シェルビエント攻防戦8 超常の交流
「ロウセイ様!」
「ロウセイ殿」
その姿を確認したシルディエとジェクト将軍がそれぞれロウセイ師匠の名を呼んだ。
「久しいなシルディエ。それとノーストンの将軍か。ゆっくりと旧交を深めたいところだが、今は場が悪いな」
そう言って、ロウセイ師匠は相も変わらず濃密な殺意を放つ魔王イファールと対峙した。
「久しいなイファール。わしを覚えているか?」
「……忘れるものか。魔界に踏み込んだ奇特な人族など、お前位のものだろう」
相変わらず濃密な殺気を放ちながらそんなことを口にする魔王に対し、しかし師匠はどこか懐かしそうに口を開いた。
「10年ぶりといったところか。あの時とは違って、とんでもない魔法を身に着けたようだな」
「……」
息も詰まるようなイファールの殺気を軽く受け流すロウセイ師匠に対し、イファールは無言で再び溶岩の龍を生み出した。
「五つ、か。凄まじい魔力量と制御力だな」
作り出された五つの溶岩龍を前に再び身構える俺たちを尻目に、しかし師匠はただ純粋に感心しているような声を上げた。
「おい、ロウセイ」
呑気とも取れるロウセイ師匠にトリストスが咎めるように声をかける。
が、それに対してロウセイ師匠はニヤリと笑いながら口を開く。
「トリストス。イファールとはわしが戦う。お前は流れ弾の対処を頼む」
「なに? 本気か?」
「本気だとも。それと……」
イファールが今にも溶岩龍を放ちかねない状況下において、ロウセイはこちらを振り返り俺たちの方を見渡した。
「全員トリストスの後ろに集まっておけ。ばらけられると守りにくい」
「え? ああ、はい」
ロウセイ師匠の言葉に、俺たちはトリストスの背後に集まる。
バストラングは先ほどの特攻で大やけどを負っており、ジェクト将軍は魔力が枯渇気味なのか、かなり苦しそうだ。
フィナリア、シルディエ、セレスティーナでは熔竜弾を防ぐのは厳しいし、俺は問題外ときた。
なら確かにトリストスの背後に集まるのが妥当だろう。
しかしそうなればロウセイ師匠が一人であの魔王と対峙することになる。
あの魔王相手にあまりにも危険すぎることなのだが、なぜか俺たちはそれ以上誰もロウセイ師匠を止めようとも、咎めようともしなかった。
あまりにも、師匠が自信と覇気に満ちているからだろうか。
「さて……」
俺たちが集まったのを確認した後、ロウセイ師匠は魔王イファールの元へと振り返った。
「こっちの準備が整うまで待っているとは、相も変わらず義理堅いやつだな」
「ぬかせ。お前たちなど、不意打ちする必要などない」
イファールがそう言うと、5匹の溶岩龍がその咢を開けた。
『熔竜弾』
魔王の命令に従い、5匹の龍がまっすぐに俺たちめがけて突撃してきた。
「ふっ」
それに対し、ロウセイ師匠は不敵な笑みを浮かべた直後に、真っ直ぐ中央からロウセイめがけて突撃してくる溶岩龍めがけて駆け出した。
「おいおい! 残りの4匹をどうするつもりなんだよ!?」
ロウセイの行動にトリストスがそんな事を口にする。
5匹の溶岩龍は、一匹が正面から、残りが左上、右上、左下、右下から迫り来ている。
真正面の溶岩龍に対処できても間違いなく他がこちらに向かってくる。
「心配は要りません」
が、動揺するトリストスに対し、ジェクト将軍がそんなことを告げた。
「ジェクト?」
「ロウセイ様は、人間界最強の御仁。あの方が出来ると言えば、必ず勝算があるのでしょう」
「……あんたにそう言わせるような奴なのか?」
「私を含め、あの方に勝てる方は人間界にはどこにもいません」
断言するジェクト将軍に対し、俺たちは全員がロウセイ師匠の方を向いた。
ジェクト将軍がああいったからには、ロウセイ師匠には何か勝算があるのだろう。
そんなことを考える中で、ロウセイ師匠は真っ直ぐ正面から迫りくる溶岩龍めがけて跳躍し……そのまま迫りくる溶岩龍を掴み取った。
「「はあ!?」」
