謁見の間
「んで、俺がクウヤの護衛になったってわけか?」
「面倒おかけします」
用意された馬車の中で俺とトリストスは愚痴りあっていた。
「でも、カーナイルさんはなんでこんな面倒事にトリストスさんを巻き込んだんでしょう?」
「逆だろう。ファーレンベルクを連れていけないなら、お前は虎穴に単身飛び込むことになる。他の誰かを連れて行けば角が立つが、俺なら連れて行く名目があるってことだ」
「…なるほど」
それでカーナイルはトリストスを護衛に付けてくれて、こちらの剣士様はそれを承諾してくれたということか。
「面倒おかけします」
「面倒をかけるのはお前じゃなくて帝国の方だ。あまり気にするな」
トリストスの言葉に、俺は頼もしさを覚えた。
と同時に、この世界に来て初めて離れ離れになった相棒のことを思い出していた。
「ファーレンベルクが気になるか?」
「ああ、ええ、まあ」
曖昧な返事をする俺に、トリストスは苦笑する。
「フィナリアに任せてきたんだろ。ならあいつは大丈夫だ。それよりお前は自分の心配をしろ」
「自分の心配ねー」
トリストスの言葉に俺は首を傾げる。
帝都というところがどういう場所なのかいまいち見当がつかないため、どう立ち回ればいいのかも今ひとつわからないのだ。
「まあ、最悪の場合は俺がどうにかするさ」
などという頼もしい言葉を口にしてくれた。
しかし、今回は護衛でありながらもトリストス自身も参考人であるため、魔族をぶった切っていた刀は手元にない。
大丈夫なのだろうかと一抹の不安がよぎった。
その頃、リスタコメントス内である二人組が俺たちの事を相談していた。
「クウヤさんが、トルデリシア帝国へ?」
「はい。フィナリアさんがいなかったのは幸いでしたね」
カーナイルから、クウヤあてに帝国の使者がやってきたということを聞いたフィナリアはその詳細の説明を求めてきた。
「でも、神鳥様は…」
「ええ。帝国からの指示で、ファーレンベルク殿は同行することを許されていません」
「だから、トリストス様を護衛に付けたのですね?」
「ええ。あなたもよく知っているでしょうけれど、魔族たちが済む魔界とは違い、帝都は魔窟です。ともすればトリストス殿の剣技も役に立たないかもしれませんが、クウヤ殿お一人で向かうよりはいい」
カーナイルの選択に、フィナリアは顎に手を当てて考え込んだ。
「カーナイル様…」
「懸念は分かります。クウヤ殿たちが帝都にたどり着くのはおそらく10日後です。場合によっては、動かなければならないでしょう」
「…カーナイル様。何かあった場合、私がクウヤさんを迎えに行ってもよろしいでしょうか?」
「ええ。初めからそのつもりです。フィナリアさん以外にそれが出来るだけの力量の持ち主がいませんから」
「では、万が一の場合は帝国に弓を引くことになると?」
「はい」
フィナリアの問いに、カーナイルは迷わず頷いた。
その返答に、フィナリアは眉を伏せる。
「そうなれば、帝国から離反しなければならなくなってしまいますね」
フィナリアの呟きに、カーナイルは頷いた。
「いずれは動き出す予定だった話です。まだ短い付き合いではありますが、クウヤ殿を失いたくはありません」
「……」
押し黙るフィナリアに向かって、カーナイルは言葉を続けた。
「アルザス様であれば、あなたの御父君であれば、どう判断されたでしょうか?」
「……やはり、カーナイル様と同じ判断をされたと思います」
「そうですか。ならば、こちらも備えると致しましょう」
カーナイルの執務室内で、二人はそんな会話をしていた。
俺がリスタコメントスから出発して10日後。俺たちはトルデリシア帝国の帝都の西に位置する都市まで連れてこられた。
そこまではいい。そこまでは予定通りだから構わない。
ただ、俺は現状に対していろいろと困惑していた。
まず、連れてこられた場所が要塞のような仰々しい造りになっていたのだ。
軍人たちがたむろするのであれば納得できるが、帝国の皇帝が住むには不適当と言わざるを得ない。
もう一つは案内された謁見の間とやらが問題なのだ。
いや、謁見の間が問題と言うよりは、この場に漂っている空気の方が問題なのだ。
魑魅魍魎とでも表現すればいいのだろうか?
