最強の援軍
「バストラング様!? どうしてここに!?」
突然部屋の中に現れたバストラングに、フィナリアがそんな驚愕の声をあげた。
「村にいる、俺ムリ」
「…言っている意味がよく分からないんだが?」
俺がそう言うと、バストラングは懐から布切れを一枚取り出した。
「すまん。喋るの、まだ苦手。これ」
そう言って俺にその布きれを渡してきた。
そこには何やらよく分からない模様が描かれていた。
「…なんて書いてあるんだ?」
「クウヤさん、文字が読めないんですか?」
フィナリアの質問に、俺はそれがこの世界の文字だということに気が付いた。
なぜか言葉がわかる俺だが、文字は無理らしい。
「あ、ああ。実はそうなんだよ。読んでくれないかフィナリア?」
「分かりました」
そう言って俺から布きれを受け取ると、フィナリアはその内容を読み上げた。
『拝啓。兄に代わってご挨拶いたします。私達兄妹は、あなたたちに返しきれない恩義があります。助けていただいた上で、故郷へと帰る許可まで下さったことには本当に感謝しております。しかし、これまでのご恩を返せなければ私たちの心に本当の意味での安息は訪れません。私では足手まといになるでしょうが、兄の力は義勇軍にとっても重宝するものだと思います。どうか私たちの恩返しだと思い、存分にお使いください。兄も何よりそれを望んでいます。アイル』
フィナリアが読み上げた文章を聞いて、俺は武者震いが走った。
俺とフィナリアがバストラングの方を向くと、巨漢の獣人はこちらを向いて頷いた。
ここに書かれていることが自分の望みだと。
「なあ、バストラング。お前の村へは片道4日って言ってたろ。まだ6日しかたってないが、なんでだ?」
「俺も、カルシオも、急いだ。力貸すため」
俺たちのために急いだ。それを聞いて、俺は再び武者震いが走った。
フィナリアの理想が、バストラングという怪物に忠誠を誓わせたと。
「フィナリア。さっき言ってたよな。バストラングがいれば、攪乱は十分にできるって」
「…それは」
「あるいは、フィナリアがバストラングを連れて行くか?」
「いえ、それは…」
歯切れの悪いフィナリアに、俺は今一度向かい合った。
「フィナリア。バストラングが合流してくれた今、帝国は俺たち二人だけで十分だ。頼む」
そう言って俺は頭を下げた。
これは俺からできる最後の気遣い。
少しでも多く兵士を連れて行ってくれという懇願だった。
フィナリアはしばし言葉に詰まっていたが、すぐにその口を開いた。
「……では、クウヤさんにはバストラング殿と共に帝国軍を迎撃してください。ですが、くれぐれも無茶はなさらないでください」
「了解。さっさと片付けて加勢に行くさ」
しばしそんな問答を繰り返したのち、フィナリアは全軍を率いて西へ、俺とバストラングはファーレンベルクに乗って北へ向かった。
リスタコメントスという国は、名目上は独立しており、そのことは地図上からも明らかである。
しかしその実態はトルデリシア帝国の属国である。
なぜならリスタコメントスという国を束ねる国王は、代々トルデリシアの侯爵家から選抜されており、膨大な貢物をトルデリシア帝国に収めるために国内の人々を働かせているからである。
奴隷民族である獣人族は当然だが、その重税は人族であっても例外なく襲い掛かる。特にエルリオット侯爵がリスタコメントスの国王に就任してからはその重税はより顕著になった。
そのためリスタコメントスの国王であるエルリオット帝国侯爵の領土の国民の不満は決して小さくない。
だがしかし、かの地において反乱が起きたことは一度もない。
なぜなら、エルリオット国王がある一つの政策を打ち立てたからである。
それは、獣人奴隷の戦力利用。
