友人
「ええい! 何をやっているのだこの愚か者が!」
そう叫びながらマトワールは手にしていた食器を投げつける。
投げつけられた先には俯いてうなだれるクルドと、同じく傅くように片膝を床に付けるバストラングがいた。
「我が息子でありながら、何たる失態だ! ええ!? あんな獣の群れを相手に撤退するなど、恥を知れ!!」
「し、しかし父上…」
「言い訳などするな見苦しい!」
クルドは弁明しようとするが、マトワールはまるで取りつく島もない。
実際に戦場に出たわけでもないのに、撤退したという報告ひとつだけで激怒する父に対してクルドはいら立ちを募らせた。
「貴様は我が領地の防衛を担う護衛長官であろうが! そんな貴様が、敵を前に背を向けるなど言語道断! 次に同じようなことをしてみろ。息子だろうと容赦はせんぞ!」
そんな罵声を浴びせ、マトワールは下がれと命令する。
クルドは渋々立ち上がって踵を返して部屋から出る。
確かにマトワールの言うとおりクルドはこのマトワール領を防衛する部隊の長官を務めている。
しかしそれはこの領地が他の領地同様長年の平穏をむさぼっていたからに過ぎない。
その護衛部隊の長官というのはほぼお飾りに近かったので、クルド自身何かしらの実戦経験などあろうはずもない。もっと言えばお飾りだからこそクルドはその役職を志願したのだ。
「だというのに、あのくそ親父め…」
歯ぎしりをしながらクルドは悪態をつく。
そして、隣を歩く巨漢の獣人を睨みつけた。
「貴様が敵を殺しきれんから俺がこのような屈辱にさらされねばならないのだぞ! わかっているのか? ああ!!」
喚きながらクルドはバストラングの脛を蹴り飛ばす。
しかし巨木の根のようなバストラングの足を蹴とばしたところで蛙の面に小便。むしろ蹴とばしたクルドの方が顔をしかめる。
「っち、分かっているだろうが、お前の妹の命は俺の手の内にある。そのことをゆめゆめ忘れるな。次にしくじれば、分かっているな?」
脅すようにクルドはそんなことを口走る。
それに対してバストラングは無言で首を縦に振る。
しかし本来であればマトワール軍を蹴散らした義勇軍の勢いを単独で止めたバストラングは破格といってもいい逸材で、間違ってもこのようにののしられる必要があるような存在ではない。
とはいえクルドにとって必要なのは自分の虚飾心を満たす道具であり、他の誰かから見下されるような状況になればそれはもう面白くないのだ。
「分かっているならばいい。なら、今度はしくじるなよ」
そう言ってクルドは大股で床を踏み鳴らしながら歩み去っていく。
それを見ながら、バストラングは屋敷の窓から空を見上げた。
ただ無言で、しかし強い眼で空を眺めていた。
「それで、状況はどうなっているんだ?」
マトワール軍と衝突してから4日後。
俺は定期的にフィナリアに状況確認をしていた。
お飾りの隊長とはいえ、状況位は把握しておいた方がいいに決まっている。
たとえ執務の全てをフィナリアに丸投げしていても…いいに決まっているのだ!
そんな俺の内心を知ってか知らずか、フィナリアはいつものように嫌な顔一つせずに微笑みながら応じてくれた。
「現在、マトワール軍は領主の住む首都の防衛に全戦力を注ぎ込んでいるようです」
「…それで他の領地はいいのか?」
俺の疑問にフィナリアは首を横に振った。
「他の領地は防衛の兵力を割かないばかりか、軍費のために増税すると触れ回っているようです」
「……まじかよ」
驚愕した理由は二つ。
そんな馬鹿げた政策を平気で行うマトワールとかいう領主のダメダメっぷりと、そんな情報まで把握しているフィナリアの執務能力の高さだ。
フィナリアは典型的な秀才タイプで、苦手としている分野がほとんどない。
魔法も、剣術も、指揮能力も、どれも凄まじいレベルなのだ。
しかし、俺の主観だと彼女が万能の天才だからそれが出来ているというわけではなさそうに思える。
魔法も、剣技も、指揮能力も、全て彼女自身が辺境の領主カーナイルの元で兵士として戦場に身を置き続けた結果身に付いた技能に過ぎない。
彼女が他の兵士たちと一線を画するほどに優れている理由も、今なら見当がつく。
フィナリアは他の誰よりも真摯に現実と向き合っているのだ。
必要だからこそ剣技を身に付け、必要だからこそ魔法を学び、必要だからこそ部隊指揮を行った。
彼女の能力は、そういった確たる経験によって磨き上げられた代物なのだ。
若くして膨大な経験が蓄えられているからこそ、彼女はトリストスとの立ち合いや、俺のテキトーな魔法授業を渇いた砂が水を吸収するように身に付けて行ったのだろう。
まだせいぜい二月程度しか付き合っていないが、常に隣にいてくれることがこれほどまでに頼もしい人は他にいないだろうと俺は思っており、気が付けばフィナリアを頼っているのだ。
「いずれにしても、マトワール軍そのものはそこまで脅威ではありません。恐らく義勇軍だけでも十分に攻略可能でしょう」
「あ、ああ。そうだな」
思いっきり脱線していた思考がフィナリアの言葉で引き戻される。
うん。俺と違って真摯なのはフィナリアのいいところ……訂正。とてもいいところだ。
「ですが、それでも今は迂闊に手が出せません」
「バストラングか?」
俺の質問にフィナリアは頷いた。
確かにバストラングは強敵…というより難敵だ。
マトワール軍は義勇軍で十分に駆逐が可能だが、それを一人で押し止めてしまうバストラングがいては迂闊に攻撃を仕掛けられない。
「んで、フィナリアはどうするつもりなんだ?」
明らかに男側がする質問ではない気がする。
しかし、情けない限りだがフィナリアの方が状況を詳しく把握しているので、俺はただ質問するだけの方がいいのだ。
それにフィナリアも『クウヤさんの質問は的確なので、こちらもいろいろと整理できるので助かります』と言っていた。
何とも健気極まりない話だ。気遣われてばかりで…落ち込みそう。
「向こうが攻め込んでこないようなら、まずは諜報部隊が戻ってくるのを待ちます」
再び脱線しまくる俺の思考をフィナリアが修正する。
イカンイカン。自分でいうのもなんだが、俺の思考は無駄に速い癖に脱線するのだ。
「諜報部隊って、そんなものあったっけ?」
「はい。義勇軍の中からすでに選抜済みです」
……マジかよ。仕事が早いなフィナリアさん。
「失礼します。隊長、副隊長はこちらでしょうか?」
そんなやり取りをしていると、突然天幕の外から俺たちを呼ぶ声が聞こえた。
「はい。どうぞ」
フィナリアがそういうと、天幕が開かれて一人の獣人が入ってきた。
あれ? こいつたしかヌーアと一緒に先方を務めていたやつだったか?
