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摺り合わせ

 ロウセイ師匠と魔王イファールが魔界で激突してから数日後、俺は砦の上から魔界を眺めていた。

 ここ数日間、シェルビエントにはひっきりなしに魔族たちが流れ込んできている。

 今こうしている間も魔族たちが散発的に魔界内からシェルビエントにやって来ているのである。


 魔界内には人間界にある通信水晶とは異なる情報伝達手段、通信魔法というものがあるのだとか。

 

 この魔法は魔族の一部の者が編み出した代物であり、高度かつ緻密な魔力操作が必要となるために体得者こそ少ないが、魔界内で重要な情報交換方法となっているらしい。


 ベヘル、ライオスといった肉体派の連中は論外。

 シェルビエントの面々の中ではイルアムやセネルなどがこの通信魔法に無類の適性を持っているのだとか。

 

 この通信魔法によって状況を伝えられた魔族たちが、着々とここシェルビエントに集結しているというわけである。 


 集結先はシェルビエント東部。

 一度目の魔族襲撃の際にシェルビエント内に住んでいた住民は大きな被害を出しており、シェルビエント内の敷地はかなり余っている。

 それでも魔族の全員を囲い込めるものかと疑問に思っていたが、むしろ敷地の方が余っているらしい。


 魔界に生きる魔族たちは、人間界に比べると極端にその数が少なく、その少数の魔族もイファールの大粛清によって大きくその数を減らしているため、現在魔族の総数は5万に届かないほどなのだとか。


 ゆえに魔族の収容そのものは問題なく行われていた。

 最大の懸念事項は治安の維持と融和性だったのだが、今のところそれも辛くも抑え込まれている。


 現在、魔族たちを限定的にシェルビエント内に匿うという体制を取っており、ジェクト将軍を始めとする人間界側の代表と、ベヘルを始めとする魔族側の代表がお互いに自分たちの陣営に目を光らせているからである。


 ジェクト将軍の言っていた魔族特区というのはシェルビエントの町の東側を指すものらしく、現在魔族たちはセネルの指示の元にその一帯に集まっている。

 人間界に移住するとあり、魔族たちにはかなりの葛藤があったようだが、イファールが何者かに連れ去られ、それに対処するための暫定的な処置ということでとりあえずは落ち着いている。

 

 イファールが魔界を統一したからこそ暴動が起きていないのであり、一昔前の魔界では考えられない状況らしい。

 むしろ問題は元々シェルビエントに住んでいたコルダイン王を始めとするシェルビエント軍にあり、魔族たちから多くの被害を受けている彼らの方が共闘に対する葛藤は大きかった。

 

 そのため、ジェクト将軍はとシェルビエント軍の過半数を帝国内に撤退させ、ドルガー軍の獣人部隊と反発の少ない兵士・魔導師をシェルビエントに残した。

 獣人族は元々魔族に対してなんの因縁も持っていないために魔族との共闘にもさほど不満はない。

 そして元々シェルビエントは魔族を抑え込むために作られた国家であり、限定的とはいえ魔族と共闘を結んだ今、独立戦闘国家を維持する意味がないのだ。

 

 コルダイン王は大いに難色を示していたが、最終的には納得してトルデリシア帝国内に移住した。

 権力に固執していたわけではなく、魔族との共闘が終わったのちのことを心配してのことだったのだが、状況が状況なのでそんな先の話に意味はないということと、ジェクト将軍が全責任を負うという二つの理由によってである。


 そんなこんなで、現在シェルビエントは危うい状況ながらも魔族特区としての形を成していた。

 本土からの物資援助もあるため、差し迫った問題はない。


 ……というのが、俺がフィナリアからかいつまんで説明してもらったシェルビエントの現状とのことだ。


「つまり、当面はこのまま待機ってことでいいのか?」


 俺の問いに、フィナリアは頷いた。


「ロイルド卿たちの目的も勢力も所在も不明な現状では、下手に動くことはできません。現在シェルビエント軍と帝国軍が人間界内を調査していますが、結果は芳しくないようです」


「魔界の方は?」


「魔界にあんな連中がいるような場所などない」


 砦上部で俺とフィナリアが情報交換をしていると、ベヘルがこちらに向かってそんなことを口にした。

 現在セネルが魔族の誘導を行っているが、魔族たちが下手な暴動を起こさないようにベヘルが砦上から見張りを行っている。

 魔族内で動きがあった際に人間界側がそれを抑え込むと波風立つのは目に見えているため、魔族ないで暴動があった場合はベヘルとライオスが抑え込むという算段になっているためである。


