剣舞と剣技
宿泊が決まったのち、俺、フィナリア、トリストスの三人はファーレンベルクの定位置となった中庭にて情報交換をしていた。
「へー。トリストスさんってフォルシアンの出身だったんですか?」
「ああそうだ。この刀も、ドワーフの親父が作ってくれたものだ」
そう言ってトリストスは手にしていた長刀を俺に見せた。
その刀は日本刀のように反り返っていたが、造詣の一切に遊びがなく、触れただけで腕の一本程度なら抵抗なく切断されてしまいそうな鋭さを持っていた。
「ドワーフの父君ですか? とするとトリストス様はドワーフ族なのですか?」
トリストスの話にフィナリアがそんな質問をする。
その質問に対して、トリストスは首を振ることなく淡々と答えた。
「俺の父はドワーフ族だが、母は人族だ。元々トルデリシア帝国に住んでいたらしいが、いろいろあってフォルシアンまで逃げ込んだらしい。その時母を匿ってくれたのが親父だったんだが、俺を生んですぐに母が他界しちまったんだ」
「え?」
「おっと、同情はいらないぞ。俺が物心つく前の話だ」
トリストスはごくごく自然にそう告げた。
母親を知らずに育った彼が一体どんなことを思うのかなど、俺にはとても想像できなかった。
「では、ドワーフの御父君がトリストス様を育てたということですか?」
フィナリアの質問に、今度こそトリストスは首を縦に振った。
「そうだ。親父は鍛冶職人でな、ガキの頃からおもちゃ代わりにナイフや剣、刀を手にしていたから、気が付いたらそれなりの腕前になってた。この刀も、親父が作ってくれた業物だしな」
そう言ってトリストスは手にしていた長刀を軽く振った。
無造作に振られたにもかかわらず、その太刀筋は見とれるほどに美しく、だというのに目で追うことも出来ないほどに鋭いものだった。
「す、すごいですね」
トリストスの太刀筋を見てフィナリアも驚いている。
やっぱり剣士としての格は完全にフィナリアを上回っているようだ。
「だろ? 名刀『断魔』。鋭さを突き詰めた結果、魔法さえも切り裂くことのできるに至った親父の力作だ」
……当の本人は俺たちのスゴイ、を自分の剣の腕ではなく、持っている刀についてだと思っているようだが。
「……フィナリア。時間があるときにトリストスさんに手ほどきしてもらったらどう?」
「おう、やるか?」
俺が思いつきで口にしたそれに、トリストスは意外と乗り気な返事をした。
フィナリアは少し考えた後に頷いた。
「では、少しお手合わせをお願いします」
「よし。だが、初めに言っておくが俺は人にものを教えるがらじゃないから手合せ以上の事は出来ないぞ?」
「はい。構いません」
トリストスの容体は日に日によくなっていっている。
元々瘴気は時間と共に薄くなっていくもので、ファーレンベルクの近くにいればそれが早まるというだけの話だったので問題はないらしい。
フィナリアとトリストスはそれぞれの獲物を構えた。
ちなみに木刀とかではなく真剣。
何の打ち合わせもなくそれを二人が構えたので俺は特に突っ込みを入れたりしなかった。
「クウヤ。合図を頼む」
「あ、はい。では、始め!」
俺がそう宣言すると、まずフィナリアがまっすぐトリストスに向かって踏み込んだ。
普段はどこかの貴族のお嬢様のように上品な雰囲気を放つフィナリアだが、いざ戦いとなるとその動きや選択には迷いがない。
一息でトリストスの眼前まで接近したフィナリアは横なぎに剣を振ろうとしていた。
対してトリストスは初めから全く構えを変えていなかった。
ただ自然体のままフィナリアの動きを観察していたのみだった。
直後、フィナリアの剣が横なぎにふるわれる。
一応寸止め有のルールなのだろうが、勢いよく振るわれた剣は本当に止まるとかという勢いで振るわれていた。
しかし、直後フィナリアの剣の軌道が大きく逸らされた。
いつの間にかトリストスがその長刀を振るい、フィナリアの太刀筋を逸らしたのだ。
「ッ!」
フィナリアはそのまま剣を振り続けるが、だというのにトリストスにかすりもしない。
当たると思った時にはその太刀筋をトリストスの長刀に阻まれてしまうのだ。
「…凄いな」
トリストスの剣技は、ヴィラルド戦で見たと言えば見たが、改めて見ると恐ろしいほどに鋭い。
太刀筋が全く見えないというのに、その無駄を極限までそぎ落とされた動きの鮮やかさに目を奪われる。
