各地の出来事
「トリストスさん。体の方は大丈夫ですか?」
「問題ないとは言えんが、放置できる状況でもないだろ」
ファーレンベルクの背の上で、俺はトリストスと名乗る剣士とそのような問答を繰り返していた。
現在俺たちはこの剣士の指示で真っ直ぐ西に向かって飛んでいる。
目的地はトルデリシア帝国の帝都である。
「でも、本当に魔族が帝都へ?」
「ああ。さっきのヴィラルドとか名乗った魔族は、俺が悪魔どもと戦っている最中に西の方から襲撃をかけてきた。つまり、俺が相手をしたのは敵の後方部隊で、すでに他の魔族が帝都へ襲撃をかけている可能性が高い」
「なら、なおさらそんな状態で魔族と戦うのは危険では?」
「確かに危険だが、魔族を放置しておけば人間界全体が危険に陥る。放置しておけば、フォルシアンもただでは済まない」
俺の懸念に対し、トリストスは毅然とそう言い返してきた。
「…分かりました。俺も協力します」
「悪いな。っと、そろそろ帝都が見えてきたぞ」
トリストスがそういうと、俺の目にこれまで見てきた町とは明らかに規模も違う広大な街並みが見えてきた。
これまで見てきたリスタコメントスの町々は木造がほとんどだったが、帝都の町は石造、というかレンガ造りに近い感じがした。
初めて見た帝都を上空から睥睨し、俺はそんなのんきな感想を抱いていた。
なぜなら、その街並みはどこにも破壊の跡が見られず、住人達も一部を除いて騒ぎ立てはいないようだったからだ。
「本当に魔族がここを襲ったんでしょうか?」
「ヴィラルド一人だけが先行したのか? ありえない話ではないが、どうにも腑に落ちんな。ん?」
帝都上空を飛びまわりながらそんなことを話していると、突如トリストスがある方向を向いた。
「クウヤ。あっちへ飛んでくれ」
「あっちですか? あの大きな建物の方へ?」
「そうだ」
トリストスにそう言われ、俺はファーレンベルクに指示して真っ直ぐにその方角へと飛んで行った。
そして夕闇の中に浮かぶその光景に唖然とした。
それは見事なまでに巨大な宮殿だった。
TVでしか見たことないような豪華絢爛なその宮殿は、俺のいた世界であれば世界遺産か何かに登録されても何の不思議もない代物だ。
ただし目の前に広がる宮殿が世界遺産になることは間違いなくないだろう。
何しろあちらこちらが崩れており、今にも倒壊しそうなほどに破壊されているからである。
「……ここって前からこうだったんでしょうか?」
「いや、それは無いと思うぞ。見てみろ」
トリストスが指差した先には、夜であるというのに野次馬が集まってきている。
その野次馬は明らかに宮殿が破壊されていることに対して動揺しているのが見て取れた。
ついでにファーレンベルクにも注目が集まっており、さらに野次馬の喧騒がひどくなった気がする…。
「クウヤ。あそこに誰かいるようだ」
そんな中でトリストスが、宮殿の中でもより破壊されている一角を指さした。
「行ってみますか?」
「おう。魔族かもしれんから気を抜くな」
「分かりました。ファーレンベルク」
「クルルゥ!」
俺の指示に応じ、ファーレンベルクが指示された方角へ向かって飛翔する。
先手必勝とばかりに助走をつけたファーレンベルクは、しかし目的の人物の手前で大きく羽ばたきながら制動した。
「どうした!?」
急ブレーキをかけられ、俺は思わず驚き戸惑う。
そんな俺の視界の下方に、いつの間にか地面に降りてその何者かに対してトリストスが突撃をかけていた。
「ファーレンベルク! 何してるんだ、速く援護しないと!」
俺がそう告げているのにもかかわらず、ファーレンベルクはその場にゆっくりと下降しだした。
そんな俺の目に、トリストスがその長刀を振り抜こうとして……その一太刀が何者かの直前で止まっていた。
「トリストスさん? え!?」
