強行突破
「ふ。グランガイスの小娘め。あのような策があるのであれば、だれが指揮しても勝てるではないか」
先日の戦の際に、フィナリア軍とシルディエ軍の激突を後方から見物していたエベルスは、相も変わらず煌びやかな装備に身を包んだ兵士に囲まれ、シルディエ軍の後方に続いて行軍しながらそんなことを口にした。
エベルスの言う策とは、シルディエがフィナリアとの戦いの際に用いた騎馬・鉄鎖陣の事である。
敵陣を飲み込んだあの騎馬隊の威力を目の当たりにしたエベルスは、これを用いればリスタコメントス軍を一蹴できると考え、シルディエのいない内に自分の武功を上げようと考えたのである。
「だというのに、あの小娘め。配下の躾がなっていないな」
そう言って、エベルスは悪態をつく。
シルディエの配下たちに進軍の命を下した際、副官をはじめとしたほとんどのシルディエ軍が猛反対したのだ。
「なにが一度限りの策だ。あれほどの威力のある戦法こそ、戦争の際には何よりも必要になるだろうに」
戦場に全く出たことの無いエベルスは、そのようなことを口にする。
そして実戦経験豊富なシルディエの副官たちの反対を立場と軍令でもって封殺し、無理やり進軍することを命じたのである。
その進軍先はアモルネイス。
リスタコメントス内有数の大都市であるあの町は、略奪の対象としてもってこいなのである。
「これほどの戦法を持っていながら、反逆者に情けをかけるような惰弱さ。いくらドルガー卿の娘とはいえ、所詮は小娘ということか?」
馬車の中でふんぞり返りながら、エベルスはこの場に居ないシルディエにむかってそんなことを口走る。
エベルスがシルディエをヴァルシアへと向かわせたのは、騎馬・鉄鎖陣を用いて自分が勝利すればオルバール皇帝に今まで以上に重用されると考えたからである。
オルバール皇帝は、軍事面においては同じ将軍である自分よりもドルガーの方を重用している。
エベルスはそれが面白くないのだが、ドルガーは代々武門として名をはせるグランガイス家において歴代最強と謳われるほどの武人である。
その武勲も数知れず、盗賊や魔物の群れなどの討伐を数知れず行っており、また、10年以上も前には伝説的な活躍もしたことがある文字通り一騎当千の強者なのだ。
(しかし、逆を言えばに武勲があれば、陛下はあの男よりも私を重用するというものだ)
ドルガーの武勲は挙げればきりがないほどだが、対照的に武勲以外の面で皇帝陛下に気に入られるようなことは全く行っていない。
多くの貴族たちが、貢物や美女を献上することに躍起になる中で、ドルガーは武勲のみで今の立場まで上り詰めた稀有な人物なのである。
そしてエベルスはドルガーとは逆に貢物を送ることで皇帝陛下の信頼を勝ち取った者。
ゆえにオルバールは事遊びに関して言えばエベルスを重用するが、軍事に関しては完全にドルガーに信を置いているのである。
「だが、この一戦で」
武勲を挙げれば、自分は完全にドルガーよりも上に上り詰めることが出来る。
絶対帝政のトルデリシア帝国では、役職はオルバール皇帝の一存ですべて決定させることが出来る。
そのため、もし自分がドルガー以上の信頼を勝ち取れば、元帥などという将軍の上の役職を作ってもらうことも可能となる。
そうなれば帝国の軍事はエベルスの思うがままとなる。
「ク、ククク」
その光景を思い浮かべ、エベルスは笑みを浮かべる。
反乱軍を叩き潰した武勲と、アモルネイスからの略奪品を献上すれば、それも現実的なものとなる。
そんな妄想に浸っていたエベルスの耳に、突然前方を歩むシルディエ軍から警鐘が鳴り響いた。
「……何事だ?」
億劫そうに馬車の中から出てきたエベルスに、シルディエ軍からの伝令兵が報告した。
