目覚め
炎を纏った炎鳥ファーレンベルクと、その炎鳥と共に現れた謎の人物。
それが、私が初めてクウヤさんと出会った時に抱いた印象だった。
これまで生きてきた中で、あのように炎を纏った巨鳥の存在など見たことはおろか聞いたこともない。
そして、当然ながらその炎鳥を従える人物の存在も自分は知らなかった。
初めて見た時は未知の魔物かと思ったものだが、ファーレンベルクには魔物特有の醜悪さや獰猛さというものがまるで見受けられず、どころか見れば見るほどに神々しくさえ思えてくるような佇まいをしていた。
そして、そんな炎鳥を従えるクウヤさんの存在は、稀有な服を纏った平凡な人族としか言えなかった。
そんなクウヤさんを見た時に、私が抱いた印象は二つ。
なぜこのような平凡な方が神鳥と呼んでも差し支えないようなファーレンベルクを従えているのかということ。
そして、なぜ人族であるクウヤさんが獣人族を助けることに何のためらいも持たなかったのかということだった。
カーナイル領内であっても人族が獣人族を忌避するという風習は僅かばかりだが残っている。
人族の町村に課せられている税額は獣人族の集落に比べてはるかに安い。
ゆえに、獣人族と共存することを選べるほどの動機を持つ人族はまずいない。
例外は自分が指揮を取っているカーナイル直属の辺境騎士団位のものだった。
だというのに、クウヤさんは炎鳥の力を用いて獣人族を救った。
そして、獣人たちはクウヤさんを慕い、屈託なく笑っていた。
その光景は、かつて自分が思い描いていた理想世界そのものだった。
知れば知るほどにクウヤさんは不思議な方だった。
この世界の常識にどこまでも疎いにもかかわらず、不思議な知識を持ち、ロウセイ様に手ほどきを受けた後、瞬く間に一流の白魔導師となり、その知識から私の魔法の技量を大きく伸ばしてもくださった。
そして、魔族が攻め込んできた際に、戦うことに恐れを抱きながら、もっとも危険な土地に向かってファーレンベルクと共に飛び去って行った。
……一体、あの出会いがどれだけ私の運命を変えたのだろう?
3年前に生まれ故郷を捨てることとなり、それ以降ずっと私はカーナイル様の元で辺境軍として生きてきた。
場合によれば、そのまま生涯を終えることも考えられた私にとって、クウヤさんと出会ってから夢のような日々が続いた。
帝国に弓を引き、奴隷民族である獣人族たちと共に彼らを解放するための歩みは、これまでのどんな日々よりも輝いていた。
疲れを忘れるほどに、私の胸は歓楽に包まれていた。
エルリオット王に自害を命じられた時にためらいがなかったのは、クウヤさんがいれば私の願いが果たされることを確信していたから。
だから、生きて約束を果たせないことを申し訳なく思いながらも、私は自分の首に刃を当てることが出来た。
……今は、出来ないかもしれない。
だって、ジェクト将軍に助けられた直後に、クウヤさんの腕に包まれて、その温もりを知ってしまったから。
いつからだろう。
私は…クウヤさんを……。
「ん……」
意識が薄れていく。
否、薄れていくのは微睡の中に映った夢の方で、意識が覚醒しつつあるのだ。
重い瞼を開けると、そこには心配そうに私を見るクウヤさんがいた。
エルリオット軍と帝国軍の挟撃を凌いで一週間後、俺は暇さえあればフィナリアの治療を行っていた。
本来なら四六時中白魔法をかけていてやりたいのだが、戦後となれば当然俺の魔法が活躍する場面である。
だから俺は魔力が欠乏する寸前になるまで治療に専念し、時間が出来てはフィナリアの看病を行っていた。
タオルを変えたり、水を飲ませたり、手を握ったりする程度の事だが、常に何かできないかと気が気ではなかった。
「ん……」
そんな俺の目の前で眠り続けていたフィナリアが、突然そんな声をあげる。
「フィナリア!」
俺がそう叫ぶと、フィナリアはその瞼をゆっくりと持ち上げた。
