柔の剣士と剛の戦士
広間内は騒然としていた。
その場にいた者達は全員が壁際に避難していた。
なぜなら、広間の中央にて二人の剣士が殺し合いを始めていたからだ。
しかもただの殺し合いではない。
二人の超人同士のぶつかり合いである。
およそひと月半前に帝都を襲おうとした悪魔たちを一刀両断してのけたトリストスの剣技は、得物が変わったといっても変わることなく尋常ではない鋭さと冴えを保っていた。
だというのにドルガーは、俺の目の前でトリストスと互角以上の戦いを繰り広げていた。
「ハアァァ!!」
気合と共にドルガーがトリストスに剣を叩き込む。
ゴウン!
恐ろしい風切り音がその剣閃に続いた。
ドルガーがその肉厚の剣を振るうたび、身の毛もよだつような音が広間内に響き渡る。
その一太刀一太刀がどれほど重い剣閃なのかを裏付けるかのような轟音を前に、しかしトリストスは一歩も怯んでいなかった。
一太刀ごとに轟音を鳴らすドルガーの剣に対し、トリストスはまるで空気さえも切り裂きかねないほどに鋭く手にした剣を振るっていた。
事実、先ほどから大広間にはドルガーの剣が空気を押しつぶすような轟音は響いているのだが、金属同士がぶつかり合うような音は一切響いていない。
理由は単純。
トリストスが自身に迫りくるドルガーの剣を受け流しているからだ。
金属同士がぶつかり合えば、それがどれだけ小さな衝突であったとしても金属音が響くものだ。
だというのに、トリストスはドルガーの剣を捌く際に、ほとんど音が出ないほどにやんわりと剣を当てて太刀筋を逸らしているのだ。
フィナリア相手に行っていた馬鹿げた受け流し技術。
トリストスはそれをこともあろうにドルガー将軍相手に行っているのである。
とはいえ、それだけではドルガーの攻撃を完全に逸らしきることはできない。
豪快に見えて狙いそのものは極めて正確に急所を捉えてくる。
ゆえにトリストスはその長刀の間合いと立ち回りでもって牽制し、撫でるように剣を合わせ、わずかに逸れた太刀筋を流れるような動作で回避していた。
「は! 見事なものだな! 太刀筋、立ち回り、見切り、どれをとっても超一流だ。魔族を単身で撃破したというのもうなずける!」
「あんたこそ。まさか帝国にこれほどの剛剣使いがいたとはな!」
大気さえも叩き割りかねないような剛剣と、空気すらも切り裂くような鋭刀の二つがぶつかり合う。
ドルガーが突撃すると、それに合わせるがごとくトリストスが剣を振るう。
その太刀筋は、一切の情けなくドルガーの首に吸い込まれていく。
本来なら極めて狙いにくいため、最大の急所でありながらまともな剣士であればまず狙わないであろう箇所を、トリストスは持ち前の技の冴えにて寸分の狂いなく狙っている。
(全く、これほど正確無比に首を狙われては、一瞬でも防御をおろそかにすることが出来ん!)
その太刀筋に対応するためにドルガーはその攻撃を得物で防いだり、体勢を崩して回避したりといった行動をとらされているため、思ったように攻撃が出来ずにいた。
しかしそれはトリストスにとって優位を示すものではない。
ドルガーの剣はトリストスの剣と比べて明らかに肉厚で、見るからに重そうな代物であった。
(どんな腕力をしている。まともに打ち合えば、今手にしている剣ですら一撃でへし折られかねんぞ!)
