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連合軍2

「あいつらが心配か?」


 砦の上から真っ直ぐに魔界を眺めるジェクトの隣で、トリストスがそんなことを問いかけた。

 セレスティーナの護衛を務めるトリストスだが、バストラングが負傷して、ジェクト将軍が全快でない以上、彼がシェルビエントに残らないと危険だという判断の元にこの場に残っているのだ。


「いえ。ロウセイ様がいる以上、彼らに心配は不要でしょう」


「まあ、そうだわな」


 そう言ってトリストスは長刀を手に頷いた。


「にしても、あのイファールってやつも、ロウセイってやつも、どっちも桁外れな強さだったな」


「ですね。どちらの方も、完全に固有魔法を習得されていました」


「そう言えば、この間もそんなこと言ってたな。なんなんだ? 固有魔法ってのは?」


 ジェクト将軍の一言に、トリストスは興味を抱いて問いただした。


「少々長くなりますが、構いませんか?」


「別にいいだろ。お互い見張り以外にすることなんかないんだ」


 イファールの襲撃の後、魔族たちはまだ攻め込んできていない。

 ドルガー軍の立て直しはほぼ完了しているため、現状はクウヤ達の帰りを待つのがトリストス達の仕事なのだ。


 そんなトリストスの言葉に頷き、ジェクト将軍はトリストスに話し始めた。


「トリストス殿は剣技を極めるために最も必要なことはなんだと思われますか?」


「ん? そりゃあ……自分に合った剣技を身に着けることか?」


 トリストスの返答にジェクトは頷いた。


「非力な女性は大剣を振り回そうとするよりも短剣術を身に着けた方がいい。大柄で力持ちな方でも、斧が得意な方もいれば、金棒や鎚が得意な方もいらっしゃる。人には誰もが得意とする武器や戦い方という物が存在しており、似ている戦い方という物は存在しても厳密に全く同じ戦い方をされる方はこの世に存在しません」


「そりゃあ、まあそうだわな」


「それは魔法についても同じです。魔力とは魔導師の魂と密接な関係があります。例えば、炎に惹かれる方は火の魔法が、川の清流に心洗われる方は水魔法の習得が早いのです」


「ああ。何となくわかる」


 トリストスは魔導師ではないが、自分が剣技を身に着けたのは父ガインが作る刀に惹かれたのが最大の原因であると考えている。

 ゆえに魔導師にとっても似たようなものがあるのは見当がつくのだ。

 そんなトリストスの答えに頷き、ジェクト将軍は説明を進めた。


「一般にはこの魔法を適性魔法と呼んでおり、魔導師のほとんどはこの適性魔法を徹底して磨き上げるのです。私であれば氷魔法。フィナリア様であれば風魔法といった具合に、ですね」


「まあそれは分かるが、結局固有魔法ってのはなんなんだ?」


 トリストスの問いに、ジェクト将軍は手のひらの上に氷を生み出した。


「私の適性魔法は、氷ですが氷ではありません」


「あ? どういうことだ?」


「私の真の適性魔法は、氷魔法ではなく私の魂に刻まれた固有魔法だということです」


 ジェクトの答えに、トリストスは眉をひそめた。


「つまり、お前が今使っている氷魔法は『固有魔法の次に得意な魔法』ってことになるのか?」


「流石トリストス殿。もうその答えにたどり着きましたか。その通りです。私が得意としている氷魔法は、あくまで私の内にある固有魔法に近い魔法であるというだけの話なのです」


 ジェクトの説明に、トリストスは頷いた。

 剣技を修めた者同士は、剣を打ち合わせるだけで相手がどのような人物なのかをある程度把握することが出来る。

 それは剣技がその人物の魂を知らず知らずのうちに表しているからである。

 

 そして剣技を極めた人物が皆自分の名前を使った流派を作るのは、いわば己の内にある独自の境地にたどり着いた状態になると言えるのだ。


 魔法にも同じことが言えるのだとすれば極限まで極め上げられた魔法は剣技同様に己の魂の在り方を証明するような魔法となると言われても納得できる。

 つまりは。


「固有魔法ってのは、自己完成によって発現される魔法とでもいえばいいのか?」


「はい。果ての無い修練によって己が内に内包される魂を紐解き、その魂に刻まれた己の魔法を発現させたものです。もっとも、私を以て未だに入り口にたどり着けたかどうかも分からない代物なのですがね」


