第五話:偽りの白衣と、反逆の黒き産声(後編)
我が子の無惨な死産と、王族たちからの「嘲笑」という名の残酷な記憶。
あの日、王立医療科学技術局の地下病室で絶望の底に突き落とされた日から、ティーゲルの中で何かが決定的に、そして永久に壊れてしまった。
退院し、トラ族の本邸へと戻ったティーゲルは、以前の彼女とは全くの『別虎』と化していた。
かつてのティーゲルは、厳格な武人でありながらも、女王ライアライアのように慈悲深く、部下の失敗にも寛容な心を持つ高潔な将軍であった。魔道力を持たない最下層の一本尻尾であっても命を無駄にせず、トラ族の血を引く者たちや使用人からは「厳しくも頼れる母」のように慕われていた。
しかし、今の彼女を支配しているのは、極限の悲しみが発酵してドス黒く変異した『王家への憎悪』と、他者の命を塵芥としか思わなくなった『冷酷なる狂気』であった。
「――避けが甘い。貴様、その程度の動きでトラ族の誇りを語るつもりか?」
トラ族本邸の広大な修練場。
ティーゲルの冷酷な声とともに、同じ七本尻尾を持つトラ族の若き貴族将校が、顔面を蹴り砕かれて石畳の上を数十メートルも吹き飛んだ。
「がはァッ……! も、申し訳ございません、参謀閣下……ッ! ど、どうかお許しを……!」
「許す? 私がお前たちを甘やかした結果が、このザマだ。いいか、我らトラ族は生まれながらにして七本の尻尾を持つ、フェリディア最高位の武闘派貴族。戦場で王家の御身を守るために、常に最強の『盾』でなければならないのだ。……次に動きが遅れれば、貴様のその七本の尻尾を根元から引き抜いて、二度と戦えぬ身体にしてやるぞ」
倒れた若き貴族の顔面を軍靴で容赦なく踏みつけながら、ティーゲルは氷のように冷たい黄金の瞳で見下ろした。
トラ族は、ハクレイやコトラのような一部の例外を除き、本来は全員が極めて高い戦闘能力を有し、非常に好戦的な性格を持つ戦闘種族である。だが、その血の気の多いトラ族の精鋭たちでさえ、今のティーゲルから立ち昇るドス黒い殺気に怯え、息を呑んで後ずさっていた。
「お姉様……。どうして、あんなに酷いことを……」
修練場の陰で、その惨状を見つめていた妹のハクレイは、両手で顔を覆ってボロボロと涙を流していた。
あんなお姉様は見たくない。赤ちゃんを失ってから、お姉様はまるで悪鬼のように心を閉ざし、同族に対してすら牙を剥くようになってしまった。
優しい眼差しで自分や娘のコトラを撫でてくれた、あの温かい手はもうどこにもない。ハクレイの心は、姉の変貌に対する底知れぬ悲しみと喪失感で、すでに限界を迎えていた。
だが、ハクレイをさらなる絶望のどん底へと突き落とす出来事が、この直後に待ち受けていたのである。
その日の夜。ティーゲルの執務室に、トラ族の長老衆からの「絶対的な決定事項」を記した親書が届けられた。
「……『虎の穴』での試練、だと?」
執務机の奥で親書を読み上げたティーゲルの声が、地獄の底から響くように低く唸った。
その目の前には、涙で顔をグシャグシャにしたハクレイと、彼女の背中に隠れて怯えるように震えている銀髪の姪・コトラの姿があった。
「お姉様、お願いです! コトラを……コトラを『虎の穴』になんて、行かせないでください……っ! あそこは、生きて帰れる場所ではありませんわ!!」
ハクレイが泣き叫びながら、ティーゲルに懇願した。
『虎の穴』――それは、トラ族本邸のさらに地下深くに存在する、一筋の光も差し込まない天然の巨大洞窟である。そこにはフェリディアの建国以前から生きる凶悪な魔獣やモンスターが巣食っており、トラ族の「次期参謀職を継ぐ者」は、その暗黒の洞窟にたった一人で放り込まれ、自らの力だけで生き抜くことを義務付けられていた。
その期間は、およそ三十年。
人間齢にして七十歳(見た目は十歳の少女)を迎えた日に放り込まれ、百歳になるまで、親の顔を見ることも、温かい食事を与えられることもなく、ただ暗闇の中で化け物たちと殺し合い、その肉を食らって生き延びなければならない。精神が崩壊し、あるいは魔獣に食い殺されて、二度と戻ってこない者も数知れずという、極めて過酷で非人道的なトラ族の習わしであった。
ティーゲル自身は、先代参謀であった偉大なる母・アルティグラの「実の娘(直系)」であったため、この『虎の穴』に入ることを特例として免除され、母から直接の戦闘訓練を受けていた。
だが、トラ族の掟において、先代参謀の実子ではない者が参謀職を継ぐ場合、この「虎の穴」での過酷な生存儀式は絶対に避けて通れない血の掟なのである。
「……先の分娩で、私の子宮は完全に破壊され、二度と子を宿せぬ身体となってしまった……。長老衆はそれを知り……トラ族の血筋を絶やさぬため、直系ではない姪のコトラを次期参謀にするために……あの地獄へ入れと言うのか」
親書を握り潰すティーゲルの手から、ギリギリと骨の軋む音が響いた。