エベルスと呼ばれた男から奪い取った剣は、手入れこそ適当なものだが帝国の将軍が持つにふさわしい名剣とよって差支えない。
エベルスと言う男の身の丈に合わない名剣ではあるが、しかしそんな剣が受け流しをするたびに悲鳴を上げているのだ。
トリストスにとって、首を狙いドルガーの剣を受け流しているのはそれが得意だからというのもあるが、今現在はやむを得ずに過ぎない。
ドルガーの剣圧は尋常ではなく、正面から打ち合えば剣もろとも叩き潰してしまいかねないほどの重さがある。
トリストスが初めてドルガーの突進を見た際、条件反射的にその首を狙うことでその体勢を崩し、そのまま振り抜かれる剣を受け流し、さらに回避することでようやくその攻撃を凌ぐことができた。
今はそれを続行しているだけに過ぎない。
卓越した技量から正確に首を狙うことができているが、トリストスとて本来であればあちらこちらを狙い分けることで的を絞らせずになます切りにすることを得意としている。
だが、ドルガーの闘志と突撃の勢いの前では腕や足の一本を落としたところで躊躇わずにその剣を振り下ろしてくるだろう。
そうなった場合、トリストスは手にしている剣もろとも真っ二つになっておしまいだ。
ゆえにトリストスはひたすらに牽制、受け流し、回避に集中して立ち回っていた。
一見すればトリストスがドルガーを上手くいなしているように見えるかもしれないが、当事者であるトリストスから見れば完全に後手に回ってしまった選択肢に過ぎないのだ。
「……ハァァァ!」
その最中、トリストスはドルガーの攻撃を受け流した直後に、体をコマのように一回転させてドルガーの首を狙いその剣を振るう。
「ムン!」
それに対し、ドルガーはその手にした剣でトリストスの一太刀を防ぐ。
その直後、トリストスはわずかに生まれた隙をついてドルガーの懐に潜り込んだ。
「何!?」
ドルガーの肉厚の剣よりもやや尺度の長い剣を手にしているトリストスは、これまで徹底してドルガーに懐に入られないように尽くしていた。
だというのに突然懐に潜り込んできたので、ドルガーは意表を突かれてわずかばかり動きが止まる。とはいえそれは相手の次の一手に対応するためのもので、致命的なものではない程度のものに過ぎなかった。
だが直後、ドルガーは大きく後方に押し飛ばされていた。
ドルガーの懐に潜り込んだトリストスが取った行動は、空いた左手をドルガーの体に押し当て、そのまま寸勁を放つというものだった。
「その剣技に加え、体術まで達人とはな」
「…これを使わされるほどに追い詰めた張本人が何を言っている」
トリストスに弾き飛ばされ距離を取ることになったドルガーは、再び剣を構えて賛辞を送った。
だというのにトリストスの表情は晴れなかった。
というのも、トリストスにとって先ほどの体術は単純に自分の得意な距離に相手を押しものすために習得したもので、剣術と比べれば付け焼刃にも等しい程度の練度でしか身に付いてはいない。
普通であればまず間違いなく使うこともないし、使うような事態というのはそれこそ剣術が十分に通用していない証拠なのである。
いずれにしてもトリストス自身体術を得意とはしておらず、先ほどの一撃についてもこれまでのトリストスの戦い方から大きく外れた奇襲だったからこそ有効だったのであって、自分の太刀を見切るような相手に二度成功する類のものではない。
つまりは一度限りの仕切り直し用の保険だったのだ。
それを遣わされた時点でトリストスが押されているということになる。
たとえ端から見ている者達や、戦っている相手に見事に裏をかいたと思われたとしてもだ。
(だが、せっかく作った好機を逃す理由もないな)
小さくそうつぶやいたトリストスは、これまで片手で扱っていた剣を両手で握る。
「ようやく本気になったか?」
「…最初から手は抜いてない」
ドルガーの一言に、トリストスはそう返答する。
その返事に、目の前の将軍はその剣を構えたまま口を開いた。
「なるほど。後の前を取る類の奥義か。つまり、わしの動きを見切ったというとこだな?」
「……」
再度の問いかけに、トリストスは無言で応じる。
その様子を肯定と受け取ったのか、ドルガーはにやりと笑う。
「よかろう。ならばこちらも相応の技をもって挑もう!」
そう宣言した直後、ドルガーの闘気がさらに膨れ上がった。
それに呼応するように、トリストスはドルガーめがけて踏み込む。
『八閃!』
『断地斬!』
吸血皇王を切り裂いたトリストスの剣技を前に、ドルガーは何の工夫もなくただ絶大な闘気を纏ったままトリストスを迎え撃った。
俺は目の前で繰り広げられる激戦に圧倒されていた。
トリストスの剣技が卓越しているのは知っていたが、本気のトリストスを見るのはヴィラルドとかいう魔王と戦った時以来だ。
しかもあの時はまだその身を瘴気に侵されていたため、たった一度見えもしない奥義を放つのを目撃しただけ。
ゆえに本当の意味で本気のトリストスの戦闘を目の当たりにするのは今回が初めてなのだが、やはりというか完全に目が追い付かない。
何しろトリストスの太刀筋はおろか、時折本人さえ見失ってしまうのだ。
瞬間移動しているかのように目まぐるしく立ち位置や姿勢を入れ替えるトリストスにも驚愕していたが、俺の目にはむしろそんなトリストスと互角に打ち合うドルガー将軍の方が驚愕の対象だった。
