フィナリア・ノーストン
「まず、なんでフィナリアがカーナイル領の騎士になっていたんですか?」
説明を受けるということだったが、俺は説明を聞く前に質問しておきたいことがあったので、その質問に答えてもらうことにした。
二人とも快く応じてくれたので、俺も遠慮なく質問することにした。
まず何よりも先に知りたいのは、ノーストンのお姫様がなんでリスタコメントスの辺境で騎士なんかをやっていたのかということだ。
カーナイル領からノーストンの王都カロリオンは人間界のほぼ対岸。
そんな場所でお姫様が騎士を務めているという疑問が片付かないと他の説明が頭に入ってこない。
俺の質問に、フィナリアは頷き話し始めた。
「クウヤさんは、しばらく前にオルバール皇帝と謁見されましたね。どうでしたか?」
フィナリアの質問に、俺は豚のような豚の…皇帝のことを思い出した。
「醜悪な奴だっただろう?」
俺の思考を呼んだかのようにアルザスがそんなことを言ってきた。
「……いいんですか? 仮にも同盟国の国王がそんなことを言って」
「同盟国などと言われておるが、実際には国力の差からいくつもの不平等条約を結ばされているのが実状だ。辛酸をなめされされ続けてきているこちらの意思まで束縛できるはずもない」
アルザスの言葉に俺はそれでいいのかとも思ったが、あの皇帝を見れば誰でもそんなふうに思うものかと納得した。
「で、その皇帝が関係あると?」
俺の質問に、フィナリアは首肯した。
「驚かないで聞いていただきたいのですが、私はオルバール皇帝の側室だったのです」
「……え?」
フィナリアの言葉が理解できず、俺は目を点にしていた。
そんな俺に、フィナリアはもう一度同じことを口にした。
「ですから、私はトルデリシア帝国皇帝オルバール・L・トルデリシア陛下の側室だったのです」
「え、ええええええええええ!???」
また告げられた衝撃の真実に、俺は今度こそ絶叫した。
「……だった?」
ひとしきり叫んですっきりした俺は、フィナリアの言葉に含まれた微妙なニュアンスを突いた。
俺の質問に、フィナリアは頷き、今度はアルザスが説明を始めた。
「正確には側室になりかけていた、ということだ。クウヤ殿も見とれておったように、この子の美貌は相当なものでな、幼いころからノーストンの聖女と呼ばれるほどに人目を引いておった。もっとも、身内である私から言わせてもらえばとんだお転婆だったがな」
「…お父様。それは今関係ない話です」
少しむくれながらフィナリアがそう言った。
今でもフィナリアがお転婆とか悪戯好きというのがしっくりこないが、本人が否定しない以上事実なのだろう。
話を脱線させたアルザスは、そのまま話を戻した。
「しかしそんなフィナリアに目を付けた人物がいた。それが」
「皇帝」
俺の一言にアルザスは頷く。
「あの皇帝は好色で知られておってな。今から3年前にノーストンの聖女とまでうたわれたフィナリアを妾にしようという話を持ちかけてきたのだよ」
「……」
アルザスの説明には、ものすごく『忌々しい』という念が込められている。
なるほど親馬鹿でなくても自分の娘があんな豚の妾になるなんて容認できないだろう。
「愛娘をあの皇帝の元へと送り出すことを拒むために、わしらはある策を行った」
「ある策?」
俺の疑問に、フィナリアが頷き答えた。
「私が事故死したという虚実を造り上げたのです」
「事故死?」
「はい」
頷き、フィナリアは当時の話を始めた。
「フィナリア。お前は、どうしてもオルバールの元へと嫁ぐというのか?」
ある日、父上が私にそう問いかけた。
その言葉に、私はゆっくりと頷く。
「トルデリシア帝国は人間界最大の国家。皇帝に目をつけられれば、この国が敵視されてしまいます。私がオルバール陛下の元へ嫁げば、全てが丸く収まる話です」
私の言葉に、父上は大いに苦悩していた。
私が言っていることは事実であり、他に選択の余地があるわけではない。
しかし、それでも父上は迷いを断ち切れなかった。
「分かっているのかフィナリア。オルバールの元へ嫁ぐということは、奴の奴隷になるということだぞ」
「……」
父上の言葉に、私は俯いた。
オルバール皇帝は好色で知られる御仁。