おそらく長刀でフィナリアの剣筋を逸らしているのだろうが、先ほどから金属がぶつかるような音は全く聞こえてこない。
本当に最小限の動きでフィナリアの攻撃を受け流しているのだ。
こうして落ち着いた状態で眺めているとよく分かる。
フィナリアの剣閃はかろうじて見て取れるのだが、トリストスの太刀筋は全く見えない。
完璧に技量の差が見て取れるのだ。
フィナリアが弱いというわけではない。というより、彼女の技量をもってすれば俺など2秒でなます切りにされてしまうだろう。
つまりはトリストスが強すぎるのだ。
「にしても、映えるな」
トリストスとフィナリアの手合せを見て、俺はそんなことをつぶやいた
剣術の事は全く明るくないのだが、二人の手合せには華があった。
素人観点にすぎないが、二人の剣のぶつかり合いは剣道と剣術がぶつかり合っているように見えた。
徹底的に無駄がそぎ落とされ、機能美を突き詰め切ったトリストスの戦い方には触れれば切れるような鋭さゆえの美しさがある。
間違いなく様式美とは無縁で育まれた武骨な剣術といった印象を受けるのだ。
対照的にフィナリアの剣は剣術というより剣道。
戦場においても、まず相手に礼をもって挑むという感じがする。
それは本人の凛とした趣と容姿も相まって、戦っている姿のワンカットを取ればそれだけで作品になってしまうのではないかというような、泥臭さの類を微塵も感じさせない美しさがある。
これまでは共闘していたので気にかけてはいなかったが、こうして見物していると思わず見とれてしまいそうになる。
そんな二人の対極ともいえる剣技のぶつかり合いが、俺の目にはとても美しく映ったのだ。
「あ…」
そんなことを思いながら見物をしていると、トリストスがフィナリアの剣を逸らした返す刀をフィナリアの首筋に当てた。
「……参りました」
完全に技量で上回られたということを如実に示す結果に、フィナリアは悔しがるでもなくあっさりと負けを認めた。
「なかなか筋がいいな」
「いえ。トリストス様こそ尋常ではない腕前。感服いたしました」
そんな態度に、トリストスは何やら興味深げにフィナリアを観察しだした。
「あの、何か?」
「ん? いや、見たところあんたは真剣勝負の類をあまり経験したことが無いのかと思ってな」
トリストスの指摘に、フィナリアは目を丸くしていた。
「よく分かりますね」
「何となくな。あんたの師匠の教えがいいのか、あるいはよほど訓練を積んだのか、剣術それそのものは相当高いレベルで身に付いている。だが、戦闘経験そのものが少ないせいか太刀筋が素直すぎる。大概の敵はその技量で圧倒できるだろうが、ある程度実力が拮抗すると厳しくなりそうだな」
トリストスの指摘にフィナリアは頷いている。
確かに素人目から見てもフィナリアの剣技は美しいものだが、その美麗さはどちらかというと演舞よりで、トリストスの機能美とは明らかに違うものだった。
「組手をすればそれもある程度は改善できるだろうが、どうだ?」
「はい。よろしくお願いします!」
そんなことを言ってフィナリアはトリストスにぺこりとお辞儀をした。
魔族の一件はあらかた片付いたが、何かと不穏なことも多い。
フィナリアの腕が上がるっていうのならそれは望むところだろうと俺は思った。
一方その頃。
帝都を脱出したトルデリシア帝国皇帝、オルバール・L・トルデリシアは、帝都の西に位置する要塞都市に駐留していた。
「…宮殿が破壊されているだと!?」
臣下から報告を受けた皇帝オルバールは、その配下からの報告に怒声を上げる。
「は。帝都の宮殿は全壊。とても陛下が御住みになれるような状況ではありません」
「…では、余はいつまでこのような場に留まらねばならぬ!!!」
再び怒鳴り声を上げ、オルバールは肘掛を殴りつける。
「で、ですが、とても人の手によって行われたとは思えないほどに破壊されており、私も目を疑うほどでして…」
「…宮殿がその状態となると、帝都の被害もひどいのか?」
報告に上がったその伝令兵に対し、皇帝の隣に立っていたドルガーがそう質問した。
帝都の中央に位置する宮殿が木っ端みじんになっていたというのであれば、その被害は尋常ではないということになる。
しかしそのドルガーの質問に対し、伝令兵は首を縦ではなく横に振った。
