果、自分は罪人として連行されたのだ。
護送されている最中、満足な食事も与えられなかったが、そんなことは本当にどうでもよかった。
わかっているのはただ一つ。
自分が再びあの魔窟へと連れて行かれるのだということと、前回とは異なり今回は自分が罪人として連行されているという捏造された事実を植え付けられているということだけだ。
縛られたまま、馬車の内部でシルディエは唯一許された思考と模索を行う。
自分は、これから一体どうなるのだろうと。
「着いたぞ。降りろ」
…どうやら自分は相当に参っていたらしく、時間間隔がひどく曖昧になっていたようだ。
気が付けばヴァルシアに到着していたらしい。
呼びに来た兵士の言葉に、シルディエは自分があの魔窟の一歩手前まで来ていたのだと理解した。
(エベルス軍の進軍速度であれば、国境から要塞都市まで半月ほどかしら?)
ぼんやりした頭で、シルディエはそんなことを考える。
満足な食事も与えられないまま長い間拘束されていたために言うことを聞かない体を、ゆっくりと持ち上げた。
「来い」
言われるがままに、シルディエは歩を進める。
この先何が起ころうと、受け入れる覚悟だけは決めなければならないと思いながら、謁見の間の入り口へといざなわれた。
「通れ」
連行したエベルスの部下が、そう言いながらシルディエを謁見の間へと押し込んだ。
なされるままに、シルディエは謁見の間へと踏み込む。
その場には、先日訪れた時と変わらぬ顔ぶれがそろっていた。
ただ一人を除いて。
「陛下。この者が件の反逆者でございます」
あらかじめ謁見の間に入っていたエベルスが、自分の目の前で皇帝陛下に跪いていた。
「…まさかお主とこうも早く再開することになるとはな」
オルバール陛下が、こちらを見ながらそんなことを口にする。
木製の手錠から延びる鎖をエベルスの配下が左右から握っており、シルディエの自由を束縛している。
そのため罪人の身でありながら皇帝陛下と謁見することが許されているのだ。
ふと、シルディエはオルバール皇帝の近くに立つ父を見た。
その目は以前と同様に、険しい巌のようなまなざしを向けていた。
「……聞いているのか? ドルガーの娘」
オルバールの問いに、シルディエは視線を正面へと戻す。
半ば茫然自失になっているとはいえ、この謁見の間にて真っ先に皇帝以外の人物に目を向けるのは、とても感心できるようなものではないだろうと思い直し、シルディエは跪く。
「失礼いたしました陛下」
「ふん。して、エベルス。真の話なのか? 先日この者が反乱軍を討伐したのが偽りであったというのは?」
シルディエが跪く前で、オルバールがエベルスにそう問いかける。
この場では陛下に発言が許された者以外は口を開くことさえ憚られるため、しばし沈黙して状況を把握しようとシルディエは聞き耳を立てる。
「はい。この者は私の策によって勝ち取った勝利を自分のものだと言い張り、それを誇張するために陛下への謁見許可を求めて私に陛下への謁見許可を求めてきました」
「…して、お主は余への謁見許可を下ろしたと?」
「はい。最終的に帝国のためになるのであれば、私個人の武勇は必要ありませんので、手柄をその者にくれてやってもいいかと思い、陛下への謁見許可を与えました」
「ふ…」
ふざけるな!