なんというか、異様に重く粘っこいのだ。
はっきりとわかるほどに欲望と怨念に染まりあがっているのだ。
……ただ呼吸しているだけで気分が悪くなってくるのだ。
さらにもう一つ。
豚のような豚が……失敬。豚のようなまん丸い野郎が多数の臣下らしき連中に囲まれて中央のえらそうな椅子に座り込んでいたのだ。
ついでにもう一つ訂正。大広間の最奥に座り込んでいる男は、豚の方がはるかにスマートと言えるような程にまん丸い。少なくともどこが首なのかわからない位にはまん丸い。
あまりに醜悪な姿なので目を離したいのだが、ここまで醜悪なのもまた極めて珍しいのでついつい目線を向けてしまうという苦行を俺は強要されていた。
目の前の男の容姿について容赦なく言及してもいいのだが、この手のぶくぶく野郎は大概身分が高い場合が多い。
そして目の前の豚男もその例に漏れていない。
名前はオルバール・L・トルデリシア。
何を隠そう人間界最大の広さと人口を誇る魔導師大国であるトルデリシア帝国の皇帝その人なのだそうだ。
んでもって今俺がいるのは帝都の西にある要塞の中の広間。
その要塞内部にて俺は多数の臣下に囲まれた皇帝の前で跪きながら、醜悪な光景と怖いもの見たさという好奇心との矛盾に苛まれていた。
ちなみにトリストスは俺の隣でかなりぎこちなく跪いている。
「拝謁を許したとはいえ、無遠慮に余を見ることを許可した覚えはないぞ?」
「陛下。下々の者にとってあなた様は至高の存在。今のうちにその目に焼き付けておきたいと願っているのでしょう」
と、俺の目の前で豚皇帝とその隣に傅く奴がそんなことを言う。
うん。ある意味至高の(醜いという意味で)存在だということは否定しない。
「ふむ。ならば多少の無礼も許そう。さて、エベルス」
「はい」
エベルスとか呼ばれた奴が一歩前にでる。
見たところ成人男子の平均である俺の身長と大差ないように見えるが、腹がたるんでいるのでかなり大柄に見える。
「我々の部隊の調査によると、帝都の宮殿が何者かに破壊されていた。ゆえに、現在オルバール陛下はこのような場所に留まらねばならなくなっている。さらに、帝都東部の警備に当たっていたトルデリシア軍20万名がやられていた」
何やら偉そうにそう説明するエベルスだが俺はどうでもいいことに引っかかった。
我々の部隊? もしかして隊長か何かのか? あの腹で?
などという俺の失礼な脱線など知らぬままにエベルスは話を続ける。
「我々の部隊が宮殿を破壊した者について調査したところ、帝都内で巨大な炎鳥の目撃情報が多々見受けられた。その炎鳥の行方を調べたところ、お前の名前が挙がったということだ」
メイスナーとかいう使者が告げたことと同じことを自慢げに告げるたるみ腹。
いやに自分の部隊を強調している気がするが、気のせいか?
