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解放作戦・上

 カーナイル軍がマトワール領の主都へ向けて進軍を開始した。

 その報告を受け、マトワール軍は首都の防衛を固めていた。


 カーナイルの軍は正規軍と義勇軍を交えて総勢5000名。

 実際には領地の防衛のために領内に同数が残っている。

 

 対してマトワール領はカーナイル領の倍以上の敷地を持っており、保有する兵力もほぼそれに比例している。

 そしてそんな兵力のほぼすべてが首都の防衛にあたっており、総勢はおよそ2万名となっている。

 

 これに対してマトワール軍の中には寡兵のカーナイル軍をあざ笑う者達が多かったが、中にはそれを笑うことができない兵士たちが混じっていた。

 それは前回の戦で義勇軍に敗北した兵士たちである。


 マトワール軍には二種類の部隊が存在する。

 一つは先日義勇軍と衝突したクルド率いる領土の境界を守る兵士たち、通称辺境兵。

 もう一つはマトワール直属の正規兵である。


 正規兵になるには、マトワールの認可を受けなければならないため、境界を守る兵士たちと比べると身なりや配給が良いため、彼ら正規兵は辺境兵を見下す傾向がある。


 今回の首都防衛に際して、マトワールは正規兵も辺境兵も関係なく全兵力を集めたため、現在はその二つの部隊が混在する布陣となっているのだ。


 その布陣の中で、先日の戦で敗北した辺境兵たちは正規兵から嘲笑と侮蔑の対象となっており、陣形の隅で小さくなっていた。


「なあ、あいつ出てくると思うか?」


「出てくるだろうさ。あんな化け物、使わない理由がない」


 他の兵士たちが辺境兵を見ながら談笑しているのに対し、敗残兵たちは片隅でそのような会話をしていた。

 繰り返すがマトワール軍は平和ボケしている。

 そのため正規兵の者達は先の一戦で敗走した兵士たちを見下していた。


 しかし敗残兵のほとんどはそのことに対して劣等感を抱いていない。

 それはなぜか。理由はただ一つ。劣等感(そんなもの)を抱いている余裕がないからだ。


「あの炎鳥、また出てくるんだろうな」


「それにバストラングとまともに打ち合っていた女騎士もだ。あんな奴らがいるなんて聞いてないぞ」


「とにかく、正規兵の奴らはまるで分ってない。」


「ああ。獣人どもだけでも厄介極まりないが、炎鳥と女騎士は別格だ。あいつらはバストラングの奴以外に太刀打ちできる相手じゃないぞ」


「とにかく、命あってのものだねだ。恥も外聞も忘れたほうがいい。汚名も何も知ったことか。獣人部隊、女騎士、炎鳥。この三つと遭遇したらとにかく逃げないとな」


 敗残兵たちは部隊の隅っこでそのような会話をしていた。 

 敵を目前にしてそんな会話をしているこの兵士たちは本来であれば処刑されても何の不思議もない。

 しかし鼻つまみ者である彼らの内緒話に興味を示す兵士はその場にはいなかった。


「…なあ、バストラングはマトワール様に忠誠を誓っていると思うか?」


「今更だろ。隷属魔法がなけりゃあ、義勇軍に加わってても何の不思議もないぞ?」


「てことは、もしマトワール様がやられたらそれこそ最悪じゃねーかよ。いくら数で勝ってても、あいつを敵にしたら終わりだぞ」


「……状況によりけりだが、場合によってはカーナイル軍に協力した方がいいかもしれないぞ」


 他の誰にも聞こえないように、彼らはひそかにそんな会話をしていた。

 ひどく腐っているように思えるかもしれないが、彼らとて飯の種として仕方なく兵士という仕事をしているに過ぎない。

 

 兵士としての最低限の誇りがないわけではないが、マトワールという領主は下々の民を顧みるような気質ではないため、彼らも苦渋をなめることが多いため忠誠心などほとんどないのだ。


 そんな中で、戦力、士気、大義名分をそろえたカーナイル軍との衝突となれば彼らの判断の方が正しいともいえる。

 正規兵と違って、低い配給の中で面倒な仕事を押し付けられる辺境兵たちには独特の苦労があるので、状況の判断力は人並みにはあるのだ。


「…とにかく状況を見て臨機応変に、だな」


「おう。まずは様子見だ…ん?」


「どうした?」


「……あれ」


 仲間の一人が上空を見ながらそう言ったのをみて、残りの面々も上空を仰ぎ見る。

 その視線の先には、雲一つない青い空と、その空に小さな鳥が飛んでいるのが映っていた。


 しかしその鳥の姿に対して辺境兵たちは息をのむ。

 あれは小さな鳥ではなく、尋常ではないほどの上空を飛んでいるのだ。

 