そのあまりに常識を外れた光景に、俺とトリストスが驚愕の声を上げる。
だが、その驚愕は、それを上回る常識外れの光景に絶句と変わる。
あろうことかロウセイ師匠は掴み取った溶岩龍をふり回して四方の溶岩龍を叩き落としたのである。
「「…………」」
その光景に俺たちだけではなくジェクト将軍を除く全員が唖然としていた。
これまで俺たちが散々手を焼かされた溶岩龍をあっさりと叩き落としてのけたロウセイ師匠は、先ほどまで振り回していた溶岩龍をそのまま握りつぶした。
「相も変わらず、規格外の御仁ですね」
唖然とする俺たちの前で、ジェクト将軍がそんなことを口にした。
そんなジェクト将軍に対して、フィナリアが驚いたまま問いをかける。
「ジェクト将軍は、ロウセイ様の実力をご存じなのですか?」
「ええ。とはいえ、底知れない実力者であるということ以外は何も知りませんが」
「……ジェクト将軍をもってしてでも、ですか」
フィナリアがそう呟く隣で俺たちもそろって絶句する。
ジェクト将軍はこの中でも1.2を争う実力者なのだが、そのジェクト将軍をもってしても底知れないと言いしめるロウセイ師匠の出鱈目さは、すでに俺たちの網膜に焼き付いてしまったために否定しようがない。
「なにも不思議なことはありませんよ」
絶句する俺たちに、ジェクト将軍はそんなことを口にした。
「私やドルガー将軍が役職に縛られていた中で、ロウセイ様は各地を巡り、見聞を深め、存分にその腕を磨き上げられていたのですから」
羨望を含めたまなざしを向けるジェクト将軍を見て、俺は先ほどまで感じていた息苦しさがなくなっていることに気が付いた。
イファールと呼ばれていた魔王が俺たちに向かって放っていた圧倒的な殺意がロウセイに向かって集約されているのだ。
そんな殺気にさらされながらも、ロウセイ師匠は全く気にしたそぶりを見せずに口を開いた。
「土魔法で岩を生み出し、火魔法でそれを溶かし、液体状になった岩石を流体と見立てて水魔法で操る、といったところか? ただでさえ複雑な魔法だというのに、竜形成をした上で10匹近く同時使役してのけるとは、10年前とは比べ物にならないほどに腕を上げたようだな」
「……そう言う貴様こそ、あれをあっさり叩き落とすとは、10年前なら瞬殺できただろうに」
イファールの殺気がロウセイに集中しているせいか俺たちは二人の会話に耳を貸す余裕が出来た。
二人の会話から察するに、イファールはロウセイが言っていた10年前に魔界にて戦った魔族の事なのだろう。
そして、10年かけて双方が恐ろしいほどに腕を上げていたということらしい。
そんなことを考える俺の前で、イファールは片腕をあげた。
直後、イファールの正面にできていたマグマ溜まりから再び溶岩龍がうみだされる。
だが、それをロウセイが制した。
「お前がその魔法を以て全力で戦うのは一向に構わんが、そうなればこの一帯は焦土と化すだろう。そうなれば、味方の魔族どもも全滅だぞ」
ロウセイの指摘に、イファールは憎々しげに振り下ろそうとしていた手をひっこめた。
「ははは」
その光景を前に、ロウセイが笑い声をあげる。
「……何が可笑しい」
そんなロウセイに対し、イファールがそう問いかける。
その問いに対し、ロウセイは笑みを浮かべたまま答えた。
「いや、仲間を案じて拳を止める。それが出来るお前は、魔界の王としての自覚を持っているようだと思っただけだが?」
「……」
ロウセイの答えに、イファールは無言のまま殺意を向け続ける。
だが、常人であれば呼吸さえ止まってしまうような圧倒的な殺意を前に、ロウセイはまるで動じていなかった。
「一度退け。お前とは存分に戦える場にて、10年前の決着をつけるべきだ」
「……シャクト」
ロウセイの提案に、イファールは憎々しそうに配下に何かを指示した。
シャクトと呼ばれた男の魔族がその手から爆炎の閃光を放たれる。
