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ティーゲル外伝~奪われた母性と黒い野望~  作者: 4代目ている


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第六話:黄金の胎動と、反逆の黒虎(前編)

 フェリディア王国の王都から遠く離れた、北方の辺境地帯。

 荒涼たる岩肌が続くその渓谷は今、むせ返るような血の匂いと、鼓膜を劈(つんざ)くような断末魔の絶叫に支配されていた。


 渓谷の奥深くから湧き出したのは、フェリディア建国以前から地底の闇に巣食う凶悪な魔獣(モンスター)の大群であった。

 それは、身の丈五メートルを超える『巨大なカマキリ型モンスター』の群れである。鋼鉄のように硬質な緑黒色の外骨格に覆われ、両腕には獲物を一刀両断する凶悪な大鎌を備え、口元では肉を噛み砕く無数の牙(大顎)が不気味な摩擦音を立てて蠢いている。

 その数知れぬ蟲の化け物たちが、辺境の防衛拠点を突き破り、罪なき民の住む町へと迫っていたのである。


 その討伐の任を帯び、現地へと進軍してきたのは、王国軍ナンバー2たる参謀ティーゲルが率いる討伐軍。

 最下層である一本尻尾(イエネコ族)の中から、特に戦闘能力に優れた個体だけを選りすぐって編成された隊長以下十一匹のティーゲル直属・特殊部隊『クリムゾン・クロー』。そして、王国の所有物として使い捨てられる一般のキャレット兵で編成された『第三キャレット大隊(総勢三百匹)』であった。


 彼女たちの出で立ちは、戦場に似つかわしくないほど扇情的で、かつ防御力を度外視したものであった。

 一般のキャレット兵たちが身につけているのは、大事な部分を辛うじて隠す程度の『布地面積が極めて少ないマイクロビキニ』と、鋭いフェリディウム合金製の爪が付いた『肉球グローブ』および『肉球ブーツ』のみ。背中から伸びる一本の尻尾を揺らすたび、布地の少ないビキニの紐が柔らかく豊満な尻肉の谷間へと深く、いやらしく食い込んでいるのが露わになる。

 一方、上位部隊であるクリムゾン・クローの十一匹が纏うのは、腰の横部分にだけ申し訳程度の装甲がついた『深紅のマイクロビキニアーマー』と、巨大なフェリディウム合金製の爪が付いた『深紅の超大型ガントレット』であった。彼女たちもまた、鍛え上げられたしなやかな太ももを露わにし、深紅のTバックアーマーを尻肉にきつく食い込ませながら、戦場に妖艶な花を咲かせていた。


「参謀閣下! 前方にカマキリ型魔獣の群れを確認しましたにゃ! ざっと数百は下りませんにゃん! いかがにゃさいますか!?」


 クリムゾン・クローの隊長・ベルベが、前線から駆け戻ってきて膝をつき、一本の尻尾をピンと立てて報告した。


 かつてのティーゲルであれば、この状況下で決して無謀な突撃を命じることはなかった。

 地形を読み、魔道力を持たない脆弱なキャレット兵たちは囮や後方支援に回し、罠に誘導したところをトラ族であるティーゲル自身の強大な魔道力で一網打尽にする……。同族ではない下等な一本尻尾であっても、できる限り人的被害を最小限に抑えつつ確実に敵を削り殺す「完璧な戦術」を立案していたはずである。それこそが、慈悲深き名将と謳われた彼女の高潔な戦い方だった。


 だが、黒塗りの指揮用装甲馬車の上に立つティーゲルは、迫り来るおぞましいカマキリの群れを氷のように冷たい黄金の瞳で見据え、ただ一言、吐き捨てるように命じた。


「第三キャレット大隊、三百。――正面から突撃しろ。一匹残らず魔獣の群れに突っ込み、その肉と血で敵の鎌の切れ味を鈍らせろ」


「……は、はいっにゃ!?」


 ベルベ隊長は自らの耳を疑い、思わず顔を上げた。

「お、恐れながら参謀閣下……っ! 魔道力を持たにゃいあの子たちを、陣形も組まずに突撃させれば、あの大鎌の前では一瞬で全滅してしまいますにゃ! 同じ一本尻尾の同胞です……どうか、どうかもう少し犠牲の少ない作戦を……っ!」