「おいおい。ロウセイは、まさかそれを体得したってのか?」


 その問いにジェクト将軍は頷いた。


「魔力と魂の完全掌握は机上の空論。もし体得できた方がいるとすれば、それは最早魔法の化身と呼ぶべき存在です。正直、私程度ではどれほどの修練を積めばいいのか皆目見当もつきません。風のうわさでは、長寿のエルフ族でさえも体得された方はまずいらっしゃらないと伺っています」


「……1000年は生きるエルフも体得できない魔法ってか? それを体得してやがるロウセイも大概だが、となるとイファールも?」


「はい。恐らく、ロウセイ殿と同じように私の想像を絶する修練を積み続けてきたのでしょう。あれほどの数の龍形成魔法を同時に扱えるのです。あれは最早固有魔法の領域に足を踏み入れつつあります」


 ジェクト将軍の答えに、トリストスは納得した。

 トリストスが知る限り、ジェクト将軍は人間界屈指の魔導師だ。

 だが、ロウセイとイファールはそのジェクトを大きく上回る魔導師だった。


 恐らく、ジェクト将軍がノーストンの将軍としての職務に費やす時間の全てを、あの二人は魔道の修練に費やしたのだろう。

 それも、ノーストン最強の魔導師、ジェクトの想像をはるかに上回るような、過酷極まりないような訓練を。


「なるほど。あの二人が飛びぬけて強い理由がわかった」


「ええ。私もまだまだ修練が足りませんね」


 そう言ってジェクト将軍は苦笑していた。

 だが、トリストスはそれを一笑に付した。


「あいつらの方がおかしいんだ。あまり気にするな」


「そうですね」


 そう言って、ジェクト将軍とトリストスは揃って魔界を眺めていた。

 その時。


「ん? おい、あれ」


「ええ。どうやら戻られたようですね」


 シェルビエントの砦から地平を眺める二人の目に、こちらに向かって飛翔してくる怪鳥の姿が目に付いた。

 遠目とはいえその姿を見紛うことなどない。

 みるみる近づいてくる炎を纏った巨鳥は、今朝魔界へ向かって飛び立ったファーレンベルクであった。


「……何かあったみたいだな」


「その様ですね」


 だが、ファーレンベルクの背に乗っている面々が漂わせる空気を敏感に感じ取った二人は、何かよくないことが起こったということを感覚的に理解した。


「ですが」


「ああ。とりあえずはあいつらの無事を喜ぶべきだろう」


 そう言ってトリストスとジェクトはこちらに向かってくるファーレンベルクを眺めていた。








 ファーレンベルクに運ばれた俺たちは、何とか無事にシェルビエントに到着した。

 先日激しくやりあった魔族三人を目の当たりにした連合軍はしばし殺気だったが、俺たちとジェクト将軍が制止すると渋々ながらもそれに従ってくれた。

 

 現状はあまりにも予断を許さない。

 圧倒的な力を持っていたイファールは、わけのわからないうちに乱入してきたロイルドと、スペルダと名乗る人物に操られたように敵対してしまった。

 そしてそんな得体のしれない連中を相手に、ロウセイ師匠と岩将ゴライアスが俺たちを逃がすために足止めをした。

 その生死は不明。

 俺たちは命からがら死地から逃げ出してきた。


 その事実を、俺たちはシェルビエントの主要人物たちに告げた。


「……まずは、あなた方が無事に帰還してくださったことに対して感謝を」


 その報告を聞き、ジェクト将軍はそんなことを口にした。


「ジェクト将軍……」


「クウヤ殿。今はこれから先どうするかを決めるときです。申し訳ありませんが、嘆きも憂いも抱いている時間はありません」


 口を開こうとした俺に、ジェクト将軍はそう告げた。

 ……確かにその通りだ。

 状況は恐ろしく悪い。

 突然現れたロイルドは、ロウセイ師匠と互角の力を持つイファールをどうやってか手駒にしてしまった。

 早急に対策を練らないと、状況はどんどん悪くなってしまうだろう。


「それにしても、ロイルド卿は生きていたのですね」

 