「敵兵7000が、我らの進軍先に待機しています! おそらくはフィナリア軍かと!」
「…ほう?」
伝令兵の報告に、エベルスは頬を歪ませる。
もしここでオルバール皇帝がご執心のフィナリアもまとめて献上できれば、ドルガーのこれまでの武勲などとは比べ物にならないほどの功労となる。
そう考えたエベルスは、伝令兵に命令を一つ伝えた。
「全軍に戦闘準備をさせろ。鉄鎖陣をもって敵兵を蹂躙してしまえ」
「か、閣下、それは!」
反論しようとする伝令兵に、エベルスは剣を突きつける。
「お前の代わりはいくらでもいるのだぞ? 命令通りに動かなければ、軍紀違反で打ち首にしてくれる」
「……分かりました」
そう言って、伝令兵はシルディエ軍へと戻っていった。
「見ていろドルガー。お前よりもわしの方が優れていると見せつけてやる」
勝利を確信するエベルスは、最後まで自分の盲目さに気が付くことは無かった。
目の前に集まったフィナリア軍は、むしろ鉄鎖陣が来ることを待っているということを。
「…遅すぎないか?」
俺たちはノルガ平原の南端にてシルディエ軍と遭遇した。
ノルガ平原はとても広い平原ではあるが、まともな軍であれば歩兵であっても10日もかからずに踏破してのけることは可能だ。
だというのに、シルディエ軍は騎兵に恵まれているのにも関わらず先日ぶつかり合ったノルガ平原の中央付近からこの南端まで6日もかかっている。
歩兵が混じっていたり、重装備を整えていたりといろいろ事情があったのかもしれないが、斥候の話では特に軍を止めていたわけではないらしいので、シルディエ軍は歩兵よりも進軍速度が遅いということになる。
その事実に対して疑問を抱いた俺が、発したセリフがさっきのそれだ。
「確かに遅すぎますね。シルディエ様が指揮していれば……と言うより、国境警備軍であればこんな速度で進軍するはずがありません」
フィナリアの意見に俺も首肯する。
現にシルディエ軍が国境からノルガ平原の戦場に到着するまでの行軍速度はこの倍近く速かった。
「これで例の情報が嘘じゃないってことがほぼ確定したな」
「そうですね。シルディエ様がいてももちらの行動は変わらないのですから、行軍速度を落としてまで欺くほど重要なことではありません。恐らく、現在目の前の軍を指揮しているのは…」
「エベルス」
俺の一言に、フィナリアは首を縦に振った。
「しっかし、あんなにのろのろ行軍して兵糧が持つのか?」
俺の疑問に、フィナリアは少し考え込んで答える。
「おそらく、アモルネイスで略奪をするつもりなのでしょうから、帰りの分を度外視しているのではないでしょうか?」
「なるほどな」
納得した俺の隣で、フィナリアの目つきが鋭くなる。
「もし相手が鎖騎馬を用いてきた場合は、間違いなくシルディエ様が指揮についていない証拠です。その場合は、容赦なく敵陣を打ち砕きます」
「…その役、おれ、やる」
フィナリアの言葉に、隣を歩いていたバストラングがそんなことを口にした。
「バストラングさん。体は大丈夫なんですか?」
俺の問いに、バストラングは頷く。
「敵、おれが倒す」
「…無茶はしないでください」
心配そうにそんなことを口にするフィナリアに対し、バストラングは鷹揚に頷きながら口を開く。
「俺も、二人の力になりたい。苦しみを、わけてほしい。だから、無茶もできる」
バストラングの口にした言葉に、俺とフィナリアは目を丸くした。
「…もしかして、聞いてたのか?」
俺の質問に、バストラングは何のためらいもなく頷く。
全く邪心の無い無垢な反応に、出歯亀の類ではないと分かっていながらも俺たちは思わず赤面する。
あの時は周りに誰もいないと思ってお互いの内面をさらけ出していたので、誰かに見られていたと分かれば悶絶ものだ。
