強制召喚
「つまり風というのは空気の…圧力? の違いで発生しているんですか?」
「ああ。それと、この地面の回転によって発生している」
トリストスがカーナイルの屋敷に住み始めてからおよそ一か月。俺はフィナリアに現代知識を教え込んでいた。
魔族の被害はシェルビエントやトルデリシア帝国でこそ深刻なものだったが、リスタコメントスではほぼ皆無であった。
そのためトルデリシアにて魔族を迎撃した俺たちリスタコメントス軍は事後処理を放棄して帰還したので結構暇だった。
その間、なぜか俺とトリストスはフィナリアの強化合宿みたいなことを始めてしまったのだ。
トリストスとフィナリアが手合せをして以降、毎日のようにフィナリアとトリストスは剣を交えていた。
そんな中で、フィナリアの剣技は目に見えて磨きがかかっていた。
トリストスの洞察によれば、フィナリアは格上の戦士との戦闘経験が不足していたとのことだったが、そのせいか手合せを始めてから一週間後にはフィナリアの動きが目に見えてわかるほどによくなっていっていたのだ。
んでもってそんなトリストスに対抗して、俺は現代知識をフィナリアに伝えることを始めた。
ロウセイは俺の知識を少し披露しただけで大半を理解していたが、フィナリアはさすがにそこまで至ってはいなかったので、俺が領民たちの治療をしている合間に時々俺に質問をしてきた。
それらの会話が発展し、最終的に俺はフィナリアに勉強を教えることになったのだ。
「…確か、私達は大きな球体の上にいて、その球体が一定の速度で回転している、でしたか?」
「そう。ただし俺たちには重力が働いているから、それでどうこうなるようなことにはならないんだけどね」
そう言って俺は地動説の確認をする。
正直言って異世界にその法則が当てはまっているかどうかを確認するには宇宙空間まで飛び出してみなければわからないのだが、偉大なる航海者が言うように地平線が存在している以上球形なのは間違いないだろうし、実際に朝昼夜が来ているのだから地動説も間違っていないだろう。
「その球体が回転しているから地上も上空も風が吹いている、と」
「そういうことだな」
俺の説明を、フィナリアは半信半疑ながらも咀嚼していた。
ロウセイは元々この世界の考え方に疑問を抱いていた節があったので、先入観にとらわれることもなく俺の話を受け入れていたが、フィナリアは納得するまでに少々時間がかかるらしい。
それでも頭から否定せずに話を聞こうとするので大したものだと思える。
頭の回転も速く、ロウセイと同様にかなり核心部分に至るような質問をしてくるのでこちらも教え甲斐がある。
「あと、その圧力の違いというのは空気の密度の事ですか?」
「そう。この地上には空気が満ちているんだけど、気温や地形、天候によってその圧力が違う場所がある。そうなれば空気は圧力の高いところから低いところに向かおうとする」
「では、風弾が遠くに行けばいくほど威力が下がるのは」
「たぶん、圧縮された風が手元を離れると徐々に霧散していくのと、空気抵抗を受けるからだと思うぞ」
魔法は自然現象を捻じ曲げるもの。
どこまで捻じ曲げられるかは個人の技量頼みだが、捻じ曲げられた物理現象は放置しておけば元通りになるし、外乱も受ける。
例外があるとすれば土魔法で変形させた地面や、白魔法で回復した体はそのまま残るといったところだろう。
ずっと魔法を自分なりに分析した結果、俺は魔法についてそんな法則を見つけたのでそれを教えていた。
結果。
「わっ!」
あれこれ教えて実験した結果、フィナリアの魔法の効力が跳ね上がり、巻き起こる風の強大さに彼女自身も驚くような効果を出していた。
例えば風弾というものが、空気を圧縮した弾丸なのではないかとあたりをつけた俺は、空気を圧縮すれば風弾の威力が上がるのではないかと提案してみたところ見事にその威力が激増したのだ。
「ちょっとコツを教えただけのつもりだったんだが、随分腕を上げたな」
「私も驚きました。今までなんとなく感覚で理解していた部分をクウヤさんに明文化してもらいましたから、魔法の理解が深まったのでしょう」
などと口にするフィナリア。
俺も白魔法を使っているので分かるのだが、魔法を使うというのはかなり独特な感覚なので言葉では説明しづらい部分が多分にある。
しかしそれを明文化することができると理解力が増して魔法の効力も上がるという作用があるので、俺はなるべくそれを明文化しようと現代知識も混ぜながら日々頭をこねくり回しているのだ。
で、それを採点してもらうつもりでフィナリアに教えていたところ、彼女の魔法の腕を上げたのだった。
フィナリアの吸収力がいいので俺もトリストスもつい教えるのに熱が入ってしまうのだ。秀才というのはこういう人のことを言うんだろうと思った。
