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ティーゲル外伝~奪われた母性と黒い野望~  作者: 4代目ている


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第二話:双璧の暗闘と、陽だまりの銀髪(後編)

 トラ族の長老衆から「次期当主は妹の娘(姪)とする」という非情な通達を受け、自らが最強の跡継ぎを産むと宣言してから数ヶ月後。


 黒髪の若き参謀・ティーゲルの身体に、フェリディアの貴族が逃れられない強烈な『発情期』が訪れていた。


「……っ、はぁ、はぁっ……あぁ……っ」


 薄暗い私室のベッドの上で、ティーゲルは熱に浮かされたように荒い息を吐き、シーツを固く握りしめていた。


 普段は漆黒の重甲冑で隙なく覆われている二メートル超えの屈強な肉体が、今は一糸纏わぬ全裸のまま、制御不能な生物学的欲求に支配されて甘く身悶えしている。


 艶やかな黒髪は汗に濡れて白磁のような首筋にへばりつき、鍛え上げられた腹筋や豊満な双丘は、内側から燃え上がるような熱を帯びて微かに朱に染まっていた。


 むせ返るような、濃密で暴力的なまでに甘い「メスの匂い(フェロモン)」。それが私室の空気を重く、淫靡に歪めている。


「んんっ……くぅっ……」


 ティーゲルの背後から伸びる七本のトラの尻尾が、まるで意思を持つ蛇のようにうねり、発情の熱を持て余して自身の太ももや下腹部に絡みつく。


 フェリディア人にとって、脊髄神経が直結する尻尾は極めて敏感な器官である。そのふさふさとした毛並みが自らの火照った肌を擦るたび、脳髄の奥底が痺れるような快感が走り、ティーゲルの口から甘く、艶っぽい吐息が漏れ出した。


 これまでは、強靭な精神力と薬でこの発情期を無理やり抑え込み、すべてのエネルギーを「武」へと変換してきた。だが、妹ハクレイと幼い姪を守るため、自ら「母になる」と決意した今、彼女は自身の胎(はら)が命の種を求めて疼くこの原始的な欲動を、真正面から受け入れていた。


「……行くぞ。私とて、トラ族の女だ……」


 ティーゲルはガクガクと震える膝に鞭打って立ち上がり、重いコートを羽織って、王立科学開発局の『医療センター』へと重い足取りで向かった。


 一万年前のウイルスで男性が死滅して以来、フェリディア王国の貴族が子を成す方法はただ一つ。医療局が管理する「古代の凍結精子」を用いた、無機質な人工授精のみである。

「おや。これはこれは、ティーゲル参謀。今日は随分と……『熱っぽく、女らしい』匂いをさせていらっしゃいますね」


 医療センターの特別処置室。


 純白の白衣を纏い、インテリジェンスな眼鏡を光らせたピューレル博士が、三十代半ば特有の爛熟した色香を漂わせながら、冷ややかな笑みでティーゲルを出迎えた。


「……嫌味を言うな、ピューレル。処置を頼む。トラ族の、最も優秀な遺伝子を」


「ええ、もちろんですとも。我が国のナンバー2が直々に『母になりたい』と仰るのです。最高品質の凍結精子をご用意いたしましたよ」


 ピューレルは恭しく一礼し、ティーゲルを冷たい金属製の手術台へと促した。


 武の頂点に立つティーゲルが、無防備な姿で股を開き、冷徹な科学者の前で恥辱に頬を染める。その圧倒的な屈従の構図に、ピューレルは内心で舌舐めずりをした。


(フフフ……。本当に、見事な牝虎の身体です。その熱く熟れた子宮を、今日から私が『地獄』に変えてあげますよ)


「少し、冷たいですよ」


 ピューレルの細く冷ややかな指先が、限界まで発情しきったティーゲルの最も無防備な柔肌をそっと押し開き、冷徹な金属製の拡張器を滑り込ませた。


「ひぐっ……! あ……っ」


「おや、参謀ともあろうお方が、このような器具一つで甘い声を漏らすとは。発情期の貴族の身体とは、本当に正直で愛らしいですね。……ああ、この尻尾も。熱を帯びて、こんなに震えている」


 ピューレルは空いた手を伸ばし、ティーゲルの背後で身悶えするようにうねっていた七本のトラの尻尾のうちの一本を、ゆっくりと、撫で上げるように掴んだ。


 フェリディア人にとって、尻尾は脊髄神経が剥き出しになった『第二の脳』である。ピューレルの手は単なる診察の域をとうに超え、ティーゲルが最も敏感に感じるスポットを熟知した上で、意図的に、そして執拗に刺激を与え始めた。


