ノーストンの姫君
ジェクト将軍にカーナイル軍を任せて、俺とフィナリアは真っ直ぐにリスタコメントスの王都から北西へと向かった。
帝都からノストハイムの町とほぼ同じ行程なので、ファーレンベルクに乗れば丸一日で到着するという計算だ。
今更な話だが、ファーレンベルクの移動能力はこの世界の水準から見て異常の一言である。
この世界の軍馬たちは、俺の知っている馬よりもはるかに体力があるうえに速く走ることが出来る。
であるにもかかわらず、険しい道のりや自然の要害に加えて魔物や盗賊と言った厄介者たちがどこへ行っても立ちふさがる。
そういった障害に対応してノーストンまで移動しようとすれば、どう頑張っても7日以上の行程が必要になる。
ファーレンベルクの場合はそういった地上の障害を全て無視できる上、最短ルートで目的地へと飛翔することが出来る。
しかも休憩する必要さえないというおまけつきだ。
他の人たちが自動車で移動しなければならない中で、こっちだけ飛行機を使っているようなものである。
時折怪鳥と遭遇することがあるが、ファーレンベルクの方がよほど格上の怪鳥なので大体は一目散に逃げていく。
そもそもファーレンベルクはベヘルがどこからか呼び出したレッサードラゴンの群れを一匹で全滅させている。
である以上、たとえ喧嘩を売られても全く問題になるはずもない。
そんなことを考えながら俺はファーレンベルクにまたがったまま、後方でその白銀色の髪をたなびかせているフィナリアの方を見た。
ファーレンベルクにまたがったまま、彼女はずっと大地を見下ろしていた。
「何か面白い物でも見えるのか?」
フィナリアの様子が気になり、俺はそんな質問をした。
そんな俺の質問に、フィナリアはその長髪を抑えながらしばらく黙していた。
「…面白いかどうかは分かりませんが、こうしてみることで何かに役に立つかもしれないので見ているのです」
「何かって? なんだ?」
「何かは何かです。今の段階でどう役に立つかは分かりません。ですが、知っておくことは損にはなりません。まして今は戦の最中。こうして上空から大地を眺めることが出来るのは大きいです」
「この辺りも戦場になりそうなのか?」
俺の問いに、フィナリアはかぶりを振った。
「おそらくそれは無いでしょう。ここが戦場になる場合は、リスタコメントスとノーストンの間で戦争が発生した場合のみですから」
フィナリアがそう言った時、再び俺の中に疑問が浮かんだ。
「なあ、なんでノーストンに向かうのかは、まだ教えてもらえないのか?」
「…教えることについては問題ないのですが、到着してからお話しした方が良いと思いますので。あ、少し右へ進路を変えてください」
フィナリアの指示に従ってファーレンベルクが僅かに進路を右に変えた。
ファーレンベルクは極めて優秀なので、一度行ったことのある場所であればその方角へ真っ直ぐ飛翔できる。
しかし今から行くのはノーストン。
目的地はその王都らしいが、その位置はフィナリアしか知らないし、彼女にしても道筋は知っていてもその方角までは正確に把握しているわけではない。
こんな非常識な移動方法なのだから無理もない話なので、フィナリアは逐一方角を修正しているのだ。
まあそんな事情もあって常に下方の地面を睥睨しているのだろう。
話を聞けば俺とトリストスを救出するために帝都に向かった際にもそんな感じだったという。
「…見えてきました。ノーストンの王都カロリオンです」
リスタコメントスを出発して丸一日後、俺は初めて西の王国ノーストンの地に足を下ろした。
「……で、なんでこんなことになっているんだ?」
見るからに立派な家具に囲まれた部屋の中で、俺はそう独り言をつぶやいた。
しかしそれも今に至る経緯を見れば無理もない。
フィナリアは、土地勘のない俺の代わりにファーレンベルクへ着地地点を指示した。
のだが、その地点はノーストンの王都の中でも明らかに一番大きな屋敷……というより完全に城と呼んでいいレベルの建物の一角を指さしたからだ。
初めての土地でそんなことをして大丈夫なのかと、俺は疑問を持っていた。
しかし俺の予想とは裏腹に、城の兵士たちはファーレンベルクを珍しそうに見てはいたが、武器を向けるようなことはしなかった。
ばかりか、ファーレンベルクから降りた俺たちの前に傅き、案内されるままに俺はこの部屋へと通されたということだ。
そして驚くなかれ、俺が案内された部屋は『貴賓室』である。
で、なんで俺が一人なのかと言えばフィナリアが別行動することになったからである。
俺は兵士たちの案内でこの部屋に通されたわけだが、フィナリアは別の場所へと誘導されていた。
初めての土地でそんなことになり、当然俺は驚き戸惑った。
ファーレンベルクとフィナリアがいない状況で襲われた場合、俺は終わりだからである。
しかしそんな俺の内心を見透かしたように、フィナリアは俺に『大丈夫です』と言ってきた。なので俺は反論の余地もなくこの部屋で待たされているわけである。
兵士たちの対応も丁寧なものだったので、流れ流されこの部屋に連れてこられたということだ。
「……どう考えても普通じゃないよなー」
ここが王都であり、この建物が一番荘厳な物である以上、今俺がいるのは王城の貴賓室である。
そんなところに通されるの時点で異常事態なのだが、にもかかわらずフィナリアはまるで勝手知ったる何とやらといった様子だったのが、俺をさらに混乱させた。
やることもないので、俺は思案する。
こんな状況である以上、フィナリアがこの国の重要人物であることはもはや疑う余地がない。
ではなぜ俺をここへ連れてきたのか?