直後、ドルガー軍と交戦中だった魔族たちが撤退を始める。
あの閃光は撤退を示す合図だったらしい。
「ロウセイ。我々を撤退させたいのであれば、一つ条件を飲め」
「なんだ?」
殺意をそのままに、イファールはロウセイの後方……つまりは俺たちの方を向いた。
「ベヘルとセネルを返してもらう。さもなくば」
「さもなくば?」
「この地を地獄に変え、お前たちを滅ぼす」
佇んだまま、魔王イファールはそう告げた。
その言葉には、一切の誤魔化しが含まれていないように感じられた。
そしてロウセイ師匠はその提案に対して頷いた。
「いいだろう。その二人を解放してやれ」
「……えっと?」
ロウセイの指示に、俺はやや困惑する。
セネルとベヘルは現在城壁付近の部隊に預けている。
ゆえに二人を解放しようとすればファーレンベルクで回収に行くのが一番手っ取り早くなる。
「クウヤ殿」
そんな俺に対し、ジェクト将軍が声をかけてきた。
「あなた方の功績を無に帰すようで心苦しいのですが……」
「いえ、構いません。……良いよな?」
俺の問いに、フィナリアもトリストスもセレスティーナも異存はなさそうだった。
「なら、今すぐに連れてきます」
「私も」
そう言ってフィナリアと共にファーレンベルクの背にまたがる。
砦の向こうで待機している部隊に預けておいたベヘルとセネルを回収し、再びロウセイの元まで戻り、二人を解放した。
セネルはずっとおとなしかったし、ベヘルはまだ気絶したままだったので特に問題なくことは進んだ。
「ライオス」
イファールがそう言うと、ロウセイの元まで一人の魔族が瞬間移動のような速さでやってきた。
かと思うと、ライオスと呼ばれたその魔族はそのままベヘルとセネルを抱えて再び瞬間移動して帰って行った。
「イファール。魔界で待っていろ。あそこでなら、お互い存分にやりあえるぞ」
「……」
ロウセイの言葉に、イファールは答えぬまま踵を返した。
それに従うように魔族たちも撤退していった。
「さて、一件落着と言ったところか?」
魔族が撤退した後、シェルビエントの砦後方に集まった俺たちの前でロウセイ師匠がそんなことを口にした。
それに対し、連合軍側を代表してジェクト将軍が謝辞を口にした。
「助かりましたロウセイ様。あなたのご助力がなければ、私達は全滅していました」
「しかし、ギリギリでしたね師匠。まさか、あんな土壇場まで駆けつけてこないとは」
「いやすまん。調べ事に梃子摺ってな」
「調べ事?」
悪びれもせずにそんなことを口にする師匠に対し、俺はそんな問いをかける。
「うむ。しかしまあ、その話はひとまず置いておけ。今は魔族への対応だ」
ロウセイ師匠の一言に、俺たちは頷いた。
深手を負ったバストラングも師匠が処置をしたために大事には至っていない。
とりあえずは全員そろって見張りをしながら情報交換をすることとなったのだ。
で、とりあえずはジェクト将軍とロウセイ師匠が話をする流れとなった。
「ロウセイ様。あの魔王とは旧知の仲なのですか?」
「うむ。10年ほど前に魔界に踏み入った際に、あの者と手を合わせたことがある。とはいえ、あの時はあんな魔法を使うような輩ではなかったがな」
「そう言うロウセイ様こそ、あの魔法を掴まれた手練は見事なものでした。もしや固有魔法を体得されたのですか?」
「まあのう」
「……固有魔法?」
「説明は後だ」
好奇心が出てきた俺を師匠がいさめる。
確かに、今はそれどころではない。
「それで、ロウセイ様はこれからどうされるおつもりですか?」
「ふむ。その前に軽く状況を教えてくれ」
「…分かりました」
そう言うとジェクト将軍とロウセイ師匠は軽く情報交換を行いだした。
簡潔にまとめると連合軍の被害は全体の1割。主力となるドルガー軍の2割は負傷。
そしてジェクト将軍とバストラングはしばらく戦闘が厳しい程度には消耗しているということだった。
