騎馬・鉄鎖陣
シルディエ軍が動き出したとき、俺は即座に突撃が始まるものと思って身構えていた。
しかしシルディエ軍の前衛である重装騎馬隊は、動き出したとは言ってもそれは馬を歩かせる程度の速度であった。
陣形を乱さずに、そしてゆっくりと近づいてくる重装騎馬隊に対し、フィナリアが全軍に指示を下す。
「弓矢部隊、攻撃開始!」
その指示を受け、前衛よりやや後方にて待機していた弓兵部隊が攻撃を開始する。
雨のような矢が戦場に降り注ぐ中、しかし敵の前衛は全く崩れなかった。
「フィナリア。これは…」
「はい。堅いですね」
前衛の重装騎馬隊は、兵士はもとより馬の方も堅い鎧に覆われている。
あれほどに装備を固められていては、弓矢の攻撃が通らない。
時折鎧の隙間を通って兵士が倒れているが、それもわずかなものでしかなく、陣形に穴が開くようなものではない。
「…敵の攻撃です!!」
フィナリアがそう言うと、敵陣からも攻撃が飛んできた。
しかしその攻撃は弓ではなく魔法。
敵陣前衛のはるか後方から、弓矢よりもはるかに遠距離で高威力の魔法が雨あられと降り注いだ。
「全軍防御体勢! 魔導師部隊は迎撃を!」
フィナリアの指示を受け、自陣の前衛が盾を構える。
弓兵のさらに後方から、魔法を迎え撃たんと同じく魔法が放たれる。
しかし、その対処法はジリ貧だった。
「…やはり、押されるな」
戦場を見ながら、俺はそんな言葉をもらした。
現在こちらの軍にも魔導師は存在している。
しかし、その魔導師たちはエルリオット軍から引き抜いた者達や、ジェクト将軍がノーストンから連れてきた魔導師たちなのだ。
当然そんな方法で集めた魔導師たちなので、魔導師大国と呼ばれる帝国軍とは根本的な数が異なってしまう。
そもそもエルリオット軍の魔導師の大半は先の戦で殲滅してしまった上、多くの者達を処断している。
今残っている魔導師たちは僅かなものでしかない。
「フィナリア、俺たちも」
攻撃に参加した方がよくないか?
そう告げようとした俺に、フィナリアは首を横に振った。
「敵の前衛は、未だに動き続けています。このままであればいずれぶつかり合うことになります。そうなれば、獣人族を持つ我々が有利になります。それまでは耐えてください」
「だけど」
俺の視界の中で、次から次へと見知った顔の者達が倒れていく。
その光景に、俺は僅かばかりだが目を覆いたくなる。
「フィナリア!」
「…お願いです。耐えてください」
喚きそうになった時、フィナリアの顔を見て俺は言葉をひっこめた。
否、言葉を発することが出来なかった。
フィナリアが唇をかみしめ、その口元に一筋の鮮血が流れ落ちたからだ。
そしてその腕は、まるで引きちぎらんばかりに馬の手綱を握っていた。
まるで、今にも腰に佩いている剣に手をかけようとしているのを必死にこらえているかのように。
(そう言えば、フィナリアは…)
エルリオット軍との戦いで、こんな光景を丸二日間も目の当たりにしてきたのだったと、俺は思い返した。
人一倍情の深い彼女が、目の前の光景に何も思わないはずはなかったのだ。
まして自分の命令によって配下の命が散って行っているのだ。
その背負っている重さは、俺の比ではないだろう。
気が付けば、俺はフィナリアの手を握っていた。
俺は今地面に降りているので、完全にフィナリアを見上げる形になっている。
それでも、少しでも彼女の重荷を背負えるならと、その手を伸ばした。
「思うようにやってくれ。俺も、フィナリアを信じる」
「…はい」
そう言って、フィナリアは再び戦場を鋭い眼で見据えた。
「お二人とも、ファーレンベルクに乗ってください」
「…出番か?」
「分かりません。ただ、先ほどから奇妙な音が聞こえるのです」
「奇妙な音?」
フィナリアの漠然とした物言いに、俺はファーレンベルクに乗りながら首を傾げる。
フィナリアは戦闘中に『風響』を用いて自陣に指示を飛ばしているが、『風響』の使い方はそれだけではない。
相手の発する音を拾い、敵の指示を聞きとることが出来るのだ。
先ほど敵の魔法攻撃を予知してのけたのは、フィナリアが『風響』によってシルディエの指示を聞きとったからだろう。
そんなフィナリアの聞こえる奇妙な音とやらに、俺は疑問を抱いた。
「どんな音なんだ?」