反乱が起きた際に、地方領主が隷属魔法をもって近くの獣人たちを強制的に徴兵させるという悪魔の策である。
各領地の納税額は決まっている。
そしてそれは労働力が減ったからと言って変わるものではない。
つまり、それが獣人族であれ人族であれ、領地内の働き手が減るというのはその土地の領民にとっては死活問題なのだ。
本来ならばこれは領主の責任になるのだが、狡猾なエルリオットは、その法に従って領民が全滅したとしても領主には責任を追及しないということを触れ回った。
もしこの状態で重税に対する反乱を領民が起こしたとすれば、反乱分子は身体能力に優れた獣人奴隷たちを差し向けられて滅ぼされ、もし打ち勝ったとしてもその時には万全の正規軍に滅ぼされることとなる。
そして残された人々に待っているのはこれまでをはるかに上回る重税である。
最悪なことに、エルリオットはその方法で領土の一部が潰れたとしても見せしめとして利用する気満々だということだ。
領民全体が領主と差し違えるような死生観を持たない限り、領民の誰もが雁字搦めとなって奴隷のように働き続ける日々を送る。
それが今代リスタコメントスの王であるエルリオットの作り出した悪魔の法律である。
「しかし、これまで一度もこの法律を執行したことは無いのだがな」
リスタコメントスの王都。
その中央にそびえる王城の一室にて、エルリオットはワイン片手にそうつぶやいた。
重税に耐え切れずに反乱を起こそうとすれば、その領民たちは働き手である獣人たちと同士討ちとなり各地への見せしめとなり、最後は国王であるエルリオットの独り勝ちとなる。
領内の賢しい者達はそのことをよく理解しているため、頭のまわる者のほど動きが取れなくなるという寸法だ。
この法律があるがゆえに、リスタコメントス内の半分を占めるエルリオットの広大な領地内では一切の反乱が起こっていない。
本来であれば反乱の主導権を握るであろう賢しき者達ほどこの法律の真意に気が付くからである。
すべてはエルリオットの計算通りに運んでいた。
かけた重税は問題なく回収され、反乱は一度として発生しない。
そんな状況に、しかしエルリオットは一つだけ不満があった。
一度として見せしめを行うことが出来なかったことである。
リスタコメントス国内の民は驚くほど速やかに法律の真意を悟り、逆らうことが無意味であるどころか自分たちの首を絞めることを理解して死に物狂いで働くことを選んだのだ。
ゆえに唯一ある不満が、自分の政策がどれほどの威力があるかということであった。
そして、今その不満のはけ口が現れたのだ。
「ふふふ。予定とは違ってしまったが、まさかカーナイルがマトワールを下すとはな。しかし、この私はあのような愚か者とはわけが違うぞ」
リスタコメントス国王にして帝国貴族であるエルリオットはワインを口に運び、にやりと笑みを浮かべる。
敵は獣人解放を目的とした一団。
なぜそのようなことをしたがるのかは知らないが、報告を聞く限りその価値観は徹底している。
「だからこそ、今回の一戦は奴らにとって致命的となるだろうな」
獣人族の解放を謳う者達が獣人族に刃を向けられる。
その獣人たちを敵と定めて刃を振るえば獣人解放という大義名分は露と消えるし、もしそうならなくとも双方に深刻な被害が出るのは間違いない。
いずれにせよ、開放する対象である獣人たちが隷属魔法で無理やり戦っていると知れば敵の刃は少なからず鈍る。下手に皆殺しにすればこの土地の獣人たちと彼らには大きな禍根が残る可能性がある。
それを恐れて刃が鈍るのならば格好の獲物だ。
もしそうでなかったとしても疲弊させれば後は正規軍がとどめをさせる。
元々兵力差で圧倒できているというのに、そこに守るべき対象が倒すべき敵の盾として現れれば敵に勝ち目がないのは当然だ。