「フィナリア様。重要参考人が見つかりました」
「そうですか。その方は今どちらに?」
「連れてきております。必要でしたらすぐにでもお会いいただきたい」
「では、お通ししてください」
などと相変わらずどうでもいい方向で脱線する俺の目の前で話が進んでいった。
一礼して出て行った獣人とすれ違いで、また一人獣人が入ってきた。
「どうぞ。まずは座ってください」
フィナリアに促され、多少おどおどしながらその獣人は薦められた椅子に腰を掛ける。
「私はフィナリアです」
「あ、お、俺、じゃなくて、自分は」
「いや、そんなに無理にかしこまらなくていいんじゃないか?」
なんかドモリまくっている目の前の獣人がいたたまれなくなり、俺は助け船を出すことにした。
ここには俺とフィナリアしかいないし、一応こちらが呼び出したのだから客人という扱いで問題ない。言葉遣いなど気にする必要もないのだ。
「あ、えっと?」
「こちらがお話をお聞きしたいだけですので、かしこまる必要はありませんよ」
フィナリアも俺と同じ見解なのか、諭すようにゆっくりとそう言った。
その言葉に目の前の獣人も少し落ち着いたのか、少し深呼吸をしてから口を開いた。
「あの、俺はカルシオって言います」
「カルシオさんですね。あなたは、バストラング殿のお知り合いですか?」
フィナリアの質問に、カルシオは頷いた。
なるほど。獣人の諜報部隊にバストラングの知人を探させていたということか。
普通ならマトワール兵が邪魔だろうが、現在はその大半が首都に集まっているのでそれ以外の土地では探索がしやすい。
それが獣人ならなおさらということだ。
「バストラングとは、幼馴染です」
「そうでしたか。カルシオさん。あなたにいくつかお聞きしたいことがあります」
「…あの、その前に、一つ聞いてもいいですか?」
恐る恐ると言った感じでカルシオと名乗った獣人が俺たちに質問してきた。
それに対してフィナリアが首肯した。
「構いません。どうぞ」
「お二人は、俺たち獣人族を率いて帝国に反旗を翻したと聞きました。それは」
「事実です」
カルシオが言い切る前にフィナリアが肯定した。
カルシオは俺の方を向いている。
俺は事実だと頷いた。
「…ほ、本当だったんですね。なら、カーナイル様が俺たち獣人族を解放しようとしているというのも」
「はい。その通りです」
再び、何の迷いもためらいもなくフィナリアはそう言い切った。
経験が欠如している俺にはピンとこないが、5000年にも上る差別の歴史に逆らうのは相当なことだ。
こうして確認したがるのもある意味当然と言えるのだろう。
俺たちの(実質しゃべっていたのはフィナリアだけだが)返答に、カルシオは少し俯いて、今度は何かを秘めた目つきで口を開いた。
「では、お二人はバストラングの知人を探して何をするおつもりなのかを教えてもらってもいいですか?」
その質問には、これまでのような弱弱しい感じがなかった。
まるでこちらを探るような目線は、フィナリア同様にとても真摯さを感じた。
そして俺はその質問を受けてフィナリアの方を向いた。
なぜならカルシオを探させたのはフィナリアであり、彼女が何の意図があってバストラングの知人を探していたのだからまずは彼女の意図を知った方がいいからだ。
俺とカルシオの視線を受け、フィナリアはその口を開いた。
「私は、バストラング殿を義勇軍に迎え入れたいと思っています」
その一言に、一度場が静まった。
その静寂を破ったのは、カルシオだった。
「それはどうしてですか?」
「私は一度バストラング殿と戦いました。敵として。ですが、バストラング殿はこちらに対して何の殺気も敵意も闘志も抱いていませんでした。あまつさえ、接触した部隊の被害は極めて軽微でした。自分の意思で戦場に赴いたのであれば、それはあまりにも不自然な話です」
「…だから、あいつがなびくかもしれないと?」
「ええ。だからこそ、彼のことをよく知っている方の見解を聞きたかったのです」
真っ直ぐな視線を向けるフィナリアの一言に、カルシオは目を見開いてしばし沈黙し、再び質問をした。
「では、あいつに危害を加えるつもりはないと?」
「場合によればそれがやむなくなるかもしれませんが、それは最後の選択です。可能である限り、あれほどの実力者と無理にぶつかり合いたくはありません」
フィナリアの解答に、カルシオは一度安堵のため息を吐いた。
「分かりました。お話しします。俺の知っている限りを」
「お願いします」
そう言ってカルシオは話し出した。
巨漢の獣人が、なぜマトワールに付き従っているのかを。




