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超人たちのあがき

「ピュアアアアアアア!!!!!」


 俺の怒りに呼応するかのように、ファーレンベルクがその口に炎を蓄える。

 そんな俺たちを、エベルスはあざ笑うかのように見ていた。


「待っていろ、その笑いを止めてやる」


 俺がそう言うと、ファーレンベルクはエベルスに向けて熱線を放った。

 直後、それまで前衛の騎馬隊を支援していた魔導師部隊が、エベルスを守るかのようにファーレンベルクの熱線の軌道上に魔法を打ち込んできた。


「クソ!」


 その光景に、俺は悪態をつきながら魔導師部隊を見下ろす。

 どうやら魔導師部隊は標的を俺に絞っているらしく、騎馬隊への援護を取りやめているようだ。

 

 そのためフィナリア軍の撤退がスムーズになっている。

 とはいえそんなものは焼け石に水。

 鎖騎馬の圧倒的な圧力とスピードの前に味方は次から次へと飲み込まれる。

 かろうじて生き延びた前衛の味方達は、引き続いてやってきた第二陣、第三陣に飲み込まれそうになっていた。


「くそ、どうすれば!」


 味方が次々と飲み込まれていく中で、俺はそれを眺めながら大いに取り乱していた。

 ファーレンベルクで後方から強襲をかければどうにかなるかもしれないと考えていたが、エベルスの魔導師部隊が邪魔で割り込むことができない。


 あれが戦術的に見ての行動ではなく、我が身かわいさゆえの行動なのは明らかだが、それでも邪魔で仕方がない。


「ん!?」


 そんなふうに混乱する俺の視界の端で、ある光景が目に入った。


 騎馬隊の先頭付近に突如緑色の魔力が滾りだしたのである。

 直後、その緑色の魔力が、見る見るうちに竜の形を造り上げた。


「あれは、フィナリア!?」


 その大魔法の発動を誰が行っているのかと目を凝らした先には、全身から風属性の魔力を迸らせたフィナリアが風龍を召喚していた。


『風龍弾!』


 フィナリアがそう叫ぶと、風龍の咢が鎖騎馬に向かって迫った。

 風龍弾が向かっているのはシルディエの居る鎖騎馬の中央最前列。

 あそこを砕けば、現在俺たちを蹂躙しようとしている鎖騎馬隊は瓦解する。


 が、フィナリアの攻撃を予測していたのか、その中央最前列を駆けるシルディエは、手にしていた槍を構え、その槍に青白い魔力を宿らせる。


『投雷槍・一閃!』


 そして、迫りくる風龍に対し鎖騎馬の正面を走っていたシルディエが槍を投擲した。


「あれは!」


 真っ直ぐ風龍弾めがけて投擲された槍は青白く輝いており、時折スパークを放っている。

 あれはフィナリアの断空閃や鎌鼬と同じ原理で発動される魔法と武芸の融合隊である奥義だ。


 雷の魔力で文字通り雷のような速さで風龍弾めがけて飛来した槍は、有ろうことかそのままフィナリアの放った風龍弾に風穴を開けた。


「嘘だろ!?」


 フィナリアの話では、竜形成魔法は属性魔法の到達点にあると言っていた。

 フィナリアが何時それを使えるようになっていたのかは置いておいて、フィナリアが放った風龍弾は間違いなく騎馬隊を真正面から打ち破るだけの威力が込められていた。

 

 それを真正面から貫いた。

 投槍という一度限りの奥義を用いていたとしても、それはあまりに非現実的な光景に思えた。

 眉間を貫かれた風龍は、その勢いを大きく殺されている。


『解放!』


 しかしその時、フィナリアの一言に従い風龍が膨張し、爆発した。

 風龍を形成していた膨大な魔力が吹き荒れ、戦場に凄まじい突風を巻き起こす。  

 その突風に巻き込まれ、鎖騎馬はその勢いを大きく殺した。


 だが、その勢いを殺したのは第一陣のみに過ぎない。

 すぐ背後には第二陣が迫っており、第一陣の騎馬たちは勢いを削がれながらも二陣に道を開けるように左右に分かれていた。

 