「…動いたのか」


「あれは、炎鳥か?」


「おそらくな。この事は正規兵には黙っていろ」

 

「あ、ああ」


 そう言って辺境兵たちはカーナイル軍の方を向いた。


「ん?」


「今度は何…あれは」


 おかしな声をあげた仲間につられてカーナイル軍の方を向くと、その理由を理解した。

 カーナイル軍から一人、遠目から見てもはっきりわかるほどに整った顔立ちをした女騎士が、白銀の長髪をたなびかせながらこちらに真っ直ぐに歩み寄ってきたからだ。


「あれ、例の女騎士、だよな」


「ああ、単身で向かってくるなんて、どういうつもりなんだ?」


 彼ら辺境兵たちが望むも望まないもなく、状況は動き出していた。

 それに対し、彼らはただ目の前の動きを見届けるしかなかった。









 フィナリアは単独でマトワール軍に向かって歩く。

 その歩みは、騎士というよりも姫と言えるような凛々しさがあった。


 目の前に陣形を組んでいるマトワール軍に動きは見られないが、その兵士たちには明らかな動揺が見て取れた。

 当然と言えば当然だろう。

 敵軍の将が単独で歩み寄ってくるのだから困惑しないはずがない。

 そのせいか、相手はこちらの思惑を図れずに動かずにいた。

 

 予想通りの状況にフィナリアは内心でほくそ笑む。

 自分が単独で歩み寄れば、敵は下手には動かないと考えていたがその通りになった。


 もちろん、敵兵が動けば義勇軍がこちらに速やかに合流するようにヌーアには指示を出しているので問題はない。

 しかし作戦のためにはフィナリア自身が単独でマトワール軍と対話できる状況の方が好ましいのだ。

 

 マトワール軍とカーナイル軍のほぼ間の地点で、フィナリアは足を止めた。

 なおも困惑するマトワール軍を前に、フィナリアはその口を開く。


「マトワール軍代表、クルド殿はいらっしゃいますか?」


 まだ彼我の距離は声が聞こえるほどに近くはない。

 しかしそうでありながらフィナリアの声はマトワール軍にきれいに響いた。

 その様子にマトワール軍は困惑の色をさらに強める。


 フィナリアの声が戦場に響き渡ったのにはからくりがある。

『風響』という魔法の効果である。

 

 クウヤ曰く、音というのは空気の振動によって伝わる。

 そのため、風を操れば音を乗せて運ぶことも、その音を増幅させることも十分に可能だと考えられるといって、試行錯誤の末に音を響かせる魔法を造り上げることに成功したのだ。


 実はこの魔法、先の戦いの際にも用いている。

 獣人たちが初めての実戦で何の迷いもなく動くことができたのは、フィナリアがこの魔法で絶えず指示を飛ばし続けていたためで、そうでなければ獣人たちはあそこまで思い切りよく戦えなかっただろう。


 クウヤは知らないだろうが、この魔法は指揮をする側から見れば革命的ともいえる代物なのだ。何しろ『風響』は音の流れを作り出すだけではなく音の流れを察知するのにも使える。

 つまりフィナリアは未だに手が出ないほどに離れているマトワール軍の話し声も聞き取れるのだ。


 兵士たちのざわめきの中から必要な情報を探し出し、フィナリアはクルドのいる地点を割り出す。

 フィナリアがクルドの名を出した時点で敵軍の中、特にクルド付近の喧騒が強くなったためどこにいるのかがはっきりとわかったのだ。


 フィナリアがまっすぐにクルドのいる場所を向くと、それらしき人物が何やら忌々しそうにこちらを向いていた。

 そしてその隣には先日無手にて義勇軍を圧倒した巨漢の獣人がいた。


「クルド殿、先日はお世話になりました」


 そう言ってフィナリアは優雅にお辞儀した。

 戦場には全く似つかわしくないその仕草に、マトワール軍の喧騒が一層大きくなる。

 とはいえ、それはフィナリアが『風響』を発動しているからこそ分かるような些細なもので、実際には蚊の飛ぶ程度のものにすぎないが。


「クルド殿。おたがい戦の用意はできておりますが、もしふたたびぶつかり合えば、先日のように双方に多大な被害が出るのは目に見えております。それはお互い好ましくありません」


『風響』によってマトワール軍に響いたその澄んだ声に、クルドは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているのが見て取れた。