トリストスが本来使っている長刀とは真逆の肉厚の剣を扱う壮年の将軍は、見事に全力のトリストスと渡り合っていたのだ。
俺の目にはどちらが有利か不利かもわからないが、その二人の実力がこの広間の中にいるメンバーの中で完全に飛びぬけているということだけは理解できた。
瞬きさえ忘れて二人の戦いを眺める俺の目には、凄まじい闘志と共に肉薄するドルガーと、それを捌くために巧みに動き回るトリストスの姿がありありと映っていた。
そんな高速先頭の最中、突如ドルガーが大きく後方へと弾き飛ばされた。
見ればトリストスが掌底をドルガーに叩き込んでいた。
その一撃でドルガーが後退して二人の間に距離が出来た。
その状態で二人は二言三言言葉を交わし、トリストスはその剣を両手で構え、ドルガーの身から素人の俺でも分かるほどに威圧感が膨れ上がった。
目を凝らすと、ドルガーの手にしている肉厚の刃が黄色く光っている。
(あれは、フィナリアが言っていた)
奥義。
風の魔力を宿していたフィナリアは、手にしていた剣を緑色に輝かせていた。
そして、ドルガーはその剣を黄色く光らせている。
(トリストスなら気が付いているんだろうけど)
俺がそんなことを思うと、直後その二人が相手に向かって踏み込み、交差した。
すれ違った二人の剣士は、互いの得物を振り抜いた姿勢のまま硬直していた。
それまで広間内を支配していた二人の闘志も、まるで台風の目に入ったように消え去っていた。
それはとりもなおさず、この勝負に決着がついたということだ。
「…どう、なったんだ?」
俺がそうつぶやいたとき、片方の剣士が崩れ落ちた。
崩れ落ちたのは、トリストスだった。
「トリストスさん!!!!」
気が付けば俺は驚愕の声をあげながら駆け寄っていた。
幸い誰もそれを止めようとしなかったので俺は無事トリストスの元へ駆けつけ、状態を確認した。
トリストスの体には右肩から左わきにかけて深い切り傷がついており、手にしていた剣は半ばからへし折れていた。
「すぐに傷を治します。しっかりしてください!」
そう叫びながら俺はなんの加減もなしに白魔法を発動させる。
見る見るうちに出血が収まり、肩で息をしていたトリストスの呼吸が和らいだ。
「ほう。今の一撃を受けて命があったのか。とっさに致命傷を避けたか? お前も、それほどの重傷を瞬く間に癒すとは、並みの術者ではないな」
そんな俺の前でドルガーがそんなことを告げる。
その身は何か所かから出血しているが、どれも擦過傷と言える程度のものだった。
トリストスが放った八閃は、一瞬のうちに8度の刃を敵に叩き込むという尋常ならざる早業だ。
しかしそれが致命傷になっていないということは、恐らくドルガー将軍はトリストスの八閃、その一刀目を正確に見切り、その剣を両断したのだ。
結果として剣の間合いが短くなったトリストスの攻撃はドルガー将軍に届かなかったということになる。
全身に擦過傷しか負っていないのはそう言うことなのだろう。
トリストスを倒した目の前の将軍に目を向けながらも、俺は白魔法を発動させるのをやめなかった。
「クウヤ…逃げろ」
俺の白魔法を受けながらトリストスがそんなことをつぶやいた。
「無茶いわないでください。こんな状態、俺一人で逃げ切れるわけがない」
敵地のど真ん中で、トリストスを正面から打ち破るような将軍に目をつけられているのだ。
ファーレンベルクがいるならまだしも、俺一人ではどうやってもトルデリシアから脱出することなど不可能であるし、そもそも目の前に立つ将軍一人を相手にすることも出来ない。
「くそっ!」
悪態をつきながらトリストスへの治療を続行する。
わかっている。トリストスが回復したとしても、こんな深手が僅かな時間で快復するはずがないし、そもそも得物がおれている。
だが、現実的な話としてトリストスなしで俺が生き残れる道がない。
そして現実的な話を無視しても、悪魔族と戦った時と今回合わせて二度共に戦った戦友とも呼べる存在を捨てて逃げるなど論外にもほどがある。
「ここにいれば俺もお前も共倒れだ。お前に死なれるわけにはいかない。逃げろクウヤ」
「俺一人で逃げ切れるわけないでしょ! 早く起きてください!」
そんな俺の視界の端で、豚皇帝が何やら耳障りな笑い声を上げた。
「ファハハハハ!!! よくやったドルガー。余の前で剣を抜いたのだ。その罪は死罪以外あるまい。さあ、さっさとその不届き者達の首をはねるのだ!」
皇帝の命令に、ドルガーは一度傅くように大きく頭を下げ、俺たちの方へと歩み寄ってきた。
「何か、言い残すことはあるか?」
その言葉に、俺は白魔法を発動させるのをやめて足元に転がっていた折れた剣を手に取った。
ただ、半ばから折れた刃をそのまま握っているため、俺の手は刃を直に握っている形になっており、自分の手からは血が滴り落ちていた。
「……いい闘志だ」
そう言ってドルガーがその剣を振り上げた時、突如広間の一角が爆ぜた。
「な、何事だ!」
その事態にエベルスがそんな悲鳴にも似た声をあげた。
ドルガーは俺たちから目を離さず横目で爆ぜた個所を見ている。
そして俺は、その爆発の原因を確認して目を丸くした。
「クウヤさん!!」
爆ぜた広間の壁の大穴には、これまでずっと一緒にいた二人のパートナーである霊獣ファーレンベルクと、白銀の騎士フィナリアがいたからだ。