 尻尾のふさふさとした毛並みを逆撫でし、神経の束が集中する仙骨のあたりを指の腹で円を描くようにねっとりと擦り上げる。そこからさらに、ピューレルの指先は禁忌の領域へと滑り降りていった。


「ッ……!? き、貴様……そこは……!」


 ティーゲルの黄金の瞳が見開かれ、屈強な肉体が弾かれたように跳ねた。ピューレルの指が触れていたのは、生殖の穴ではなく、そのさらに奥――フェリディアの文化において「下品で野蛮」とされ、決して触れるべきではないと忌避される不浄の器官の境界線であった。


「暴れないでください。フェリディアの生体解剖学において、直腸奥の粘膜層は、仙骨を通る尻尾の魔力神経とわずか数ミリの隔壁を挟んで密接にリンクしています。この部位から神経の根元を直接震わせることで、脳の生殖中枢と報酬系を強制的に同期させ、母体を極限の絶頂へと導く……それこそが、劣化した凍結精子の定着率を最大化し、最も強靭な子を孕むための至高のプロセスなのですよ」


「や、やめろ……ッ! そのような野蛮な真似、トラ族の誇りが……あガッ……ァァッ!」


「野蛮、ですか。ええ、表向きの文化としては確かにそうですね」


 ピューレルは冷酷に微笑みながら、指先をさらに深く、粘膜の奥へと這わせた。


「この直腸周辺への刺激がもたらす快楽は、尻尾の神経を直撃し、脳髄を焼き切るほど強烈なもの。一度知れば二度と抗えなくなり、一本尻尾のキャレットたちなどは絶頂による心臓麻痺で死ぬまで自らを慰め続けてしまうほどの中毒性がある。それゆえに我が国では『絶対のタブー』とされている……。ですが、こと『妊娠』においてのみ、この禁忌は神聖な義務として許容されるのです。王族から上級貴族、そして最下層の平民に至るまで、人工授精の際には必ずこの直腸への愛撫が行われます」


「な……っ……あ、ぁぁッ……!」


「トップシークレットですがね……あの清廉潔白なライアライア女王陛下でさえ、純金と魔石で設えられた『専用の直腸挿入具(アナルプラグ)』をお持ちなのですよ」


 ピューレルの指が、腸壁越しに最も敏感な神経の裏側を抉るように擦り上げた。


「……もちろん、純粋な『繁殖の儀式』の時にしか、ご使用にはなっていないと思われますがね。フフッ。……さて、誇り高き『七本尻尾』の参謀殿の理性は、どこまで耐えられるでしょうか?」


 拒絶の言葉は、脳髄を直接かき回されるような未知の快楽の前に、無残にも甘い喘ぎ声へと溶かされた。ピューレルの手つきは冷酷なまでに正確だった。生殖の器官を苛みながら、同時に禁忌の快楽とされる直腸の壁をなぞり、腸壁越しに尻尾の神経の裏側を直接撫で上げるような背徳の愛撫。


 高潔な武人のプライドが、決して知ってはならなかった卑猥な快感と、「女王ですらこれを受け入れている」という逃げ場のない事実によって泥のように崩れ落ちていく。命の種を渇望するティーゲルの肉体は、与えられる圧倒的な快楽にすがりつくように卑猥な痙攣を繰り返した。漆黒の瞳は完全に潤み、豊満な胸が荒い呼吸とともに激しく上下する。シーツを握りしめる彼女の指先は白く染まり、太ももの内側は自らの熱と溢れ出す愛液で濡れそぼっていた。


「さあ、力を抜いて。……生命の神秘を、お受け取りなさい」


 ズチュ……。


 ティーゲルの理性が禁断の快楽へと完全に崩落したその絶好の瞬間を見計らい、ピューレルは長いシリンジを最奥まで深く挿入した。古代の凍結精子と、胎盤を破壊するための遅効性ナノウイルスが入り混じった白濁液が、熱く脈打つ子宮へと勢いよく注入される。


「ア゛ッ……! んァッ、あぁぁぁぁっ……!!」


 限界まで高められていたティーゲルの身体は、子宮内に直接注ぎ込まれる熱い異物の感覚に激しく反応した。オーガズムによるオキシトシンの爆発的な分泌と魔力の高揚が、胎内へと滑り込んだ猛毒をも「命の源」と錯覚し、貪欲に吸い上げていく。