 それもそのはず。先日の戦では義勇軍の方がほとんど一方的にマトワール軍を圧倒しており、バストラングも義勇軍にほとんど人的被害を出していないので実質的にカーナイル軍に被害は出ていないのだ。


 フィナリアの発言はクルドから見れば嫌味以外の何物でもないだろう。

 無論、そんなことがわからないフィナリアではない。これは単純にクルドの神経を逆なでするための挑発に過ぎない。

 そんなことを考えながらフィナリアは用意していた言葉を紡ぐ。


「無駄な血が流れるのは私も望みません。ゆえに、こちらの望みはただ一つ。先の戦いで、こちらの精鋭兵に土をつけていただいた獣人、バストラング殿との一騎打ちです」


 フィナリアの言葉に、マトワール軍は今度こそ大きな喧騒に包まれる。

『風響』を用いなくとも聞こえる程度には、ではあるが。


(さて、どうでますか)


 フィナリアの言葉に、クルドは隣に立つバストラングに何かを命令した。

 いや、なにかではない。遠目にはそう見えるだけだが、フィナリアの『風響』にははっきりとクルドがバストラングに何を指示したのかが聞き取れた。

 すなわち、こちらの思惑通りに事が運んだのだ。


 マトワール軍の一部が割れ、その中から巨漢の獣人がこちらに向かって歩いてきた。

 改めてみるとその体躯は抜きんでている。

 決して小柄ではないマトワール軍と比べても頭二つ以上飛びぬけており、どこにいても一目で分かる巨躯を持っている。

 

 そしてその手には先日と異なり戦斧が握られていた。

 かなり大きい戦斧のはずだが、バストラングの巨体と比べると手斧のように小さく見えてしまう。


 そして、相も変わらずその佇まいにはこちらに対する敵意や闘志が欠けていた。

 フィナリアは戦斧をその手に持って歩み寄ってきたバストラングに応じるようにその腰の剣を引き抜いた。


「お久しぶりですねバストラング殿」


「……」


 フィナリナの挨拶に、バストラングは少し怪訝な表情を浮かべた。

 何をしに来た。何のつもりだという非難に似たその表情に、フィナリアは少しだけ頬を緩める。


「あなたが言葉を発することができないことは存じています。ですから、この場であなたに伝えておきたいことがあります」


 すでに『風響』は解除しているため、フィナリアの声はバストラング以外には聞こえていない。

 ゆえに何のためらいもなくその先の言葉を口にした。


「現在、炎鳥とその乗り手があなたの妹の救出に向かっています。私の目的は、それまでこの場にて注目を集める時間稼ぎです」


「!!!」


 フィナリアの言葉に、バストラングは目を見開いて驚いていた。

 この場合、彼が声を出すことができないことは僥倖かもしれないとフィナリアはほくそ笑んだ。


「ということですので、時間稼ぎに協力を願います。私達であればある程度手を抜いても周囲には気づかれません」


 そう言ってフィナリアは疾風のような速度でバストラングに切りかかった。

 その閃光のような一撃を、バストラングは無造作にその手にした戦斧で受け止める。

 

 こうして両軍の見守る中で二人の超人がぶつかり合った。

 







「カーナイル軍が東の平原に現れました」


「……敵の数は?」


 その報告を聞き、マトワールは不機嫌さを隠そうともせずにそのように問う。


「およそ5000と聞き及んでおります」


「ふん。ではこちらは4倍だ。踏み潰すのはわけあるまい。クルドに伝えておけ。これ以上の失態は許さんとな」


「は」


 そう告げ、伝令兵が部屋を出た後、マトワールは椅子に座りふんぞり返る。


「今この国に来ている兵士たちを仕留めればカーナイル領を蹂躙するのはたやすかろう。そうなれば、帝都へ良い報告が出来る。ともすれば、帝都貴族の仲間入りができるやもしれぬな」


 すでに勝った気でいるマトワールはそういって笑みを浮かべた。

 

 しかしその笑みは直後に消え去る。

 なぜなら突如屋敷が激震し、部屋の天井が崩れ去ったからである。


「な、何事…」


 困惑の中、状況を知ろうとして、マトワールは硬直した。

 目の前には、炎を纏った巨大な怪鳥がいたからだ。


「こいつがマトワールなのか?」


 怪鳥の背から二人の男が飛び降り、一人の男がもう一人の獣人らしき男にそう質問した。

 その獣人は怪鳥の陰に隠れているため誰なのかわからないが、男の質問に頷いているのが見て取れた。


「よう。あんたに聞きたいことがある。ファーレンベルク」


 男がそういうと、マトワールは怪鳥の足で掴まれた。


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