 俺たちの報告を聞いたジェクト将軍は、そんなことを口にした。


「一体どうやってあの高等隷属魔法の呪縛を解いたのか……。いえ、ロイルド卿であれば不可能ではないとみるべきなのでしょうね」


「だろうな。お前らの話が確かなら、あの魔王を操っちまうような得体のしれない奴が仲間にいるような奴だ。完全に俺たちの理解の範疇を越えてやがる」


 トリストスの一言に、俺たちは頷いた。

 あの時、重傷を負っていたはずのイファールは、スペルダと名乗る何者かが使った魔法を受けた直後に操り人形になったかのように虚ろな目をしながら俺たちを攻撃してきた。


 何より、イファールがあのまま攻撃を続けていれば、間違いなくベヘル、セネル、ライオス、ゴライアス、イルアムを巻き込んでいた。

 あれだけ魔族の未来を気にかけていたイファールからは決して考えられない行動。明らかに正気ではない。


「直接ロイルド卿を相手にしたあなた方は、彼が何をしようとしているのか目星がつきませんか?」

 

 ジェクト将軍の問いに、しかし俺たちは首を横に振る。


「一つだけわかっていることがあるとすれば、あ奴らはイファールを用いて何かをしようとしているということじゃろうな」


「それは断言できることなのですか?」


「うむ。イファールを操ったスペルダと名乗った男は、出合い頭に奇妙なことを口走っておったからのう」


 そう言って、セレスティーナはフィナリアと俺の方を向いた。

 そんなセレスティーナに対し、フィナリアが頷いた。


「あの者は、イファール様を裏切ったシャクト殿を前に、予定通りと口にしていました。恐らく、魔王イファールを操るのは彼らにとって予定調和であり、シャクト殿はそのために送り込まれたロイルド卿側の……」


 そこまで口にして、フィナリアは魔族側の面々を向いた。 

 フィナリアの立てた仮説に対し、魔族たちは歯噛みをしていた。

 そんな魔族たちに対し、ジェクト将軍は残酷な問いを口にする。


「魔族側のあなた方から見ていかがですか? シャクト殿は、イファール様を裏切るような方ですか?」


「……ありえない」


 ジェクト将軍の問いに答えたのは、腕組みして瞑目するベヘルでもなく、姿勢を崩して歯噛みをしているライオスでもなく、テーブルに両肘をついて口元の前で祈るように両手を握っているセネルだった。


「シャクトはイファール様にとって右腕と呼べる存在……常にイファール様の隣で戦われた腹心。それが裏切るなど」


「だが、実際に裏切られた」


 セネルの言葉を、腕組みして瞑目していたベヘルが切って捨てた。


「そこの女の言う通りだ。信じがたいことだが、シャクトはイファール様を裏切っていた。初めから、な」


「……」


 ベヘルの言葉に、セネルは両手を握りしめた。

 その様子を見ながら、ジェクト将軍は口を開いた。


「いずれにせよ、状況は予断を許しません。魔族の皆様、私はあなた方と停戦することを希望いたします」


「……」


 ジェクト将軍の言葉に、魔族たちは押し黙った。

 彼らにしても先日まで宿敵と見定めていた俺たち相手に思うところはあるのだろう。

 普通はそうやすやすと受け入れられるものではない。


 だが、そんな中イルアムが三人を見回して口を開いた。


「ベヘル様、ライオス様、セネル様。この方々は、決して私たちを裏切るような方ではありません」


 イルアムの一言に、三人の視線が一手に集まる。

 そんな中、イルアムは言葉を続けた。


「何者かは知りませんが、イファール様が敵の手に落ちた今、私達だけで戦うのはあまりにも無謀すぎます。今、この方々と手を取り合わないのは、イファール様を見捨てることと等しい。だから、ですから……」