 七本の尻尾が限界までピンと張り詰め、全身の筋肉が弓なりに反り返る。彼女は手術台の上で武人の誇りも完全に忘れ、まるで発情した獣のように狂おしい絶頂の嬌声を上げてガクガクと打ち震えた。


「ア゛ア゛ッ……! あぁっ……!」


 限界を超えたオーガズムの波が幾重にも押し寄せ、彼女の腰が意志に反して何度も跳ね上がる。白目を剥きかけた口角からはだらしなく艶やかな吐息が漏れ、彼女の身体から噴き出した熱い飛沫が、冷たい金属台を濡らして甘い匂いを立ち昇らせた。


「処置は完了です。……良い結果が出るといいですね、ティーゲル参謀」


 眼鏡の奥で底意地の悪い笑みを浮かべるピューレルの顔を、息も絶え絶えのティーゲルは、全身に背徳の快楽と疲労の汗を滲ませながら、ただ希望に満ちた熱い瞳で見つめ返していた。己の胎内に流し込まれたものが、やがて自分を地獄に突き落とす猛毒であることなど知る由もなく。


 眼鏡の奥で嘲笑うピューレルの顔を、息も絶え絶えのティーゲルは、ただ希望に満ちた熱い瞳で見つめ返していた。


 一ヶ月後。


 ティーゲルの願いは届き、彼女の強靭な肉体は見事に新たな命を着床させていた。


「お姉様! 本当ですか!? おめでとうございます!」


 トラ族の本邸。報告を聞いた妹のハクレイが、銀髪を揺らして自分のことのように涙を流して喜んだ。幼い姪も「ティーゲルおばちゃまのあかちゃん!」と無邪気にティーゲルのお腹に抱きついた。


「ああ。まだ小さいが、確かにここに命がある。……お前たちの陽だまりを守るための、大切な光だ」


 ティーゲルはまだ平坦な下腹部を大きな手で優しく撫で、愛おしそうに微笑んだ。


 己の胎内に芽生えた小さな命の鼓動。それは、血生臭い戦場しか知らなかった彼女にとって、これまでに味わったことのない、震えるような幸福感だった。


(母上。私にも、ついに……)


 だが、その幸福な夢は、残酷なほどあっけなく終わりを迎えた。


 妊娠三ヶ月目に入った、ある夜のことだった。


 自室で眠っていたティーゲルは、突如として下腹部をノコギリで挽き裂かれるような、凄絶な激痛に襲われた。


「ガ、アァァァァァッッ!!?」


 ティーゲルは跳ね起き、腹を抱えてベッドから転げ落ちた。


 痛い。痛い。子宮が、内側から焼け焦げるように痛い。


 それは、ピューレルが仕込んだナノウイルスが、胎盤の細胞を一斉に破壊し始めたサインであった。


「あ……ぁ、うそだ……いやだ、いやだッ!」


 ティーゲルはガタガタと震える手を、自身の股間へと伸ばした。


 指先に触れたのは、生温かい、どす黒い液体の感触。


 ドクン、ドクンと、下腹部が痙攣するたびに、ベッドの純白のシーツが、見る間に真っ赤な血の海へと染まっていく。


「いやだッ! 行かないでくれ! 私の、私の赤ちゃんッ!!」


 ティーゲルの悲痛な絶叫が、夜の屋敷に響き渡る。


 発情期に見せたあの淫靡で生命力に溢れた熱はどこにもなく、ただ死と絶望の冷たさだけが彼女の身体から体温を奪っていった。


 床に這いつくばり、流れ出る血の塊を両手で必死に掬い上げようとするティーゲル。だが、崩壊した胎盤と、まだ人の形にすらなっていない小さな肉塊は、無情にも彼女の指の間からこぼれ落ちていく。