「……では、お願いしてもいいですか?」
俺よりも早く立ち直ったフィナリアが、照れ隠しの苦笑いしながらバストラングにそう質問する。
それに対してバストラングは頷いて答える。
「やって、見せる。ふたりの、ため」
「~~~~」
またあの時の俺のセリフをパクッたバストラングの一言に、俺はファーレンベルクの背で悶絶する。
端から見れば戦闘前とは思えないほどに弛んで見えるだろうが、先日シルディエとぶつかった時に比べてフィナリアには余裕があるように見える。
「では、クウヤさん。作戦を開始してください」
「了解。行くぞ、ファーレンベルク」
「クルルゥ!」
俺の指示に、ファーレンベルクが羽ばたいて飛び上がる。
一気に開けた視界に、敵の陣形が映し出される。
「フィナリア。敵は予想通り、前の時と同じ陣形を組んでる」
「そうですか。では予定通り敵の後方の攪乱をお願いします」
「了解」
『風響』によって交わされる対話をもとに、俺とファーレンベルクは騎馬隊の後方に位置する魔導師部隊に向かって飛翔する。
当然のごとく敵からはファーレンベルクに向かって魔法が襲い掛かる。
「ファーレンベルク。適度に距離を取りながら適当に攻撃をするぞ」
「ピュア!」
ファーレンベルクが俺の指示通りに敵の魔導師部隊に火球や火炎放射を放つ。
しかし当然そんな攻撃は敵の魔導師部隊に迎撃され、相殺される。
だが、予定通りだ。
「フィナリア! 予想通り敵の魔導師部隊はこっちに集中している! いけるぞ!」
俺がそう言うと、後方にて待機していたフィナリア軍が前進を始め、瞬く間に増速して突撃体勢に入る。
シルディエ軍もそれに応じるように正面の重装騎馬が動き出す。
突撃体勢に入った場合、当然騎馬隊は防御態勢が取れなくなるため、守りは薄くなってしまう。
敵の魔導師部隊から見れば格好の的となるのだが、現在魔導師部隊は上空の俺に神経を集中させている。
シルディエであればこちらを牽制しながらフィナリア達を迎撃したのだろうが、眼下の魔導師部隊は上空にいる俺たちしか攻撃してきていない。
ファーレンベルクが敵を挑発するように散発的に火球を飛ばしている中で、俺は敵の部隊を睥睨する。
「クウヤさん。鎖を繋ぐ音が聞こえますが、そちらからは何か見えますか?」
フィナリアの問いに、俺は敵陣中央を確認する。
そこには、騎馬隊を鎖でつないでいる兵士たちの姿が見えた。
目を凝らしてみてわかったが、あの鎖騎馬は重装騎馬隊と同じ構造をしているのだが、軍馬の装備を鎖で繋げることが出来るような構造にしているらしく、必要な時だけ鎖騎馬を用意できるようになっているらしい。
「中央の騎馬隊が鎖騎馬を出そうとしている」
「分かりました」
そう答えると、眼下でフィナリア軍後方の部隊が左右へと広がった。
それに対し、敵陣先頭の重装騎馬も左右に分かれ、鎖騎馬がその姿を現した。
「…頼んだぞ」
俺はファーレンベルクに乗りながら、眼下の戦いを眺めた。
フィナリアの目の前で、シルディエ軍の重装騎馬が二つに割れる。
その先には、先日の戦にて彼女を凍りつかせた光景が再び目に映しだされた。
「バストラング様。お願いします」
しかし、フィナリアはその光景を前にして何の迷いもなくバストラングに指示を下した。
フィナリアの指示にバストラングは頷き、騎馬隊を遥かに上回る速度で鎖騎馬の中央に向かって突撃した。
『浮遊』を用いた自分よりも早いかもしれないバストラングの突撃を確認しながら、フィナリアは魔力を滾らせる。
もし万が一バストラングの攻撃が失敗した場合は自分が風龍をもって敵陣を喰いちぎらなければならなくなる。
風龍弾は消耗の激しい魔法だが、鎖騎馬との衝突は一瞬ですべてが決まるため出し惜しみするのは愚の骨頂。