「もういいわ。イルアム」


 イルアムの言葉を、セネルが制した。


「私達も状況が分からないほどに混乱しているわけではないわ。イファール様を助けるためには、彼らと協力しなければいけないってことも分かっているつもりよ」


「セネル様!」


 セネルの答えに、イルアムが喜色を表す。

 だが、それに対してセネルは厳しい表情を浮かべながらジェクト将軍の方を向いた。


「でも、私達はイファール様を助け出すためにあなたたちを利用する以上の動機を以て共闘することはできない。イファール様を救い出した後にあなたたちと敵対するかもしれないし、そもそも足並みをそろえられないと思うわ。そんな私達と、あなたたちは共闘できるの?」


 セネルの問いに、ライオスとベヘルもジェクト将軍の方を……否、俺たち全員を見回した。

 それに対し、ジェクト将軍は……躊躇なく頷いた。


「あなた方と敵対しなくてもいいというだけで十分すぎます。同盟成立ということでよろしいですか?」


「……それについてだけど」


 ジェクト将軍に対し、セネルがやや伺うように口を開く。

 それに対し、ジェクト将軍は分かっているとばかりに再度頷いた。


「限定的ながら、シェルビエント内に魔族を受け入れる用意をしてあります。人数にもよりますが、恐らくは問題ないでしょう」


「え、ええ。助かるわ」


「っていうかいつの間に?」


 かなり切迫した状態だと分かっているのだが、ジェクト将軍の手回しの良さに唖然としてしまう。

 そんな俺に、フィナリアが耳打ちをしてきた。


「クウヤさん。連合軍と合流して以降、ジェクト将軍はコルダイン様と交渉して、シェルビエントの一部を魔族特区にされたのです。一度目の魔族襲撃の際に、シェルビエント軍の過半数が瓦解してしまったために、シェルビエント内の敷地が余っていたので」


「……そんなことになってたのか」


 実務関係の事に一切の興味を示さずに治療に徹してきたとはいえ、そんな大規模な動きにも気が付かなかったとは……今度から少し気を付けよう。


「魔族の方は、私達が取りまとめればいいのかしら?」


「お願いできますか?」


 ジェクト将軍の問いに、セネルは頷いた。


「形は成ったようだな」


「ああ。こんな状況だ。えり好みはしてられん」


 それに対し、ベヘルとライオスも頷き応じた。


「では、限定的ではありますが、ここに連合軍と魔族の同盟を結ばせていただきます」


 ジェクト将軍の宣言に、この場にいる全員が頷いた。

 それぞれ思うところはあるためとても一枚岩とは言えない状況であり、窮地であるが故の苦肉の策でもある。

 

 が、ひとまず魔族との諍いは収まった。

 そのことに、俺は一人ひそかに安堵のため息を吐いた。









「どうですか? 新しく手に入れた傀儡の調子は?」


 繋ぎあげられたイファールを眺めながら感嘆の声を上げているスペルダに向かって、ロイルドがそんな問いをかける。

 

「素晴らしいの一言ですな! 魔力、戦闘力、生命力、おおよそ考えられる能力の全てが突出しており、にもかかわらずそれらが見事に調和していますぞ!」


「……あなたがそう言うのであれば、確かにその魔王は尋常な輩ではないのでしょうね」


 スペルダの説明に、ロイルドもイファールを眺める。

 現在イファールは魔力を封じる特殊な鎖に繋がれており、スペルダの魔法によって意識を失っている。

 

 だが、にもかかわらず触れれば即座に牙をむいてくるような威圧感を纏っている。

 

「それにしても、実験体の手綱を緩めて暴走させるなどあなたらしくないですね。おかげであの二人に逃げられてしまったではありませんか」


 イファールを眺めながら、ロイルドはスペルダに向かってそんなことを口にした。

 だが、そのロイルドの一言にスペルダはむしろ喜色を露わにした。


「手綱を緩めてはおりませんぞ。この魔王は、事もあろうに自分の意志で私の魔法に抗ってのけたのです!」


「……それは真ですか?」


「嘘偽りなく。我らの主グランツ・ローゼンバルク様に誓いましょう」


「……隷属魔法の生みの親であるあなたにそう言わせますか」


 そう言って、ロイルドは再び注意深く魔王イファールを眺める。

 その背には赤々とした魔法陣が描かれており、その身は特殊な金属によって囚われているため、いかに魔界最強の魔王といえどもこの状況で何かが出来るはずなどないと断言できる。