女性のことを自分の玩具としか見ておらず、妾達には隷属魔法がかけると聞き及んでいる。
確かにそのような境遇に身を置かなければならないのは、一人の女としては辛すぎる。
しかし。
「私は、この国の王女です。私には、父上同様にこの国を守る義務があります。その義務を放棄して、帝国に睨まれては、あと一歩のところまで来ている隷属魔法の突破方法まで見破られてしまう恐れもあります」
「……」
私の返答に、今度は父上が黙り込む。
その父の元へ歩み寄り、その腰に腕を回した。
「帝国に行ったのちに私がどうなっても、この世界を変えようとしている父上の願いは叶えることが出来ます。ですが、私が皇帝の誘いを拒むことでその願いが叶わなくなるというのであれば、私は生涯自分の行いを悔いることになるでしょう。逆に、私がオルバール皇帝のもとへと向かえば、監視の目は緩み、父上の悲願への一助となります。どうか、私に行かせてください」
「…フィナリア」
父上が私を抱きしめ返す。
私の頭上に、父上の涙が零れ落ちた。
「父上。お世話になりました」
私がそう口にしたとき誰かが扉を叩いた。
「…入れ」
訪問者に対し、父上はしばしの間を置いて入室を許可した。
訪問者は、ノーストンの将軍にして父上の腹心であるジェクト将軍だった。
「ジェクト将軍」
幼いころに私のわがままに従い、私に武芸と魔法を教えてくれた師匠であり、父上同等の信頼を置ける最高の理解者である将軍。
各国にその武勲を轟かせる父上の忠臣の姿を見て、私は思わず眼尻に涙をためた。
もう、父上にも、将軍にも会えないと思って。
「何用だ?」
問いかける父上に対し、ジェクト将軍は片膝をついて傅く。
「失礼ながら、お話を聞かせていただきました」
「…そうか」
ジェクト将軍の言葉に、父上は短くそう応じた。
おそらく、そんな些細なことを気にかける余裕がないのだろう。
そんな父上に、ジェクト将軍は跪いたまま話を続けた。
「アルザス様。フィナリア様をオルバール皇帝の手に渡さぬ方法がございます」
「……何?」
そう言って、ジェクトはその策を口にした。
「いけません! そのような策を用いては!」
その策を聞き、私は猛反対した。
しかし、父は無言で真っ直ぐにジェクト将軍を見据えていた。
ジェクト将軍も、ただひたすら父に向かって跪いていた。
「お前ほどの男が、わしの娘のために犠牲になるというのか?」
「はい。フィナリア様は、この国の希望です。断じてあのような愚帝にくれてやっていい存在ではありません」
「私のどこにそのような価値があるというのですか!? 私にできることは帝国へ向かうことのみです!」
叫ぶ私の声は、しかしむなしく響くだけで、二人はまるで取り合ってくれなかった。
「…ジェクト。頼めるか?」
「無論です」
そう言うと、ジェクト将軍の姿が掻き消えた。
次の瞬間、私の意識は刈り取られていた。
「フィナリア・ノーストンが死んだだと!!!!」
数週間後、帝都へと届けられた報告を聞き、オルバール皇帝は激怒した。
報告に上がったドルガー将軍は、ノーストンから受け取った文を皇帝へと伝える。
「陛下の元を訪れるために移動していた最中、魔物の群れの襲撃にあってしまい、あまつさえフィナリア王女が餌食なってしまったとのことです」
「何ゆえにそのようなことになった!! アルザスの戯言ではないのか!?」
激怒するオルバールの前で、ドルガーは首を横に振った。
「陛下。この報告が虚言であるとは、私には考えにくいです」
「…なぜだ? 申してみろ」
いまだに怒りに震えるオルバールに対し、ドルガーは口を開く。
「実は…」
「…申し開きがあるならば言ってみよ」
ノーストンの王城。その謁見の間にて、アルザスはその場に跪くジェクト将軍に対して怒気に満ちた言葉を投げかける。
その場にはノーストン各地の諸侯や重鎮が揃っており、恐ろしく重たい空気が流れていた。
その場に集まっていた諸侯の視線は、一人の男に集中していた。
視線の注がれる対象であるジェクト将軍は、跪いたままその口を開く。
「面目次第もございません。私の力が及ばず、フィナリア様は魔物の群れの餌食となってしまいました」
ドン!
