連合軍結成
「……」
フィナリア、アルザス、ジェクトの三人の壮絶な過去に、俺は言葉を失っていた。
「ジェクト将軍の元で武芸と魔法を身に付けていた私は、父上の盟友であるカーナイル様の元で騎士となって身を隠しました。帝国も、辺境の騎士が私であるとは見抜けなかったようです」
「しかし、突然カーナイル殿が帝国に反旗を翻したときは心臓が止まるかと思った」
フィナリアの言葉に、アルザスが口を挟んできた。
それに対し、俺は謝罪した。
「すみません。俺が帝国と敵対したばっかりに」
そんな謝罪に、アルザスは首を横に振った。
「いずれ帝国とは事を構えるつもりだった。それが早まっただけの話だ」
「でも、他にもっとやりようが」
「あるはずもない。帝国は初めからクウヤ殿に宮殿破壊の罪を着せるつもりだったのだ」
アルザスの言葉に、俺は閉口した。
「ジェクトの報告にすべて書かれていた。クウヤ殿が、どれほどフィナリアとカーナイル殿の力となり、またこの人間界に攻め込んできた魔族たちを相手に戦ってくれたことを」
言葉に詰まる俺に、アルザスは躊躇わずに追い打ちをかけてきた。
「クウヤ殿は既にフィナリアの恩人であるだけではなく、人間界を救った英雄の一人でもある。だというのに、その英雄に対する帝国の仕打ちがこれだ。カーナイル殿判断は正しい。わしでも同じ決断を下しただろう」
アルザスに続き、フィナリアも口を開く。
「獣人族から見ても、クウヤさんは英雄です。勿論私にとっても。クウヤさんはいつもファーレンベルクがやってくれるから自分の手柄ではないとおっしゃいますが、そんなことはありません。いつでもファーレンベルクの背にまたがり、最も危険な場所へと赴くクウヤさんの姿に、私は誰よりも強く感銘を受けています」
「…」
送られる掛け値なしの賛辞に、ただただ俺は困惑していた。
どうこたえていいのかが、全く分からなかったからだ。
そんな俺に、フィナリアが突然頭を下げてきた。
「クウヤ様。もとをただせば盗賊の一件から私があなたを巻き込んでしまったことがすべての始まりです。そんな私が厚かましいお願いだとは思いますが、これからも共に私達と戦ってください」
フィナリアがそう告げると、隣で座っていたアルザスも俺に向かって頭を下げた。
「わしからも頼む。いや、私からもお願いしいたします。クウヤ殿の存在は、最早私たちにとって最早必要不可欠なのです。話に聞く炎鳥の有無にかかわらずに。ですからどうか」
「ふ、二人とも、頭を上げてください」
俺の言葉に、ノーストン親子は頭を上げた。
「俺の方こそ、フィナリアにも、他の皆さんにもお世話になりっぱなしです。だから、その、こちらこそよろしくお願いします」
俺がそう言うと、二人は頭を上げてくれた。
……小心者の俺にとって王族に頭を下げられ続けるのは心臓に悪い。
「…ところで、話の流れから察するに、リスタコメントスとノーストンは同盟を組むということでいいんですか?」
俺の質問に、二人は頷いた。
「その通り。これより我が国ノーストンはリスタコメントス同様に帝国へ反旗を翻し、世界のあるべき姿を目指して歩む一歩を踏み出そうと考えている」
アルザスの言葉に、俺は腕を組んで考え込んだ。
「…どうかされましたかクウヤさん?」
フィナリアの質問に、俺はしばし考えを巡らせる。
そして、頭に浮かんでいることを口にした。
「お二人に話しておきたいことがあります」
「? なんでしょうか?」
フィナリアが俺の言葉に軽く首を傾げる。
そんなフィナリアと、真剣にこちらを見るアルザスに対して、俺は口を開く。
「…実は、俺はこの世界の住人ではないんです」
「? どういうことですか?」
フィナリアが俺の言葉に対してそのように問いただしてきたので、俺は話せる限りを話した。
女神レンシアにこの世界が滅びに瀕していると告げられた事。
俺がその滅びを回避するためにファーレンベルクと共にこの地へ来たこと。
達成できなければ、この世界が滅ぶということ。
二人は俺の話を真剣に聞いてくれた。
「…信じてもらえますか?」