「しかも、こちらは無理に勝つ必要もないときた」
そう呟き、エルリオットは再びワイングラスを傾ける。
何しろ今回の戦にはどういうわけか帝国軍までしゃしゃり出てきた。
こちらは西から、帝国軍は北から襲撃をかけるので、無理に勝とうとしなくても敵兵をある程度引き付けておけば後は帝国軍が片を付けてくれる。
それに帝国軍が敗れたとしても、少しでも敵を疲弊させてくれれば敵にとどめを刺すことはたやすい。
「帝国がカーナイル領に乗り込んだ場合は私の取分が少なくなるが、デメリットもその程度しかない。全く、どう転んでもこちらが有利となるのだから笑いが止まらん」
そう言って再び手にしたワイングラスを傾ける。
その時、部屋の扉がノックされ、軍人らしき男が入って来た。
「なんだ?」
「領土の境界付近にて敵軍が現れたとの通信が入りました。その数はおよそ2万ほどです」
「……なに?」
報告を聞いたエルリオットは、僅かばかり眉を潜ませた。
エルリオットの概算ではカーナイル軍は多く見積もって2万程度である。
だというのに、その全軍がこちらに向かってきているという報告に、エルリオットは眉を寄せざるを得なかった。
「ならば、帝国側にはどれほどの兵力が向かっている?」
「そ、それが、1000名程度の小規模な部隊が向かっているとの報告が…」
部下の報告に、エルリオットはさらに眉を顰め、もう一つ質問を下す。
「こちらに向かってきているカーナイル軍には、件の怪鳥は確認されたか?」
「いえ、有りません」
その報告に、エルリオットは眉の皺を解き、代わりに口元を歪めた。
帝国軍5万を放置するような愚図がマトワールを寡兵で滅ぼすことなどできはしない。
となれば、件の怪鳥は北の帝国軍を迎撃しに行ったのだろうとエルリオットは当たりをつけた。
エルリオットにとっての最大の懸念はその怪鳥にあったため、それが帝国軍に向かっているというのは喜ばしい報告だった。
「全軍に指示を下せ。獣人たち全員をぶつけ、敵を押し潰すに伝えろ。獣人どもが全滅しても構わん」
「分かりました。全軍にそう伝えます」
そう言って、部下は部屋を後にする。
「所詮奴隷などいくらでも変えのきく駒に過ぎん。そんな連中を使い捨てるのにためらいなど覚えるはずもない」
そんな独白をこぼし、エルリオットは空になったワイングラスに再びワインを注ぐ。
いったい自分の描いたシナリオがどのような結末を描くのかが楽しみで、ワインの味が一層美味に感じた。
「いたいた。こうしてみると……数多いな」
そう言って俺は兵を率いてフィナリアの指示された地点へと到着した。
そこはあちらこちらに岩山があるだだっ広い平原であり、敵軍はまず間違いなくこの平原を通るとフィナリアが断言した地点だ。
現在俺はバストラングと共にファーレンベルクに乗っている。
「クウヤ。はじめるか?」
俺の背後に座るバストラングがそんな質問をする。
その質問に俺は首肯した。
「やっちまうか」
「…わかった」
そう言うと、バストラングは背にしていた戦斧を手にした。
フィナリアは全軍を率いて西へ向かい、俺はバストラングと共に北へと進軍した。
「さて、なら始めるぞ」
「ピュィ!」
了解とばかりに頷き、ファーレンベルクが一気に下降する。
今回の目的は奇襲による帝国軍の殲滅であり、一切の手加減の必要はない。
急降下しながら、ファーレンベルクは既に口内に炎を蓄えている。
「焼き払え!」
「ピュァァァアアアアアア!!!!」
大気を震わせるような鳴き声を上げ、ファーレンベルクが帝国軍に向かって突撃しながら火炎放射を放つ。
突如現れたファーレンベルクが奇襲をかけてきたため、帝国軍は目に見えて狼狽しており、それだけで陣形が乱れているのが見て取れた。
