義勇軍
「久しぶりじゃねーかクウヤ」
「ヌーア。久しぶり。お前も義勇軍に加わっていたのか」
「おう。当たり前だろ」
カーナイルの演説の後、俺は偶然にも見知った顔を見つけた。
俺が初めて立ち寄った村で、一緒に盗賊退治をした狩人のヌーアだ。
「村の方はいいのか?」
「ああ。領主様が税を一気に軽くしてくれてな、おかげで手が余っちまったから出張ってきたんだよ」
「税を軽くした?」
ヌーアの言葉に、俺は疑問を抱いてフィナリアの方を向いた。
そんな俺に、フィナリアは頷いた。
「カーナイル様が重税をかけていた理由は、帝国に睨まれないように貢物を送るという目的があったからです。帝国と縁を切った以上、これまでのように重い税をかける必要性はありません」
「…ちなみに気になる減税率は?」
「宣戦布告前の2割ほどです」
「…五分の一ですか」
俺の呟きにフィナリアが首肯する。
曰く、カーナイルは無茶苦茶な納税を迫る帝国に対して従順に従いながらも獣人たちに可能な限り負担をかけないように節制に節制を重ねてきたのだとか。
ゆえに帝国からの重税がなければ税率はその程度で十分すぎるらしい。
カーナイル自身、その手の裏方仕事が得意らしいのでどうにか重税をかけるだけで間に合っていたらしい。
「逆を言えば、文官としての才に優れるカーナイル様が尽力されても重税をかける必要があるほどに帝国のかける税は重いのです」
「…そんなんで他の領主たちはどうしてるんだ?」
「ああ、それはな」
俺の疑問に答えたのはヌーアだった。
曰く、重税を課すのみで獣人族に自由を許しているのはカーナイル位のもので、他の領地において獣人たちは人族の奴隷という扱いを受けているらしい。
また、その人族についても貴族階級を持たない平民たちは、獣人族ほどではないにせよ重税を課せられているのだとか。
獣人たちに生まれた時から隷属魔法というものをかけており、逆らえば苦痛を与え、それでも言うことを聞かなければ死ぬようになっているということだ。
この隷属魔法と言うのはカーナイル領の獣人たちにも施されているのだが、カーナイルは一度としてそれを行使したことはないとのこと。
「だから俺たちにたいしてある程度の自由を保障してくれる領主様に対して俺たちは頭が上がらないんだよ」
「それでみんな領主のために集まってきたと」
俺が適当にそう相槌を打つと、ヌーアは苦笑しながら俺の方を向いた。
「確かにそれもあるが、それだけだったらここまで集まったかどうかは微妙なところだぞ」
「というと?」
俺の疑問に、ヌーアはやれやれと言った感じで答えた。
「お前のせいだよクウヤ」
「は?」
突然のカミングアウトに俺は目が点になる。
なんでこんなタイミングで俺の名前が挙がるんだ?
「本気でわかってないみたいだな。お前が神鳥に乗ってあちこちで活躍しているって話は俺たちの間ではかなり有名なんだぞ」
「……具体的には?」
「うちの村で盗賊団をとっ捕まえたり、領地内で暴れまわっていた奇人をぶったおしたり、半死半生の患者を治癒してのけたり、人間界に侵入してきた魔族どもを蹴散らしたりだな」
話を聞いていていたたまれない気分になってくる。
どれもこれも微妙に誇張が含まれてはいるが、大きくは外れていないというあたりが何とも否定しにくくて仕方がない。
と言うか奇人ってベヘルの事か?