そんな音が響き、ジェクト将軍の足元に魔法が叩き付けられる。
その魔法を放ったのは、目の前の玉座に座るアルザス本人であった。
「お前は、帝都へ護送するはずだったフィナリアを、むざむざ魔物の群れに襲われて見殺しにしたと、そういうのだな?」
「……その通りであります陛下」
ジェクトの返答に、周囲の諸侯たちは大いに動揺する。
ジェクト将軍は帝国最強の英雄ドルガー将軍とならぶ猛将としてその名を人間界に轟かせており、そのような事態が発生することなど誰の耳にも信じられなかったからである。
「……ではジェクトよ。お主、今回の一件どう落とし前をつけるつもりだ?」
アルザスの問いに、ジェクトは跪いたまま答える。
「この首を差し出してお詫びいたします」
ジェクトの答えを聞き、諸侯の間に更なる動揺が広がる。
そんな中、アルザスはジェクトの言に対して憤怒の念を露わにしながら口を開く。
「…よかろう。その首を差し出してフィナリアへの手向けとせよ」
そう言って、アルザスは玉座から立ち上がりジェクトの元へと歩み寄る。
兵士の一人から剣を受け取り、跪くジェクトの元へと歩み寄ってその剣を大きく振り上げる。
「お待ちくださいアルザス様!」
剣を振り上げたアルザスに、諸侯の一人が声をあげる。
「ジェクト将軍はその武勇を人間界全土に広く持つ猛将。将軍が亡き者となれば、我が国は魔物と賊に対する脅威にさらされることとなります。陛下のお気持ちは分かりますが、どうかここは寛大なご配慮を!」
「……」
その光景に、アルザスは剣を振り上げたまま手を止める。
「この者を始末せぬというのなら、代わりにお前が贄になるか?」
怒気と殺気に満ちたアルザスの言葉に、言葉を発した諸侯は表情を曇らせ、その場に跪いた。
「陛下の乱心をこの身一つでお諫め出来るのであれば、喜んでこの身をお捧げします」
その姿を見下ろし、アルザスは周囲を見渡す。
誰の目にも不安が浮かんでいた。
「…この場に集う諸君らに問う。この者の死罪は不当だと思うものは跪け」
アルザスの一言に、まず老い先短い諸侯たちが跪く。
続いて年配の諸侯。若輩の諸侯が続く。
気が付けばその場にいた全ての諸侯がアルザスに向かって平伏していた。
ジェクト将軍はノーストン各地で盗賊や魔物たち相手に活躍しており、その武勇の恩恵は各地の諸侯が受けていたからである。
「……」
その光景を前に、アルザスは剣を振り下ろす。
鮮血が謁見の間に飛び散った。
「陛下!」
初めにアルザスを諌めた臣下が叫ぶ。
しかし、その臣下は自分の予想と違った光景に言葉を収める。
アルザスが切り落としたのはジェクト将軍の首ではなく、その左腕であった。
「諸侯の皆に免じてその片腕のみで免じてやる」
そう言って、アルザスは手にした剣を放り投げた。
その光景に、各地の諸侯は安堵した。
「…陛下。私はこれからフィナリア様の安否を確かめに行きたいと思います」
左腕に応急処置を済ませたジェクト将軍は、主に対してそのように告げた。
「…その身で、フィナリアを探しに行くというのか?」
「はい。せめて、遺品の一つでも持ち帰らねば陛下に合わせる顔がありません」
そう言って、ジェクト将軍は再び傅く。
その姿に、各地の諸侯は言葉を失っていた。
「…よかろう。思う存分やってみよ」
「は!」
そう言って、ジェクト将軍は王都を後にした。
左腕を失った将軍は、二月後にフィナリアの身に付けていたティアラを手にして王国へと帰還した。
「…ごめんなさい。ジェクト将軍」
ノーストンとリスタコメントスの国境付近にて、フィナリアはジェクトに謝罪した。
「何もおっしゃいますな。フィナリア様のために、私が勝手に行ったことです」
フィナリアの謝罪にジェクトはそう応じた。