「それが、鎖が張り響くような音が敵陣の中央から…」
フィナリアの表現に、俺は嫌な予感を覚える。
彼女が嘘を吐く理由もメリットも存在しないし、『風響』による情報収集が間違っているとも思えない。
しかし敵陣中央にて鎖の音がするというのは不気味な話だ。
いまだに前衛は重装備の騎馬隊が守りを固めながら前進しているので、敵陣中央で何をしているのかが見えない。
「…ヌーア隊、サルラ隊、作戦通りに両翼へ移動してください」
「了解!」
「分かった!」
突然、フィナリアがそんな指示を送る。
その指示を受け、ヌーアは右翼、サルラは左翼へと、部下の獣人族を率いて向かっていった。
「敵の攻撃が来るのか?」
「はい。来ました!」
そう言っている俺の目の前で、敵の前衛がこちらに向かって走り出した。
「来たか!」
「全軍突撃!」
俺の驚愕の声に、フィナリアが突撃の指示を被せる。
敵の重装騎馬隊が勢いに乗ると、陣地のかなり深くまで潜り込まれる恐れがある。
そしてこちらの前衛も騎馬隊なので、勢いがなければその威力を発揮できない。
そう判断したフィナリアが、絶妙なタイミングで突撃の合図を出したのだ。
前衛の騎馬隊が敵の攻撃の勢いを削げば、その後方に控える獣人部隊が重装騎馬隊を抑え込んでくれる。
俺はそう思い、フィナリアの指示を待っていた。
そんな俺の目の前で、予想外の光景が映し出された。
否、それはこちらの全部隊の想像を裏切る行為だった。
重装備を固めた敵の前衛部隊が、左右に大きく進路を変え、二つに割れたからである。
「なんだ!?」
そして、前衛が割れて現れたのは敵の中央の部隊。
その部隊の姿に、俺は言葉を失った。
騎馬隊である。それも、重装騎馬隊に匹敵するような強固な防具を固めた軍馬たちだ。
しかしそれだけではない。その騎馬と騎馬が、鎖によって繋ぎ止められているのだ。
「クウヤさん! すぐにファーレンベルクで、あの部隊の中央を貫いてください!」
俺に対して、フィナリアが突然そんなことを叫ぶ。
「あの敵陣の中央をか!?」
「急いでください! 早くしないと全滅します!」
「ッツ! 分かった!」
フィナリアの焦燥に満ちた言葉に、俺は問答するのをやめて即座に行動に移る。
俺とバストラングを背に乗せ、ファーレンベルクが飛び立った。
「魔導師部隊はファーレンベルクの援護を!」
フィナリアの指示に、魔導師部隊がファーレンベルクに激突しそうな魔法を迎撃する。
雨あられと振ってきた魔法の群れに、僅かな隙間が出来る。
「突破しろ!」
「ピュアアア!!!!」
俺の指示に、ファーレンベルクはすぐに反応してその手薄な一点を突破する。
その巨体にいくつか魔法が掠ったが、ファーレンベルクはそのまま上空に飛び上がる。
「うお!」
上空から見下ろしてみて、フィナリアが焦っていた理由を理解した。
先ほど左右に分かれた前衛の重装騎馬隊は、二つに分かれた後にリスタコメントス軍を左右から取り囲むように動いている。
そのため、横から攻撃を仕掛けようとしていたサルラとヌーアの部隊が足止めをくらっており、味方も左右に逃げられないようになっている。
そして、敵の中央の鎖でつながれた騎馬隊が突撃を仕掛けてきているのだ。
「あんなのに巻き込まれたら文字通り全滅だ!」
左右を敵の騎馬隊に抑えられ、正面からは同じように重装備に固められた騎馬隊が突撃をかけてきている。
このままではほとんどの部隊があの鎖でつながれた軍馬の群れに轢き殺されてしまう。
「ファーレンベルク! 敵陣中央を攻撃しろ!」
「ピュアアアアア!!!」
鳴き声を上げ、ファーレンベルクは口から火球を連続で放つ。
しかしその火球が後方に待機する敵の魔導師たちの魔法によって相殺されてしまった。
「くそ!」
火炎放射でもあの魔法の山に相殺されてしまうだろう。
速度のある熱線ならわからないが、あれは時間がかかるうえに攻撃範囲が狭い。
恐らくあの鎖騎馬隊の突撃を止めることは難しい。
「くうや、おれを、あそこへ」
迷う俺の背後から、バストラングが敵の鎖騎馬隊の中央を指さす。
「…行けるのか?」
「いく」
何の迷いもなく、巨漢の獣人は手に巨大な戦斧を構えてそう言った。
「…頼む!」
そう言って、俺はファーレンベルクに指示を出して敵陣中央に向かって飛翔する。
