姫騎士と女騎士
シルディエ軍とエベルス軍が合流したという情報を得た数日後、俺たちは1万の兵を率いて迎撃のために出陣した。
後詰の5000はしばし後に出陣予定である。
軍そのものはフィナリアが率いており、現在俺はバストラングと共にファーレンベルクに乗って敵の位置を探る斥候の役目を帯びている。
「くうや。てき、いた」
「ほんとか?」
俺の後方で、バストラングが指を指す。
その方角に敵がいるとの話だが、俺には全く見えなかった。
現在、ファーレンベルクは索敵するためにかなりの高度で飛翔している。
そのため視界もものすごく良好なのだが、良好過ぎて俺には地平線がぼやけて見えるのだ。
「もうすこし、ちかづくか?」
「…そうしよう。その方がいい」
そう言って、俺はファーレンベルクにバストラングの指示する方角へと飛ぶように言った。
しばらくして、地平線に敵の軍勢が見て取れた。
遠目に見て、以前見たブラックバイソンの群れとも見えなくもないが、あれがシルディエ軍なのだろうとあたりをつける。
「よし、とりあえず戻って報告だな」
「クルルゥ」
そんな鳴き声と共に、ファーレンベルクは翼をはためかせた。
あっという間にシルディエ軍が見えなくなっていく中で、今度はフィナリア軍が目に入って来た。
「フィナリア。シルディエ軍の位置を特定した」
「ご苦労様でした。それで、現在地点はどちらでしょうか?」
行軍中のフィナリアに、俺はシルディエ軍のおおよその位置を教えた。
その地点を聞き、フィナリアは再び思案顔になる。
「どうかしたのか?」
「いえ、このままだと、シルディエ軍とはノルガ平原内で交わると思いまして」
「そこに行かれると、何か拙いのか?」
「いえ、その逆です」
「?」
フィナリアの一言に、今度は俺が首を傾げる。
そんな俺に、フィナリアが説明してくれた。
「ノルガ平原は、国境に面した広大な平原です。この付近であれば、いくら派手に戦闘を行ったとしても、リスタコメントスの民衆に被害が出ないのです」
フィナリアの説明に、俺はフィナリアが何に懸念を抱いているのかを理解した。
もしシルディエ軍が町や村に向かって進軍していた場合、当然俺たちは町民や村人を避難させる必要がある。
こちらの予備隊の5000はその避難誘導の役目も含めているのだ。
しかしノルガ平原の場合は近くに集落も存在していないため、リスタコメントスの国民に被害が出ることを心配しないでいいばかりか、避難誘導の必要さえないのだ。
「誘っているのか?」
「十分に考えられますね。報告によれば、シルディエ軍はかなりの騎馬をそろえてきていると聞いているので、平原で戦うことを望んでいるのでしょう」
「様子を見たほうがいいか?」
俺のその意見に、フィナリアは首を横に振る。
「いえ、ノルガ平原で決着をつけたほうがいいでしょう。他の場所で戦えば、私たちは背中に民を守りながらの戦いになります。ここは誘いに乗りましょう」
「大丈夫なのか?」
「おいおい。俺たち獣人族の部隊をなめるなよ? そんじょそこいらの騎兵なんざ、俺たちの敵じゃないぞ」
フィナリアの隣を歩いていたヌーアが、俺にそんなことを言った。
確かに元義勇軍の獣人たちの身体能力は凄まじく、マトワール軍の騎兵たちを真正面から蹴散らしてもいた。
「だが、今回の敵は精鋭だ。これまでの敵とはわけが違うんだろ?」
そんな俺の懸念に、フィナリアは首肯する。
「そのための策です。それは理解していますね?」
「おう。俺たちは騎兵の側面を突けばいいんだよな?」
ヌーアの返答に、フィナリアは頷いた。
今回の作戦は、リスタコメントス軍の騎兵がシルディア軍と正面から立ち向かい、その側面を獣人部隊が突くという作戦だ。
向かっているのが平原なので奇襲は困難。
よって獣人部隊には側面まで回り込んでもらう必要がある。
可能であればファーレンベルクで攪乱するつもりだが、敵はエベルス将軍と合流しているため、魔導師も多く保有していると考えられる。
確かにこうして考えてみれば敵にとっても平原で戦った方が様々な面で有利に働く。