 このままでは続く第二陣でフィナリア達が飲み込まれてしまう。


「クソッ!」


 そう思いながらも、俺は身動きが取れないでいた。

 魔導師部隊は完全にファーレンベルクに焦点を絞っており、下手に下降すれば滅多打ちにしてくるだろう。


 騎馬隊の第二陣がフィナリアにみるみる近づいていくのを指をくわえて眺めるしかないのかと、叫びだしたい思いを抑えて必死に頭を回転させたその時。


 眼下にて、鎖騎馬の第二陣の中央が突然崩れ落ちた。


「な、あれは!?」


 その光景に、俺は背筋が震えた。

 騎馬隊を切り崩したのは、先ほど騎馬隊に飲み込まれたバストラングだったからだ。

 鎖騎馬に飲み込まれたはずのバストラングは、その体をふらつかせながらも手にしていた戦斧をふり回し、シルディエの後方からこちらの軍に迫りくる第二陣の騎馬隊中央部を切り崩したのだ。


 中央を切り崩された第二陣の中央は、そのままいくつもの鎖騎馬を巻き込んで動きが止まり、第三陣は中央をふさがれたため、大きく左右に分かれた。


「クウヤさん! 撤退します! バストラング様を救出し、殿軍をお願いします!」


「分かった!」


 フィナリアの指示を受け、俺は速やかに行動を始めた。


「ファーレンベルク! バストラングを回収する! 全力で飛べ!」


「ピュアアアアア!!!!」


 雄叫びのような鳴き声をあげ、ファーレンベルクが滑空する。

 突如高度を下げたファーレンベルクに、魔導師部隊が集中攻撃を開始し、その巨体に魔法が衝突する。


「耐えろ、耐えてくれ!」


 そう言って、俺はファーレンベルクに全力で魔力を注ぎ込む。

 発動した白魔法が、魔法によって削られたファーレンベルクを強引に回復させる。


「バストラング!」


 魔法の雨を強引に突破し、俺は片膝をついて今にも倒れそうになっているバストラングに呼びかける。

 バストラングは、満身創痍のその体を起こし、すれ違いざまにファーレンベルクの足に掴まった。


「よし。浮上しろ!」


 そう言ってファーレンベルクは足の鉤爪で器用にバストラングを掴みあげ、空高く飛び上がった。

 鎖騎馬はそのほとんどが左右に大きく分かれており、こちらに追撃をかけるほどに陣形を整えるには時間がかかりそうだった。


 フィナリアは殿を叱咤しながら、陣形を整え直していた。

 