ファーレンベルクが地面に着地した後、俺はトリストスの元に歩み寄り、対峙している人物を目にして驚愕の声をあげた。
「ようクウヤ。元気そうだな」
「ロウセイ師匠?」
そこにはトリストスに長刀を突きつけられながらそんな気のない返事をする偉丈夫が立っていた。
「つまり、この場に居た魔族はロウセイ師匠が退けたと?」
「そうなるな。悪魔王テオローグとか名乗っていたぞ」
「…つまり魔王二人が先行していたということか」
俺、師匠、トリストスの三人はそのままその場で軽く情報交換を行った。
曰く、帝都にはテオローグと名乗る悪魔王が襲撃をかけており、一定範囲内の人の生命力を奪い去るような魔法を使っていたらしい。
エナ○―ドレインのような魔法を使いながらバリアーを張るような奴とのことだ。
吸血皇王ヴィラルドもトリストスでは殺せないような体質だったらしいし、魔王という連中は大概出鱈目だと思った。
「で、その結果宮殿は大破ということですか」
「まあそういうことだ」
そんなことを言いながら当事者であるロウセイはカラカラ笑っている。
豪胆と言えばいいのか無責任と言えばいいのか分からないが、とにかく目の前の偉丈夫がとんでもないことをやらかしたことだけは理解できた。
「で、そっちは不死身の吸血皇王とかいう魔王を倒したんだな?」
「ああ。とはいえ、とどめを刺したのはそいつだがな」
そう言ってトリストスがファーレンベルクを指さした。
「それにしても、魔王を一人倒して一人を撤退させたんなら、意外と魔族と戦えてるんですか?」
ロウセイからそう話を聞いて、俺は浮かんだ疑問を口にした。
実際、トリストスは一人で悪魔の群れを撃退していたし、ロウセイはヴィラルドと同じく魔王を名乗る魔族を撃退したという。
なら、ロウセイが言ったほど人族と魔族の戦力に隔たりは無いように思えた。
しかし俺の推測に、二人の超人は眉を寄せた。
「その可能性も否定はせんが…」
「クウヤ。それは短絡的すぎる」
「…そんなにやばかったんですか?」
二人に真っ向から反論され、俺は思わずそう問い返す。
「クウヤ。俺はお前が助力しなかったらあのヴィラルドに間違いなく殺されていたんだぞ。それにあの悪魔どもは、対処こそできていなかったが俺の太刀筋に反応していたし、魔法も熟練と呼べるほどに使いこなしていた。明らかに帝国兵では相手にならん」
「わしについても同様じゃな。今回は宮殿に追い込めたが、平地で戦っていればあの悪魔王に負けぬまでも苦戦は免れん。今回は運よくわしが帝都にヤマを張っていたから被害が出なかったが、次はどうなることか」
俺の質問に二人は同様の意見を返した。
その指摘に今度は俺の方が押し黙るしかなかった。
二人とも戦闘能力でいえば完全に俺を置き去りにしているのだ。
そんな人たちの意見をないがしろにできるはずがない。
「だがまあ、いずれにせよいつまでもここにいるわけにもいかん。面倒事になる前にさっさと撤退するに限る」
「…不可抗力とは言え、宮殿の破壊に一躍買ったのはあなたですよね」
俺の指摘に、ロウセイはあさっての方向を向いてならぬ口笛を吹きだした。
…そのネタはこの世界でも有効なのな。
「で、お前らはどうするつもりだ?」
誤魔化すように突然真顔でそんな問いを投げかける師匠。
それに対して俺はとりあえずリスタコメントスに帰ることにした。
「で、お主はどうする?」
「…できればクウヤと同行したい」
ロウセイの質問に、トリストスはそう答えた。
「それはまた、どうしてです?」
「俺の体はまだヴィラルドに侵された瘴気が色濃く残っている。だが、どういうわけかそいつのそばにいると随分楽になる。だから同行させてほしいんだが、迷惑なら消える」
そう言ったトリストスに、俺は首を横に振った。
「いえいえ迷惑なんてとんでもない…って、ロウセイさんならどうにかできませんか?」
「ん?」