 名目上の同盟とはいえ、情報共有は必要である。

 ゆえに俺とフィナリアはベヘルと行動を共にしているのだ。


「魔界内はイファール様の指揮の元に徹底的な制圧を行った。あのような連中が魔界内にいるはずがない」


「随分自信満々に断言しますね」


 そう口にする俺に対し、ベヘルは腕組みをして頷く。


「あの連中、魔界に住んでいる者では考えられぬほどに整った服装をしていた。魔界内に居を構えていたなら、あんな服装に身を包んでいるはずはない」


「…なるほど」


 別方向からの視点に、俺とフィナリアは納得した。

 魔族たちのほとんどはボロ布や魔物の皮を用いていた。

 魔王イファールやベヘル達でさえも粗いローブをまとっていたくらいだ。

 であるにもかかわらず、奇襲をかけてきたロイルドやスペルダは帝国貴族たちのような煌びやかな服装をしていた。

 動きやすさも備わっているようには見えたが、一目で高級そうだと分かるような代物を纏っていたのである。


「なら、あいつらは一体どこから」


「それについては、現在調査中です。今は、待機するしかありません」


 フィナリアの一言に、俺とベヘルは黙り込んだ。

 確かに敵の拠点が分からない以上、今の俺たちにできることなど何もないのだ。


「お前たちは、あのロイルドという人物を知っていたのか?」


 そして、その沈黙をベヘルの一言が破った。


「えっと、俺は一応あったことがあると言えばあるんだが……」


「ロイルド卿は、元帝国魔道総帥として君臨しておられた方です。面識こそありませんが、その魔道の腕は折り紙つきでしょう」


「……ではあの者はお前たちの味方だったのか?」

 

 ベヘルの問いに、俺もフィナリアも即座に首を横に振る。


「あれは帝国側の人間だ。俺たちの敵だぞ?」


「……イファール様のおっしゃっていた、権力者という奴か?」


「まあ、そういうことになるな」


 ベヘルは魔族内においては有数の実力者に該当するらしく、イファールの集めていた情報もかなり深く共有していたという。

 ゆえにベヘルは人間界の事情にもそれなりに通じているのだ。


「ならば、お前たちはあのような猛者たちが実権を握る一団を相手取り、勝利したということか?」


「いや、それは違う」


 イファールと師匠の戦いに乱入したロイルドは、間違いなく帝国内でぶつかり合っていればドルガー将軍クラスの脅威となっていた実力者だ。

 俺達はドルガー将軍と対峙すると同時に、ロイルドと戦うことも視野に入れてはいたが、結局のところヴァルシアでの戦いで戦うことはなかったのだ。


「あなたもご存じとは思いますが、人間界での序列は実力によって決まっているのではありません。特に、私達が帝国を下すまでは、あなた方の赤子にさえ劣るような方が実権を握っていました」


 フィナリアの説明に、ベヘルは腕を組んだまましばし試案した後、口を開いた。


「人間界というところは、面倒な場所だな。力を持たぬ者達が、身の伴わぬ権力というものを持つがゆえに歪が生まれ、その歪さを埋めるために血をながすのだからな」


「それは……」


 ベヘルの独白に口を濁すフィナリアだったが、しかしとベヘルは二の句を継いだ。


「だが、そんな人間界の住人達であるお前たちだからこそ、我々には考えもつかないことを平然とやってのけるのかもしれんな」


『お前もそうだろう?』という意図を込め、ベヘルは俺を見ながらそう言った。


「……この前の一戦での話か?」


「そうだ。お前のような貧弱な体であの鳥から落ちれば即死だ。だというのに、お前はそれをやった。だからこそ俺は意表を突かれ仕留め損ねた」


 そう言って、ベヘルはにやりと笑った。


「人族とは面白いものだな。力で劣るはずのお前たちは、その工夫と技巧を持って俺たちと互角に渡り合う。イファール様のおっしゃったとおりだ」


「……あの魔王が?」


「おう。あのロウセイとかいう男と戦ったからこそ今の自分があると、イファール様は事あるごとにおっしゃっていた。人間界を敵と定めながらも、どこか憎み切れていなかったのは、それが理由だろう」


 そんなベヘルの一言に、俺は少し驚いた。

 

「あんた、他の魔族ほど俺たちの事嫌いじゃなさそうだな」


「俺もイルアムほどではないが人間界に触れた魔族だからな。そのせいで価値観には多少の差が出たんだろう」


 ゴツイ見た目からは想像しにくいが、ベヘルは決して悪いやつではない。

 魔王イファールが正体不明の敵の手に落ちているというのであれば内心穏やかではないだろうに、今は動くべき時ではないと考え、きちんと自分を律している。

 

「俺も、いろんなことを知って世界が広がったと思う」


「そうだな。その通り…!?」


 突如、ベヘルがあさっての方向を向いた。


「どうかしたか?」


 動揺する俺に対し、ベヘルは真っ直ぐに一点を凝視している。


「…大森林の方が、どうかされましたか?」


 ただ事ではないベヘルの反応に、フィナリアがそう問いかける。

 直後、シェルビエント内に敵襲を知らせるドラの音が鳴り響いた。


「敵襲って、まさか!?」


 その音を聞き、俺はベヘルに問いかける。

 俺の問いに頷き、ベヘルは口を開いた。


「大森林の方から敵襲だ。だが、この気配は……」


 そう口にし、ベヘルは苦い表情を浮かべている。


「何か拙いことでも?」


 フィナリアの問いに、ベヘルは苦々しい表情を浮かべたまま答えた。


「……この気配、間違いなく襲撃者は俺の同胞だ。それに、間違いない。ガンドラ様の気配も感じる。一体、どういうことだ?」


「竜人族? そう言えばあんた以外の竜人族って見たことないな」


「……俺以外の竜人族とお前たちが遭遇したことがないのは当然だ」


 ベヘルはそう言うと、一度言葉を切って続けた。


「何しろ、俺以外の竜人族は、5年前に全員イファール様に滅ぼされたのだから」


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