「……」


 俺は無言のまま後方を振り返る。

 敵の部隊は、俺たちに追撃をかけようとはしてこなかった。


「ファーレンベルク。バストラングを背中に乗せられるか?」


「ピュア!」


 鳴き声を上げ、ファーレンベルクはバストラングを放り投げ、急降下して背に乗せるという芸当をやってのけた。


「今治療をかけます!」


 そう言って、俺はバストラングに治療を施す。

 巨漢の獣人は、右肩に大きな穴が開いていたが、雷に焼かれてかその個所からの出血はなかった。

 その代りに全身の神経が焼き切れかけており、おまけに全身に打撲の跡が見られた。


「全く、本当に無茶を!」


 そんな状態であの騎馬隊をねじ伏せてのけたバストラングに対し、俺は全力をもって白魔法をかけた。


 しばし後、バストラングの呼吸が整いだした。

 神児と呼ばれたバストラングの生命力は尋常ではなく、白魔法をかけた途端に尋常ではない速度で自然治癒が始まったのだ。


「…とりあえずは、大丈夫そうか」


 応急処置を終えた俺は、バストラングを見てそうつぶやき、背後にて陣形を整え直すシルディエ軍を見やる。

 シルディエ軍がこちらを追いかけてくる様子は見て取れず、俺たちは十分に撤退することが出来そうではあった。


「……」


 だが、俺たちの心は晴れなかった。

 俺とフィナリアの指揮する反乱軍が、この戦いにて初めての敗北を味わうこととなったからである。









「シルディエ隊長。なぜ追撃をかけなかったのか?」


 戦いの後、陣形を整え直したシルディエに対して、エベルス将軍がそんな質問をした。

 内心で「後方でくつろいでいただけの豚が私に指図するな!」と言ってやりたい思いを押し殺し、シルディエは口を開いた。


「敵は極めて強敵でした。秘策である騎馬・鉄鎖陣も、一歩間違えば押し止められていました。そして、敵は個人の武勇のみで鉄鎖陣を抑え込み、部隊の半数を生還させました。陣形を組めない状態で彼らを追撃するのは危険です」


 シルディエから見ても、フィナリア率いる反乱軍は想像以上の強敵だった。

 騎馬・鉄鎖陣は、重装備の騎馬隊を鎖で繋ぐことで半ば強制的に騎馬を一か所に固める密集制圧戦術である。

 突破力、制圧力共に類を見ないこの戦法は間違いなく強力無比。

 しかしその反面、固まった騎馬隊をすぐには分断できないという欠点もあるため、対策を取ればどうにでもなるような戦法でもある。

 

 例えば左右から切り崩すなどが代表例だ。

 ゆえにシルディエはその方法を取らせないように鎖騎馬の存在を隠させた前衛の重装備の騎馬隊に敵を囲ませた。


 そして、騎馬・鉄鎖陣は中央を切り崩されると、連鎖的に後方の部隊が巻き込まれてしまうという欠点が存在する。

 普通は騎馬隊を正面から打ち砕くなど不可能であり、そのような行動は自殺志願者に他ならないが、今回戦った敵にはそれができる者達がいた。


 流星のような勢いで上空から自分に突撃してきた樋熊の獣人と、属性魔法の極致『風龍弾』を用いてのけたフィナリア・ノーストンの二人だ。


 当然シルディアとてその弱点は熟知しているため、そこを打ち砕かれることの無いように自分でその部分を守っていたのだが、敵のバストラングはそのあまりの勢いにシルディエが用いることのできる最高の雷魔法『雷鳴閃』を用いてしまった。


 雷の速度で打ち出される雷光の一撃は、常人であれば反応できぬほどの速度と、術者の魔力によって雷のように不規則な軌道を描く特性を持っているため、絶対必中の一撃なのだ。

 

 しかしあの巨漢の獣人はこともあろうにその軌道を見切り、あまつさえそれを避けようと空中で身をかわしてのけた。

 それによって心臓を貫くはずだった雷光の軌道は逸れ、かの者の右肩を打ち抜くにとどまった。

 

 それでも雷鳴閃に宿る雷の魔力に全身を焼かれて再起不能になるはずが、あの巨人は鉄鎖陣に飲み込まれた状態のまま第一陣をやり過ごし、第二陣の中央を打ち砕いたのだ。

 これほどの胆力を持つ者など、シルディエは自分の父であるドルガーくらいしか知らなかった。


 そして、恐らく騎馬・鉄鎖陣の弱点である中央突破を一瞬で看破した張本人である敵軍指揮官のフィナリア・ノーストン。

 あの状況下で、鉄鎖陣の弱点を見抜き、そこを襲撃させた指揮能力は賞賛に値するほどのものだ。


 おまけに作戦が失敗したのちに発動してのけた風龍弾。

 属性魔法の極致である竜の魔法を発動し、見事にこちらの足を乱したその戦術眼と腕前に、シルディエは末恐ろしいものを感じていた。


(そして、空中に陣取っていたあの炎鳥)


