救出作戦
「クルルルゥ…」
「今はダメ。後三日だけ待って」
クウヤとトリストスがリスタコメントスを出発(連行と言った方が正確かもしれない)してから6日後、フィナリアはひたすらファーレンベルクを諌めていた。
クウヤが連行された直後、ファーレンベルクは真っ直ぐにクウヤの方を向いて今にも飛び出しそうになっていたので、フィナリアはそんなファーレンベルクを制止したのである。
本来ならファーレンベルクはクウヤの命令以外を聞かないが、今回クウヤは出率の前にファーレンベルクに対してフィナリアのいうことを聞くように厳命している。
だから限定的にフィナリアの指示に従っているのだ。
もっとも、そんな命令もクウヤの危機を感じ取れば無視してしまうだろう。
そんなことを考えるフィナリアの元にカーナイルが歩み寄ってきた。
「フィナリアさん。お加減はいかがですか?」
「カーナイル様。仕事はいいのですか?」
「現状、クウヤ殿を無事帝都から救い出すほどに重要な仕事はありません。そのためには、あなたに英気を養ってもらう必要があるので」
カーナイルの言葉に、フィナリアは一つ浮かんだ疑問を口にした。
「カーナイル様。今すぐにクウヤさんを奪還するわけにはいかないのでしょうか?」
フィナリアの質問に、カーナイルは難しい表情を浮かべた。
「穏便に済むのであればそれに越したことはありません。可能であれば、現時点で帝国と敵対するのは避けたいことですから」
「…そうですね」
「とはいえ、クウヤ殿を救出しない理由にはなりません。帝国がクウヤ殿に危害を加えると決まったわけではないのですから」
「本当にそうでしょうか?」
カーナイルの言葉に、フィナリアはそんな疑問を口にした。
虚飾を許さない強い口調にカーナイルは少々閉口し、おもむろにその口を開いた。
「ライエット・メイスナー。先日クウヤ殿を連れて行った使者の名です」
「?」
突然カーナイルが口にした貴族の名前に、フィナリアは首を傾げた。
「その方がどうかされましたか?」
「…私も領主という立場から、帝都の貴族たちと会合する機会が多々あります。その貴族たちは自分達が裕福に暮らすために他者を蹴落とすことに試行錯誤する日々を送っています」
そのことはフィナリアも覚えがある。
帝都の貴族たちは自分たちが裕福に生きるために他者を蹴落とす。言い方を変えれば権力争いに明け暮れているのだ。
逆を言えば、貴族たちは出世にのみ注力するため、辺境に対しては全くと言っていいほどに興味を示さない。
カーナイルの治めるリスタコメントス東部地方は大森林が隣接する辺境のなかの辺境なので、貴族たちの興味からは見事に外れる。そのため、納税義務さえこなしていれば貴族たちの目にはばかることなくかなりの自由な統治が可能となっている。
恐らくリスタコメントスの中央や西部ではカーナイルのように自由に歩き回ることはできないだろう。
「それとメイスナー殿に何か関係が?」
「ええ。私の主観に過ぎませんが、あの方はそんな貴族たちとは明らかに違っていたのです」
「どういうことですか?」
「普通の貴族たちは私たちをあざ笑います。しかし、メイスナー殿は私やクウヤ殿をあざ笑うわけでもなく、蔑むわけでもなく、ただ観察していました。それも、底冷えするような鋭い目つきで」
カーナイルの意見に、フィナリアはその表情を僅かに強張らせた。
「では、その方がクウヤさんに目を付けた理由は?」
「それは分かりません。ただ、他の貴族と違ってメイスナー殿は地方領主だからと侮るような相手ではないでしょう。正直、今の帝国にあのような貴族がいたのに驚いております。あの方は危険です」
「…だからクウヤさんの救出をなるべく遅らせているのですか?」
「ええ。あの方は危険です。ともすれば、クウヤ殿を我々に奪還させ、こちらの叛意を探ろうとしているのかもしれません。そもそも、本来であればこのような辺境に使者を送る必要などなく、通信水晶で命令を下すだけで済むはずの話ですから」
「では、クウヤさんを救出した後は……」
「否応なく、動くことになるでしょう」