俺の質問に、アルザスは腕を組んで考え込んできた。
「私は信じます」
そんな中、フィナリアはほぼ間髪を入れずにそう答えた。
「…自分でも相当荒唐無稽な話をしていると思うんだが?」
「私と一緒に過ごしたクウヤさんの行動と、先ほどの説明には一切の矛盾がありません。ですから、少なくとも私にとって疑う余地はありません」
何の迷いもなく、目の前のお姫様はそんなことを口にする。
その様子に俺は口ごもり、アルザスは興味深そうに顎髭をいじっていた。
「しかし、この世界が滅びに瀕している…か。クウヤ殿はその滅びがどのような形でもたらされるか知っているのか?」
アルザスの問いに、俺は答えられなかった。
その問題は、俺にとってもまだ結論が出ていない話だったからだ。
もっと女神レンシアに話を聞いておけばよかったと今更後悔する。
「…クウヤ殿にもわかりませんか」
「はい。俺個人の主観では、帝国の腐敗と、魔族の襲撃が関わっていそうな気がしますが、それが世界の滅びにつながっているのかまでは分かりません」
そんな俺の言葉に、アルザスはしばし試案顔をしたのち、何やら意を決したような表情を俺に向けた。
「クウヤ殿の内情はおおよそ理解しました。その上で、一つ私の話を聞いていただきたい」
「なんでしょう?」
一泊おき、アルザスは口を開いた。
「私は、魔族との和平を望んでいます」
「……父上?」
アルザスの言葉に、フィナリアが驚いたような表情を浮かべている。
「…それは、どういう意味ですか?」
俺はアルザスの真意を知るために問いただす。
頷き、アルザスは話を続けた。
「5000年前の災害戦争の際、私達人族の祖先は自分たちが生き残るために当時の獣人族を魔界内部に追いやった。それは当時の我々が生き残るために必要な処置だったのかもしれん。しかし、今現在でもそれが必要だとは、わしには到底思えない」
アルザスの話を、俺とフィナリアはただ黙して聞いていた。
「現在、人間界はトルデリシア帝国をはじめとした貴族たちが裕福に暮らすために無用な富をかき集めている。その無用な労力を正せば、魔族たちがこの人間界で生きていけるだけの生産力が、人間界にはある」
その説明に、俺は一つ納得した。
カーナイル領をはじめとしたリスタコメントスの各地は、帝国に反旗を翻して納税義務を放棄した途端に息を吹き返した。
人々が生きるために必要な生産力は十分にあったのだ。
「だからこそ、わしは魔族との共存も可能なのではないかと考えている」
「…お父様。それは」
フィナリアが苦言を口にしようとして、アルザスがそれを遮った。
「分かっている。このノーストンは魔界からもっとも離れた地。先の魔族の侵攻に際しても一切の被害を受けなかった。そんな土地に住む私の意見など、平和ボケした者の意見であるということは私自身疑う余地はない」
そう言ってアルザスは言葉を切った。
「だが、わしらは魔族のことを何も知らない。彼らが5000年間、魔界の中でどのように生き延び、何を考え、何を想いったのか、我々は何も知らない。魔族と呼ばれ、人族とは一線を画する能力を有さなければ生き残ることのできなかった過酷な環境において、彼らが何を望んでいたのかが、私には全く分からないのだ」
「…だから、それを知りたいと?」
俺の問いに、アルザスは頷く。
「クウヤ殿。わしなりの見解ではあるが、世界の滅びとは、人族と魔族がぶつかり合い、再び大陸を分けた第二の災害戦争が発生することではないかとわしは思うが、どう思われる?」
「……」
アルザスの一言に、俺は思案する。
この世界に来る前に、レンシアはなんといったか。
この世界に住む人々を救ってあげてくれ。
確かにあの女神様はそう言った。
つまり、世界の滅びというのは、世界そのものではなく、この世界に住む人々の…。
そこまで考えた俺の思考を、アルザスが止めた。
「無論これはわしの推測にすぎない。しかし、現実的には最も起こりえる最悪の未来でもある。先のことは分からないが、このまま帝国が覇権を握り続ければ少なくとも人族の未来に先はない」
