VSバストラング
戦場の一角にて異様な戦いが繰り広げられていた。
一人は2mを越えるような巨漢の獣人バストラング。
もう一人は白銀色の長髪をたなびかせながら戦場を舞うフィナリア。
美女と野獣とさえ言えるような一種異様に思える二人のぶつかり合いは、しかしそんな異様さがまるで気にもならないほどに苛烈を極めていた。
フィナリアは元々クウヤと遭遇した時点で並みの獣人族を簡単にあしらえる程度の技量があった。
だが、トリストスに指摘されたようにその当時のフィナリアは武を護身術や演武の延長線によって身に付けていたため、見栄えこそ美麗であってもそこに武特有の理合いがやや欠けていた。
そして現在のフィナリアはトリストスとの手合せによりその理合いを随分と取り入れている。
一月にも満たない僅かな期間であったため付け焼刃に過ぎないが、それでも以前のようにただ美しいだけの剣技に鋭さが加わっており、それこそベヘルが相手でも一人で太刀打ちできるのではないかと言えるほどに剣技に磨きがかかっている。
フィナリア自身、自分の動きが以前よりもはるかにいいことは自覚している。
そして、自覚しているからこそ現在の状況に驚いている。
なぜなら、対峙する巨漢の獣人は未だに素手でフィナリアと互角に立ち会っているからだ。
「せい!」
「…」
フィナリアが気合と共にはなった一閃は、まともな兵士であれば目にもとまらない代物だ。
だというのに、バストラングはそれを僅かに後方に下がることによってか意味一重で回避してしまった。
太刀筋が完全に見切られている証拠だ。
回避の直後、バストラングはそのままフィナリアに踏みながら無造作にその拳を振るう。
バオン!!!!
恐ろしい風切り音を鳴らしながらその拳がフィナリアに迫る。
それに対し、フィナリアはサイドステップを踏んで回避を試みる。
しかしバストラングの拳は早く、フィナリアの反応では完全に回避しきれない。
…これまでは。
『浮遊』
突如、フィナリアが加速し、バストラングの拳が空を切る。
その恐ろしい空振りがフィナリアをかすめると、フィナリアはまるで木の葉のように拳の風圧によって飛ばされ、バストラングから距離を取った。
先ほどフィナリアが発動した魔法『浮遊』はクウヤと共に研究した風魔法の一つで、効果は風を纏うことで術者の体重を軽くするというものだ。
もともとフィナリアはベヘル戦の時にも風魔法を用いて加速をしたりしていたが、この魔法はそれをさらに便利にしたもので、わずかな踏込で相手との距離を縮めたり、爆発的な加速を一瞬で止めたりすることができる。
今回行ったのもその一環で、フィナリア自身の体重をきわめて軽くすることで回避を容易にし、バストラングの拳の風圧によって自然に後退できたという話なのだ。
『浮遊』という名をつけたこの魔法は、本来であれば風を纏って空を舞うための魔法である。
しかし風を用いて空を飛ぶのはかなりの魔力を消耗する上に足場がないため体勢を保つのが難しい。
その結果としてクウヤと試行錯誤をした結果フィナリアが身に着けたのがこれである。
全身に風を纏い、体を軽くすることで常識外れの身軽さを得る。
それがフィナリアの魔法『浮遊』の原理なのだ。
高等魔法であるのは間違いないが、フィナリアはクウヤとトリストスとの訓練の結果としてこの魔法を戦闘中に常時発動することが可能となった。
こちらの攻撃が軽くなるという以外に欠点らしい欠点がない魔法であり、スピードだけではなく運動性能そのものが跳ね上がるため、事白兵戦に置いては非常に強力な魔法なのだ。
しかしそんな状態でありながら、フィナリアは内心穏やかではなかった。
なぜなら、そんな魔法を使いながらでなければバストラングと渡り合うことができないからである。
(…先ほどの拳圧で、ここまで飛ばされましたか)
先ほどバストラングの拳を回避できたのは、このままでは攻撃を回避しきれないと察して魔法によって体重を軽くし、運動速度を上げた結果だ。
当然攻撃を受ける際にフィナリアの体重は相当軽くなっている。
しかしだからと言って拳圧だけで10m近く飛ばされるのは異常としか言いようがない。
(ですが好機です)
そんなことを考えながらも、フィナリアは手にした剣を構え、横なぎに振るった。
彼我の距離が10m以上あるというのになぜそのような行動をとったのか。
それは、今フィナリアが仕掛けた攻撃がそういう状況において有効なものであるからである。