その言葉を聞き、フィナリアは思わず腰に佩いた剣の柄に手を当てた。
その三日後、クウヤが帝都にたどり着く前日に、フィナリアはファーレンベルクにまたがり帝都上空にてその様子を眺めていたところ、ファーレンベルクがクウヤの危険を察知し突入したのである。
「クウヤさん!!」
突如広間の壁を破壊して現れたファーレンベルクとフィナリアに、俺は大いに困惑した。それが夢幻のように思えたからだ。
半ば放心する俺を、トリストスが文字通り首根っこをひっつかんで走らせた。
「逃げるぞクウヤ!」
「は、はい!」
言われてようやく俺は状況を把握した。
来るはずのない救援が来たのだ。
まっすぐにファーレンベルクに向かって走る。
つんのめりそうになるが、それでもなお走った。
「行かせると思うのか?」
しかしそんな俺たちをあざ笑うかのようにドルガー将軍が立ちはだかった。
「ファーレンベルク!」
そんな状況に、俺は咄嗟にそう叫んでいた。
そして相棒は予想していたかのようにその口を開けていた。
「!!」
ファーレンベルクの様子に気が付いたドルガーが剣を構える。
直後、ファーレンベルクの口から火球が放たれた。
その火球に対して、ドルガーは手にした剣で真正面から受けとめた。
「ぐくうぅ、ぉぉぉオオオオ!!!」
火球を受けたドルガーは、そのまま床を削りながら押し込まれていたが、壁にぶつかる直前に獣のような雄叫びを上げ、手にしていた剣を振り抜き、火球を上方へとそらした。
受け流された火球が天井に激突して大爆発を引き起こし、着弾地点に大穴を開けた。
「うおぉ!!」
しかし爆発した天井が崩れ、ドルガーがその瓦礫に巻き込まれる。
「クウヤさん。早く!」
「お、おう!」
フィナリアに促され、俺はファーレンベルクの背に飛び乗る。
最大の敵であるドルガーががれきに埋もれた今が最大の好機と見て、ファーレンベルクは大きく羽ばたいた。
ファーレンベルクの羽ばたきによって巻き起こった爆風によって広間の中にいた皇帝の臣下達は皆ひっくり返っている。
助かる。
そう俺が思った時、自分の後ろにまたがっていたトリストスが突如大声を上げた。
「フィナリア! あれを迎撃しろ!」
その声に、フィナリアは咄嗟に皇帝がいる方を向いた。
つられるように俺もその方向を向く。
否、正確には皇帝の近くにいる何者の方をである。
その何者かは、明確な敵意をこちらに向けた状態で、水色の魔力をたぎらせながら魔法を発動させようとしていた。
「分かりました!」
トリストスの指示を聞き、フィナリアはその身から魔力を迸らせ、得意としている風魔法を練り上げる。
直後、皇帝の隣にいた男の魔法が紡がれた。
『水鳴閃』
その右手から水の塊が放出された。
否、それは水塊などという生易しい代物ではない。
高密度に圧縮された水が、まるでウォーターカッターのような勢いで射出されたのだ。
しかもそれがまっすぐにファーレンベルクに向かって飛んできている。
それに対し、フィナリアも魔法を紡ぎあげる。
『風壁!』
こちらに真っ直ぐに飛来する高圧水流を、フィナリアが目に見えぬ風の障壁によって迎撃した。
二つの魔法がぶつかり、広間内に爆音が響きわたる。
「…あ!」
直後、俺の目には水鳴閃がフィナリアの風壁を貫通する光景が目に入った。
飛来する高圧水流が、フィナリアの生み出した障壁によって直撃コースを外れながらも、ファーレンベルクの片翼に着弾してしまったのだ。
「ピッ! ピュゥゥゥウウアアアアア!!!!」
しかしファーレンベルクはその直撃を受け僅かに体勢を崩したが、すぐさま天井に空いた大穴から飛び出した。
「よし。ファーレンベルク。このままカーナイル領まで飛んでくれ!」
「…クルルゥ」
俺の指示に、ファーレンベルクは頷き、南東の方角へと飛んで行った。
ガラガラと音を立てて瓦礫の山が崩れる。
それは外部から瓦礫を排除した音ではない。
瓦礫に押しつぶされたドルガー本人が内側から瓦礫を持ち上げ、打ち崩した音であった。
「さすはドルガー将軍。あの程度でどうにかなるお方ではありませんな」