そう言ってアルザスはその手を差し出してきた。
「改めて、クウヤ殿に協力をお願いしたい。どうか我々の住む世界のために、供に戦ってほしい」
その手を、俺は握り返した。
「勿論。こちらこそよろしくお願いします」
そう言って、俺たちは手を放した。
「クウヤさん。これからもよろしくお願いします」
これまで俺たちの様子を見ていたフィナリアが、そんなことを言って再び頭を下げた。
「…ところで、一つ聞いても?」
「なんでしょう?」
フィナリアとアルザスの二人に、俺は少し気になっていたことを口にする。
「フィナリアは、その、これからノーストンに住むのか?」
そんな俺の質問に、フィナリアは目を丸くしていた。
アルザスは何か可笑しそうに笑いをかみ殺している。
「私はリスタコメントスに戻って義勇軍の指揮を執るつもりだったのですが?」
「あ、そうなの」
懸念していたことにならず、俺は内心安堵した。
何のかんの言ってフィナリアは俺がこの世界で最も長く付き合った人物だ。
そんな彼女と離れるのは、少しさびしい気がしたからな。
そんな俺とフィナリアのやり取りを聞き、アルザスが面白そうに口を開いた。
「いやはや、フィナリアも随分クウヤ殿に気に入られているようだな」
「えっ、いや…」
アルザスにそう言われ、俺は内心赤面する。
「父上、あまりからかわないでください」
「何を言う。お前もまんざらでもないくせに」
「え?」
「ジェクトの報告にあったぞ。お前が籠絡寸前だと」
その言葉に、今度はフィナリアが目を見開いていた。
「父上!」
「ハハハ。早く孫の顔が見たいものだな」
調子に乗るアルザスは、そんなことを言った後、突如その表情をひきしめた。
「クウヤ殿。エルリオット軍と戦った際、帝国軍も同時に攻め込んできたことを覚えているか?」
「え、ああ、はい」
いきなりまじめな話になって、俺もフィナリアも目を点にする。
マイペースな国王様は、しかし大真面目に言葉を続けた。
「あの帝国軍の目的は、なんだったと思っている?」
「…カーナイル領の制圧と、領主の捕縛、あるいは討伐では?」
俺の返答に、しかしアルザスは首を横に振った。
「それも含まれてはいただろうが、恐らく本当の目的は違う」
「…なんです?」
「おそらく、フィナリアの強奪だ」
アルザスの一言に、俺は絶句した。
何を言い出すんだこの人はという思いが浮かんだが、アルザスは真剣そのものだった。
「洒落や冗談の類ではない。事実、オルバールは見初めた女をさらうために帝国軍を動かすことがままある」
「…マジですかい」
アルザスの返答に、俺は唖然としてフィナリアの方を向いた。
フィナリアも特に否定していない。
「今回のような規模の侵攻は初めてですが、恐らくオルバール皇帝は私たちの殲滅の名目も兼ねてこれから激しくこちらに攻撃を仕掛けてくるでしょう」
「クウヤ殿。娘のことをよろしく頼みましたぞ」
「…分かりました」
そう言って、この場での会合は終わった。
数日後、ノーストンの王女フィナリアの生存と、リスタコメントスとノーストンの連合が通信水晶によって人間界公表されることとなる。
「どういうことだこれは!!」
ノーストンとリスタコメントスが連合を組んだという報告を受け、オルバール皇帝は怒り狂い声を荒げる。
「フィナリアの捕縛に失敗し、帝国軍は敗走! あまつさえリスタコメントスとノーストンが連合を組んだだと!!? 貴様らはいったい何をしておった!!!!」
目の前に集まった臣下達に対して、オルバールはひたすらに喚き散らしていた。
「貴様の仕事は余を謀ったあの女をわしの目の前に連れてくることと、余に謀反を働いた愚か者たちを始末することだぞ!」
そんなことを叫ぶオルバールに、一人の将軍が声をかける。
「陛下。お心を鎮めてください」
「…ドルガー」
八つ当たりまがいにドルガー将軍を睨みながら、オルバールは息を荒げていた。
「まだ我々が焦るような段階ではありません。陛下がご乱心なさる理由はどこにもございません」
「…どういうことだ?」
諭すようなドルガーの言葉に、オルバールはその呼吸を落ち着けていく。