戦場の選択ひとつとっても見事なものだが…。
「だったら、なんでノルガ平原なんだ?」
平原であればほかにいくらでもあるし、その中には当然町や集落の近い平原も存在している。
そのあたりに向かわれれば、俺たちはその領民たちを逃がすために僅かばかりとはいえ兵力を割かなければならなくなる。
何もわざわざノルガ平原を選択する必要はないのだ。
「……おそらくですが」
そんな俺の質問に、フィナリアが推測を口にした。
「シルディエ様は、リスタコメントスの民を傷つけることを忌避しているのかもしれません」
「…なんでわかるんだ?」
「私がシルディエ様の立場だったとしても同様の選択をしたからです」
そう告げたフィナリアは真っ直ぐにノルガ平原の方を向いた。
「挫くべきは敵の戦意であり、それが果たせるのであればそもそも戦をする必要すらない。シルディエ様が私と同じようにそう考えていたとすれば、ノルガ平原を選択したのは納得がいきます」
「……敵は、フィナリアと同じような考え方をしているってことか?」
「もっとも、シルディエ様には私のような甘さは無いでしょうが…」
自嘲するようにそう告げるフィナリアを見ながら、俺は口を開ける。
「手強そうだな」
「はい」
そう言ったフィナリアの表情には、僅かに緊張の色がにじんでいるようだった。
シルディエはフィナリアにとっての憧れの人物だというようなことを言っていたので、そんな人と戦う現状にいささか以上に緊張しているのかもしれない。
「クウヤさんとバストラング様には状況に応じて指示をします」
「分かった」
フィナリアの言葉に、俺とバストラングは頷いた。
俺とバストラングはフィナリアの付近で待機ということになった。『風響』を使って伝達すれば問題はないのだが、フィナリアもそんな余裕がある相手かどうかは分からないというし、シルディエが相手となると、ファーレンベルクの存在を想定して作戦をたてていても何の不思議もないからだ。
これまで形はどうあれ連戦連勝を飾ったフィナリアがここまでのことを口にするのだから、今回の戦いも相当に厳しいものになる。
今更ながら、俺も覚悟を決めた。
そして、ノルガ平原にて俺たちはシルディエ軍と対峙する。
見晴らしの良いその地形は、確かに騎兵にとって最も戦いやすいだろう。
そんなことを考える俺の目の前に、一人の敵兵が騎馬に乗ったままこちらへ向かってきた。
敵陣より大きく歩み出たその騎馬に乗っていたのは、燃えるような赤い長髪をポニーテイルのように後方で縛り上げた女騎士だった。
フィナリアとは少々趣が異なるが、その美貌は誰が見ても美女と認めるほどのものだった。
フィナリアが利発そうだとすれば、シルディエは怜悧という印象を受ける。
見方を変えれば冷酷とも取れそうな印象を彼女から受けるのは、その目つきゆえだろう。
その眼光は鋭く、フィナリアのような慈悲深さとは無縁だと言わんばかりに闘志を燃やしているように見えた。
そんな女騎士が歩み出た状態で馬を止め、こちらに向かってしゃべりだした。
「私は、帝国国境警備軍南方方面部隊長、シルディエ・グランガイスである。戦いを始める前に、貴軍の指揮官と話がしたい」
よく響くその声が届き、俺はフィナリアの方を横目で見た。
名乗りを上げたのは、予想通りシルディエ本人だった。
この状況下で前に出て名乗りを上げる人物などほかにいるはずもない。
堂々と名乗り上げるシルディエに対し、フィナリアも同様に騎馬に乗って歩み出る。
「シルディエ・グランガイス様。お初にお目にかかります。私はフィナリア・ノーストン。ノーストン第一王女にして、リスタコメントス軍の指揮官です」
名乗り上げたフィナリアの声は呟くようなものだったが、『風響』を用いて拡散するその声は戦場の隅々まで行き届いた。
おそらく敵陣の最奥にいるであろうエベルスの耳にも届いたことだろう。
シルディエはフィナリアの魔法に少々眉を顰めたが、すぐに毅然とした態度に戻る。
「こちらこそ、お初にお目にかかります。ノーストンの姫君よ。このような場であるため、本来取るべき礼を取ることのできぬ無礼をお許しいただきたい」