「ふむ。状況は分かった。しばらくは、わしもここに居たほうが良さそうじゃな」
「では」
「ただし、軍の指揮については引き続きお主がやれ。わしは元々平民の出。軍の指揮など肩が凝ってやれん」
「ご冗談を。しかし、初めからそのつもりですので、問題はありませんね」
ロウセイ師匠にそう言われ、ジェクト将軍は分かりにくいがどこかほっとしているように見える。
考えてみればジェクト将軍はこれまで連合軍という前代未聞の軍団を率いて魔族と人間界の存亡をかけた戦いの指揮を執っていたのだ。
その双肩にかかる責任は恐ろしいほどに大きいのだろう。
ロウセイ師匠のような規格外の戦力が加わってくれて、もっとも頼もしく思っているのは案外ジェクト将軍なのかもしれない。
「さて、それともう一つ確認しておかぬとな」
ジェクト将軍との話が終わったのち、ロウセイ師匠はそう言ってセレスティーナの方を向いた。
「お主がフォルシアンの女王か?」
「そうじゃが、お主はクウヤの師匠とやらか?」
セレスティーナがロウセイに対してそんなことを問いかける。
そう言えばバストラングとセレスティーナはロウセイ師匠との面識がなかったんだな。
「まあそうなる。話が早いな」
「話はクウヤとフィナリアから聞いておるよ。しかし、想像以上の怪物じゃなお主は」
「そんなことはどうでもいい」
フォルシアンの女王の一言をどうでもいいの一言で片づけ、師匠は話を進める。
「クウヤとフィナリアの霊絡を繋げ、炎鳥を強くしたのはお主だな?」
「そうじゃが、それがどうかしたのかの?」
「いや、とりあえず今はそれでいい」
「む?」
有無を言わさずと言った感じで師匠は話を切り上げた。
「状況は大体わかった。まずは今後の方針を決めねばな」
「そうですね」
ロウセイ師匠の言葉にジェクト将軍が頷いた。
「ロウセイ様は先ほど魔界にてかの魔王と戦うとおっしゃっていましたが、いかがなされるおつもりですか?」
ロウセイ師匠に対してフィナリアがそんな問いを口にする。
それに対し、しかしロウセイ師匠は難色を示した。
「魔族と正面衝突するのは避けたい。どちらかが滅びてしまえば、真実が闇へと葬られてしまうからな」
「?」
どこか含みを持った師匠の言葉に俺は首を傾げた。
すると、ロウセイの近くに立っていたセレスティーナが口を挟んだ。
「ならば、おぬしは魔族との戦いを止めるために戦うのか?」
「正確には魔族と魔界のことを知るために、と言うべきだな」
「魔族と魔界を知るため、か……!」
ロウセイ師匠の言葉に相槌を打ったセレスティーナが、突然弓を片手に砦の後方を向いた。
「どうかしたのか女王?」
トリストスの問いに、セレスティーナは眉を顰めながら口を開いた。
「魔族の気配じゃ。それもシェルビエントの町から……」
「なに?」
「しかも、こちらに向かってくる」
セレスティーナの一言にトリストスが僅かに殺気立つ。
他の面々も警戒心をあらわにしている。
が、セレスティーナはそれを制した。
「安心せよ。敵の気配は決して強くはない。しかも敵意を持っておらんようじゃ」
「魔族、なのにか?」
トリストスがそんなことを呟いたとき、町中から一人の少女が歩み出た。
「あの者じゃな。人ごみに紛れているうちは気付かなんだが、あの者の気配は間違いなく魔族のものじゃ」
「……あれが、か?」
セレスティーナはそう断言するが、こちらに向かってくるのはやや目つきの鋭い少女と言った風情であり、それが魔族であるとは俺には信じられなかった。
少女はこちらへ向かって歩み寄ると、一度頭を下げて口を開いた。
「警戒をお解きください。確かに、私はセレスティーナ殿のおっしゃる通り魔族の者ではありますが、あなた方との対話を望む者です」
「ほう?」
そんなことを口にした少女に対し、ロウセイがにやりと笑い、問いかけた。
「お主、名は?」
「イルアムと申します。魔王イファール様の命により、人間界の諜報を任されておりました」