そう叫びそうになる心を、シルディエは必至に押し殺した。
この場で許可もなく口を開けば、立場が悪くなるだけだからである。
事実は全くの逆であるというのに、さも真実のように語るエベルスの背を、シルディエは俯きながらに睨む。
そんなシルディエの前でオルバールが問いを続ける。
「そうか。で、お主の指揮で勝利できたというのであれば、なぜその直後に敗北の報が入る?」
「私の指揮による初戦の圧勝を目の当たりにし、野蛮な辺境兵たちは自分たちが有利だと勘違いし、私の指揮を無視して勝手に進軍をしたのです。そのため、陣形を大きく乱され、私は指揮を執ることも出来ずに敵と遭遇してしまったのです」
「な!?」
そのあまりの言い分に、シルディエは声をあげた。
自分の事だけならばともかく、部下の手柄と責任まですり替える暴言が、あっという間に自分の許容量を超えてしまったのだ。
「……という話だが、その話で間違いはないか?」
オルバールの問いに、シルディエは首を横に振る。
無駄だとは分かっていたが、それでも真実を口にしなければならないと思い、シルディアは口を開く。
自分にはエベルスのように偽りを語る舌がないことは承知している。
元より、武人である自分には真実を語ること以外は出来ない。
「エベルス将軍の話は事実無根です。先日の戦で、国境警備軍はエベルス将軍の魔導師部隊と連合し、敵軍を制圧いたしました。その後、私はこちらへ訪問させていただきましたが、それはエベルス将軍の命令によるもので、決して私の意思ではありません」
「……エベルス。お主の主張とは異なるようだが、これはどういうことだ?」
「先ほども申し上げた通りでございます陛下。この者は自分への責任を逃れるために私へ責を押し付けようとしているだけに過ぎません。陛下がどちらを信じられるかは、シルディエ殿の主張をすべて聞いてから判断するべきかと」
「ふむ」
そう言って、オルバールは再びシルディエの方を向く。
エベルスは常に主導権を握っており、知ってか知らずかオルバールもそれに流されている。
「では、敗戦についてはどうだ?」
オルバールの問いに、シルディエは答える。
「あの敗戦は、エベルス将軍が指揮官の私がいないのをいいことに勝手に進軍させたゆえに発生したものです。私の軍は、エベルス将軍に命令され、無理やり戦を挑まされたのです」
シルディエの言葉に、広間が騒然とする。
エベルスの発言と対を成すその発言に、誰もが困惑をあらわにする。
「エベルス。その方の言い分は?」
オルバールの問いに、エベルスは答える。
「陛下。シルディエ殿はあの場に居りませんでした。ゆえにその発言は完全に憶測であり、証拠もどこにもございません」
エベルスのその回答に、シルディエは内心で大いに憤慨する。
先の一件は自分が当事者であったためそれなりの説得力があったが、敗戦の一件は自分がヴァルシアにいた時に発生したものであるため、何を言っても説得力に欠けるのだ。
それはつまり、自分の部下がエベルスに無理やり戦わされたという発言が憶測であり、それを証拠立てるすべがないということになる。
先のエベルスに報告のためにここへ向かえと言う命令についても、令状などの形のあるものを持たぬシルディエには、この場で示せる証拠が存在しないのだ。
エベルスはそこまで考えた上でシナリオを組んでいたのだ。
しかしだからと言って、シルディエにはほかに言い逃れる方法は思いつかなかった。
もとより、そのようなことを考えるのはエベルスの土俵であり、自分には畑違いもいいところだ。
そして何より、必死に戦ったであろう兵士たちの名誉を汚すようなエベルスの冤罪を、許してはおけなかった。
「私の配下はそのような無謀な戦は仕掛けません。全てはエベルス将軍の謀です!」
そう言ったシルディエの前で、オルバールに跪くエベルスの口元がゆがむのをシルディエは幻視した。
そしてそれは間違っていないだろう。なぜなら、シルディエの一言によってこの場の趨勢が決まってしまったからだ。