そんな状況の帝国軍など相手になるはずもなく、ファーレンベルクは火炎放射を吐きながら真っ直ぐに帝国軍を縦断した。
「ぎゃああああああ!!!」
「あ、アアアアオオオオオオ!!!!」
眼下で無数の帝国兵が悲鳴を上げている。
しかし悲鳴を上げている彼らは運がない。
なぜなら、それはファーレンベルクの炎の余波を受けて大火傷を受けたものだからである。
真正面からファーレンベルクの炎を受けた帝国兵は消し炭も残さず蒸発している。
今回、俺はファーレンベルクに手加減をするように命令をしていない。
ゆえに火炎放射の威力も当然加減されていない。
「もう一発だ!」
「ピュウウウウウアアアアアア!!!!」
俺の指示に、ファーレンベルクは再びその口内に炎を蓄える。
「やれ!」
俺がそう命じると、ファーレンベルクが再び火炎を放射する。
しかし、二度目の火炎放射は帝国兵を焼き払えなかった。
帝国の魔導師部隊がファーレンベルクめがけて無数の魔法を放ってきたため、その魔法が火炎放射の威力を大幅に削り取ってしまったからである。
「上に逃げろ!」
「ピュア!」
俺の指示に、ファーレンベルクは迷わず上空に向かって羽ばたいた。
下方からは魔導師部隊の魔法攻撃が雨あられと打ち上げられている。
いくらファーレンベルクであっても、あれだけの集中砲火を受ければただでは済まない。
魔法が弱点なのは理解している。
ゆえに、これから俺がやることは決まっている。
「いけますか?」
俺の問いに、後方に座っていた獣人が頷き立ち上がる。
ファーレンベルクにまたがった状態の俺の頭の天辺部分にバストラングの膝が見えた。
「まか、せろ」
短くそう告げ、バストラングは5万という帝国軍全体が見渡せるほどの上空から、まるで散歩に出かけるような気軽さで飛び降りた。
「な、何か落ちてくるぞ!」
「撃ち落とせ!」
帝国軍の魔導師部隊が撃ち落とそうとするが、高速で落下するバストラングはファーレンベルクに比べてしまえばあまりに的が小さく、ほとんどの魔法がかすりもせずに通り過ぎていく。
時折命中している魔法も見て取れるが、しかしバストラングはそれを手にしている戦斧で打ち払っている。
「お、落ちてくるぞ!」
「退避、退避しろ!」
バストラングの落ちる地点の兵士たちがその地点を回避する。
俺の目には帝国軍の陣内にぽっかりと穴が開いたように見える。
ズドオオオオオオン!!!!
そのぽっかり空いた陣内に、凄まじい勢いでバストラングが突っ込んだ。
当然のごとく土埃が舞い上がり、その一帯を覆い隠す。
「……なんだ?」
「岩、か?」
その光景に、帝国軍の兵士たちは戸惑っている。
確かにこれだけ見ればただの不発弾を俺が落としたように見えるだろう。
しかし、落としたのは不発弾などではない。
ズバン!!!
直後、土埃の中から振るわれた斧が帝国軍の兵士の首を切り飛ばした。
それも軽く5人を一薙ぎで、である。
「な!?」
突然隣で首と胴が泣き別れとなった同胞を見ていた帝国兵の目の前に、土埃をかき分け、一人の巨漢の獣人がその姿を現した。
「な、じゅ、獣人だと!?」
「で、デカいぞ!」
「馬鹿な! あの高さから落ちて、無傷だと!?」
そんな驚愕を浮かべながら、帝国兵たちはバストラングめがけて魔法を紡ぎあげようとした。
しかし。
ズバン!
上空にいる俺の耳にさえ響いてくるほどに鋭い音を立てながら、バストラングは目にもとまらぬ速さで戦斧を振るった。
「なああ!?」
直後、再び帝国兵の驚愕の声が上がる。
バストラングめがけて魔法を紡ごうとしていた帝国の魔導師部隊が、突如血しぶきを上げて倒れ伏したからである。
「……」
そして、二振りで二桁の帝国兵を屠った獣人は、無言のまま腰を落とした。