アルザスの前でフィナリアを気絶させたジェクトは、そのままフィナリアを抱えて帝都へ向かう馬車の中へと連れて行った。
そしてトルデリシア帝国へ抜ける国境の付近にて、わざと魔物の群れと遭遇したのだ。
当然、ジェクトの手にかかれば魔物の群れなど勝負にもならない。
しかしジェクトの目的は他にあり、その近くの洞窟にフィナリアと数名の配下を隠したのだ。
フィナリアと配下は魔物の餌食となったと報告し、その報告に信憑性を持たせるためにアルザスと共に諸侯の前で一芝居を打ったということである。
カーナイルとアルザスには旧交があり、領地が離れているせいで容易に会うことはできないが、互いが既知の仲であるのである。
「…ですが、そのために将軍の左腕が」
「フィナリア様。あなたは私の主君であるアルザス様の一人娘。その方のためにこの身を捧げられることが、私にとっては至福なのです」
「…ですが、私はあなたの恩にどう報いればいいのか」
なおも悔いるフィナリアに、ジェクトは歩いたまま言葉を紡いだ。
「では、一つ約束をしていただきたい」
「…なんでしょう」
「これから向かうカーナイル領にて、必ずアルザス殿の志を引き継いでください」
師の言葉に、フィナリアは大きく目を見開き、しばし後に頷いた。
「約束します。あなたの失った左腕の分も私が成果を上げると」
「であれば、私も腕を失った甲斐があったというものです」
そう言って、ジェクトは笑った。
後日、フィナリアはジェクトに連れられてカーナイル領へと到着する。
その領内で、フィナリアはジェクトから習った武芸と魔法の修練を積み重ね、カーナイルの元で領主の手助けをすることとなる。
ジェクトは、フィナリアが身に付けていたティアラを手にノーストンへと戻っていった。
「…すまん。お前には、なんと礼を言えばいいのかわからない」
「お気に召される必要はありません陛下」
目の前に跪く忠臣に、アルザスはひたすら懺悔の念を送っていた。
「…帝国からの追及を免れるためとはいえ、私はお前の腕を奪ってしまった」
そういって謝罪を繰り返すアルザスに、ジェクトは微笑みながら答えた。
「陛下。この身はこのノーストンと、この世界のために、とうの昔に捧げました。今更腕の一本を失ったところで何の損害もありません」
「だが、その腕では以前のようには戦えまい」
アルザスの問いに、しかしジェクトは何の動揺もなかった。
「確かに武芸を磨き上げることは難しくなりましたが、その分魔法の研磨に打ち込めるとうものです」
「…お主」
「アルザス様。これからは私も、対隷属魔法用の封印魔法の研究に参加させていただきたく思います」
どこまでも忠義を尽くすジェクト将軍に、アルザスはただただ感謝した。
「お前のような忠臣を持てて、わしは幸せ者だ」
「至福の極みです陛下」
オルバールへの報告を終えたドルガーは、自室にてその報告内容を反芻していた。
「ノーストンの猛将、ジェクトが罰として主にその腕を切り落とされた、か」
その事実が、どういうわけか使者を通じて直接皇帝陛下に送られたのではなくドルガーの元へと届けられた。
それもジェクトの左腕を添えて。
「…ノーストンめ。このわしを顎で使いおったな」
ドルガー将軍は、そう言ってほくそ笑んだ。
この話に必ず裏があるとドルガーは確信していた。
しかし一人の武人として敬意を持っていたジェクトがその片腕を犠牲にしてまで行おうとしたことに対してドルガーは邪魔をするつもりはなかった。
「ジェクト。お前が託した何かが、この人間界にどのような波紋を生むか、見届けさせてもらうぞ」
自室にて、ドルガーはそう言ってにやりと笑った。
その笑みは、来るべき未来の光景に思いをはせている子供のようだった。




