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解放作戦・中

「あれがマトワールの屋敷か?」


「ええ。その通りです」


 俺の質問に、カルシオがそう答える。

 今、俺とカルシオはファーレンベルクの背に乗ってマトワールの屋敷のはるか上空にいる。

 ノスタリアの町よりも大きな町だが、現在ファーレンベルクはその街並みが全て見えるほどの上空を飛んでいる。


 町の中心部に一際大きな屋敷が立っており、一目見て偉いやつがいると分かったのでカルシオに聞いてみると、カルシオはそれを首肯した。


「なら、あそこにマトワールがいるってことなんだな」


「はい。恐らく」


「よし。ファーレンベルク」


 俺が名前を呼ぶと、ファーレンベルクはこちらを向いた。


「突っ込め」


「ピュアアア!!」


「え? 突っ込めって、えええええ!!!!」


 俺が指示するとファーレンベルクは即座にマトワールの屋敷に向かって垂直降下を始めた。

 カルシオは突然のことで戸惑いながら必死にしがみついている。

 

「な、何をするつもりですか!?」


「作戦通りだろ。フィナリア達が全軍を引き付けている間にマトワールを捕まえるんだよ」


「いや、それは知ってますけど、まさか……」


「そう。正面突破」


「聞いてませんよ!!」


 カルシオが喚いているが、すでに賽は投げられた。

 ファーレンベルクの体から炎が燃え上がり、その全身を深紅に染め上げる。


「熱…くない? どうなってるんです?」


「こいつの炎は、味方が触れても問題ないんだよ」


「そんな、出鱈目だ」


 明らかに燃え盛っているのに全く熱くないという現状に戸惑うカルシオを余所に、ファーレンベルクは見る見るうちにその高度を下げていく。


 そしてそのまま屋敷へ激突した俺たちは周囲を見渡してみて一人の小太りの男を発見した。

 明らかに身なりがよく、一人で使うには広すぎる私室から、目の前に転がっている男がマトワールなのではないかと思い俺はカルシオに問いかけた。


「こいつがマトワールなのか?」


 俺の問いに、カルシオはファーレンベルクの陰に隠れながらコクコクと頷いている。

 一応カルシオも奴隷なので、マトワールに見つかると面倒なことになるのでとりあえずその判断は間違っていない。


 そんなカルシオから目を離し、俺は目の前でひっくり返っているマトワールの元へ歩み寄る。


「よう。あんたに聞きたいことがある。ファーレンベルク」


 俺がそういうと、ファーレンベルクがその大きな鉤爪でマトワールを抑え込んだ。


「バストラングって獣人は知ってるな」


 俺がそう質問したが、マトワールは口をパクパクさせているだけだった。

 放心しているようだ。


「はぁ。ファーレンベルク」


「クルゥ」


 俺の意図を察したファーレンベルクが、鉤爪に薄く炎を纏わせた。

 

「あ、ああああ!!!」


 するとマトワールは正気に戻ったように熱がり出した。

 自分が燃えていることに気がつたようだ。

 その様子を見てファーレンベルクが燃やすのをやめる。


「まあとりあえずはこれでいいとして、質問に答えてもらおうか。バストラングは知っているな?」


「な、何もだお前たちは! わ、わしをだれだと!」


「はぁ。燃やせ、ファーレンベルク」


「な、ぎゃあああああ!!!」


 俺の指示にファーレンベルクは再びその鉤爪に炎を宿らせた。

 叫び声がうるさくてかなわないが、とりあえず素直に質問に答えてくれないと話が進まない。

  

 それに、カルシオから聞いた話の限りだと、バストラングとその妹アイルに対する仕打ちはとても人道的とは言えない。

 初めて会った相手だというのに、こんな拷問じみた真似をしても平気なのは、俺がこいつに対して一切ポジティブな感情を抱いていないからだろう。


 片手を上げて俺はファーレンベルクに止めの合図を送る。

 ファーレンベルクの炎は便利なもので、服を焼かずにマトワールだけを焼くことが可能らしい。


「質問に答えろ。そうすれば別に危害は加えない」


「き、貴様、こんなことをして」


「…燃やせ」


 再び悲鳴が部屋に響き渡る。

 自尊心が強そうだったのでしばらく続けていたが、突然その悲鳴が弱くなった。


「あ、ちょっとタンマ」


 ファーレンベルクにそう言って炎を消させる。

 どうやら焼きすぎたせいで焼き豚一歩手前になっているようだ。

 このままだと質問もままならないので白魔法をかけてやることにする。


「が、ああが」


 少しかけてやるとマトワールはそんな悲鳴を上げながら意識を取り戻した。

 白魔法はどちらかと言えば応急処置に使うのが正しい方法なので、全快させてやる必要がないのはとてもやりやすい。


「さて、質問の続きだ。バストラングってやつは知っているか?」


「お、お前、ただではおか」


「もやせ」


 なんかまた寝言ほざきそうだったので問答無用でファーレンベルクに燃やさせる。

 もうなんか止めるタイミングを計るのが面倒だったので、悲鳴が聞こえなくなってから治療することにした。


(見事な白魔法の無駄使いな気もするが、まあいいか)