 にも関わらず、気を失っている魔王イファールからは、なおも尋常ならざる殺意がにじみ出ている。

 

「では、作戦にこの駒を使うのは?」


「すぐには避けたほうがいいでしょうな。この者を傀儡とするには、いささか以上に時を要しまするぞ」


「……そうですか」


 スペルダの返答に、ロイルドは数時間前の戦いを思い出す。

 魔王イファールは、ロウセイと岩の鎧をまとった魔族の二人を見事に追い詰めていた。

 ロウセイもロイルドが割り込んでくる中で、タガの外れたイファールを相手にするのは厳しかったのか、徐々に疲弊を露わにしていっていた。

 

 だが、だというのに、あと一歩でロウセイを仕留められるというところでイファールが突如暴走しだしたのである。

 あまりに突然の事であったためにわずかな狼狽を見せたロイルドとスペルダの目を盗み、ロウセイとゴライアスは溶岩の中に飛び込み行方をくらませた。


 普通ならば間違いなく死んでいるが、地面を操る岩将ゴライアスと、常軌を逸する怪物ロウセイであれば生き延びていても何の不思議もない。

 さすがに疲弊した状態で溶岩の中に飛び込んで無事とも思えないが、死んだという確証もない。


「ロウセイが生きているかもしれない現状で、イファールという手駒がないのは痛いですね」


「致し方ないでしょう。それに」


「それに、わしの方の準備も終わったことだしのう」

 

 スペルダの言葉を切るように、一人の男がロイルドの元に歩み寄ってきた。


「おや、黒核はもう馴染みましたかな、実験体」


「その忌々しい呼び方をやめろ。わしの名はエベルス・ホットファードだ」


 小太りの体つきと醜悪な表情を浮かべた元帝国将軍エベルス・ホットファードがスペルダを睨みつけた。

 

「失敬、元帝国将軍殿。いえ、現在は真の帝国兵というべきでしたかな?」


「口の減らん奴め。まずはその口を潰してやろうか?」


「エベルス卿」


 そんな応酬を繰り返す二人を前に、ロイルドがエベルスを制止する。


「あなたの黒核の力はスペルダ卿によってもたらされたものだということをもうお忘れか?」


「そちらこそ何を言っている。もうこの力はわしのものだろうが」


 エベルスの答えに、ロイルドは頷き答えた。


「では、その力はスペルダ卿にではなく、あなたの居場所を奪い去った者達相手に振るうべきではありませんか?」


「……ふん。分かっておるわ。奴らはわしの手で血祭りに上げてやろう」


 ニタリと笑い、エベルスはその場を後にした。


「全く。黒核に適性を示したとはいえ、我欲にまみれた心根はそのままですか」


「まあいいのではないですかな? 仮にあれがしくじったとしても問題はありますまい。なにしろ本命は……」


「ライエット卿の率いる別働隊。分かっていますよ。私はあくまで主力の侵攻を支えるだけです」


「支える? ご冗談を。すでに盗んでいるのでしょう? この力を?」


 ロイルドを見ながら、スペルダはイファールを指さす。

 その指摘に、ロイルドは笑みを浮かべながら軽く魔法を紡ぎあげる。

 その手から、赤く溶けた岩石が流れ出した。


「テオローグを用いれるようになるまで、あとどのくらいの日数が必要ですか?」


「およそ5日といったところでしょうかな?」


「では、作戦決行は6日後ということにしましょう」

 

 そう言って、ロイルドは踵を返した。








 ドゴッ!


