ファーレンベルクの本質
トルデリシア帝国から脱出した俺たちは、ファーレンベルクにまたがったまま真っ直ぐにカーナイル領に向かって移動していた。
脱出した直後は追跡部隊を出動させたようだったが、すぐにファーレンベルクが振り切ってしまった。
単純な移動速度だけでも圧倒的なのに、地形に左右されることないファーレンベルクと違って地上を移動する部隊がどうやっても追いつけるはずはないのだ。
そんな状態であるにも関わらず、ほぼ休息なしに移動を続けたのはフィナリアの提案に従ったからである。
「なら、もうすでに俺たちが帝国と敵対したということが各地に連絡されていると?」
「はい。恐らくクウヤさんとトリストスさんは既に指名手配されていてもおかしくありません。ともすれば私もですね。ですから、カーナイル様の元以外は危険と考えるべきです」
そんな返答をするフィナリアに、俺は浮かんだ疑問を口にした。
「それにしても、よく俺たちがあそこにいるってわかったな。どうやったんだ?」
「実は全部ファーレンベルクのおかげなんです」
「ファーレンベルクが?」
「はい。クウヤさんのいるところに向かってほしいと言った私を乗せたまま、まっすぐに帝都の西を目指して飛んでいました。それで上空からしばらく様子を見ていたのですが、突然ファーレンベルクが私の制止を振り切って一際大きな建物に飛んで行ったんです」
「で、あの状況になったと?」
「はい」
フィナリアの話を聞いて俺はファーレンベルクを見下ろした。
女神レンシアは、ファーレンベルクを俺とリンクさせたと言っていた。
俺にはとんとわからないが、もしかしたらファーレンベルクには俺の危機を察知出来るのかもしれない。
「…ありがとな。またお前に助けられた」
そう言って背中を撫でた。
しかし直後、俺の背に座るトリストスが険しい声で口を開いた。
「フィナリア。なぜこうまでして俺たちを救出しようとした? こんな、人間界全体から睨まれるようなことをして」
そのトリストスの質問に、俺はその意図を理解して軽く血の気が引いた。
ファーレンベルクに乗ったまま帰還したとすれば、俺たちに巻き込まれてフィナリア、カーナイルの二人も含めて領地全体が帝国に目をつけられることになってしまう。
そんなリスクを冒すだけの理由が、俺には見つけられなかったからだ。
「…詳しい話はカーナイル様が一緒の時にするのがよろしいでしょう」
「つまり、あいつもグルってことか」
トリストスがそう呟くと、気が付けばカーナイルの屋敷が見えてきていた。
「ファーレンベルク」
「クルルゥ」
俺の指示に、ファーレンベルクはカーナイルの屋敷中庭目指して高度を下げた。
最後に一度大きく羽ばたいて、ファーレンベルクはいつもの中庭に着陸し、俺たちはその背から飛び降りた。
しばらくぶりに戻ってきたカーナイルの屋敷に到着し、ある程度慣れ親しんだ拠点に戻ってこれた安堵と、この先の状況に対する不安の交じった複雑な心境になってはいたが。
「ご苦労様、ファーレン…ベルク?」
俺がねぎらいをかけようとすると、ファーレンベルクは突如その巨体を横たえた。
「おい! どうしたファーレンベルク!!」
その様子に駆け寄った俺の目の前で、ファーレンベルクは荒い呼吸を吐きながらその目を閉じていた。
「……やっぱりか」
そんなファーレンベルクの様子を見て、トリストスがそう呟いた。
「トリストスさん。これは一体…」
「俺たちが脱出するとき、ファーレンベルクは敵の魔法をくらっていた。フィナリアの嬢ちゃんが多少軌道を逸らしていたが、あの魔法はこいつの翼を打ち抜いていた」
「でも、ちゃんとここまで飛んで……」
「無理を押してここまで飛んできたってことだろう。俺たち…いや、お前を守るために」
「!!」
その一言に、俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
あの時、フィナリアが迎撃したとはいえ、ファーレンベルクは敵の魔法をその翼に受けたのだ。
以前ベヘルや山賊たちと戦闘になった際にほとんどダメージを受けていなかったため今回も大丈夫だと思っていなのだが、どうやら魔法についてはそうではないらしい。
「そんな、ファーレンベルク。お前」
それなら、俺の命令に従わなければ良かったのに。
そう口走りそうになり、俺はその言葉を飲み込んだ。
命令を下したのは自分であり、そんな自分を守るためにファーレンベルクは倒れ込むまで飛び続けてくれたのだ。