『鎌鼬』
振るわれた剣から真空の刃が放たれる。
剣が振るわれるのと同じ速度で放たれる真空の刃は、目に見えない透明な刃なので普通であれば反応も出来ずに真っ二つになっておしまいだ。
しかし、バストラングはその真空の刃を、ほとんど四つん這いになるほど大きく屈みこむことによって回避した。
フィナリアもそのことは想定していた。
そもそも敵は明らかに格上。
下手をすればトリストスと同格かもしれないのだ。
そんな相手が『鎌鼬』の一つや二つ見切れないはずがない。
そう考えていたフィナリアは、すかさず剣を切り上げた。
再び、今度は縦方向の鎌鼬が発生してバストラングに襲い掛かる。
それに対し、バストラングは右足と右手で地面を蹴り飛ばして回転するように回避する。
野性的ではあるが極めて有効な回避方法にフィナリアは再び鎌鼬を放つ。
しかしそのことごとくを見切られ、見る見るうちにバストラングは間合いを詰めてきた。
そう。彼女の想定通りに。
『鎌鼬・伸』
フィナリアはそう唱えると、突如バストラングに向かって踏み込んだ。
これまで鎌鼬で距離を取ってきた相手が突然飛び込んできたのを見てバストラングの目が見開かれる。
しかしそれは驚きや戸惑いではなく、相手の真意を見抜こうとする狩人の目だった。
そんな相手に対し、フィナリアは真っ直ぐに剣を突きだした。
彼我の距離は短くなっているとはいえ、まだ4m近くある。
だというのにフィナリアは剣を突きだし、バストラングはそれを全力をもって回避した。
直後、バストラングのいた個所の地面が大きく切り裂かれた。
勢いあまり、フィナリアとバストラングはすれ違い、お互いを観察し合った。
フィナリアの用いた魔法『鎌鼬・伸』は鎌鼬の応用であり、文字通り剣のリーチを伸ばすという代物。飛び去る真空の刺突の余波が地面を削り取ったのだ。
しかしそんな不意打ちを見事に回避され、フィナリアはバストラングに対して抱き続けてきた疑問を口にした。
「バストラング殿。なぜ貴殿はその背の斧を構えないのですか?」
答えが返ってくるとは思っていなかったが、フィナリアはどうしてもそう問いかけなければ気が済まなかった。
巨漢の獣人の背負われた斧は巨大で、見るからに重そうな代物だ。
しかしバストラングの立ち回りからはそんな斧の重さなど微塵も感じ取れない。
それが示す可能性は二つ。あの斧が見た目ほど重くない見かけ倒しの代物か、バストラング自身の身のこなしが重さをまるで感じさせていないかだ。
当然、フィナリアは一つ目の可能性を完全に度外視している。
そんな斧を装備している意味などないからだ。
現状、バストラングはフィナリアの斬撃を全て回避しているがゆえに攻めあぐねている。
逆を言えば全て回避できるほどに見切っているのだ。
もし背に背負った斧を手に取って使えばこちらの斬撃を受けることも出来るだろうし、攻撃力も激増する。
そうなればフィナリア自身も奥の手を使わなければならなくなる。
そう覚悟していたにも関わらず、バストラングはその斧を使う気配が全くないのだ。
「……答えられませんか?」
ただひたすらに沈黙をする大男に対し、フィナリアはそう答えると構えを解いた。
「ならばそれでもかまいません。私ではあなたを倒せない。ですが、この戦は私の勝ちですから」
フィナリアがそう言った時、彼女の背後にいたマトワール軍の中心で大爆発が起こった。
その爆発の原因は、上空から飛来した火球である。
マトワール軍の陣形に大穴を開けた火球を放ったのは、上空を舞う巨大な炎鳥ファーレンベルク。
そして再びその炎鳥の口から火球が放たれる。
火球は真っ直ぐとマトワール兵が集まっていた地点の真ん中に着弾し、マトワール軍を瓦解させる。
『ウオオオオォォォォォ!!!!』
光景を目の当たりにし、義勇軍の獣人たちが周辺のマトワール軍を追撃しだした。
元々完全に身体能力では下回っていたマトワール軍は、ファーレンベルクの一撃にて完全に戦意を喪失していため、見事に敗走してしまった。
「…いかがされますか?」
構えを解いたまま、しかし剣も闘志も収めぬままのフィナリアの問いに、バストラングも落としていた腰を上げた。
「引くのですね?」
その問いに、巨漢の獣人は応じなかったが踵を返した。
「フィナリア様!」
そんな様子を見て義勇兵の一人がフィナリアに声をかけてきた。
もう動いて大丈夫な様子を見て、フィナリアは安堵のため息を吐きながら指示を下した。