 そうして治療し、また俺が同じ質問をした。


「なあ、バストラングを」


「殺す、殺してやる」


「モヤセ」


 んで再び治療。


「だから、バストラン…」


「お前のような奴に、何も!」


「も☆や☆せ」


 なんか慣れない拷問の繰り返しでテンションが変になってきた。

 カルシオがドン引きしている気がするが、まあとりあえず放っておこう。


 さっきから全身大やけどを負っては回復するを繰り返して半死半生のはずなのだが、マトワールはまだ罵倒する元気が残っているようだ。

 精神的にはものすごくタフだと感心する一方で、話を始めることも出来ない現状に苛立った俺は作戦を変えて口を押えこんだ。


「おいあんた。状況がわかっていないようだから言っておくが、俺の目的を果たすためにはあんたを殺しても何の問題もない。というか、その方が手っ取り早いくらいだからさっさとそうしちまいたいくらいだ」


 なるべくドスを効かせて俺はそう凄む。

 喋ることができないのでこちらを睨んでいたマトワールの目に戸惑いが浮かんだ。

 罵詈雑言を口にすることができないのでこちらの話に耳を傾けざるを得ないようになっているようだ。


「だから質問に答えなければお前を殺す。というか、俺が白魔法をかけなければお前もう何度も死んでるぞ」

 

 好都合とばかりに畳み掛ける。

 ついでに火傷が酷そうなところを踏んづけると無茶苦茶暴れたが、暴れたせいでかえって激痛を引き起こしたらしく目を血走らせて苦しんでいた。

 どうやらさっきまでは頭に血が上っていて痛みを無視できていたらしいが、今頃になって頭が冷えたらしい。


「そこらへんは理解したか? 回復魔法をかけてやればもう少しはマシな状態にしてもやれる。分かったら俺の質問に答えろ」


 そう言って俺は抑えていた口を離した。

 少しは物わかりがよくなったのか、喚くようなことはなくなったが、今度は目を血走らせながらこちらを睨んでいる。


「いい加減質問に答えてもらうぞ。バストラングを知っているな。あの巨漢の獣人だ」


「……知っている」


 こちらを向いて憮然とそう返すマトワールに少し苛立ちを覚えたが、時間がないのでとりあえずそのまま質問を続けた。


「なら、その妹はどこにいる」


「…そんなことを知って、何を」


「もやすぞ?」


 ファーレンベルクを指さして俺がそういうと、マトワールは頬を引き攣らせながら答えた。


「……隣町の兵舎にいる」


「そうか、ならまずはそこに行くとするか。ああそうだ、当然お前にもついてきてもらうぞ」


「な、何! なぜだ!」


「当然だろ。敵の言葉を鵜呑みにする馬鹿がいるかよ。アイルが見つかるまでお前はこのままこいつに掴まれっぱなしだからな」


「くっ」


 歯を食いしばりながら、マトワールはこちらを睨みつけている。

 しかし再び俺がファーレンベルクを指さすと、憎々しそうにその口を開いた。


「…この屋敷の地下牢だ」


「やっぱりか」


 バストラングを飼い殺すなら、人質は目の届くところに置いておかなければならない。俺もフィナリアもそう考えていたのだ。

 だというのに隣町などというから明らかに俺を追い払うための嘘だと思ったわけだが大正解のようだ。


「よし。ならそこに行くか」


「ま、待て、質問には答えたぞ! 約束通りわしを治せ!」

 

 ファーレンベルクに踏まれたまま、マトワールはそんなことをのたうつ。

 多分、今の俺は相当呆れた顔をしていると思う。


「何勝手に曲解してやがる。アイルが見つかったらに決まってんだろ」


「ふ、ふざけるな! わしを誰だと!」


「モ・ヤ・セ☆」


 俺の言葉にファーレンベルクが再び炎を灯す。

 焦げたマトワールに軽く白魔法をかける。


「き、貴様、何もかもお前の思い通りになると…」


「ま、そう言いたくもなるよな。ところで、隷属魔法は発動しない方がいいぞ。大方それでアイルを殺そうとか考えているのかもしれんが、妙なことしたら今度こそこいつに焼き殺させるぞ」


 俺の言葉に、マトワールは驚愕の表情を浮かべる。

 おおよそ考えられる状況と対処法はあらかじめフィナリアが考慮してれている。

 彼女の想定外の事があれば俺が臨機応変に対応する必要があったが、どうやらそれはなさそうだ。


「よし、カルシオ。行くぞ」


「あ、ハイ」


 そう言って俺とカルシオはファーレンベルクに飛び乗る。


「ファーレンベルク。この地下牢とかに行くぞ」


「ピュアアアアア!!!」


 そう叫び、ファーレンベルクは大きく羽ばたき上空へと飛び上がる。

 当然その鉤爪にはマトワールを捕らえたまま。


 直後、ファーレンベルクはその身を再び炎に包み、大きく羽ばたきバク宙して真下を向いて降下した。

 

 

 