そんなファーレンベルクに対して、そんな言葉をぶつけることはするべきではないという想いが、俺を閉口させた。
「クルル」
そんな俺の様子に、ファーレンベルクが慰めるように目を開けてそう鳴いた。
こんな状態であるのに、俺に心配するなと気遣ってくれているその心根が、何よりも痛かった。
「立ち上がれクウヤ」
うなだれる俺に、突如トリストスがそんなことを口にした。
「今ファーレンベルクの体から魔力が抜け出ている。だから、お前の魔法でその傷口をふさげ」
「え? そんな事やったことがありません」
そんな俺に対し、トリストスは変わらず強い目線でおれを見た。
「お前がやれ。ファーレンベルクはお前の相棒だ。お前が治療してやらずにどうする」
「いや、でも…」
しどろもどろになる俺に、トリストスは歩み寄って俺の両肩を掴んだ。
「こいつはお前を助けるためにここまで命を懸けて飛んできた。なら、お前がそれに応えずにどうする」
「!!!」
その言葉が、再び俺の心を深くえぐった。
ファーレンベルクは命を懸けて俺を助けてくれたのに、その俺がこんなところで蹲っていてどうすると、トリストスの目が訴えていた。
「…はい!」
トリストスに促され、俺はファーレンベルクの体に触れて白魔法を発動させる。この世界に来てからずっと世話になっていた相棒に触れ、その体に今の自分の持つすべての魔力を流し込んだ。
その時、俺は初めてファーレンベルクの力の一端を理解した。
女神レンシアの霊獣ファーレンベルクは、膨大なまでの魔力の塊だった。
だからこそ、その身を矢で貫かれても、ベヘルの剛腕で地面に叩き付けられても平気な顔をしていたのだ。
そんなファーレンベルクだからこそ、魔法をその身に受けて魔力を削り取られてしまうのが致命的なのだ。
魔法の被弾により肉眼には見えない傷ができ、その傷から魔力が漏れ出しているのだ。
(なら、俺の魔法でその傷をふさいでやればいい!)
俺の感覚に直せば傷口から血が流れ出ているような状態。
そんな中で、ファーレンベルクは俺たちをリスタコメントスまで運んでくれたのだ。
そんな相棒に対して俺がするべきなのは、謝り悔やむことではなく、その身を捧げてくれたファーレンベルクが、一日も早く元気になるように介抱すること。
幸い、俺にはその力があるのだから。
「う、おおおぉぉぉぉぉおおお!!!!」
以前トリストスに対して行った時と同じ、いやそれ以上の集中力をもって俺はファーレンベルクに魔力を注ぎ込む。
枯渇するなら枯渇しろと言わんばかりに魔力を放出していた俺の体に、突如異変が起こる。
ひどい倦怠感、激しい喉の渇き、際限なく速くなる動悸、内側から殴られるような頭痛、それらが俺を襲ったのだ。
以前ロウセイとフィナリアの二人に忠告された魔力の過剰放出による症状が俺を襲い、思わず魔法の発動を止めそうになってしまった。
しかし俺は歯を食いしばったまま魔法の発動を断行した。
まだファーレンベルクの治療は終わっていない。今魔法の発動を止めるわけにはいかない。
激しい嘔吐感や激痛に苛まれ、気を抜けば一瞬で飛びそうになる意識の中で、徐々に俺の中の時間間隔がマヒしてきた。
今どれほどの時間魔法を使い続けていたのかが分からない状態で魔法を使い続ける最中、突如俺の体から力が抜けた。
「あ、れ…?」
気が付けば崩れ落ちていた俺を、隣でフィナリアが抱きかかえていた。
「…フィナリア。ファーレンベルクは?」
そんな俺の質問に、フィナリアはゆっくりと視線を上げた。
そこには、静かな寝息を立てながら横たわるファーレンベルクがいた。
「よくやったクウヤ」
「トリストス、さん?」
「魔力の流出は収まった。後はしばらく横になっていれば快復するはずだ」
「そう、ですか」
見ると、フィナリアが俺の頭に手を当てていた。
その手がほんのりと白く光っていて、その手から暖かい何かが流れ込んで生きていた。
「ありがと、フィナリア。ごめん。少し眠い」
「ええ。お休みくださいクウヤさん。ファーレンベルクも、クウヤさんも、私がしっかり看ていますから」
フィナリアの言葉にうなずき、俺は微睡に落ちて行った。
彼女の手から、変わらぬ温もりを感じながら。
中庭にてフィナリアに膝枕をされながら白魔法をかけられているクウヤを見るトリストスは、突如背に人の気配を感じて振り返った。
「ご苦労だったな。トリストス」
「ロウセイ。見ていたのか」
突如、どこからともなく現れた偉丈夫に話しかけられ、トリストスははそう言い返す。
以前帝国で遭遇しただけだが、この男は忘れようがない。