「…なあフィナリア」
「はい。なんでしょう?」
魔法を教えていて着になったことがあったため、俺はフィナリアに質問することにした。
何のかんの言って、俺は科学や物理を習っているから魔法が使えているようだが、この世界の魔法についての知識は欠如している。
ゆえにこの世界の魔法について知っておきたいと思ったのだ。
「ロウセイ師匠は相当強いらしいけど、あの人は一体どんな魔法を使うんだ?」
「……そうですね。私も直接見たことがあるわけではないので、何とも言えませんが、魔法の奥義と言われる竜形成と、魔道装甲の二つは仕えても不思議はありませんね」
「…なにそれ?」
突如フィナリアが口にした専門用語に、俺は目を瞬かせる。
俺の理解が追い付いていないことを察したフィナリアは、自分の記憶を手繰るように口を開いた。
「竜形成魔法というのは攻撃魔法の一つの到達点と呼ばれるもので、魔法の威力を追求した末に到達すると言われるものです。魔道装甲はそれとは逆に、魔力を身に纏うことで防御を固める代物と聞いています」
「……へえー」
つまり最強の槍と最硬の盾ってことか。
「その竜形成とか魔道装甲ってのは、どうやれば使えるんだ?」
「……並みの魔道士数名分の魔力を極限まで圧縮し、それを自在に扱えないと用いることができない、と言うことは耳にしましたが、それ以上の事は……申し訳ありません」
「謝ることではないと思うんだが……で、その魔法はフィナリアでも使えないのか?」
俺の問いに、フィナリアは頷いた。
「私では魔力量はともかく、魔道に対する理解が足りません。いずれは私も用いることが出来れば、とは思っていますが」
「……ベヘルの竜燐を切った攻撃はなんだったんだ?」
いい機会だと思い、竜人ベヘルに一撃を加えた技がなんなのかを聞いてみることにした。
風を剣に乗せているように見えたが、一体なんだったのだろうか?
「あれは、奥義と呼ばれるものですね」
「奥義?」
フィナリアの答えに、俺は眉をひそめた。
そんな俺に、フィナリアは頷き答えた。
「武器に魔力を乗せることで、その威力を増幅させる方法を奥義と呼んでいるのです」
「……つまり、風の魔力を剣に乗せて切れ味を増幅させたってことか?」
「はい。剣技に合わせて魔法を用いることで、その威力を数倍に跳ね上げさせる。それが奥義なのです」
何の気なしに言ってくれるが、それは恐ろしく難しいことだ。
白魔法が使えるようになった今だからこそわかるが、魔法というものは発動にかなり集中力を必要とする。
俺の場合、白魔法を発動するためには逐一精神統一してようやく発動できるのだ。
だが、いざ実戦となると当然そんな集中などしている時間はない。
ましてそんな状況下で自分の剣戟に合わせて魔法を発動させるとなると、なるほど奥義と呼ばれるだけの難易度はあるのかもしれない。
……フィナリア。
俺が見た限りではベヘルにも完全に遅れを取っていたわけでもないし、普通の魔族が相手であれば一対一でも十分に倒せていた。
そして今、俺とトリストスがノリで鍛え上げてしまったために、あの当時よりも相当強くなっている。
案外そこが知れない。
「フィナリア」
「はい。なんでしょう?」
「何か分からないことがあったら、遠慮なく聞いてくれ。分かる限りは教える」
「は、はい。ありがとうございます」
突然そんなことを口にした俺に、フィナリアは少々驚きながらお礼の言葉を口にした。
だがまあものすごい速さで強くなっているフィナリアに、おしえられるだけのことを教えておくのは必要なことだろう。
そう考え、俺はフィナリアに元の世界の知識を、フィナリアは俺にこの世界のことを互いに教わりながら日々を過ごすことになる。
そんなことが一月ほど続いたある日の話である。
トリストスとフィナリアが立ち合いをしている光景を俺が見学していた時に一人の兵士がやってきたのだ。
「クウヤ様。少々お時間をいただけますか?」
「なんですか?」
「トルデリシア帝国から、クウヤ様に使者がいらしているのです」
「帝国から? 俺に?」
その兵士に案内され、俺はカーナイルの執務室へと向かうこととなる。
そこにはやたらと煌びやかな服に身を包んだ人物がいた。
無表情で、何を考えているのかが読めないその男は、鋭い目つきをこちらに向けてきた。
「クウヤ殿。よくいらっしゃいました」
その男の向かい側に座っていたカーナイルが俺を見るや否やそんなことを言ってきた。
席に着くように勧められたので、俺はカーナイルの隣、使者の反対側の椅子に座った。
何やら鼻につくような表情をしていた使者に対し、俺はひとまず頭を下げた。
「クウヤと申します。本日はどのようなご用件でしょうか?」
適当にそう質問してみたが、帝国からの使者は思いっきりこちらを見下しながら口を開いた。