「我々はお前を重要参考人としてこの場に呼び出した。どうやらおまけがついてきたようだが、今回の件について知っていることを全て説明してもらおうか」
そう言って俺の方を睨むように向くエベルス。
どうやら明らかに敵視されているようだ。
そんな状態でありながら、まあ俺は弁明のために事実を口にする。
「私が帝都についたときにはすでに宮殿は破壊された後でした」
「何? ではそれまで何をしていた?」
「帝都の東にて魔族の討伐を行っていました。ですから帝都内部でおこったことについては分かりません」
「魔族の討伐だと? 貴様何を言っている。魔族は我が軍が打ち取ったはずだぞ?」
「……は?」
エベルスのカミングアウトに俺は思わずそんな返事をした。
帝国軍というのは間違いなく俺が道中で見かけた人の平原の事だろうが、魔族を打ち取ったのではなく一方的に蹂躙されたはずだ。
何しろ悪魔たちを仕留めていたのは間違いなくトリストスなのだから。
「こちらがお前に聞きたいことは、宮殿の破壊はお前がやったことなのかということだ」
……さっきは洗いざらい話せみたいなこと言って、今度は宮殿の破壊とやらの犯人を俺と決めつけての質問かよ。
どうにもこのたるみ腹は自分のペースを崩さない…というより相手の主張を度外視している。
「先ほども申し上げましたが、帝都内でおこったことについては何も存じ上げておりません」
「報告によれば、帝都内で魔族が襲撃してきたという情報は入っていない。また、宮殿は人の手では到底不可能なほどに破壊されていた。そしてその日、帝都には炎を纏った怪鳥が確認されており、その怪鳥の飛び去った方角にはその怪鳥の持ち主がいた」
俺の返答に、エベルスは次から次へと言葉を紡ぎ、一息ついてこちらを凝視した。
「率直に聞こう。宮殿を破壊したのはお前か?」
「何度も言うようですが、自分は宮殿を破壊などしていません」
「そのことに対して、なにか証明できるか?」
エベルスの問いに、俺は閉口した。
俺は現場にいたが、そのことを証明する何かは持ち合わせてなどいない。
まずは探りをいれるために、手持ちの情報との摺り合わせを行ってみることにした。
「先ほど魔族が帝都に入っていないとおっしゃいましたが、それは誤りです。魔族は間違いなく帝都に侵入しています」
「なんだと? 何を根拠に!」
「その話は、実際に魔族を蹴散らしたこちらの武人に聞くのが良いでしょう」
そう言って俺はトリストスを横目で見る。
俺はヴィラルドと彼が戦っているところに横やりを入れたが、それ以前の現場を目撃してはいない。
俺も一応概要はトリストスから聞いているので把握しているのだが、詳細は当事者に説明してもらうのが一番だ。
この場にロウセイがいれば話が早いのだが、いないものは仕方がない。
そんな俺の意図が伝わったのか、その場にいた全員の視線がトリストスへ向かい、その視線にさらされた張本人はおもむろに立ち上がった。
「魔族は間違いなく帝都にも進行していた」
「貴様! ここをどこだと思っている! なんだその口の聞き…」
「魔族どもは帝国兵を蹂躙したのち帝都へと向かっていた。俺はそれをぶった切っていたが、その最中に吸血皇王と名乗る魔族が帝都の方角か奇襲してきた。つまり、俺が魔族を迎撃した時点で奴らの一部が帝都へ向かっていたんだよ」
エベルスはトリストスの態度に激怒していたが、当の本人はどこ吹く風といった具合で淡々と事実を告げる。
そんなトリストスの態度に、エベルスは腰の剣を引き抜いた。
「貴様! 陛下の恩前にて許可もなく表を上げるなど、許されると思っているのか!」
「事実を告げているだけだからそう喚くな。あんたらの情報に間違いがあるから、俺はそれを訂正しているだけなんだが?」
「貴様…!」
ただそれだけの問答でエベルスは顔を真っ赤にして激怒している。
しかし、今にも切りかかろうとしているたるみ腹をその隣に立っている男が制した。
「お主、魔族が帝都に侵攻したと言っていたが、その際に帝都の民にはほとんど被害がなかったと聞く。その理由について、何か知っていることはあるか?」
「あんたは?」
「わしはドルガー。エベルス同様に帝国の将軍を務めておる」
そのカミングアウトに俺は吹き出しそうになった。
あのたるみ腹はよりにもよって将軍だってのかよと突っ込みたかったのだが、そんなどうでもいい俺の内心を口にすることはできなかった。
ドルガーと名乗った壮年の男があまりにも他の臣下達と違っていたからである。
質問の主であるドルガー将軍は、エベルスとは対照的でいかにもな武人だった。
衣服の上からでもわかるほどに隆起した筋肉、一目見てわかるほどに鋭い目つき。油断の欠片も見て取れない姿勢は、ピンと背筋が伸びているのに極めて自然体に見て取れる。
歳はロウセイと同じくらいで叔父さんと爺さんの間位だが、体躯もロウセイ同様に凄まじい。また風格ゆえかただでさえ大きな体躯が一回りも二回りも大きく見える。
(只者ではなさそう…って、ちょっと待て! さっきドルガーって名乗ったか!?)