「クウヤ、さん」
「ああ、フィナリア、大丈夫なのか?」
「ええ。……私は、どのくらい寝ていたのでしょうか?」
「一週間くらいだな」
「…状況は、どうなっていますか?」
起きて真っ先にそんな質問をするフィナリアに、俺はわずかばかり苦笑した。
フィナリアはそのまま体を起こした。
「起きて大丈夫なのか?」
「ええ。それよりも、状況は?」
「とりあえず戦いはとっくに終わった。ここはリスタコメントスの王都に当たる場所だな」
「え? もう王都を制圧したのですか?」
フィナリアの質問に、俺はかぶりを振った。
「そうじゃなくて、ノーストンの軍隊が西から王都に襲撃をかけて制圧していたんだ。主力は全部フィナリアの方に集中してたからな」
「……」
フィナリアがこちらを見ながら先を促してくる。
俺は出来る限り分かっていることを説明する。
「フィナリアの作戦で帝国軍を打ち破った俺は、北のことをヌーアとバストラングに任せてフィナリアの援護に行ったんだが、そしたらジェクトさんの近くでお前が倒れそうだったからとりあえず回復させた。そこまでは覚えているよな」
「ええ」
静かに続きを促すフィナリアに、俺は話を続けた。
「その後、フィナリアを安全なところまで連れて行こうとした俺に、ジェクトさんが王都へ向かえって指示をしてきたんだ。敵の真っただ中に行くのを猛反対したんだけど、状況を確認してみたら王都にはカーナイル領の旗が挙がっていて、何が起こっているんだと確認してみたら、そこにはノーストン軍がいて、俺たちが来たらそのまま王都を明け渡したんだ」
「そうですか。クウヤさん。いくつか質問しても?」
「ああ。勿論」
「ジェクト将軍は、今どちらに?」
「ヌーア、サルラの二人と一緒にカーナイル軍を束ねるのを手伝ってくれている。まだあちこちで残党が暴れているんだけど、ジェクトさんのおかげで大きな問題が起こらずに済んでる。今は王都にいるはずだ」
俺の返答に、フィナリアはしばし考え込む。
「……人質になっていた子供たちは、どうなりました?」
「ああ。あいつらスゴイな。武器を持っていたエルリオット軍相手に一歩も引いてなかったぞ」
かいつまんでファーレンベルクとジェクトの二人が子供たちを援護してエルリオット軍を殲滅したと伝える。
その話を聞き、フィナリアは窓の外を見た。
「ですが、彼らは…」
「ん? 彼らってのは、始めに戦わされていた獣人たちの事か?」
「……はい」
どこか魂の抜けたような表情で、フィナリアは口元を抑えながらそう言った。
その両目からは、静かに涙が零れ落ちている。
「悪い。さすがに手遅れなのが多かった」
「…え?」
俺の返答に、フィナリアは涙を流しながらこちらを向いた。
「いや、フィナリアに応急処置を済ませた後で出来る限りの処置をしておいた。ジェクトさんが適切な指示をしてくれたおかげで8割位はどうにか生き残らせられたんだけど、さすがに全員は無理だった」
エルリオットが戦わせていた獣人奴隷5万人は、怪我こそひどいものだったが、気絶した原因は疲労の色が濃かったのが直接的な原因だった。
無理やり戦わされていた獣人たちは常に隷属魔法に苛まれており、休むことさえ許されなかったのだ。
獣人族もろともカーナイル軍を打ち抜いたエルリオット軍の指揮官は、獣人たちが戦闘不能に陥ったと判断するや戦闘の指揮に集中するために隷属魔法の発動を止めたらしい。
それによって獣人たちを苛む束縛がなくなり、彼らは眠りについたのだという。
獣人たちの体力は並外れており、中には全く手当が必要のないやつらもいたのだ。
とはいえ状況は切迫しており、ジェクトが子供たちを指揮して応急処置をさせ、それでもヤバイ奴は俺が白魔法をかけたのだ。
「さすがに手遅れの奴らがいて、そいつらの相手をしていると他の連中を治癒できないから見捨てるしかなかったんだが…」