「お前が炎鳥の持ち主なのか?」
「炎鳥? ファーレンベルクの事ですか?」
名乗りもせずにそんなぶしつけな質問をする使者に対して俺はそんな返答をした。
「質問に質問を返すな。庭にいた炎鳥の持ち主はお前かと聞いている」
俺の返答に不機嫌そうにそう返答した使者に対して内心いら立ちを覚えたが、とりあえず波風立てても面倒なので話を合わせる。
「はい。ファーレンベルクは俺のパートナーです」
「そうか。ならばクウヤ」
全くもって偉そうな態度を崩さないまま使者はこちらを値踏みするように見下しながら。
「トルデリシア帝国まで同行を願おうか」
そんなことを言ってきた。
「……理由をお伺いしても?」
「理由を知る必要はない。お前はただついて来ればいい」
思わず確認を取った俺に対し、使者はぶっきらぼうにそう言い放った。
青筋ができそうになったが、カーナイルが隣にいるため口を開くことを我慢した。
結果として部屋には重苦しい沈黙が下りてしまった。
「……メイスナー卿」
その沈黙を破ったのは、以外にも領主カーナイルだった。
「なんだ?」
「クウヤ殿は私が食客として招いたお方。本人の合意もなく、何の名目もないというのはこちらとしても要求を受け入れ難い。どうか事情をお聞かせ願えないでしょうか?」
偉そうな使者様はカーナイルの方を感情の浮かばない目で眺めていた。
しばし再び重苦しい沈黙が流れた後、メイスナーと呼ばれた使者は面倒そうにため息をついてその口を開いた。
「およそひと月前、魔族の襲撃があり、帝都の宮殿が破壊されたのは知っているな?」
「存じ上げております」
メイスナーの質問にカーナイルが首肯する。
「我々はなぜ宮殿が破壊されたのかという調査していたのだが、帝都に住む者達から、宮殿付近にて炎を纏った巨鳥を目撃したという話を聞いている」
「それは…」
確かに俺はその現場にいて、帝都にいたロウセイに事情を報告し、あとを任せて真っ直ぐにリスタコメントスへと帰還した。
おそらくそれでファーレンベルクの行き先を調べたのだろう。
…リスタコメントスへの帰還にファーレンベルクを使ったのは軽率だったかもしれない。
ファーレンベルクが飛び去った方角を探ればすぐにどこにいるのかが判明してしまう。
すでにカーナイル領では知らぬものがいないほどにファーレンベルクは有名なのだ。
その気になればすぐにでも俺の情報にもつながるだろう。
「その炎鳥がこのリスタコメントス、カーナイル領にいるとの情報を得た我々は、さらにその持ち主がいるという情報も耳にした。クウヤ。お前は常にファーレンベルクと共にいるそうだな。そんなお前なら、あの日帝都付近での出来事に明るいはずだ。何が起こったのかを説明してもらう義務がある。そのための帝都召集だ」
相も変わらず憮然とした表情でそう告げるメイスナーに、俺は心の奥底で深くため息をついた。
おそらくこれに応じないと危険分子とみなされてしまうことだろう。
リスタコメントスは、実質トルデリシア帝国の属国に等しいと聞く。
である以上、俺が引き起こしたもめごとが最悪国家間の関係悪化につながりかねない。
選択の余地はなさそうだった
「…では、いつそちらに赴けば?」
俺の質問に対し、メイスナーはこちらを一瞥して答える。
「今すぐ。我々の用意している馬車に乗ってもらう」
「……ファーレンベルクに乗っていった方が速いと思いますが?」
強硬な姿勢を崩さないメイスナーに俺はそう提案してみたが、使者様は億劫そうに首を横に振った。
「お前は参考人であると同時に容疑者でもある。そんなお前に戦力を与えるようなまねを許すと思うか?」
あくまでも偉そうにそう告げるメイスナーに対し、内心でいろいろと腹が立ってきた。
聞けば皇帝をはじめとした帝都の主要人物は魔族が攻め込んできた際に西のノーストンへと亡命したと聞いている。
その際に重鎮と呼ばれる連中もそれに習った。
話し方やカーナイルの態度から、目の前の男が高い身分の奴なのは見当がつく。
だとすればこいつも真っ先に逃げ出した張本人ということになる。
にも関わらずそんな身勝手な事情で拘束しようとする根性が気に食わなかった。
「メイスナー卿。であれば私からも一つご提案がございます」
内心青筋立てまくりの俺の隣で、カーナイルが静かにそう告げた。
「なんだ?」
「クウヤ殿に護衛を一人お付けしたい」
「容疑者であるそのものに護衛を? 何の冗談だ?」
メイスナーの返答に、カーナイルはかぶりを振った。
「その方もまた、クウヤ殿同様に帝都を襲撃した魔族と戦ったお方ですよ」
「ほう? その者の名は?」
「トリストス。現在クウヤ殿と共に私の領地に滞在していらっしゃいます。クウヤ殿を参考人とするのであれば、その方も同様だと思われますが?」




