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ティーゲル外伝~奪われた母性と黒い野望~  作者: 4代目ている


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第二話:双璧の暗闘と、陽だまりの銀髪(前編)

 偉大なる先代参謀アルティグラの悲劇的な死から、一年の歳月が流れた。


 フェリディア王国の首都、白亜の王宮『天帝聖獅城(グランド・レオンハート)』の最深部に位置する『聖獅子の謁見室』では、重苦しい緊張感が大理石の空間を支配していた。


「――以上が、東部国境におけるモンスターの異常繁殖に対する、我が軍の防衛線構築の報告だ。我らトラ族とヒョウ族の精鋭部隊を前線に配置し、物理的な『武』の壁をもって女王陛下の領地を盤石に守り抜く」


 円卓の中心で、長身を揺らしながら堂々と報告を終えたのは、百六十歳を迎えて心身ともに女戦士の絶頂期にある黒髪の女将軍――王国軍参謀、ティーゲルであった。


 身長二メートルを優に超える筋肉の塊のような巨躯を漆黒の重甲冑で包み、艶やかな黒髪を背中で一つに束ねた彼女の背後には、圧倒的な魔道力を放つ七本のトラの尻尾が、まるで意思を持つ生き物のように力強く揺らめいている。


 その声には、かつて母アルティグラが持っていたのと同じ、誰もが平伏したくなるような絶対的なカリスマと、揺るぎない武人の誇りが満ちていた。


 玉座に座る十本尻尾の女王ライアライアが、慈愛に満ちた黄金の瞳で深く頷く。


「素晴らしい采配です、ティーゲル。貴女が参謀の座に就いてからというもの、前線の兵士たちの士気はかつてないほどに高まっています。母アルティグラも、さぞ草葉の陰で喜んでいることでしょう」


「もったいないお言葉。すべては、ライアライア女王陛下の掲げる『大いなる平和と調和』をお守りするため。このティーゲルの七本の尻尾とコテツブレードは、いついかなる時も陛下の盾となります」


 ティーゲルが胸に拳を当てて深く頭を下げた、その時だった。


「……クスクス。相変わらず、脳髄まで筋肉でできたような前時代的なご報告ですね、ティーゲル参謀。兵士の士気? 武の壁? そのような精神論で国が守れると本気で信じているのですか?」


 静まり返った謁見室に、氷のように冷たく、それでいてねっとりとした艶を帯びた声が響いた。


 円卓の対岸――ティーゲルと真正面から向かい合う席で、純白の白衣を優雅に纏い、中指でインテリジェンスな眼鏡のブリッジを押し上げたのは、王立科学開発局長にして医療局のトップ、七本尻尾のピューマ族・ピューレル博士である。

 

 実年齢で二百五十歳を迎えた彼女は、人間齢に換算すれば三十代半ばの、最も知的で成熟した色香を放つ年齢にあった。


 一切の感情を排したような白磁の肌と、底知れぬ狂気を隠し持つ爬虫類のような瞳が、黒髪の若き参謀を冷ややかに見据えている。


「なんだと、ピューレル? 言いたいことがあるなら、その小賢しい口でハッキリと言え。私の戦略のどこに不満がある」


 ティーゲルは眉間を深く寄せ、ピューレルを鋭く睨みつけた。彼女は自分より九十歳も年上のこの科学者に対し、一切の敬語を使わない。母の死後、軍事(武)と科学(知)のトップとして、二人の関係は水と油のように決定的に対立していたのである。


「おや、不満だなんてとんでもない。私はただ、無駄に血を流すだけの野蛮な戦術を憂いているだけですよ」


 ピューレルは表面上は完璧な丁寧語を崩さず、慇懃無礼な笑みを浮かべたまま席を立った。


「女王陛下。ティーゲル参謀の言う『武の壁』とやらは、結局のところ、前線で最下層のキャレット兵たちを肉の盾として大量消費するだけの古い戦術です。私が提唱するのは、無駄な感情や士気などという不確定要素を完全に排除した、極めて合理的で洗練された『科学の壁』にございます」