そうして魔法の発動に備えるフィナリアは、しかし驚くべき光景を目の当たりにした。
敵のシルディエ軍にではない。
味方のバストラングにである。
バストラングは戦斧を振りかぶり、鎖騎馬へと肉薄している。
それだけならば今更驚くに値しないのだが、その戦斧が黄土色に輝いていたのだ。
「あれは、土魔法!?」
バストラングの戦斧に魔力の輝きを確認したフィナリアは、だからこそ驚きを抱く。
フィナリアの『鎌鼬』や『断空閃』は、風属性の魔力を彼女の剣に乗せて放つ一撃であり、奥義と呼ばれる代物。
それと同じことを、バストラングが行おうとしているのだ。
今まで魔法を使う断片さえ見たことさえなかったというのに。
黄土色の魔力を秘めた戦斧を、バストラングは猛スピードでの突撃と合わせて敵騎馬隊の先頭へと叩き込む。
直後、戦場の怒号を掻き消すほどの轟音が響き渡った。
バストラングが斧を叩き付けた騎馬は当然のごとく押しつぶされた。
しかしその一撃はそれに留まらず、大地を砕き、巨大な円形の落盤を引き起こしたのだ。
「な!?」
「馬鹿な!!!」
鎖騎馬隊からそんな声が上がる。
フィナリアとて同様の思いなのだから、シルディエ軍がそう思っても無理はない。
自分たちの力になりたいという強靭な意志のなせる業か、はたまた戦闘経験を積んだ神児の才ゆえか、いつの間にかバストラングは魔法と武を織り交ぜた奥義を身に付けていたのだ。
鎖騎馬の中央が突如できた大穴に落ちたせいで、後方の騎馬隊が連鎖的に巻き込まれている。
見る見るうちに、敵の騎馬隊が瓦解していった。
『風鳴閃!』
バストラングの一撃によって敵の中央と後方の鎖騎馬はほぼ壊滅した。
そのためフィナリアは発動しようとしていた風龍弾を中止し魔法を切り変える。
『風鳴閃』は、風属性の魔力を極限まで圧縮した状態で放つ魔法で、ファーレンベルクの熱線と同じ原理で発動される超高速の射撃魔法である。
ただでさえバストラングの一撃で大きく瓦解していた鎖騎馬が、その両翼をフィナリアの魔法に貫かれ、完全に陣形を崩される。
鉄鎖陣の最大の特徴は、津波のように巨大な壁が迫ってくるような圧倒的な圧力である。
陣形が瓦解した現在では、そのようなものは当然望めず、正面に押し立てられた獣人部隊によって残った鎖騎馬隊も見る見るうちに数を減らして行った。
「…終わりましたね」
鉄鎖陣を砕いたフィナリアは、戦場を眺めながらそうつぶやいた。
鎖騎馬を失ったシルディエ軍は、残った重装騎馬にて応戦しているが、完全に消耗戦となってる。
そして、フィナリアの視界では撤退していく魔導師部隊とエベルス軍の姿が目に映っていた。
また、その上空で魔導師部隊を牽制しているファーレンベルクとクウヤの姿も目に入った。
「クウヤさん。追撃をやめて、本隊に加勢してください」
「いいのか?」
クウヤの問いに、フィナリアは頷く。
その眼下では、すでに命をあきらめ、決死の覚悟で獣人たちに挑むシルディエ軍の姿があった。
「すでにシルディエ軍は、主君を失った敗残兵に過ぎません。彼らのためにも、一刻も早く降伏させる必要があります」
「分かった」
クウヤがそう言うと、ファーレンベルクは向きを変えて真っ直ぐにこちらへと戻ってきた。
バストラングの加勢もあり、シルディエ軍の残党は見る見るうちにその数を減らして行った。
「……エベルス・ホットファード」
残敵を屠りながら、フィナリアはシルディエ軍を囮にしながら逃げ帰っていく将軍の名をつぶやいた。
あの保身に長けた将軍と戦場で会いまみえればこちらが勝つことは分かっていたが、このまま潔く身を引く人物でないことも知っていたフィナリアは、その視界の端に遠ざかっていくトルデリシア軍にシルディエとは異なる警戒をしていた。