ファーレンベルクも魔法を回避するように飛ぶが、その巨体からすぐに回避が追い付かなくなる。
「ここ、でいい」
そう言うと、バストラングはファーレンベルクの巨体を蹴って飛び降りた。
「おい!」
そのあまりに危険な行動をとがめようとして、俺は断念した。
魔法攻撃が激しくなってきたため、ファーレンベルクともども上空へ退避しなければならなかったからだ。
そんな視界の端で、バストラングは先日の帝国軍との戦いのときのように流星のような勢いでフィナリアの指示した鎖騎馬隊の中央最前列に向かって落ちていく。
戦斧を構えるバストラングの一撃が、敵陣を穿とうと迫る。
こうして上空から見るとはっきりとわかる。
敵の騎馬隊は横一列ではなくいくつもの列を成しており、中央前列を砕けば後方の鎖騎馬を巻き込む形で脱落させることが出来るのだ。
即座にそのことを見抜いたフィナリアは、俺とバストラングに中央を砕くように指示を下したのだ。
バストラングは、本能的にか理論的にか知らないが、フィナリアの意図を把握して、一見すると無謀としか思えない突撃を仕掛けたのだ。
「行ける!」
先ほどバストラングをとがめようとした俺は、気が付けばそんなことを口にしていた。
敵の攻撃の要である鎖騎馬隊を止められれば、敵の陣形は乱れきってしまう。
そうなれば勝ちだ。
そしてバストラングの一撃ならばそれが出来る。
そう確信していた俺は、再度驚愕にその目を見開いた。
敵の鎖騎馬の最前列中央で、青白い魔力が湧き上がったからだ。
「あれは、シルディエ!!!」
鎖騎馬の先頭にいるその魔力の持ち主は、驚いたことに赤髪の女騎士シルディエだった。
バストラングが飛び降りた先で、シルディエがバストラングを迎撃しようとしていたのだ。
「いや、けど」
バストラングの一撃を受けられるものなのか!?
そう思い、見守る俺の眼下にて、赤髪の女騎士は鎖騎馬隊の最前衛を駆けながら、その手に宿した魔力を解放する。
『雷鳴閃!』
直後、その手から一筋の雷閃が放たれた。
放たれた雷閃は、文字通り雷のような速度で、しかもジグザグの軌道を描きながらバストラングへと迫る。
その雷閃を、しかしバストラングは激突する寸前で見切り体制を入れ替えようと回避しようとし……その右肩を雷閃に穿たれた。
「嘘だろ!?」
驚愕に目を見開く俺の眼下にて、雷閃の一撃で大きく体勢を崩されたバストラングが、鎖騎馬の前に墜落する。
そして、そのまま成すすべもなくバストラングは鎖騎馬隊に飲み込まれていった。
その光景に唖然としながらも、俺は大声を張り上げる。
「フィナリア! 作戦は失敗した! 即刻撤退を!」
「もう指示を下しました!」
『風響』により、フィナリアの言葉が運ばれてくる。
その言葉には余裕というものが何もなかったが、自陣の後方が左右へと割れていくのが見えた。
おそらくフィナリアが撤退命令を下したのだろう。
前衛は総崩れとなるだろうが、恐らく後衛の撤退は間に合うだろう。
しかしそれは、今回の部隊の半数が壊滅するということに他ならない。
ゆえに俺は戦場を見渡して打てる手を探す。
鎖騎馬を駆逐する方法は、もう俺が攻撃を仕掛けるしかない。
しかし鎖騎馬の後衛にいる魔導師部隊が邪魔をしてそれもままならない。
騎馬隊の後方の魔導師部隊を排除して、後方から攻撃を仕掛けるしかない。
そう考えた時、俺の目に後方にて煌びやかな装備に身を包んだ部隊が目に入った。
「あれは……エベルス!!」
偶然にも、俺はその中に見覚えのある顔を見つけた。
否、見つけてしまった。
煌びやかな装備に身を包んだその一団は、こちらの味方が倒れていく光景を、ただ下衆びた笑みを浮かべながら眺めているだけだった。
そして、その部隊を束ねる将軍は、ワインを片手に最後尾でくつろいでいたのだ。
その光景に、あまりにも戦場という場所をなめたような態度に、俺の頭に一気に血が上った。
「ふざけやがって! フィナリア! 俺はエベルスの隊を攻撃してから鎖騎馬を後方から攻撃する!」
「ま、待ってください! それは危険です!」
「待てない! バストラングがやられた今、俺が動かなかったら味方は全滅だ!」
フィナリアの一言に、俺はそう切り返す。
そう言って、俺はファーレンベルクに指示を飛ばした。
「ファーレンベルク! あの野郎を、焼き尽くせ!」