クウヤとも面識があるようだったので、別にリスタコメントスにいても驚きはしないが。
「トリストス。少し来てもらえるか?」
「…まあ、いい」
そう言われ、トリストスはロウセイの案内についていく。
案内されたはカーナイルの執務室で、中には部屋の主が待っていた。
「さて、帝都にて何があったか話してもらえるか?」
「ああ、実は」
ロウセイの質問に、トリストスはトルデリシア内部で起きた出来事を包み隠さずに話した。
・皇帝が帝都の西に位置する都市に駐留していたこと。
・謁見の最中にエベルスという将軍が剣を抜いたため、それを奪い取ったこと。
・そのままドルガーと戦い敗れたこと。
・フィナリアが救出に来てくれなければクウヤともどもやられていたこと。
・ファーレンベルクが魔法によって負傷したこと。
思い出せる限りを鮮明に伝えた。
「なるほど。よくぞご無事でした」
話を聞き終えたカーナイルが、トリストスにねぎらいの言葉を送った。
「…ファーレンベルクとフィナリアはあんたの差し金か?」
「はい。万が一のことが起こらぬように送っておいたのですが、どうやら正解だったようですね」
カーナイルの返答に、トリストスは眉を寄せた。
「確かにそのおかげで助かったが、とても領主が取る選択だとは思えないな。カーナイル。あんたはいったい何のために俺たちを助けた?」
「それはですね…」
そう言ってカーナイルはトリストスに事情を説明した。
その説明を聞き、トリストスは眉をひそめる
「…正気か?」
「帝国がまともな判断を下してくれれば私たちもこのようなことをする必要はありません。ですが、オルバール皇帝はこともあろうに魔族に破壊された宮殿を立て直すために、民へさらに重税を課そうとしています。そのような状態で、魔族たちが再び攻め込んでくれば今度こそ人間界はおしまいです」
「つまり、あんたはまた魔族が攻め込んでくると思っているんだな?」
「それはわしの推測だ」
トリストスの質問に対してロウセイが横やりを入れた
先ほどカーナイルが『魔族に破壊された宮殿』と言っていたあたりで明後日の方を向いていたように見えたが、トリストスは気にせずに質問を続行した。
「なぜそう思う?」
「魔族の侵攻を阻止してからわしなりにあれこれ調べてみたのだが、どうもシェルビエントの砦を破壊した魔族は2、3人。しかも証言ではお主らが倒した吸血皇王とも、わしが相手をした悪魔王とも特徴が一致せんのだ」
「つまり、魔界にはさらなる戦力が潜んでいると?」
「少なくともそう考えて臨んだ方がいいという話だ」
「…シェルビエントの兵士は全滅したものと思っていたが、生き残りがいたのか」
「うむ。砦が崩壊したときにかなりの魔導師が離脱したのでな、そいつらから話を聞きだすのに時間がかかってしまった」
何の気なしにそんなことを告げるロウセイにトリストスは内心絶句していた。
自分も魔力を察知することはできると断言できるが、それはあくまで魔法を発動させる兆候を読み取れるというだけであり、臨戦態勢でもない魔導師は一般人と区別がつかない。
それを見つけるのに梃子摺るだけと口にするロウセイに対してトリストスは底知れぬものを感じたが、即座にそれを頭から追い払った。
「なら、俺は一度フォルシアンへ帰ることにする」
「トリストス殿? どうされました突然?」
突如そんなことを口にしたトリストスに、カーナイルがそんな疑問を口にする。
そんなカーナイルに、トリストスは理由を説明した。
「ドルガーってやつとやりあって思った。恐らくあいつは、俺が全力を持って挑んでも勝てるかどうかわからない怪物だ。一度フォルシアンに戻り、相応の用意をする必要がある」
「そうか、お主ドルガーと戦ったのか」
「…あいつを知っているのか?」
「うむ。あ奴はかつて帝国筆頭魔導師だったころのわしの数少ない友だった男だ」
ロウセイはトルデリシア帝国の方を向いてそうつぶやくように告げた。
なるほど目の前に立つ男の戦友であればあの実力も納得できると、トリストスは結論付けた。
「一つ聞いておきたい。皇帝の側近に、ファーレンベルクを打ち抜くような魔法を扱った魔導師たいた。そいつに心当たりはあるか?」
「……ある。魔道総師ロイルド・インディオス。かつてわしを帝国から追放した男だ」
「そうか」
ロウセイの言葉に、トリストスはそういって踵を返した。
「…また会おう。剣士トリストス」
「ああ。今度は不覚を取られたりはしない」
そう言って、トリストスは北へ向かって歩き出した。
いずれ訪れる戦いに備えるために。