 ピューレルが白く細い指先をパチンと鳴らすと、謁見室の中央に青白い光を放つ巨大なホログラムモニターが展開された。


「ご覧ください。我が科学開発局が、対人間・対大型モンスター用の決戦兵器として開発した、脳髄破壊・戦闘用強化薬剤……『バーサーク・キャット』の臨床実験映像です」


 画面に映し出されたのは、地下の閉鎖された実験施設だった。


 そこには、十代半ばほどの人間齢の姿をした数十匹の『キャレット兵』たちが、マイクロビキニだけを身につけた無防備な姿で集められていた。


『にゃ……? ここはどこにゃん? ご飯の時間かにゃ?』


 不安そうに猫耳を揺らす彼女たちの背後――生命線である一本の細い尻尾の付け根(脊髄)に、突如として機械のアームが伸び、毒々しい紫色に発光する粘着質の液体薬剤を、太い注射針で直接ブチ込んだのである。


『ぎ、ぎにゃあああああッ!? 痛い、痛いにゃあぁぁぁっ!!』


 画面の中で、キャレット兵たちが一斉に首を掻き毟って絶叫した。


 だが、その苦痛の声は数秒でピタリと止んだ。


『あ……れ……? 痛く、にゃい……? なんだか、頭の中が、フワフワするにゃん……♡』


『あははっ! すごい、すごいエネルギーが湧いてくるにゃあ!』


 彼女たちの瞳孔は極限まで開き、黒目は裏返って白目を剥き、口の端からはダラダラと大量の涎が垂れ流されていた。


「この『バーサーク・キャット』は、対象の脳の扁桃体を完全に麻痺させ、『恐怖』と『痛覚』を物理的に遮断します。同時に、脳内麻薬であるエンドルフィンを致死量ギリギリまで強制分泌させるのです」


 ピューレルが冷酷に解説する中、ホログラム映像の実験室に、巨大なモンスターが放たれた。通常のキャレット兵なら怯えて逃げ出すサイズの化け物である。


 しかし、紫色の薬液を打たれた少女たちは、全く逃げようとしなかった。


『キャハハハハハッ!! お肉だ、お肉だにゃあぁぁっ!!』


『殺せえぇぇっ! 気持ちいいにゃあぁぁっ!!』


 一本尻尾の少女たちは、文字通り「狂戦士(ゾンビ)」へと変貌していた。彼女たちは武器すら持たず、素手と牙だけで巨大なモンスターに群がり、自らの爪が剥がれ、腕の骨が砕けても、痛みを快感として処理し、ゲラゲラと狂ったように笑いながら化け物の肉を食いちぎっていく。


 さらにおぞましいことに、モンスターの反撃を受けて腹を真っぷたつに引き裂かれ、内臓が床にこぼれ落ちたキャレット兵すらも、死ぬどころか恍惚の表情を浮かべていた。


『あぁんっ♡ はらわたが、はらわたが飛び出てスースーするにゃぁっ♡ たまんないにゃん! もっと、もっとにゃーを壊してにゃあぁぁっ!!』


 彼女たちは自律神経の崩壊により、股間から大量の尿と大便を撒き散らしながら、味方も敵も見境なく解体し、互いの肉すらも貪り食う地獄の狂宴を繰り広げていた。

「――ふざけるなッ!!!」


 ダアァァァァァァンッッ!!!


 ティーゲルの怒号が轟き、彼女の分厚い鋼鉄の拳が、円卓の大理石を粉々に粉砕した。 百六十歳の若き参謀の全身から、背後の七本の尻尾を通じて、謁見室の空気を凍らせるほどの凄まじい『怒り』の魔道力が爆発的に噴き上がった。

 

「ピューレル、貴様……これが、このおぞましい地獄が王国の防衛だと言うのか!? 一本尻尾の者たちから心と魂を奪い、痛覚を快楽に書き換えて肉人形のように弄ぶなど……これのどこが『武』だ! どこが誇りだッ!!」


 ティーゲルの黄金の瞳は、激怒によって文字通り虎のように鋭く細められ、今にも大剣を抜いてピューレルの首を刎ねんばかりの殺気を放っていた。


 トラ族は代々、「下位の者を守る盾」であることに誇りを持っている。いかに最下層の使い捨ての兵士であっても、彼女たちを虫けら以下の実験材料として凌辱するこの狂気の薬物は、ティーゲルの魂の根幹を冒涜するものであった。