「そんなお前が味方だってんだから、俺たちも頼もしい限りだぜ」
などと言いながらロウセイ師匠のようにヌーアがカラカラと笑う。
いつの間にそんなに名前が売れていたのやらと内心で苦笑いをするしかない俺であった。
そんな俺に、ヌーアは真顔で向き直ってきた。
「クウヤよう。お前がどう思っているかは知らないけどよ、俺たちから見てここは希望の土地なんだ。騎士様や領主様みたいな理解者と、お前みたいな英雄に恵まれたことなんて、今まで一度もなかったんだからよ」
「奴隷種族、か」
前に師匠から聞いたことを思い出す。
5000年前の災害戦争において敗北した獣人たちは、長年にわたってそのような目に合い続けてきたのだと。
そんな俺の様子に、ヌーアがさらに言葉を紡ぐ。
「俺もそうだが、俺たちは生まれた時から隷属魔法の魔法陣を背中に刻まれる。領主様は一度もその魔法を発動したことは無いが、普通の領主だったら気まぐれに使って俺たちを苦しませてあざ笑うのも珍しくねー」
「……そんなことが、5000年もまかり通ってきたんだな」
「はい。隷属魔法を施すことは、帝国の法律に定められている内容です。隷属魔法と、帝国の法律によって彼らは一切の反乱を起こすこともなく、長年にわたって支配され続けてきたのです」
俺の呟きに、フィナリアが広場にいる獣人たちを見ながらそう答えた。
その瞳には、深い懺悔と悔恨の念が浮かんでいた。
「けど、今その歴史は打ち破られた」
俺の一言に、フィナリアは意外そうな表情を浮かべながら俺の方を見た。
「違うのか?」
「…いえ、そうですね」
俺の問いに、フィナリアはふわりと笑みを浮かべる。
「…なんか二人ともかなり仲良くなってないか?」
そんな俺たちに対して、ヌーアが少々生ぬるい目線を送っていた。
その日の午後、俺とフィナリアはカーナイルに呼ばれて執務室へと向かった。
俺が扉をノックするとすかさず『どうぞ』という返答が返ってきた。
「よくいらっしゃいました。まだ病み上がりだというのに呼び出して申し訳ありません」
「いえ、寝込んでいる場合ではないでしょうし」
その返答に、カーナイルは頷いた。
「では、早速本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「私も同席するような話なのですか?」
カーナイルが話を進めようとした時、フィナリアがそのように質問した。
その質問に、カーナイルは頷く。
「はい。話というのは義勇軍の指揮官についてです」
「…もしかしてそれを俺たちにやれと?」
俺の疑問に、カーナイルはゆっくりと首を縦に振った。
「義勇軍は、クウヤ殿の活躍に惹かれて集まった方も多分に含まれています。そのためクウヤ殿が指揮官に就いていただければ彼らの指揮は大きく上がると思いますので」
「いやちょっとタンマ。俺指揮官なんてやったことありませんし…」
「それは承知しています。ですからフィナリアさんを補佐にお付けしようと思っております」
俺の反論を、カーナイルは解っていたとばかりに封殺した。
「フィナリアは他にも仕事があるんじゃあ?」
「正規軍の部隊長という役職であれば、すでに後任が決まっておりますので何の問題もございません」
せめてもの悪あがきも見事に完封されてしまう。
考えてみればフィナリアはここ一月以上俺と同行していたのだ。
本来の職務などに手を煩わせている暇などあろうはずもないので、とっくに後任が決まっていても何の不思議もなかったのだ。
「クウヤ殿。引き受けてはいただけませぬか?」
カーナイルの懇願に、俺は迷った末頷いた。
「分かりました。引き受けます。でも、どうなっても知りませんよ?」
「ありがとうございます。フィナリアさん。クウヤ殿をしっかり補佐してあげてください」
「承りました。誠心誠意、お手伝いさせていただきます」
フィナリアの解答を聞き、カーナイルは頷いた。
「では、クウヤ殿。わざわざご足労いただきありがとうございました。病み上がりの身にこれ以上無理をさせて申し訳ありません。どうかお休みください」
「…一応俺が義勇軍の隊長なんですよね? 何もしなくてもいいんですか?」
「実質的に義勇軍を指揮するのはフィナリアさんになるので、今から引き継ぎと打ち合わせが多々あるのです。それとも、クウヤ殿も一緒に話を聞きますか?」
「ちなみにそれってどんな内容なんです?」
俺の質問に、カーナイルとフィナリアがこちらを向いて指を折りだした。
「まずは部隊の総数の把握と、必要な兵站、装備の調達ですね」
「それに、部隊の編成、練度や能力の把握、指揮系統の確立に、小隊長の選抜。大まかに言えばこんなところですが、細かいことを言いだせばきりがありませんね」