「我が帝国軍の兵力は、先の戦で減衰したとはいえ未だに90万の兵力を有しています。対してノーストン、リスタコメントスは連合を組んだとしても20万が限度。戦えば、踏み潰すことはたやすい話です」
ドルガーの進言に、オルバールは手にしていた菓子を頬張った。
落ち着いたなとドルガーは内心で安堵する。
「ならばドルガー。貴様に命じる。全軍を動かしても構わん。奴らを叩き潰せ!」
「御意」
皇帝の命令に、ドルガーは片膝をついて臣下の礼を取る。
その姿勢のまま、ドルガーは皇帝に対してもう一つ進言をする。
「しかし陛下。全軍を出撃するためには時間がかかりますので、まずは先兵を送り敵の様子を伺うのがよろしいかと思われます」
「ほう? して、誰を動かすつもりだ?」
その皇帝のその質問に、ドルガーは迷わず答えた。
「帝国国境警備軍南方方面部隊長のシルディエを動かそうかと思っております」
「…よかろう。好きにしてみろ」
「は、では失礼します」
その言葉に、ドルガーは立ち上がってその場から立ち去った。
こうして人間界は、更なる戦禍が広がろうとしていた。
「炎鳥率いる勢力は人間界の南部を束ねた様です。また、人間界西部もそれに同調したようです」
リスタコメントスの王都内の人気のない場所にて、イルアムがイファール相手に連絡を入れていた。
『つまり、人間界の半分が炎鳥に呼応したと?』
「はい。未だ数の上では劣勢を強いられているようですが、勢いだけで見れば人間界全土を飲み込むのも時間の問題かと思われます」
その報告を口にしながら、イルアムはイファールに懸念を口にした。
「イファール様。炎鳥率いる一団には、炎鳥以外にも魔将の方々にさえ匹敵する実力者が多数見受けられます。彼らが人間界を統一してしまえば、攻め落とすのは困難。攻め込むのであれば、今をもって行うべきと思われますが…」
『……出来んな』
そんなイルアムの提案を、イファールは断った。
『我々も未だに魔界の統一が果たされていない。今下手に動けば我々が背を突かれかねん』
「……」
イファールの言葉に、イルアムは無言でうなずく。
長きに渡り魔界を支配してきた魔王の内二人を滅ぼしたイファールは、現在魔族たちにとって恐怖の象徴となっている。
その圧倒的な力を持つイファールの存在が、魔界にある種の抑止力をもたらしているのだ。
逆を言えば、もし今イファールとその配下の魔将たちがいなくなれば魔界は三人の魔王が存在していたとき以上に欲望を解放された混沌とした世界となってしまうだろう。
『イルアム。お前ならば分かるだろう。魔族が魔族同士で血を流しあうのは、これを最後にしなければならん』
「はい。分かっていますイファール様」
そう言って、イルアムは通信を終えた。
「……」
無言のまま街中を歩むイルアムは、ふと道端に並ぶ店を見やった。
その店には、赤々と実った果実が所狭しと置かれていた。
「お、嬢ちゃん。一つどうだい? 6セインだよ?」
「……」
イルアムは無言で懐から10セイン硬貨を渡す。
この人間界では、森や草原からとれる薬草や、町の近くにいる魔物を硬貨というものに交換でき、その硬貨をさらに別のものと交換できるのだ。
イルアムが仕留めた魔物は、一匹でこの赤い果実数百個分の硬貨になったため、6セインなど簡単に出せる。
「毎度」
そう言って店主が一つの果実を渡してきた。
手にした果実を口に運ぶ。
「……甘い」
魔界には存在しない芳醇な甘みを含んだ果実を、イルアムは歩きながら頬張った。
人間界のことを知ることが自分の役目。
だからこそ人の中に溶け込むために金とやらを集め、こうして実際に買い物とやらもやってみた。
「……美味しい」
だから、それを知れば知るほどに人間界の肥沃な大地の力に驚かされる。
このような味わい深い食べ物など魔界では到底考えられるものではない。
「……」
魔界にいる仲間たちにも、この果実を食べさせたい。
いつしか浮かび上がっていた感情に、イルアムは戸惑いながらも聞き耳を立てながら街中を歩んでいた。