瓦礫を押しのけて脱出したドルガーに対し、いつの間にか皇帝の隣に立っていた魔導師がそのように声をかけた。
「ロイルド卿。先ほどは皇帝を守っていただきかたじけない」
そう言ってドルガーは軽く会釈をする。
トリストスとドルガーの激戦は広間全体に無数の傷跡を残している。
しかしその中で一か所だけ無事な個所が存在している。皇帝の座っている狩り玉座の付近である。
自然には決して起こりえないその現象は明らかに人為的にその一帯を誰かが守った証拠であり、この場に居る者の中でドルガーとトリストスの戦いの余波を鎮めることが出来るのは、ドルガーが知る限り一人しかいない。
帝国魔道総師であるロイルド・インディオス。
帝国の魔道士たちを総括する人物である。
「いえいえ。あれほどの武人が相手では彼のグランガイス卿と言えども一筋縄ではいきません。むしろよくぞ打倒されたと賛辞を送りたい」
「だが、取り逃した。わしも耄碌したものだ」
「ドルガー卿が耄碌されたなどご冗談を。何しろあの炎鳥は私の魔法でも仕留めきれなかった正真正銘の怪物。そのような怪物の一撃を受けて平気な顔をしているドルガー卿が悔いる必要はないのではありませんかな?」
「……魔道総師殿が仕留めきれなかったと?」
その言葉にドルガーは眉をひそめた。
ロイルド・インディオスという男は、かつてドルガーの友であった者を宮殿から追い出した張本人であり、自分とは相容れない相手ではあったが、その実力だけは十分すぎるほどに認められるものであった。
その魔道総師が仕留めきれなかっとなれば、いかに先ほどの炎鳥が規格外の存在なのかが分かるというものだった。
想像の上を行く状況に思考を持って行かれそうになったドルガーは、しかし直後に皇帝の前に傅いた。
「陛下。申し訳ございません。処刑を命じられたにも関わらず、敵に逃亡を許してしまいました」
「その通りだ! 帝国最強の将軍であるドルガー・グランガイス卿がしくじるとは何たることか!」
そんなドルガーの謝罪に、エベルスが憤慨を隠そうともせずにそのようなことを言いだした。
しかしドルガーはエベルスの言葉には眉一つ動かさずに、傅いたまま皇帝の言葉を待った。
「エベルス。少し黙れ」
なおも喚き散らすエベルスに対してオルバール皇帝がそのように口を挟んだ。
皇帝にそのように窘められ、エベスルは渋々とその口を閉じた。
直後、オルバールは自身の座っていた肘掛を殴打し、叫んだ。
「なぜあの者が生きておる!!!」
オルバールの言葉に、ほとんどの者がクウヤとトリストスを連想した。
「陛下。それはドルガー将軍が撃ちもらしたからであって」
「違う! 炎鳥に乗ってあの二人を助けに来た女のことを言っている!!」
エベルスがドルガーを貶めようと口にした言葉に対し、オルバールは激怒したままそのようなことを口走った。
「奴は…フィナリアは、死んだはずではなかったのか…」
自らの肘掛を握りつぶさんばかりにオルバールは憤怒をあらわにする。
「陛下。あの炎鳥を携えた女にどのようなご縁があったのですか?」
オルバールの顔色を伺いながらロイルドがそのように質問した。
その問いに対し、オルバールは憤慨を隠そうともせず、吐き捨てるように口走った。
「あの者は、余の妻になるはずだった女だ。魔物の群れに襲われ死亡したと聞いていたがな」
「…なんと」
オルバールの言葉にその場にいたものたちが騒然となる。
その場にいた臣下の一人がオルバールの言葉に対して疑問を口にした。
「では、なぜその者が炎鳥に乗ってあの者達を救出したのでしょうか?」
「余が知るはずなかろう! それを調べるのがお主らの仕事ではないのか!!」
激怒する皇帝に対し、エベルスが口を開いた。
「では、早速あの炎鳥が生息していたリスタコメントス東部を調査しましょう。無論、宮殿の再建も並行して行います」
「…よかろう。エベルス。お主に任せる」
憮然と言い放つオルバールに対し、エベルスは会釈して応じた。
その光景を、ドルガーは傅いたまま観察していた。