「あぁ……ああああぁぁぁぁっ!!」


 強靭な武人が、己の血の海の中で子供のように泣き叫んだ。


 妹のハクレイを守るため。母の教えを継ぐため。すべてを懸けて宿した光が、暗闇の中へと溶けて消えてしまったのだ。


「残念ですね、ティーゲル参謀。母体からの拒絶反応が強すぎたようです。……貴女のように戦いに特化した『武人の肉体』は、命を育むには適していないのかもしれませんね」


 緊急搬送された王立病院で、冷酷なデータを示すピューレルの言葉が、ティーゲルの心にトドメを刺した。


 自分が強すぎるから、我が子を殺してしまったのか。


 その自責の念が、彼女の心をズタズタに引き裂いた。


 だが、ティーゲルは諦めなかった。


 ハクレイと姪を守るためには、自分が産むしかない。長老衆の非情な宣告を跳ね除けるには、何度地獄を見ようとも、挑戦し続けるしかなかったのだ。


 それから数年にわたり、ティーゲルは自身の身体を削り、狂ったように人工授精の手術台へと上がり続けた。


 発情の熱に浮かされ、ピューレルの冷たいシリンジを受け入れる。


 命が宿ったと涙を流して喜び、妹たちと手を取り合う。


 そして数ヶ月後――必ず、深夜に下腹部の激痛とともに、すべてが真っ赤な血となって流れ落ちる。


 希望と絶望の、終わりのない残酷な反復。


「ハァッ、ハァッ……あ、あァァァッ……!」


 四度目の流産。


 ティーゲルの私室は、再び濃密な血の匂いに包まれていた。


 彼女の精神はすでに限界を超え、強靭だった肉体も、度重なる流産と出血によってボロボロに傷ついていた。


「ごめんね……ごめんね……お母さんが、弱いばかりに……」


 血まみれの手で自身のペチャンコになった腹を抱きしめ、ティーゲルはうわ言のように繰り返した。 無骨な武器が飾られていた彼女の私室の棚には、いつしか「産まれてこられなかった子供たち」を供養するための、不釣り合いなほど可愛らしい『小さなオブジェ』が、四つも並んでいた。 そのオブジェを見つめるたび、抉られるような喪失感が彼女の魂を削り取っていく。


「お姉様……もうやめて! お願い、もうご自分を痛めつけないで!」


 駆けつけた銀髪のハクレイが、血の海に倒れるティーゲルにすがりついて泣き叫んだ。


「私が……私が当主になります! あの子にも剣を持たせます! だから、お姉様の命をこれ以上削らないで……ッ!」


「……ダメだ」


 ティーゲルは、焦点の合わない黄金の瞳でハクレイを見つめ、血に濡れた手で妹の銀髪を撫でた。


「お前たちから、陽だまりを奪わせはしない……。私が、私が産むのだ……。王国の盾となる、強いトラ族を……」


 翌日。青ざめた顔で医療センターへ現れたティーゲルに対し、ピューレルはついに決定的な宣告を下した。


「……これ以上の人工授精は不可能です、ティーゲル参謀。度重なる流産により、貴女の子宮は致命的なダメージを負っている。もはや、古代の凍結精子を受け入れ、着床させるだけの機能は残っていません。……貴女は、もう二度と母にはなれない」


 ピューレルの言葉は、冷徹な死刑宣告だった。


 眼鏡の奥で「これでトラ族は終わりだ」と嘲笑うピューマの悪意に、ティーゲルは気づくことすらできなかった。


「私が……石女(うまずめ)、だと……?」


 絶望に打ちひしがれ、よろめくように医療局を後にするティーゲル。


 王宮の廊下を歩きながら、彼女は己の腹を強く殴りつけた。


 なぜだ。なぜ、こんなにも身体は熱く、命を求めて発情するのに、胎の中はこんなにも冷たく、死に満ちているのか。


(……凍結精子。人工授精。無機質な冷たい管……)


 ティーゲルの武人としての直感が、ふと、ある考えに思い至った。


 一万年も前の、凍りついた死んだような種。それを、冷たい機械で胎に流し込む。


 そんなもので、己の熱く燃え上がるトラ族の血に、本物の命が宿るはずがないのではないか?


(私に必要なのは……医療局(ピューレル)の冷たい機械などではない。生きた体温。圧倒的な生命力。己のすべてを懸けて組み伏せ、喰らい尽くしたくなるような、生きた『野生の種』だ……!)


 ティーゲルの黄金の瞳に、再び鋭い猛獣の光が宿った。


 医療局の管理を離れ、地上の人間界から、最も獰猛で巨大な『野生の雄トラ』を捕獲する。


 そして、無機質なシリンジではなく、オスとメスの剥き出しの肉体のぶつかり合い――血湧き肉躍る交尾(闘争)によって、強引に野生の生命力を己の子宮に叩き込むのだ。


「待っていろ、ハクレイ。母上……。私とて、武の頂点に立つトラ族の女。必ずや、地上の猛獣をねじ伏せ、その強靭な命をこの腹に宿してみせる……!」


 絶望の淵から這い上がった黒髪の女将軍は、冷たい医療局へ背を向け、自らの血と本能にすべてを賭ける狂気の決断を下した。


 それが、ピューレルすらも予測できなかった、王国の歴史を揺るがす「七本尻尾の奇跡」への苛烈なプロローグであることを、まだ誰も知らなかった。


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