俺の思い付きにロウセイが疑問符を浮かべる。
トリストスがあまりにも平然としていたため気が付かなかったが、ロウセイは俺よりも数段上手の白魔法の使い手なのだ。
であればロウセイならばあるいはヴィラルドの瘴気を治療できるかもしれないのだ。
その旨を伝えると、ロウセイは即座にトリストスを触診した。
「…これは、無理だな」
そして直後にそんなことを口にした。
「無理というのは?」
「これほど高濃度の瘴気、まともな者なら即死だ。むしろよくこれだけ侵されているのに死なないと感心するほどだ。それと、お前の言うとおりその炎鳥が瘴気を浄化しているらしい。これほどの瘴気を放つ不死身の魔王…神鳥がいなければそれ一人で人族は滅ぼされていたかもしれんな」
トリストスを診断したロウセイは、そんな不吉なことを口にした。
俺はファーレンベルクの攻撃で燃え尽きた印象しかなかったが、トリストスも俺たちが来なければやばかったらしいので僥倖ということだろう。
「なら、解決方法は…」
ヴィラルドの話を流し、俺はロウセイにトリストスの容体を確認する。
「よくなるまでは炎鳥と共にいることだな」
ロウセイがそう診断して、トリストスは頷いた。
「というわけだ、よろしく頼む」
「分かりました。それで、師匠はどうします? リスタコメントスへ戻るなら、一緒に来ますか?」
俺の問いに、ロウセイは首を横に振った。
「わしは残って調べたいことがある。ここで別れよう」
「……分かりました。ではこれで」
そう言って俺とトリストスはファーレンベルクにまたがり、まっすぐリスタコメントスへと向かった。
「お帰りなさいクウヤさん」
ファーレンベルクに乗って飛ぶこと丸一日、中庭に降り立った俺たちをフィナリアが出迎えてくれた。
なんでこんなにジャストタイミングでいるのかは分からないが、出迎えてくれたのが素直にうれしかったので俺もフィナリアに歩み寄った。
「ただいま。約束通り返ってきたぞ」
「はい。それで、あちらの方は?」
フィナリアはファーレンベルクの背から飛び降りたトリストスの方を見てから俺に尋ね直した。
「あちらの方はトリストスさん。この人は、あー」
「クウヤの戦友だ」
なんと紹介したものかと迷っている俺にトリストスがそう言葉を被せた。
戦友。いい響きだ。出鱈目な剣技を持つこの人が俺の戦友だと言ってくれたということに、俺は妙にうれしくなった。
「左様でしたか。わたしはフィナリア。この土地で地方軍を取りまとめております」
「そうなのか? 女だてらに見上げたものだな」
フィナリアの自己紹介にトリストスはぶっきらぼうに応じた。
「フィナリア。トリストスさんの部屋とかを用意してほしいんだけど、どうにかならないかな?」
「…そうですね。カーナイル様に取り合ってみましょう。クウヤさんの戦友でしたら、喜んで受け入れてもらえるでしょうし」
「助かるな。よろしく頼む」
フィナリアの返答にトリストスがそんな返事を返す。
そして俺たちはカーナイルの元へと向かった。
「おお、お帰りになりましたかクウヤ殿! 帝都を襲った魔族を迎え撃ちに行ったと聞き及んでおりましたが、お怪我はございませんか!?」
「え、ええ。この通り」
そう言って俺は自分の健在をアピールする。
相も変わらずハイテンションなカーナイル相手にやや及び腰になった俺だが、カーナイルは即座に隣に立つトリストスに気付いた。
「クウヤ殿。こちらは?」
「俺と一緒に魔族の襲撃を食い止めた剣士、トリストスさんです」
「なんと! 魔族の襲撃をクウヤ殿と食い止められたと!?」
そう言ってカーナイルはトリストスを興味深そうに見据えた。
「カーナイル様。トリストス様の一時滞在を許可していただきたいのですが」
フィナリアがそう言うと、カーナイルは頷き答えた。
「勿論、歓迎いたしますぞトリストス殿」
「おお。よろしく頼む」