 階級は違えど同じイエネコ族として、ベルベは同胞を無駄死にさせたくないという思いから、必死に食い下がった。

 しかし。


「私の命令に口答えするのか、ベルベ」


 ギロリ、と。

 ティーゲルの黄金の瞳孔が獣のように縦に収縮し、彼女の背後で揺れる七本の尻尾から、インクのようにドス黒い『暗黒の殺意』がボワッと噴き出した。

 そのあまりの重圧と、物理的な死の恐怖に、歴戦の勇士であるはずのベルベは「ヒッ……にゃ……!」と喉を引き攣らせ、ガタガタと震えながら平伏するしかなかった。


「も、申し訳ございませんッにゃ! ただちに、ただちに命令を下しますにゃ……ッ!!」


 ベルベの悲痛な号令が戦場に響き渡る。

「第三キャレット大隊! 全軍、正面の魔獣群へ向けて突撃開始にゃあッ!! 止まる者はこの場で首を刎ねるのにゃ!!」


 突撃ラッパの音が虚しく鳴り響いた。

 最前線に並ばされていた、人間齢にして七歳から十二歳の幼い一本尻尾の少女たち。布地面積の極めて少ないマイクロビキニの食い込みを直す余裕すらなく、彼女たちは震える足に鞭を打ち、「わあぁぁぁっ!」「こ、怖いにゃぁぁん!」と泣き叫びながら、巨大な鎌を振り上げるカマキリの波へと向かって盲目的に突っ込んでいった。


 その結果は、戦いなどと呼べるものではなかった。

 ただの『一方的な大虐殺(すりつぶし)』であった。


 ズバァァァァンッ!! グシャァァァッ!!

「ぎにゃあぁぁぁぁぁっ!!?」


 最前列の少女たちがカマキリ魔獣の群れに衝突した瞬間。肉球グローブの爪など届くはずもなく、カマキリの巨大な両腕の大鎌が、容赦なく少女たちの柔らかな半裸の身体を薙ぎ払った。

 首が飛び、細い腕がちぎれ、マイクロビキニの隙間からピンク色の内臓がぶちまけられる。


 そして、戦場の中央で、目を覆いたくなるような最も凄惨な地獄絵図が繰り広げられた。

 十数匹の巨大カマキリが横一列に並び、大鎌を地を這うような低い軌道で一斉に薙ぎ払ったのである!


『シュババババババッッ!!!!』


「ア゛ッ――――――――!?」

「ひ、ぎ、にゃア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!」


 横薙ぎの凶刃が、前衛にいた数十匹のキャレット兵たちの『腰の真裏』を正確に捉え、彼女たちの背後から伸びる生命線――『一本の尻尾』を、仙骨の根元から一斉にスパッと切断したのだ!


 フェリディア人にとって、尻尾は第二の脳であり、中枢神経が剥き出しになった最大の急所。

 それを同時に数十匹も切断された瞬間、戦場は少女たちの発狂したような絶叫に支配された。


「し、しっぽが!! にゃーのしっぽが切れたにゃあぁぁぁっ!!」

「あ゛あ゛あ゛っ! いたい、痛いいいいぃぃぃっ!! あたまが、あたまが割れるにゃあぁぁっ!!」


 尻尾を失ったキャレットたちは、完全に脳神経がショートし、その場にバタバタと倒れ込んで泡を吹き始めた。

 白目を剥き、切断されたお尻の断面から大量の血を噴水のように噴き出しながら、泥と自らの脱糞にまみれてビクビク、ガクガクと激しく痙攣し続ける少女たち。その横では、切り落とされた数十本の細い尻尾が、まるで命を持ったミミズのように血の海の中でピチピチと跳ね回っていた。