「……お邪魔しました」
専門外も甚だしい。
いるだけ邪魔だと結論付け、俺はカーナイルの執務室を後にした。
決して面倒事が嫌だというわけではない。ないぞ。
「はい。クウヤさんはしっかりお休みください」
そんなことを考えていた俺に、フィナリアがいたわるようにそんな言葉をかけてくれた。
それに対して片手を上げて応じ、俺はその場を後にした。
「ふう。引き受けてくださいましたか」
私の目の前で、カーナイル様が椅子にその背を預けた。
しかしその瞳には安堵と共に憂いのようなものが浮かんでいた。
「どうかされましたかカーナイル様?」
「……いえ。少しあなたたちに申し訳ないと思いまして」
「と、言いますと?」
カーナイル様の様子に、フィナリアは疑問を覚えて問い返す。
それに対し、どこか申し訳ないような表情を浮かべながらカーナイル様はフィナリアのを向いた。
「クウヤ殿と、フィナリアさんを戦場に送り込んでしまったことについてですよ」
帝国に対して宣戦布告をした張本人がいまさら何をとフィナリアは思うが、長年つき従ってきた領主の心情を考え納得した。
カーナイル・ノストハイムという人物は非常に責任感と他者に対する思いやりが強い。
もし可能であれば、この御仁は一人で何もかもを行おうとするだろう。
例えば家庭内であれば仕事をしながら家事や炊事まで全て自分一人で行ってしまうような根っからの働き者で、苦労人だ。
だが、領主という立場は一人ですべて行うことなど不可能というものだ。
人を束ねる立場は、いかに上手く仕事を分担させるかということが何よりも重要になってくる。
無論、本人もそのことを良く知っているため、私情で判断を鈍らせるようなことは無い。
しかし正しい判断を下せるということと、その判断を下すことに対して抵抗を覚えることは全く別の話だ。
私の知る他の領主や貴族たちの選択基準は自分に利があるかないかで決まるのに対し、カーナイル様は領民、特にもっとも立場が弱い方に利があるかないかで決めている。
貴族としては極めて珍しいその気性は得難いものではあるが、だからこそ時折訪れる無情な判断を下す際に、いつもカーナイル様は今にも泣きだしそうな表情を浮かべるのだ。
「私達を戦場に送ることを、後悔していらっしゃるのですか?」
「はい。他に選択の余地がなかったとはいえ、あなたたちは戦を望む気質ではありません。特に、聞けばクウヤ殿は魔族と戦った際に気分を害されたとか。未来ある若人をに、そのような責務を押し付けなければならない自分が、情けない限りです。ましてフィナリアさん……いえ、フィナリア様は」
その先の言葉を口にしようとしたカーナイル様を止め、私は笑みを浮かべる。
「お父様であっても、同じ判断を下したと思います」
「……」
私の返答に、カーナイル様は閉口した。
その目には、戸惑いが浮かんでいた。
「カーナイル様。あなたがどう思われているか、私には分かりかねます。ですが、この状況は私自身が望んだことでもあります」
獣人族は長きに渡る奴隷生活の中で虐げられ続けてきたためか、生まれながらの身体能力が飛びぬけている。
そんな彼らを、しかし人々は労働力としてしか見てこなかった。
獣人族と人族には、それぞれ持ち味というものがある。互いがそれを生かせれば、これまで以上に素晴らしい世界が待っている。
「ですから、私はこの境遇に不満はありません」
静かに、私はそう告げた。
獣人族と人族が手を取り合う。
この戦いは、その第一歩となる。
その当事者となるであろうことに、私はかすかに高揚してもいた。
そんな私の方を見て、カーナイル様は苦笑を浮かべながらため息をついた。
「全く。あなたのそういうところはアルザス殿によく似ている」
「親子だからでしょうか?」
そんなことを言うと、カーナイル様はもう一度苦笑をして表情を引き締めた。
「不甲斐ない姿を見せてしまいましたね。では、仕事に取り掛かりましょうか」
「はい。そういたしましょう。もうあまり時間はないのでしょうし」
「ええ。恐らく、数日以内にはマトワール卿が動くはずです」
隣の領主が動くという言葉を聞き、フィナリアは頷いた。
「カーナイル様は、マトワール卿に対する納税義務を放棄されていたのですよね?」
「ええ。ですからマトワール卿は私たちを粛清しなければ危うい立場にあるはずです。攻めてこないという選択肢はないでしょう」
「ではカーナイル様。その戦いの先陣は…」
こうして人間界始まって以来、初めて獣人たちを率いる義勇軍が結成された数日後、リスタコメントス東部にて大きな内乱が発生しようとしていた。