「それが、宮殿以外には目立った被害は見受けられませんでした?」
「何? なぜそのような状況になっている!?」
その報告に、今度はエベルスが伝令兵に食って掛かる。
「げ、現在調査中ですが、少なくとも帝都に魔族は侵入していないようです」
「魔族が侵入していないなら、なぜ宮殿は破壊されているのだ!!」
「エベルス将軍。それは現在調査中であると、この者は既に報告しているはず」
伝令兵に対して恫喝するエベルスを、ドルガーがやんわりと庇う。
ドルガーに対し、エベルスは面白くなさそうに舌打ちをした。
「ほかに報告する内容はあるか?」
ドルガーの質問に、伝令兵は俯きながらその口を開いた。
「帝都東部に配置された、魔族迎撃部隊に関してですが…」
「なんだ?」
「…中央に配置されていた我が軍20万名が、潰走したとの報告が上がっております」
「なんだと!?」
その報告に再びエベルスが噛みついた。
「潰走だと!? 魔族にやられたのか!?」
「は。しかし、魔族の物と思しき死体が多数、我が軍の西部にて目撃されたとの情報も挙がっております」
そう言って伝令兵は俯いたまま「以上です」と告げた。
「そうか。ご苦労だったな。下がっていいぞ」
ドルガーにそう言われ、伝令兵は一礼をして下がった。
伝令兵が下がった後、オルバールはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「帝都が無事だというのなら、一刻も早く宮殿を立て直すように計らえ。いつまでもこのようなかび臭い部屋に居れるか!」
実際には掃除が行き届いており、充分に清潔な部屋ではある。
だというのにオルバールはそんなことを言いだした。
「分かりました。そのように取り計らいましょう」
すかさずオルバールの言葉を肯定するエベルス。しかしそのことに対し、ドルガーが難色を示した。
「陛下。今回魔族たちが攻め込んだためこのような被害が生じました。魔族の侵攻に対して何か策を打たねば、宮殿を再建したとしても再び破壊されてしまいます」
「何をおっしゃるのやらドルガー将軍。わが軍の近くにて魔族の死体が転がっていたというのであれば、我が軍は魔族と相打ちになったということだ。主力を抜いた、数だけの我が軍を相手に相打ちになる程度ならば、今度は正面から迎撃すればいいだけの話。何を問題視されるのやら」
自分たちを最前線から遠ざけておいてよく言うと思いながら、ドルガー将軍はエベルスに問いをかける。
「では、宮殿が破壊されていた件についてはどのようにお考えか?」
「何、火事場泥棒が生じたか、ノーストンへと避難した我々に対して不満を持った人民たちが八つ当たりをしたのでしょう。陛下、これは後程処罰するべきかと存じますが?」
ドルガーとの問答を無理やり切り上げ、エベルスはオルバールへとそう進言する。
そんな対話を聞いたオルバール皇帝は、エベルスの方を向いてその口を開いた。
「…どのような罪を課すのが妥当だエベルス?」
「宮殿を再建する際には資金が必要となります。住民たちへの……いえ、全国土内の税を引き上げるのが、もっとも有効な方法かと存じますが?」
「フム。よかろう。良きに図らえ」
オルバールがそういうと、エベルスは一礼をして下がった。
相も変わらず立ち回りの上手い男だとドルガーは内心ため息をつきながら今回の一件について考えを巡らせる。
(エベルスはああいったが、そんな単純な話であるはずがない)
魔族は我が軍が全滅した地点の西側で発見されたのだ。である以上、魔族たちはこちらの軍を打ち破り、突破したと考えるのが自然だ。
だとすれば、そののちに魔族たちは襲撃を受けて壊滅したと推測できる。
また、宮殿についても疑問が残る。
伝令兵の話では、宮殿は人が住めない状態まで破壊されていると言っていた。
火事場泥棒がそんな破壊をするはずもないし、敵襲を想定されていないとはいえ、人民の暴動程度でそこまで完膚なきまで破壊されるほど宮殿は軟な造りではない。
(だとすれば、恐らく魔族たちを打ち破ったのは我が軍ではなく)
ドルガーは確信に近い結論を得たが、その推測を誰かに話すことは無かった。
何しろこの場に居る者の中で帝都に住む民の無事に安堵しているのが自分だけだとよく理解しているゆえに。