「や、やだぁっ……! たすけて、たすけてにゃ……っ!」

「たべにゃいで、おねがい、食べにゃいでえぇぇっ!!」


 尻尾を切られ、動けなくなった少女たちに、カマキリ魔獣の巨大な大顎が容赦なく襲いかかる。

 鋭い棘の生えた前脚で泣き叫ぶ少女たちの極小ビキニごと胸を貫いて地面に縫い留めると、頭からバリバリと噛み砕き、生きたまま柔らかな太ももや腹の肉を食いちぎって貪り食い始めた。


 血の雨が降り注ぎ、戦場は瞬く間にキャレットたちの千切れた肉片と内臓、そして絶望の断末魔に満ちた真の生き地獄と化した。

 三百匹いたキャレット兵大隊は、ものの数十分で文字通り『全滅』した。岩肌を染める真っ赤な血の海と、無数の屍の山が築かれただけである。


 だが。

 そのおぞましい惨殺の光景を見下ろしながら、ティーゲルの顔には憐れみどころか、感情の欠片も浮かんでいなかった。

 彼女にとって、王家(ライオン族)が支配するこの国の最下層の命など、もはや我が子を奪われた憎悪を鎮めるための「ただの肉の壁」でしかなかったのだ。


「……三百の肉塊があれば、さすがに敵の鎌も刃こぼれし、動きが鈍る。……さあ、クリムゾン・クロー。残飯処理の時間だ。一匹残らず屠(ほふ)れ」


「は、はいっにゃあッ!! 散っていった同胞たちの仇を討つにゃん!! 総員、特攻にゃあッ!!」


 ティーゲルの冷酷な命令とベルベの号令を受け、背後に控えていた隊長以下十一匹のクリムゾン・クロー部隊が、一斉に戦場へと雪崩れ込んだ。

 深紅のマイクロビキニアーマーを纏った彼女たちは、同胞たちの血で滑る大地を、しなやかな跳躍力で蹴り上げる。魔道力を持たない彼女たちだが、その身体能力と暗殺術は極限まで鍛え抜かれていた。


「ハァァァァッにゃ!!」

 一匹の隊員がカマキリの巨大な鎌を紙一重でかわし、空中で身を捻る。深紅のTバックアーマーがプリッとした尻肉に激しく食い込むのも構わず、彼女は『深紅の超大型ガントレット』を振り下ろし、フェリディウム合金製の爪でカマキリの複眼を「ズバァッ!」と引き裂いた。


「そぉれにゃんッ!」

 さらに別の隊員が、死角からカマキリの関節へと潜り込み、巨大な爪で緑黒色の脚を根元からスパスパと斬り飛ばしていく。

 同胞の肉を食らい、血と脂で鎌の切れ味が鈍っていたカマキリ魔獣の群れに対し、部隊は神速の連携とダイナミックな体術で次々と関節を破壊し、的確に急所を突いて殲滅していった。


 しかし、戦況が王国軍の圧倒に傾いた、その時である。


『キシャアアアアアアアアアアッッ!!!!!』


 地響きを立てて、渓谷の最深部から『ボス魔獣』が姿を現した。

 体長は十メートルを超え、全身が禍々しい赤黒い色をした突然変異の巨大カマキリである。両腕の鎌は血を吸って赤く発光しており、圧倒的なスピードと殺意を放っていた。


「にゃ、にゃんだあのデカさは……ッにゃ!?」

「隊長! 奴の装甲にガントレットの爪が通じませんにゃ! 早すぎるにゃん!」


 クリムゾン・クローの精鋭十一匹が一斉にボス魔獣に斬りかかるが、その凶悪な刃の旋風によって次々と弾き飛ばされ、悲鳴とともに自慢の超大型ガントレットごと腕や太ももを切り裂かれて血を噴き出した。