 あの炎鳥がエベルスを攻撃しようとしたせいで、自分たちを支援していた魔法攻撃が突如止まってしまったのだ。

 それがなければ、フィナリアは風龍を発動させる余裕などなく、鉄鎖陣の第一陣が敵を飲み込んでいた。

 

 重装騎馬隊を左右から攻撃していた獣人部隊も相当なもので、あと一歩で騎馬隊を突破して鉄鎖陣の側面を突かれるところでもあった。


 こちらの被害は敵に比べて軽微は言え、自分は切り札である雷魔法を切ったうえで槍を失い、鉄鎖陣はその弱点を初見で看破された。


 結果として勝利したからいいようなものの、秘策を用いて半数しか敵を仕留められなかった上に、一歩間違えばこちらが潰走していたかもしれないという事実にシルディエは複雑な心境になっていた。


「ふむ。深追いはするべきではないと?」


「はい。その通りです」


 エベルスに思考を遮られ、シルディエは内心で悪態をついた。

 そんなシルディエの内心を知ってか知らずか、エベルスはニタリと気持ちの悪い笑みを浮かべた。


「いや、それにしてもよくやった。この戦始まって初めて敵を打ち破ったお主は見事な指揮官だ」


「…はぁ」


 いきなり賛辞を送るエベルスに、シルディエは警戒心を強める。

 普通に考えれば警戒するようなことではないはずなのだが、目の前の男に褒められると嫌な予感しかしない。


 そして、その予感は的中した。


「では、一番手柄を上げたお主には、自ら陛下に報告する権利を与える」


「……」


 一瞬、シルディエは目の前の男が何を言っているのか理解できなかった。


「少々お待ちください。それは、戦が終わってからの話ですか?」


「今からだ。早馬を飛ばせば、お主ならさほどの時間はかかるまい」


 エベルスの言葉に、シルディエは大いに混乱した。

 敵の主力を打ち破った今こそ最大の好機であるというのに、エベルスはその好機を皇帝陛下への報告へ使えと言っているのだ。


「怖れながら、今は敵の主力を打ち破り、こちらに流れが来ております。追撃をかけるのなら今です」


「お主こそ何を勘違いしている。我々の最優先事項は皇帝陛下のお心の安らぎを取り戻すこと。その名誉をお主にくれてやろうというのだぞ?」


「でしたら、その名誉はぜひ閣下が。私は戦しか能のない者ですので、皇帝陛下に対して無礼なふるまいをするかもしれませんので」


 そう言いながら、シルディエは内心で「あんたがいなくなればこっちはありがたいんだけどね」ということを口にする。

 もちろん、態度にはおくびも出しはしないが。


 しかしそんなシルディエに、エベルスは相も変わらずニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら次なる言葉を口にした。


「シルディエ隊長。これはわしなりの配慮なのだぞ? 反乱軍を真正面から叩き潰したお主の口から皇帝陛下に第一功を伝えるべきだ。そうは思わんか?」


「では、通信水晶を用いれば…」


「勿論それによる連絡は当然入れる。だが、武勲を上げた当の本人が直に報告すれば、陛下もより安堵なされることだろう。何より、陛下の御眼鏡にかなえば、お主の出世の道が開けるのだぞ?」


 エベルスの言葉に、シルディエは歯噛みする。

 どうやら目の前の男は、どうやっても自分を帝都へ送りたいと考えており、自分が何を言おうともその言い分に取り合うつもりはないのだ。

 そして、何より、指揮権をこちらにゆだねたとは言え、この場で最も階級が高いのは、誰がどう見ても目の前の男なのだ。


「どうしても従えぬというのなら、軍令を出させてもらうが、どうする?」


「…分かりました。私が報告に上がります」

 

「うむ。それでいいのだ。では、早速謁見許可証をしたためる」


 そう言ってエベルスは自分の部隊の元へと戻っていった。

 戦が終わった直後だというのに、その部隊の鎧には埃一つ付いていなかった。


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