帝国の同盟国であるこのノーストンという地へ。
フィナリアの言葉を疑うわけではないが、俺はノーストンが敵ではないという前提のもとに動いている。
もしその前提が崩れていたならば、俺は敵陣のど真ん中にネギを背負ってやってきた鴨に過ぎない。
「って、そんな事」
あるわけない。
そう口にしようとした時、扉が控えめにノックされて開かれ、フィナリアが入って来た。
そして…その姿に、俺は息をのんだ。
フィナリアは普段カーナイル軍を束ねる立場のため、常に動きやすい装いをしている。
しかし今の彼女は匠の意匠が施された純白のドレスに身を包んでいる。
白銀の髪、白磁器のように白い肌、そんな彼女が純白のドレスを身にまとっているので、そんなフィナリアを見ているだけで心が洗われるような心地よさを感じる。
ドレスには金色の刺繍が施されており、白一色の中で控えめながら全体を引き立てており、その姿がさらに俺の目をくぎ付けにする。
「お待たせしましたクウヤ様」
そう言って、フィナリアは俺の向かい側に立った。
「……」
その立ち振る舞いは、普段の彼女のような凛々しさに加えて優雅さと美麗さを含んでおり、俺は完全に絶句していた。
たぶん相当な間抜け面していたんじゃあないかと思う。
半分放心していた俺だったが、フィナリアに続いて誰かが部屋に入って来たのに気が付いて気を取り戻す。
フィナリアに続いて入って来たのは、ジェクト将軍と同じくらいの年であると見て取れる壮年の男であった。
ただ、その雰囲気が人を束ねる立場にある人物特有の緊張感を持っていたので、俺はその壮年の男が相当な立場の人であると推測した。
「クウヤ様。まずは私の父上をご紹介いたします」
フィナリアは、突然そんなことを言って部屋に入って来た御仁の方を向く。
……ちょっと待て! その人がフィナリアの父親!?
突然のカミングアウトに驚く俺を尻目に、部屋に入って来た御仁は俺に対して名乗りを上げる。
「娘が世話になりました。私の名はアルザス・ノーストン。この王国ノーストンの国王を務めております」
そう言って、アルザス・ノーストンと名乗った御仁は俺に頭を下げる。
「はぁ……どうも……」
何とも当たり障りのない返答をしたが、しかし俺の内心はそれどころではなかった。
(こ、国王!? 一国の王様が俺に頭を下げるってどんな状況だ!? んでそれがフィナリアの父親!? フィナリアの親父ってノーストンの国王だってのか!? てことは、てことはだよ!?!?)
内心で大混乱する俺の前で、フィナリアはドレスの裾を摘まんで貴族らしいお辞儀をした。
「改めましてごあいさつさせていただきます。私の名前はフィナリア・ノーストン。ノーストン国王であるアルザスの娘にして、ノーストン王国の王女です」
うやうやしく礼を取ったフィナリアに、俺は完全に言葉を失った。
「全く、フィナリアの悪戯好きにも困ったものだな」
「すみませんでしたクウヤさん」
しばし石化していた俺の前で、改めてフィナリアとアルザスがそんなことを口走っていた。
石化していた俺は、しかしアルザスの一言に目を瞬かせる。
「……悪戯好き?」
おおよそフィナリアらしからぬ単語に、思わず俺は聞き返していた。
その一言に、アルザス王はため息を吐きながら口を開いた。
「ああ。フィナリアは幼いころはそれはもう手が付けられない腕白でな。今でこそ成りを潜めているが、たいそうな悪戯好きだった。大方今回も黙っていてクウヤ殿を驚かせようとしていたのだろう」
「……」
アルザスの言葉に、フィナリアは微妙に居心地が悪そうに縮みこんでいた。
「フィナリアが悪戯好き、ってしまった!」
思わず口走った失言に、俺は立ち上がって頭を下げる。
今までは知らなかったのだが、目の前にいるのは国王と王女様だ。
「知らぬこととはいえ数々のご無礼をお許しください!」
TVとかで見ていた謝り方を口にする。
合っているのかどうかも度外視して俺は頭を下げ続けた。
「…クウヤさん。まずは頭を上げてください」
フィナリアの一言に、俺は頭を上げた。
続いてフィナリアに続いてアルザスが口を開く。
「クウヤ殿。そのような些細なことは気になさらずとも構いません」
「ですが…」
「あなたは娘の恩人にして、我々の悲願の協力者。そのような方にそのような態度を取られては、こちらの方が困ってしまう」
「…で、では」
そう言って、俺は腰を下ろす。
そんな俺に、今度はアルザスの方が頭を下げてきた。
「改めましてクウヤ殿。ようこそ我が王城へお越しくださいました」
「いや、ちょっと!?」
王様が頭を下げるのはいろいろとまずいのではないか!?
などという俺の疑問を無視し、アルザスは話を続ける。
「我が娘、フィナリアと共に獣人の解放に力を貸していただいた事。心より感謝いたします」
「……」
話についていけず、俺は助け船を求めるようにフィナリアの方を向く。
眉を八の字にしたまま困った表情を浮かべる俺に、フィナリアは少しほくそえんでから口を開いた。
「父上、まずはすべてをお話ししてからに」
フィナリアの一言に、アルザスは頭を上げた。
「そうだな。まずは事情を説明せねば。フィナリアは全く説明していないのだろう?」
「私の立場を知ってもらわないと説明しにくかったので…」
微妙な疎外感を味わいながら、俺は二人の話を聞くこととなった。