 あっという間に部隊の半数が重傷を負い、戦列が崩れかける。さすがの特殊部隊も、魔道力なしでこの規格外の化け物を相手にするには限界があった。


「くそッ! このままでは全滅だにゃ! 退避、一旦退避して陣形を立て直すのにゃあ!」


 ベルベ隊長が撤退の指示を出そうとした、まさにその瞬間。

 突如として、戦場を吹き荒れていた血の風が止んだ。


「――退避など許さん」


 ドス黒い殺意のオーラを纏ったティーゲルが、いつの間にかボス魔獣の真正面、血の泥土の上に静かに降り立っていたのである。

 彼女は愛用の大剣すら抜いていない。両手はだらりと下げられたまま、無防備にも見える立ち姿。しかし、その背後でうごめく七本の尻尾からは、空気が歪むほどの莫大な魔道力が溢れ出していた。


『ギリュルアアアアアアッッ!!!』

 ボス魔獣は目の前の小さな獲物を嘲笑うかのように、巨大な大鎌を振り下ろし、ティーゲルの身体を真っ二つにすべく襲いかかった。


 誰もが「参謀閣下が殺されるにゃ!」と息を呑んだ次の瞬間。


 バギィィィィィンッッ!!!


「……にゃっにゃ!?」


 クリムゾン・クローの部隊員たちは、信じられない光景に目をひん剥いた。

 ティーゲルは一歩も退かず、ただ左手を無造作に上へと突き出しただけで、鋼鉄を両断するはずの巨大な鎌を「素手」で受け止めていたのだ。彼女の掌からは一切の血は流れていない。極限まで圧縮されたトラ族の魔道力が、見えない絶対防壁となって刃を弾き返したのである。


「虫けらが。……私の赤ん坊が味わった痛みに比べれば、貴様の刃など、そよ風にも劣るわ」


 ティーゲルの黄金の瞳が、狂気と歓喜に細く歪んだ。


「――さあ、泣き叫べ」


 直後、ティーゲルは右の拳をボス魔獣の巨大な鎌の側面に叩き込んだ。

 メギャァァァッ!! という爆音とともに、決して砕けないはずの魔獣の刃が粉々に粉砕され、そのまま右腕の関節ごと根元からブチィッ! と引きちぎられた。


『ギシャアアアアアアアッッ!?!?』

 信じられない激痛に、ボス魔獣が絶叫を上げてのけぞる。


「逃がすか」

 ティーゲルは凄まじい跳躍力で空中に飛び上がると、魔獣の巨大な胸の甲殻へと取り付いた。そして、自らの十本の指に『暗黒の魔道力』を集中させ、鋭い爪へと変異させると、そのまま硬質な装甲の隙間へと深々と両手を突き入れた。


 メリメリメリッ! ズブブブブッ!!

『ギ、ギィィィィィッ!!?』


「ハハハハハハッ!! どうした、痛いか! 痛いだろうな! 私の子宮が裂けた時も、こんな風に痛かったぞ!!」


 狂ったような高笑いを上げながら、ティーゲルは突き入れた両手を左右に思いきり引き裂いた。

 バキャアアアアァァァッ!!

 分厚い外骨格が、まるで薄い卵の殻のように生きたまま左右にへし折られ、魔獣の胸腔が完全に剥き出しになった。そこからドバァァッ! と噴き出した緑色の体液と血の雨を、ティーゲルは顔面から真正面に浴びて、うっとりと目を細める。


「まだまだ足りないな。お前の命の源を見せてみろ!!」


 ティーゲルの背後から、ドス黒いオーラを纏った『七本の尻尾』が蛇のように伸び、剥き出しになったカマキリ魔獣の体内へと容赦なく突き刺さった。

 ズチュウゥッ! グチャグチャグチャッ!!