「構いません。今の私はリスタコメントス軍の指揮官。つまりは、あなたと帝国の敵ですので」
フィナリアの言葉を聞き、俺はフィナリアが帝国の標的となるためにあえて相手の神経を逆なでするような言葉を選んでいるのだと悟る。
しかしシルディエはフィナリアの風響にこそ眉を顰めはしたが、フィナリアの発言に対してはほとんど表情を動かさなかった。
「ノーストンの王女ともあろうフィナリア殿が、何故リスタコメントス軍を率いる立場にいるのか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
そんなシルディエの問いに、フィナリアは頷いて応じた。
「現在、人間界は魔族の侵攻という未曾有の脅威にさらされております。そのことは、この場に居る誰もが周知の事実だと思われますが、いかがでしょうか?」
「…そのようなことは理解しています。だからこそ、そのような状況下で謀反を起こすような者達相手に、私が派兵されたのですから」
シルディエの返答に、フィナリアは首を横に振った。
「魔族というのは、帝国軍のみで戦えるような相手ではありません。現に、以前魔族が襲撃をしてきた際に、人間界に侵入した魔族を倒したのは、あちらにいる炎鳥なのですから」
そう言って、フィナリアは俺の方を…正確には自軍の中に立つファーレンベルクを指さした。
フィナリアの言葉には嘘こそ含まれていないが、ロウセイとトリストスの名前が抜けていた。
もっとも、この場に居ない人物の名前を出しても話がこじれるだけなのだからフィナリアの判断は正しい。
その言葉に、シルディエは再び眉をひそめた。
「何を仰る。魔族たちは我が帝国軍と相打ちになったはず」
「それは帝国側の勘違いです。この場に居る者の中で、実際に魔族と遭遇したことがあるのはあの炎鳥の宿主であるクウヤ殿ただ一人。まして帝都の方々は、魔族が襲撃してきた際に、国民を見捨てて宮殿を放棄しました。あまつさえ、魔族に対抗するよりも破壊された宮殿の修復を優先しました」
フィナリアの言葉を、シルディエはただ黙して聞いていた。
相も変わらず鋭い視線のままだったが、その表情には一切の感情が見えなかった。
「今は、魔族の襲撃という脅威に対処するために、人間界の全ての民族が力を合わせるときであると私たちは考えています。だからこそ、私たちは獣人族たちを奴隷のように扱う貴族たちに刃を向けたのです。シルディエ様。私たちが間違っているとお思いならば、その手に取った槍を向けてください」
そういって、フィナリアは馬の上で会釈をした。
そんなフィナリアの言葉に対し、シルディエは口を開いた。
「あなた方の言い分は理解しました。確かに、あなたたちの話には、筋が通っていますね」
シルディエの言葉に、国境警備軍の中にわずかな動揺が走る。
しかしシルディエの表情には相も変わらず鋭い眼光を放つのみだった。
「その話が真であれば、の話ですが」
そして、シルディエはそんなことを口にした。
「魔族の襲撃は、我らが勇猛なる帝国軍がその身と引き換えに防いだ。その帝国軍の命がけの戦いを、あなた方は口八丁で自分の手柄だと宣言している。あまつさえ、そのような虚言で民を先導し、この人間界に不要な混乱を巻き起こしている。許されざる行為だ」
フィナリアを真っ直ぐに見つめながら、赤髪の女騎士はそう言い放つ。
その言葉に対し、フィナリアが言葉を返した。
「信じては、いただけないのでしょうか?」
「少なくとも、その懇願を私が聞き入れることはありません。何しろ、あなたたちは私に対して確たる証拠を何一つ提示していないのですから」
そう言って、シルディエは馬を反転させる。
「もしあなた方が正しいというのなら、その武勇でもってそれを証明することです」
最後にそう言い放ち、シルディアは自軍の内部に戻っていった。
是非もなく、フィナリアも馬を反転させる。
双方の将が自陣に戻った後、シルディエ軍の先頭の重装備の騎馬隊が動き出した。