「……兄さん」


 石畳みに覆われた地下牢内でバストラングの妹アイルは泣きながらそうつぶやいた。


 兄バストラングが巨漢の獣人であるのに対し、妹のアイルは小柄で、誰が見てもかわいらしいと表現するような整った顔立ちをしている。

 しかしその少女は涙を流し続けており、その瞼は持ち上がらないほどに腫れ上がっている。 


 数年前、クルドと呼ばれていた人族の貴族に父と母を殺されて以来、彼女はずっとこの地下牢に捕らえられていた。 

 その身は痩せ衰えており、誰の目にも十分な食事を与えられていないことは目に見えていた。


「兄さん。ごめんなさい」


 その石畳に少女の涙が零れ落ちる。

 自分が捕らえられているのは、ひとえに兄のための人質だ。

 兄は豪胆な人物だ。隷属魔法をもってしても、殺されるまで意思を曲げることは無い。

 

 だからこそ自分はここに囚われ続けているのだ。


 アイルはこの地下牢に囚われてから涙を流さなかった日がなかった。

 その瞼は赤く腫れ上がっており、痛みで泣けなくなるほど瞼が腫れ、それが治ってはまた泣き腫らすということを繰り返してきた。


 目の前で父と母が殺されたときの絶望。

 そんな非道を笑いながら行った人族の非情さ。

 ただ見ることしかできなかった自分の不甲斐なさ。


 そして何より、誰よりも強く優しい兄が、自分のために望まぬ主を仰いでいる事。

 その全てが彼女の心を悲しみに染め上げた。

 だから彼女は泣いていた。泣かない日がなかった。

 瞼は常に赤く腫れあがり、ここ一年は最早目を開けた記憶さえなかった。


「いっそ、私が死んでしまえば」


 兄は縛られることなどないのに。

 幾度もそう考えては首を振ってそれを否定する。


 隷属魔法は、対象を殺すことさえ容易な魔法。

 もし自分が死んだ場合、兄は死を顧みずにマトワールに戦いを挑むだろう。

 そして手綱を握れなくなった兄は容赦なく捨て去られてしまう。


 マトワールが意図しているかどうかは知らないが、私と兄は互いが互いの人質となってしまっている。


 だからこそ私は死を選べず、兄もマトワールに逆らえない。

 だから私は泣くしかないのだ。ただ悲しみに耐えるしかできないのだ。


「ごめんなさい。兄さん」


 泣きながらそうつぶやいたアイルの頬から、再び涙が地に落ちた。




 

 その時、アイルの耳に何かが砕けるような音が響いた。

 それもただ何かが砕けた音ではない。

 例えるなら大岩が上空から地面にぶつかり砕けたような音が響き渡ったのだ。


「……え?」


 何が起こったのかを確認するために泣きはらした眼を開けようとしたが、腫れあがった瞼は開けることが出来なかった。

 

 そんな彼女の耳に、とても懐かしい声が聞こえた。


「アイル! 大丈夫かアイル!」


「…その声、カルシオさん、ですか」


 幻聴と思いながらも、思わずアイルはそんな問いを口にした。

 しかしそれは幻聴でも何でもなく、再びその声がアイルの耳に響いた。


「そうだ!俺だよ!カルシオだ!」


「カルシオさん。本当に、カルシオさんなのですか?」


「ああ、そうだ、助けに来たんだ!」


 その言葉に、しかしアイルは頭が一気に冷えた。

 ここは地下牢。とても安全と言えるような場所ではない。


「…それは、無理です。私が逃げれば兄さんがただでは済みません。逃げることなど、出来ません」


 そう告げたアイルの耳に、しかしカルシオは言葉を続けた。


「出来るさ! 君の兄さんも助けられる! 君も、みんなも!」


「…不可能です。助けに来てくれてありがとうございます。それだけで十分ですから、マトワール卿に見つかる前に逃げてください」


「見つかるって、こいつにか?」


 アイルの耳に聞き覚えのない声が聞こえた。


「あ、あなたは?」


 目の見えないアイルは、思わずそう質問した。


「俺はクウヤ。単刀直入に言うが、バストラングを助けるために君の力がいる。だから一緒に来てほしい。隷属魔法の事なら気にしなくて大丈夫だ。契約者のマトワールはここでのびているからな」


「クウヤ、さん?」


 クウヤと名乗った人族らしき男の人の言葉を聞き、アイルは再びカルシオの声のした方を向く。


「そうだアイル! 君が一緒に来ればお兄さんを助けられるんだ! だから来てくれ! 俺たちと一緒に!」


 半信半疑ではあった。

 本当にマトワールが隷属魔法を使役できない状況にあるのかという疑問もあったし、それを告げたクウヤと言う人物が味方のかとも思った。


 だが、それ以上に、自分がここを出れば兄を救えるという言葉がアイルの足を動かした。

 

 兄を助けるために、自分が必要。

 これまでずっと兄をこの場に縛り付けるだけだった自分が、兄を助けるために必要なのだということに、アイルは自分の心の闇が僅かに晴れるのを感じた。


「来てくれるか?」


 クウヤと名乗ったひとの言葉に、アイルは頷いた。

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