 尻尾の先端が、魔獣の体内でドクドクと脈打つ巨大な心臓と、無数の内臓器官に巻き付き、力任せに外へと引きずり出した。

 内臓を根こそぎ引っこ抜かれる致命的な激痛に、ボス魔獣は残った腕と脚を振り回して発狂したようにのたうち回るが、ティーゲルはその巨大な顔面に飛び乗り、自らの軍靴の踵で魔獣の巨大な複眼を次々と「メチャッ! ブチャッ!」と無慈悲に踏み潰していった。


「アハハハハハハッ!! ほら、もっと足掻け! もっと血を流せ! お前のような薄汚い獣の血が、黄金の獅子どもの喉を潤す極上のワインになるのだ!!」


 狂乱の笑い声を上げながら、ボスの巨体を単身で文字通り「解体」していくティーゲル。

 最後は、七本の尻尾で魔獣の首をガッチリと絞め上げると、そのまま巨大なカマキリの頭部を「ブチブチブチィィィンッ!!」と強引に引き抜き、緑色の血柱が噴き上がる首無し死体を大地へと蹴り倒した。


 ズドォォォォォォンッ!!

 大地を揺るがしてボス魔獣が絶命した。


 血の雨が降り注ぐ中、巨大な生首を片手に持ち、緑色の血と内臓の破片に全身を濡らして、ただ一人高笑いを上げる黒髪の女参謀。


「…………っにゃ」

「ひぃ……っ」


 そのあまりにも圧倒的な強さと、獲物を嬲(なぶ)り殺しにする異常な残酷さに。

 それまで彼女を「慈悲深く誇り高き主君」として尊敬していたはずのクリムゾン・クローのキャレットたちでさえ、血塗られたガントレットを取り落とし、ガタガタと震えて後ずさるしかなかった。


(ティーゲル様は……完全に、別の生き物ににゃってしまったにゃ……っ。あれは、武人にゃどではにゃい。ただの血に飢えた『バケモノ』にゃ……っ)


 ベルベ隊長は恐怖に歯の根を鳴らしながら、ティーゲルの背中から立ち昇る暗黒のオーラに、フェリディア王国が迎えるであろう破滅の予兆を確信していたのである。


 数日後。フェリディア王国の王都の中心にそびえ立つ、光り輝く『天帝聖獅城』。

 その最上階にある黄金と白百合に彩られた『玉座の間』にて、魔獣討伐の任を終えたティーゲルの謁見が行われていた。


 ティーゲルは、数日前に辺境の戦場で魔獣の血と内臓を浴びて狂い笑っていたあの姿から一転し、一片の汚れもない純白の近衛礼装甲冑に身を包んでいた。

 戦場の血の匂いなど微塵もさせず、気高い最高級の香水の香りを纏い、乱れ一つない黒髪を後ろで束ねたその姿は、かつての『高潔で美しい最強の女将軍』そのものであった。


「――辺境を脅かしていたカマキリ型魔獣の群れ、ならびにボス個体、一匹残らず討伐してまいりました。すべては、ライアライア女王陛下の御威光の賜物にございます」


 ティーゲルは玉座へと続く赤絨毯の上に深く片膝をつき、完璧な所作で頭を垂れ、極上の敬語をもって報告を終えた。


 一段高い黄金の玉座には、十本の美しい尻尾を優雅に揺らす女王ライアライアが座っていた。

「見事な働きです、ティーゲル。貴女が我が王家の盾として健在であること、これほど心強いことはありません」


 ライアライア女王は慈愛に満ちた声で労いの言葉をかけた。

 しかし、その黄金の瞳の奥には、深い懸念と悲しみの色が滲んでいた。


「……ですが、ティーゲル。討伐部隊からの報告書によれば、今回の作戦において、前線に投入された第三キャレット大隊の三百匹が、文字通り『全滅』したと聞きました。さらに、貴女自身の戦い方も、あまりにも苛烈で……不必要に残虐であったと」