そう言ってトリストスはカーナイルのハイテンションを軽く受け流した。
「さて、それはそうと」
受け流された張本人は突如俺の方を向き直った。
「いくつか確認したいことがございますが、よろしいでしょうか?」
「え、ええ。勿論」
切り替えの早さに唖然としながら、俺はカーナイルの問いに応じる。
カーナイルの質問は、魔族の襲撃と、その結果である。
俺とトリストスの二人で大雑把に事の顛末を伝えると、カーナイルは頷き納得していた。
「では、お二人とロウセイ様が魔族を撃退された、と言うことでよろしいのでしょうか?」
「まあ、大雑把にいえばそんな感じだな」
カーナイルの問いにそんな回答を返すトリストス。
その返答に、カーナイルも満足そうに頷いた。
「それはさぞお疲れでございましょう。では、早速食事にいたしましょうか」
カーナイルがそう提案することしばし後、俺もトリストスも盛大に料理をふるまわれることとなった。
カーナイルの治めるノスタリアの町。
その町の片隅で、一人の少女が人目を忍んでいた。
少女と言ってもその少女の目には幼さというものが全く感じられない。
獣人族とほとんど見た目の変わらぬその少女は、一人で何かを呟いていた。
「予定通り、人間界の町に入ることに成功しました。現在、人間界の南東部に潜入しています」
まるで誰かに報告するかのような口調でそんなことを口にしているが、現在周囲には彼女以外に誰もいない。
だが、奇怪なことに彼女の両手の平の上に光の玉を浮かべながらその玉に向かって話しかけている。
『よくやった。で、どうだイルアム。人間界の様子は』
そんな少女に対し、光の玉からそんな声が響いた。
「魔界では考えられないほどに富んだ土地です。空気は澄みきっており、探せば至るところで食物を手に入れることが出来ます。魔界では到底考えられないほどの数の人族が犇いていますが、これほどの土地であればそれも納得がいきます」
『だろうな。それで、その地では何かわかりそうか?』
「今のところは何とも言えません。しかし、幾人か気になる人物がいます」
少女の言葉に、光の玉から聞こえてくる声の主が疑問を口にした。
『気になる人物とは?』
「クウヤと呼ばれる炎鳥の所持者です。なんでも、ヴィラルド卿を葬った張本人とのことです」
『…ほう?』
少女の報告に、光の玉から聞こえてくる声の主が興味深そう唸る。
『不死身のヴィラルド卿を殺しつくしたのは、その炎鳥だと?』
「私がこの町で耳にした情報が確かなら、ですが」
その報告に、しばしの沈黙が降りる。
重苦しい沈黙の後、少女の手から浮かび上がっている光の玉から再び声が響いた。
『ならば、なるべくその者を中心に情報収取を繰り返せ?』
「よろしいのですか?」
『ヴィラルド卿を討ったのがその者であるならば、恐らく人間界においてその人物は重要極まりない存在となるだろう。恐らく、人間界はしばしその者を中心に回ることになる』
「……もしヴィラルド卿を葬ったのがその者でなければ?」
『それも一向に構わん。我々が知りたいのは人間界の動向だが、別にそれが分からないからといって何か問題があるわけでもない』
「では、今後も引き続き?」
『ああ。その町を中心に情報収集を頼む』
光の玉から響くその指令に、少女は頷き答えた。
「分かりました。しばしあの炎鳥の持ち主を調べてみます」
『くれぐれも無茶はするなよイルアム。これから我々は魔族の不穏分子の始末に取り掛かる。そのため人間界に攻め込むのは先の話になるだろう。一人で先行するようなことは避けろ』
「分かっております。イファール様」
イルアムと呼ばれた少女がそう言うと、直後彼女の両手の上に浮かんでいた光の玉が消滅した。
「……」
しばし後、その少女は踵を返して歩み去る。
カーナイルの治めるノスタリアの町に溶け込むように、ごく自然に人ごみに交じって。