「では、お前は確たる証拠もない憶測で、帝国軍将軍のこの私を陥れようとしたというのだな?」
エベルスが立ち上がりこちらを向いた。
その一言に、シルディエは首を横に振る。
「私は決して嘘偽りは申しておりません。繰り返します。私の配下は、何の勝算もないあの戦いへ赴くような愚か者ではございません。そんな配下を無理やり戦場へ立たせたのは、将軍という立場をかざしたエベルス将軍です」
シルディエの言葉に、エベルスは隠しもせずに侮蔑の念を浮かべる。
「は! 陛下。お笑い草ですな。何の証拠もない戯言で、自らの監督不行き届きを私のせいにするこの者に、誇りある帝国軍の一員である資格はございません! 配下を律することが出来ず、その上に責任逃れをするこの愚か者の言に、耳を貸してはなりませぬ」
エベルスの主張に、広間内の誰もが首肯する。
中にはエベルス同様にあざ笑う者達も現れている。
最早シルディエの言葉を信じる者も、シルディエを擁護する者も、この場にはいなかった。
嘲笑渦巻く広間内で、オルバール皇帝が手を上げてそれを制する。
「…エベルス。この者への処罰はどうなる?」
「軍紀に照らし合わせ、見せしめの極刑かと」
そのエベルスの答えに、オルバールは顎に手を当てて考え込む。
数秒後、オルバールは再び立ち上がり、シルディエの元へと歩み寄る。
「だそうだが、余としてもお主を見殺しにするのは心苦しい」
そしてオルバールはシルディエにそのような言葉を投げかけた。
しかしその顔には、気持ちの悪い貪欲な笑みが浮かんでいた。
「一つだけ機会をくれてやろう。わが妃になるというのなら、見逃してやる」
オルバールがそう口にしたとき、広間が再び騒然とした。
エベルスも突然のことに目を瞬かせている。
「へ、陛下、何を?」
「黙っておれ。で、どうだシルディエ。答えよ」
そういって、オルバールはシルディエの顎を掴みあげる。
至近距離でその脂ぎった顔を見たシルディエは、ほぼ条件反射的にその口を開けた。
「陛下の申し出は、断らせていただきます」
「………なに?」
シルディエの一言に、オルバールは眉を寄せる。
「今なんといった?」
「私は、陛下のものにはなりません」
シルディエの言葉に、オルバールは固まる。
目の前の女が何を言っているのか分からないという表情を浮かべる皇帝に、シルディエは一つ深呼吸をして言葉を紡居た。
「陛下。私が真に忠義を誓ったのは、この人間界に住む民であり、断じてあなたではありません。この身は民のためにあり、あなたのためにあるのではありません」
「……お主は、余が愚民どもに劣ると申すのか?」
オルバールの問いに、シルディエは首肯する。
真実を見ようともせず、部下の虚言に踊らされるだけの道化のものになるなど、自分に耐えられるものではない。
そう思ったシルディエは、死を覚悟してその口を開いた。
「民の血と汗と涙の結晶を無慈悲にむさぼるだけのあなた方が、どうして彼らより優れると言えるのです? あなた方は、民から搾り取ることしかしてこなかった愚かな搾取者に過ぎません」
それはシルディエの本心だった。
国境警備をシルディエが行っていたのは、断じて帝国のためではなく、帝国の民のためだ。
権力とは無縁な辺境での生活は豊かではなかったが、温かかった。
その暖かな暮らしを与えてくれた平民たちを守れることが、何よりも誇らしかった。
そして、そんな平民たちから無慈悲に税を徴収することしか能のない権力者たちに、シルディエは憎しみに近い感情を抱いていた。
しかしシルディエは帝国に仕える武人としてその感情を押し殺してきた。
主君に牙をむくことなど、武門に身を置くグランガイス家にあってはならない汚点だと思っていたからだ。
しかし、一度口にしたことでその蓋がずれた。
処刑されると決まりかけた場において噴出した言葉は、もはや止まらなかった。
「あなたたちは、いえ、この場に居る者達は、なんの対価もなく民から富を奪い去る最悪の賊徒です。自らその手を汚す魔物にすら劣る、最低最悪の獣に過ぎません」
「もうよいわ!!!!!」