「全軍に招集命令を。追撃をかけてはいけません」
「は? 敵が逃げている今が好機なのでは?」
「殿を務めるのはおそらくあの獣人です。まともに戦えばこちらにも相当な被害が出てしまいます」
「ですが、あの神鳥様であれば…」
そう言って義勇兵は上空にて羽ばたくファーレンベルクを見上げた。
それに対し、フィナリアは首を横に振った。
「とにかく、今は撤退です。全軍に通達してください。従わないものは処罰の対象とみなします」
「は! 分かりました!」
フィナリアの鋭い言葉に義勇兵は敬礼をして走り去る。
直後、戦場のあちこちから遠吠えが上がり、やがてそれが勝鬨のような歓声へと変わっていった。
形はどうあれ、敵が撤退して言った以上こちらの勝利なのだ。
その事実の前には多少の疑問や不安など吹き飛んでしまうものだ。
「……」
その勝鬨を聞きながら、フィナリアは上空を見上げる。
常に上空に滞空していたファーレンベルクがこちらに向かって降りてくるのが見えてきた。
「フィナリア。あれでよかったのか?」
「はい。完璧でしたよクウヤさん」
ファーレンベルクが下り立った後、俺はフィナリアに今回の立ち回りの評価を聞いた。
実を言えば今回の作戦は立案から指揮まで全てフィナリアがこなしており、俺は文字通り名ばかりの義勇軍隊長であったのだ。
何しろ俺についてもフィナリアの立てた作戦通りに動いたに過ぎない。
義勇軍の隊長に任命されてからの三日間、業務の合間を縫って俺に指揮官としての心得まで叩き込んでくれたフィナリアには頭が上がらない。
「で、あいつがバストラングなのか?」
「まず間違いありません。それに違っていたとしても些細な問題です。あの方の腕は本物でしたから」
「そうだよなー」
元々人間離れして強かったフィナリアだが、俺とトリストスの訓練を経て現在は出会ったころよりもさらに腕を上げている。
そんなフィナリアと互角に戦っているのだ。まともな強さのはずがない。
「実際俺もフィナリアを援護するべきか迷ったしな」
「ええ。あのまま続けていたら私が負けていたと思いますし」
「…マジで?」
視界の片隅で見ている限りではどっちもどっちという感じだったが、当の本人から見ればかなり追い詰められている状況だったようだ。
俺の疑問に、フィナリアは頷く。
「ええ。現に、あの方は背に大斧を背負った状態で戦っていました。あれを使われるだけで私は苦戦を免れえないでしょう」
「あ!」
そう言われて俺も思い出す。
遠目に見ていたので詳細には覚えていないが、あの巨漢の獣人は背に何かを背負っていた。あれは獲物だったのか。
「ですが今回はクウヤさんの判断で正解です」
「どうして?」
「結果として勝利しましたから」
フィナリアの言に、俺は軽く苦笑した。
現場主義の結果論が、少々フィナリアに似つかわしくないように思えたからだ。
しかし彼女の指示は的確そのものだった。
俺が今回の戦いで迷わず動けたのもフィナリアがあらかじめ考えうる状況と対処法を事細かにレクチャーしてくれたからだ。
敵の主力と遭遇した場合、フィナリアが戦ってみて足止めできるようなら俺たちは外部を殲滅。
もしフィナリアで太刀打ちできなかったらファーレンベルクとフィナリアで。
それでも太刀打ちできなければ撤退。
他にも思い出すのも嫌になるほど細かい打ち合わせを今日にいたるまで叩き込まれ、俺はむしろ早く戦闘になってくれという位まで脳みそに作戦を叩き込む羽目になった。
フィナリアが面倒を見てくれなければボイコットしてたかもしれない。
「で、次はどうするんだ?」
「…まずは情報収集をしたいと思います」
俺の質問に、フィナリアはそう答える。
「情報? なんについての?」
「バストラング殿についてです。あの方はマトワール軍において頭二つ以上飛びぬけています。彼を攻略しない内にこちらの勝利はありません。それに」
「それに?」
「いろいろと腑に落ちないことも多々ありましたので」
「例えば?」
「あの方と接触したこちらの部隊に人的被害がほとんどないことですね」
俺の疑問に答えながらフィナリアはヌーア率いる突撃部隊の方を見た。
まだ苦しそうにしている負傷者はいたが、確かに死者は出ていなかった。
「これにも何か事情があるとにらんでるのか?」
「分かりません。ですが、調べてみる価値はあると思っています」
「そっか。ならそうしよう」
そう言って、俺たちは自軍へと戻っていった。