 大山脈南東部の麓。

 魔界と隣接する地点にて、地面を砕き一人の男が這い出してきた。

 

「全く、この年で泳ぐにはあれは熱すぎたな」


 悪態をつきながら、ロウセイは自分の体に手を当てて白魔法を紡ぎあげる。

 魔力が切れかかっているため完治させるのは無理だが、それでも応急処置くらいにはなる。


 ズズズ。


 自分に対して応急処置を行うロウセイの近くの地面がせり上がり、やがてそれが異形の巨人となる。


「おう。すまんな。お主のおかげで助かったぞ」


 隣に現れた岩将ゴライアスに向かって、ロウセイはそんなことを口にする。

 イファールが放った溶岩龍は、しばしの間を要しながらもゴライアスの岩壁を統べて突破し、過たずにゴライアスめがけて突き進んだ。


 だが、直撃するかと思われた溶岩龍の群れは、ゴライアスに激突する直前に突如その軌道を逸らし、彼の片腕を溶かすにとどまったのだ。

 さらに、その直後にイファールは突如苦しみだし、支離滅裂に溶岩龍を暴れ回らせだした。

 

 無秩序に暴れまわるイファールを前にロイルド達は隙を見せ、その隙をついてロウセイは溶岩の中へ飛び込み、ゴライアスは地面の中へと沈み込んでいった。


 だが、元々イファールとの戦いで大きく消耗していたロウセイにとって、魔道装甲を纏いながら溶岩の中を潜っての逃走は厳しすぎた。

 大山脈付近まで逃げてこれたのは、途中でゴライアスが土を操り溶岩の流れを止め、地下通路まがいのものを作り出してくれたからに過ぎない。

 それがなければ、ロウセイは遠く離れたこの場まで逃げることはできなかっただろう。


「……」


 ズドン!


 そんなロウセイの目の前で、無言のままゴライアスが倒れ伏せた。

 無理もない話である。

 イファールの攻撃を防ぎ、体の一部を欠損させながらここまで魔法を行使続けてきたのだ。

 

「すまんな。治療してやりたいのは山々だが、わしもまだ修行が足りん」


 ロウセイはそう呟き、ゴライアスの隣で応急処置を終える。

 正直に言えばロウセイの魔力も枯渇寸前であり、本音を言えば今すぐ横になりたいくらいである。


 だが、そんなロウセイの元に数匹のドラゴンがやってきた。

 ロウセイ達が逃げ込んだのは魔界を上回る危険地帯。

 ゆっくり休むことが許される場所ではない。


「……すまんな。合流するには時間がかかりそうだ」


 そう呟き、ロウセイは迫りくる竜を屠る。

 疲弊しているとはいえ、下級竜などロウセイにとって物の数ではない。

 本音を言えばすぐにでもシェルビエントに戻りたいところだが、命の恩人であるゴライアスを放置してさっさと逃げるのは義にもとる。

 それに、疲弊した現状では戻ってもすぐには役に立てないだろう。


 そんなことを考えるロウセイの傍らで、岩石の鎧に覆われた巨人が立ち上がろうとしていた。


「休んでいろ。今は休息をとることこそがわしらの戦いだ」


「……」


 ロウセイの忠告を無視し、ゴライアスは尚も立ち上がろうとする。

 しかし、立ち上がろうとするたびに岩の鎧が崩れ、その鎧はとうとう半壊した。


「ぬ? お主」


 半壊した鎧の中をみて、ロウセイは目を潜ませるも、すぐにその表情を和らげた。


「なるほど。そういうことか。道理で魔道装甲を纏わずともあの溶岩の中を移動することが出来るはずだ」


 その鎧の中にあった姿を確認し、ロウセイは諭すように声をかける。


「安心しろ。敵もあと数日はシェルビエントを攻めるような真似はするまい。となれば、我々の本番ももう少し先の話だ。それまで休息を取ることも、我らには必要なことだ」


 同じようなことを繰り返し伝えたロウセイに対し、半壊した岩巨人はとうとう諦めたのか動きを止めた。

 死したわけではないが、ロウセイの言う通り休息を取ることにしたのだろう。


「……さて、ならばわしは梅雨払いをするとするかのう」

 

 一言つぶやき、ロウセイは近づいてきた数匹のドラゴンを殴り飛ばした。

 本来なら拳骨など効くはずもないドラゴンなのだが、ロウセイの拳は容赦なくドラゴンたちを絶命させた。


「さて、敵が動くまでに全快できるか、五分五分と言ったところか」

 

 そんなことを呟き、ロウセイは胡坐をかいて座り込んだ。


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