 女王は痛ましげに眉をひそめ、ティーゲルへ向かって静かに、だが真剣に語りかけた。


「ティーゲル。いくら下等な一本尻尾とはいえ、彼女たちもこの国の民。三百もの命が一度に失われるなど、以前の貴女の指揮ではあり得なかったこと。……もう少し、キャレット兵の犠牲を減らすような陣形や作戦があったのではないですか?」


 ライアライアは小さく息を吐き、悲しげに続けた。

「……無理をしているのですね。お腹の赤ちゃんを失った悲しみを、戦いの血と怒りで紛らわそうとしないで。貴女の心が壊れてしまう前に、どうか少し休暇を取り、休んではどうか」


 それは、本心からティーゲルの精神を心配し、思いやる、主君としての真実の言葉であった。


 だが。ティーゲルは伏せた顔の奥で、ギリリ……と奥歯を噛み砕かんばかりに噛み締めていた。


(休め、だと……? 悲しみを紛らわすな、だと……? キャレットの命を案じる余裕があるなら、なぜ私の赤ん坊を助けてくれなかったッ!! どの口が言うか、この薄汚い黄金の獅子が……ッ!!)


 ティーゲルの脳裏には、あの地下病室でピューレルから見せられた(偽造された)通信ホログラムの映像と、薬物によって曲解された残酷な嘲笑の言葉が、今でも鮮明に、ドクドクと呪いのように脈打っている。


『たかがトラ族の一匹の死産ごときで祝祭の演出を止め、興を醒まさせようというのですか』


 私から子供を奪い、見殺しにして嘲笑った張本人が、どの面を下げて「慈悲深き女王」の仮面を被って、私を気遣うフリをしているのだ。吐き気がする。今すぐその首を叩き切り、十本の尻尾を根元から引きちぎって、その口にねじ込んでやりたい。


 沸騰するような殺意と憎悪が、ティーゲルの腹の底からマグマのようにせり上がってくる。

 しかし。ティーゲルはフェリディア王国の絶対的な身分制度と、復讐を完遂するための完璧な理性を、決して手放すことはなかった。


「……お気遣い、痛み入ります、ライアライア女王陛下」


 ティーゲルがゆっくりと顔を上げた時。

 その顔に浮かんでいたのは、一片の曇りもない、どこまでも穏やかで、忠誠心に満ち溢れた『完璧な忠臣の微笑み』であった。


「ですが、ご心配には及びません。下等なキャレット兵が何百匹死のうとも、それは王国の安寧のための尊い礎。そして私めは、微塵の疲れも感じてはおりません。すべては、王家の方々が永遠に光り輝く平和な世界をお守りするため。この命ある限り、最強の盾となるのが、我らトラ族の無上の喜びにございます」


 一片の揺らぎもない、完璧な忠誠の誓い。

 ライアライア女王は、そのあまりにも立派な言葉と態度にホッと胸を撫で下ろし、「そうですか……貴女がそこまで言うのなら、私からこれ以上は言いません。頼りにしていますよ、ティーゲル」と優しく微笑んだ。


 女王は完全に騙されていた。

 ティーゲルは再び深く頭を垂れながら、内心で、冷たく、そして狂おしく嘲笑った。


(ええ、安心しきっているがいい。お前たちが一番幸福の絶頂にいるその瞬間に、すべての希望を刈り取り、最も残酷な絶望を味わわせてやる)


 表面上は完璧な礼節と忠誠を演じながら、その内側でこの国のすべてを滅ぼす破滅の毒を煮詰める『反逆の黒虎』。


 ティーゲルが玉座の間を後にした時、フェリディア王国を包み込む黄金の光の裏側で、真の地獄へのカウントダウンが、静かに、そして誰にも気づかれぬままに加速し始めていたのである。

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