「おや、恐ろしい。野蛮なトラが吠えていますね」


 だが、ピューレルはティーゲルの殺気を真っ向から浴びても、涼しい顔で眼鏡の位置を直しただけだった。


「お言葉ですが、ティーゲル参謀。下等な一本尻尾(キャレット)の命など、元より消耗品に過ぎません。彼女たちはこの薬によって、死の恐怖も痛みも感じず、至上の快楽の中で国のために戦って死ねるのです。これほど慈悲深く、かつ効率的な防衛システムが他にあるとでも? 貴女のように、いちいち兵士の命だの誇りだのと感傷に浸っていては、いずれ国が滅びますよ」


「黙れ、白衣の狐め! 女王陛下が掲げる『大いなる調和』は、そのような血も涙もない狂気の上に成り立つものではない! 貴様のやっていることは、ただの悪趣味な命の冒涜だ!!」


「冒涜? 科学の進歩を理解できない筋肉だるまの戯言ですね。アルティグラが生きていれば、もう少し話のわかる……」


「母上の名を、その汚い口で軽々しく呼ぶなッ!!」


 ティーゲルが一歩踏み出し、床が地鳴りを立てて陥没した。


 一触即発。七本尻尾同士の激突が起きるかと思われた、その時。


「――そこまでになさい、二人とも」


 玉座から、静かだが絶対的な威厳を持った声が響いた。 十本尻尾の女王、ライアライアであった。


 ライアライアは扇子を閉じ、哀しげに目を伏せて、ホログラムモニターに映る狂乱のキャレットたちを見つめた。


「ピューレル。貴女の国の未来を憂う気持ちと、その類まれなる頭脳には感謝しています。……ですが、これはあまりにも残酷です。いかに一本尻尾の者たちとはいえ、心を持ったフェリディアの民。その魂を薬物で破壊し、尊厳を奪うような兵器の使用を、私は決して許しません」


「……陛下」


「ティーゲルの言う通り、我が国の防衛は、誇り高き『武』の壁によって為されるべきです。この『バーサーク・キャット』の製造および使用は、全面的に凍結を命じます。……よいですね、ピューレル」


 女王の絶対の勅命。


 ピューレルはほんの一瞬だけ、眼鏡の奥で不快そうに目をすがめたが、すぐに完璧な礼節を取り繕い、真っ白な白衣を翻して深く、優雅に一礼した。


「……御意のままに、ライアライア陛下。私の配慮が足りませんでした。この研究は、ただちに封印いたしましょう」


「うむ。ティーゲル、引き続き国境の防衛を頼みますよ」


「はっ! 命に代えましても!」


 ティーゲルが力強く頷き、軍議は解散となった。


 謁見室から退出する際、すれ違いざまに、ピューレルはティーゲルの耳元でだけ聞こえるように、ねっとりとした毒を孕んだ声で囁いた。


「……さすがは偉大なるアルティグラの娘。女王陛下の忠犬としての振る舞いは見事なものですね。ですが、力任せに吠えるしか脳のない貴女に、いつまでこの国のナンバー2が務まることやら」


「……減らず口を。私の剣は、貴様のような外道に国を狂わさせないためにある。女王陛下と、この国に生きるすべての弱き命は、私が守る」


 ティーゲルはピューレルを一瞥もせず、漆黒の甲冑を鳴らして毅然と歩み去っていった。


 その黒髪の背中を見送りながら、ピューレルは誰もいない廊下でピタリと立ち止まり、唇を歪に吊り上げた。


(……ええ、そうですよ、ティーゲル。貴女は力で私をねじ伏せた気になっている。ですが、政治と闘争の舞台は、この王宮の円卓だけではありません)


 ピューレルは、白衣のポケットの中で拳を強く握りしめた。


(アルティグラに続き、娘のお前まで私の前に立ち塞がるというのなら……徹底的に壊してあげますよ。お前が最も守りたいと願うものを奪い、女としての尊厳を泥水に沈め、二度とその筋肉だるまの顔を上げられないほどの絶望を味わわせてやる)


 白衣の悪魔の頭脳で、極めて悪辣で、残酷な計画が高速で組み上げられていく。


(トラ族の誇り? 次世代への血脈? ククク……。お前の強靭な肉体が、ただの「産めない欠陥品」へと成り下がる日を楽しみにしていますよ、ティーゲル参謀)


 王宮の冷たい廊下に、ピューレルの狂気を帯びた低い笑い声が、誰にも聞かれることなく静かに溶けていった。

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