そう言って、オルバールはシルディエの顎から手を放し、その頬を張り倒す。
直後、エベルスがシルディエを指さしながら怒声を上げる。
「帝国を束ねる我らに対して、なんという暴言!! 貴様のようなものは即刻打ち首にしてくれる!!」
エベルスの言葉に「そうだ!」「殺せ!」という声が響き渡る。
シルディエはその敵意を浴びながら、周囲の貴族たちを見回した。
その中に、三人ほどその罵声に参加していない人物がいた。
帝国魔道総師、ロイルド・インディオス。
帝国使者、ライエット・メイスナー。
そして帝国軍将軍にして、自分の父であるドルガー・グランガイスだ。
「よかろう。この不届き者を即刻処刑せよ! 見せしめにその首を撥ね飛ばせ!!」
オルバール皇帝がそう言っていたが、その言葉は最早シルディエの耳に届いてはいなかった。
シルディエは手かせを引かされる中で、父であり師であるドルガーに対して頭を下げ、その場を後にした。
オルバールの配下たちに連れられ、シルディエは要塞都市ヴァルシアの広場に連れて行かれた。
その場には貴族たちが集まっており、誰もがシルディエの末路を見ようと目お見張っていた。
「これより、この罪人シルディエ・グランガイスの罪を裁くべく……」
自分の耳元でそんな声が聞こえるが、最早そんなものはどうでもよかった。
この声が途切れた時、自分の首は撥ね飛ばされるだろう。
目を閉じ、シルディエは自分の生涯を振り返る。
幼少期から騎士になることを志し、父に鍛え上げられ、国境の地にてその武勲を認められ、民のために日々戦い続けた。
だというのに、このような最期を迎えた。
民のためにその心血を捧げ続けたのに、その末路がこれだ。
愚かな簒奪者たちが肥え太るために、自分の命が散るのだと考え、シルディエは深く、深く嘆いた。
最早自分は助からない。
ならばせめて晩節を汚すような真似はするまいと心に誓い、嘆きを胸中深くに仕舞い込み、死を覚悟して目を閉じた。
そんなシルディエの隣で、長々と何かを唱えていた処刑人の口上が終わり、その手に刃が握られる音が響く。
その音を聞き、死を再確認したシルディエの脳裏に最後に浮かんだのは、以外にも最後に戦ったフィナリア軍の面々だった。
(なぜ、彼女たちのことを思い出すのかしら?)
そう思ったシルディエは、しかしすぐに納得した。
要するに自分はあこがれていたのだ。
何の曇りもない大義の元に戦うことのできるフィナリア軍の在り方に。
際限なく生み出される悲劇の根を断ち切るために戦うフィナリア軍は、今思えば自分には無い輝きがあった。
その曇りなき大義があったからこそ、彼らは自分の用意した秘策、騎馬・鉄鎖陣に飲み込まれながらも生き延びることが出来たのだ。
「…気づくのが、遅すぎたわね」
死の淵に立つことで、シルディエは自分の本心を理解する。
フィナリア軍のような曇りなき闘志を抱く者達と戦えたのは、武人としてこの上ない穂希であったのだと。
そして、自分はその者達と肩を並べることが叶わないと。
「叶うのなら、来世ではあのように生きたいわね」
そうつぶやいたシルディエの隣に、刃を構えた処刑人が歩み寄る。
シルディエは再び目を閉じ、その刃を受け入れた。
しかし、いつまでたってもその刃はシルディエに届かなかった。
直後、シルディエの耳に、一人の男の声が響いた。
「来世ではなく、今からそう生きたらどうだ?」
「…え?」
そんな声をあげ目を開けたシルディアの視界の隅に、刃を持ったまま昏倒する処刑人の姿があった。
そしてもう一人、処刑人のすぐそばに、一人の偉丈夫が立っていた。
先ほど自分に声をかけ、処刑人を昏倒させて自分を救ったであろう人物が何者かを確かめようとして、シルディエはその目を見開いた。
その偉丈夫の姿は、10年前に宮殿から追い出されるまでの間に幾度か出会ったこのとある父の盟友、元帝国筆頭魔導師であるロウセイその人であった。
「久しぶりだな。随分綺麗に育ったな。シルディエ」
10年ぶりに再会した偉丈夫は、シルディエに対してそんなことを口にした。