俺の話を聞いて、フィナリアはいつの間にか両手で口元を抑えて涙をこぼしていた。
「では、彼らは」
「全滅はしていない。けど、やっぱり1万近い犠牲者が出た」
「……そうですか」
「生きてるやつらは元気そうだったぞ。お前に会いたがっていたから、後で顔見世でもしてやったらどうだ?」
「…はい。はい。そうします」
しばしそうして泣いていたフィナリアは、いつの間にか俺の胸に顔を預けていた。
フィナリア達の現場にいなかったから詳しくはしらないが、彼女たちの戦いが俺たちよりもはるかに苛酷な戦いであったことは状況から見て取れた。
そもそも、救出対象である人質と戦わなければならないという状況だけでも無茶苦茶な難題だ。
話を聞けばフィナリア達は丸二日にわたって指揮を執り続けていたらしい。
ただ起きてるだけでも俺には耐えられるものではないのに、フィナリアはその間休まず指揮を執り続けていたというのだ。
その直後に獣人もろともエルリオット軍に攻撃され、正規軍を相手取り、打ち破ったかと思えば新しい人質を取られ、一度は自分で首を掻き切ろうとまでしたらしい。
(ほんとに、良く生きていてくれた)
俺の胸の中で泣き続けるフィナリアの頭に、気が付けば俺は手を置いていた。
絹のように艶やかな彼女の髪からは、とてもいい香りがした。
「……ごめんなさい。もう、落ち着きました」
しばらく泣いていたフィナリアは、そう言って俺から離れた。
……少し残念。
「クウヤさん。ジェクト将軍は、今この王都に?」
「ん? ああ、多分兵舎の方にいると思う。というかフィナリア。知り合いなのか?」
「ジェクト将軍から聞いていないのですか?」
「ここ最近ずっと忙しくってな。何より、お前のことが心配で他の事に気が回らなかった」
俺がそう言うと、フィナリアはこちらを見て目を丸くしている。
ん? 俺そんな変なことを……言ったな。
「あ、いや、これは、その」
シドロモドロになりながら俺の方が赤面する。
その様子に、フィナリアはクスリと笑ってベッドから起き上がった。
「とにかく行きましょう。道すがら、お話ししますので」
「お、おう。起きて大丈夫なんだな?」
そう言う俺に、フィナリアは頷いて応じた。
「私の生まれと育ちはノーストンなんです」
「ノーストン? 西の方にある帝国の同盟国だったか?」
俺の反応にフィナリアは頷いた。
人間界の大雑把な地理は、真ん中にトルデリシア帝国。東にシェルビエント。南にリスタコメントス。北にフォルシアン。西にノーストンとなっている。
大まかに言えば、シェルビエントは独立。フォルシアンは鎖国。リスタコメントスは属国となっている。
んでもってノーストンというのは帝国の西側に位置する魔界から最も遠い土地で、帝国とは同盟関係にあったはずだ。
「…考えてみれば、なんでノーストンが今回の一件に協力するんだ? 帝国との同盟国なんだろ?」
「逆にお聞きしますが、帝国の同盟国であれば帝国側に協力すると思いますか?」
俺の疑問にフィナリアがそう答える。
その問いに、俺は少し考え首を横に振る。
元の世界でもそうだが、同盟国だからと言って無条件に力を貸すようなことは極めて珍しい。
国同士の問題はいつだってメディアを騒がせている。
「相手に協力するかどうかを決めるのは、同盟という名目ではなく、相手のために動きたいという衝動です。そう言う意味では、ノーストンにとって帝国との同盟は文字通り形だけのものだったということです」
「…きっぱり断言するな」
フィナリアの断定気味の一言に、俺は思わずそう言った。
それに対してフィナリアは軽く頷く。
「ジェクト将軍は、ノーストンにいた時に私に魔法と剣術を教えてくれたんです。私から見れば師匠に当たる人物ですね」
「ああ、そういうつながりなのか」
ジェクト。
ロウセイ師匠よりも一回りは若いだろうが、充分オッサン…もとい壮年と言っていい年齢だったが、そんなつながりがあったのか?