ドルガー。
確か魔族たちが攻めてくる前にフィナリアから教えてもらったトルデリシア最強の武人の名前がそれだったはずだ。
だとすれば今トリストスと話している壮年の武人は、下手をすればロウセイ師匠にさえ匹敵する超人ということになる。
そんな男の質問に、トリストスは首を横に振って応じた。
「俺たちが魔族を迎撃したときには、すでに魔族の一部が帝都に向かっていた。そうでなければ、俺が戦っていた最中に西から現れた魔族について説明できん」
「つまり、お前たちはシェルビエントから攻め込んできた魔族どもが我が軍を打ち破り帝都へ向かっていたところを迎撃したが、その時点で一部の魔族が先んじて帝都へ侵攻していたということか?」
「まあ、大体そんな感じだ」
「なら、それを証明できるか?」
トリストスに対し、ドルガーはそんな質問を返す。
それに対し、トリストスはドルガーから目を離さずに口を開く。
「帝国兵が魔族と相打ちになったと言っていたが、悪魔どもの死体は帝国兵の西で発見されたはずだ。それが証拠にならないか?」
「貴様戯言も大概にしろ! 魔族風情に我ら帝国軍20万を突破することができるものか! 報告にも、魔族を迎撃して魔界へと追い返したとある!」
エベルスの発言に、トリストスはジトリとその目を向けた。
「それは捏造だろ。帝国兵を見かけたが、どいつもこいつも逃げ惑うばかりで、まるで魔族に抵抗できていなかったぞ?」
「貴様! 戯言を口にするのも大概にしろ!」
トリストスの発言にエベルスが激怒し、その手にした剣を振り上げた。
俺の目から見ても明らかに素人丸出しの太刀筋だ。
本当にこいつ将軍か? と思いながら見ていると、トリストスの右手が突如掻き消えた。
ザザ!
直後、目の前に広がっている光景に俺は唖然とした。
トリストスに剣を振り下ろしたエベルスの前に、いつの間にかドルガーが立っていたのだ。
その手には一振りの剣が握られており、トリストスを牽制するようにその剣を構えていた。
一方ドルガーに剣を突きつけられているトリストスの手にも一振りの剣が握られている。
「え!?」
その光景に、俺は唖然とした。
見ればエベルスは突如空になった自分の手とトリストスがいつの間にか手にしていた剣を交互に困惑しながら目まぐるしく視線を変えている。
……状況から察するにトリストスはあの一瞬でエベルスが振り下ろそうとした剣を奪い取り、それに対応するようにドルガーがトリストスに対峙したということだろう。
「あの一瞬でエベルス将軍の剣を奪い取るとは、見事なものだな」
「……お前こそ、あの刹那の瞬間で間合いを詰めるとは尋常な使い手ではないな?」
剣を構えながら、二人はそんな言葉を交える。
打ち合いの引き金となったエベルス将軍のことなど二人とも眼中にないようだった。
そんな中、剣を手にしたままドルガーがその口を開いた。
「陛下の御前にて武器を抜いた以上、こちらもしかるべき処罰を下さねばならん。覚悟しろ」
「下せるか? 俺は帝国兵を蹂躙した魔族どもを仕留めた男だぞ?」