しかしどこかで聞いたような名前だが……あ!
「なあフィナリア。ジェクトって、前に言ってたノーストン最強の将軍の名前か!?」
俺の質問に、フィナリアは再び目を丸くした。
「……今、気が付かれたのですか?」
「……おう」
微妙な空気が流れる。
なんかさっきから自爆してばっかりだな俺。
「というか、そんな人に師事していたって、フィナリアは何者なんだ?」
師匠と肩を並べるような超人に鍛えられたならフィナリアが異様に優秀なのも納得がいくが、だからと言ってそんな人と知り合いだということがすぐに納得できるかどうかは別問題だ。
そう思った俺の質問に答えようとして、俺たちは兵舎にたどり着いたことに気が付いた。
「すぐにわかります。まずはジェクト将軍に挨拶をしてからでよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。構わない」
そう言って俺たちは兵舎の門をまたぐ。
直後、兵舎内に入って来たフィナリアを目撃した兵士たちが驚き戸惑い、何やらワラワラと集まってきた。
そして、気が付けば取り囲まれていた。
フィナリアはさっきまで寝込んでいたんだ。
こいつらから見れば眠り込んでいた美人のカリスマ指揮官がいきなり出歩いているんだから当然と言えば当然だろう。
俺が無言で背中を押してやると、フィナリアは頷いてその口を開いた。
「皆さま。ご心配をおかけしました。私はもう大丈夫です。これからもよろしくお願いします」
そう言って、フィナリアはぺこりと頭を下げる。
直後、集まっていた兵士たちから歓声が上がった。
誰もがフィナリアの無事を喜んでいた。
「随分な人気ですね。フィナリア様」
そんな人垣をかき分け、目的の人物が現れる。
「ジェクト将軍。お久しぶりです」
「…もう大丈夫そうですね」
フィナリアに挨拶をされ、ジェクトがこちらに向き直る。
兵士たちに囲まれたフィナリアは、ジェクトに向かって頭を下げた。
「ジェクト将軍。このたびは本当にありがとうございました」
「およしください。あなたが危険な時に手を貸さない理由がありません」
そう言って、ジェクトは照れ臭そうにしていた。
そんなジェクトに向かって、フィナリアは頭を上げて再び口を開いた。
「ジェクト将軍がいなくてノーストンは大丈夫なのですか?」
「まあ、今のところは。それよりこっちの方が大変でしょうから、当面はこっちに滞在します」
「…では、少し留守をお願いしてもよろしいでしょうか?」
突然そんなことを言いだしたフィナリアに、ジェクトは目を細めた。
「戻られますか?」
「はい。戻って、始めようと思っています」
「分かりました。こちらも報告をまとめてありますので、まとめて持って行ってください」
「分かりました」
「何の話だ?」
周囲を置いてけぼりにして話が進む二人に、俺は口を挟んだ。
そんな俺に、フィナリアは向き直った。
「クウヤさん。一緒に行っていただきたいところがあるのですが、同行をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「俺に頼むってことは、ファーレンベルクを使った長距離移動ってことか?」
「はい。お願いします」
フィナリアはそう言って頭を下げた。
病み上がりでいきなり無茶をするなと言いたかったが、頭を下げられるとどうにも弱い。
フィナリアなりにどうしても行かなければならない事情があるようなので、とりあえず同行することにした。
「で、目的地はどこなんだ?」
俺の質問に、フィナリアは頭を上げて答えた。
「ノーストンです」