「伯母様……っ、お母様……っ。私、怖いです……っ。真っ暗な洞窟で、一人ぼっちで化け物と戦うなんて……そんなの、絶対に死んじゃう……っ」
人間齢でいえばまだ十歳の愛らしい少女に過ぎないコトラが、銀色の七本の尻尾を怯えきって丸め、大粒の涙をポロポロとこぼしている。
「……王家の、差し金だな」
ティーゲルの口から、ドス黒い呪詛が漏れ出した。
「長老衆ごときが、私の可愛い姪を死地に追いやる決定を独断で下せるはずがない。あいつらだ……私を嘲笑い、私の赤ちゃんを見殺しにした黄金の獅子どもが、私から『最後の光(家族)』までも奪い取ろうと、長老衆を裏で動かしたのに決まっている……ッ!!」
「お、お姉様……っ! な、なんという恐ろしいことを仰るのですか!」
ハクレイは青ざめ、慌てて姉の腕にすがりついた。
「王家の方々を疑い、不満を口になさるなど……もし誰かに聞かれたら、トラ族そのものが反逆罪に問われてしまいますわ! 長老衆の決定はあくまで一族の掟に従っただけのこと。どうか、どうか怒りをお鎮めください……っ!」
しかし、ティーゲルはすがりつく妹を冷たく振り払った。
あの病室でピューレルに打たれた薬物の効果は、とっくに切れている。だが、薬によってもたらされた『王家からの嘲笑と見殺しの光景』は、もはや幻聴などではなく、ティーゲルの心に刻み込まれた「絶対的な真実」として深く根を下ろしてしまっていたのだ。
「反逆だと? 嗤わせるな。先に私からすべてを奪い、裏切ったのは奴らの方だ……!」
ティーゲルの黄金の瞳が、狂気に満ちた凄惨な光を放った。
「ハクレイ。泣くな。コトラの試練を止めることは、今の私にはできん。これはトラ族の絶対の掟だからだ。……だが、覚えておけ。この理不尽な掟も、私の子供たちの命を奪ったのも、お前たちから平和な陽だまりを奪い取ったのも……すべては、この腐りきったフェリディアの身分制度と、それを頂点で牛耳る『王家』のせいだ」
「お姉様……っ、やめて、それ以上は……っ!」
「コトラを『虎の穴』へ送る準備を進めろ。その間に……私は、過去に流産した四匹の水子たちと、今回真っ黒に焼け焦げて死んでいった私の子への、最大級の『供養』を行い、王家の喉笛を食い破るための『力』を手に入れる。……もう、誰も信じない。誰も頼らない。この国のすべてを、私が力で支配してやる……!!」
我が子を失った悲しみと己の子宮の喪失は、無慈悲な掟に対する絶望と合わさり、ティーゲルを完全なる『反逆の獣』へと造り変えてしまった。
翌日。
トラ族本邸の裏山にある、かつて先代アルティグラの葬儀でも使われた広大な地下祭殿の建設予定地。
そこに、ティーゲルは直属の特務部隊『クリムゾン・クロー』を動員し、前代未聞の規模となる超巨大な縦穴――直径百メートル、深さ二百メートルにも及ぶ、奈落のような暗黒の巨大クレーターを掘り進めさせていた。
目的は一つ。
これまでに失った五匹の我が子の魂を慰め、そしてティーゲル自身が反逆のための莫大な「死の怨念」を呼び覚ますための、国史上最大規模の『猫柱の儀』を執り行うためである。
フェリディア王国において、高貴な者の死を弔う際、下等な一本尻尾を神聖なドレスで着飾り、生きたまま墓の基礎に埋める『猫柱』は、残酷ではあるが伝統的な儀式であった。
猫柱となって高貴な血筋の礎となることは、死後に『ヴァルハラ』へと導かれ、そこで永遠に貴族に仕えることができるという「最高の誉れ」であると、フェリディアの宗教観では信じられている。
しかし、今回ティーゲルが要求した「生贄」の数は、常軌を逸していた。
「……三千では足りない。五千だ。私の五匹の子供たちの魂を慰める基礎には、五千匹の命が必要だ。トラ族本邸の専属侍女だけではなく、王都中に散らばる王国の所有物たる『一般キャレット兵』の部隊からも、若いメスを根こそぎかき集めてこい」
ティーゲルの冷酷な命令に、クリムゾン・クローの隊長ベルベは冷や汗を流しながらも従うほかなかった。
数日後。
巨大な縦穴の周囲には、なんと「五千匹」にも及ぶ一本尻尾のキャレットたちが集められていた。
その中には、大きく分けて二つの集団が存在していた。
一つは、トラ族の領地で代々高貴な貴族たちに仕え、優雅な暮らしを許されてきた数百匹の『専属侍女キャレット』たち。
もう一つは、王国の所有物として、つい昨日まで最前線で肉の盾として使い捨てられる運命にあった、人間齢七歳から十二歳程度の『一般キャレット兵』の少女たちであった。
「わあぁ……! にゃーたち、今日から兵隊さんをやめて、トラ族本邸の『侍女』にしてもらえるんだってにゃ!」
「こんなに綺麗でフリフリなドレス、初めて着たにゃん! レースがいっぱいで、お姫様みたいだにゃあ♡」
「泥んこになって化け物と戦わなくていいんだにゃ! ティーゲル参謀様って、本当に優しくて神様みたいな人だにゃん!」
王国から集められた四千匹以上のキャレット兵たちは、極小のビキニアーマーを脱がされ、純白のフリルとレースがあしらわれた最高級の『侍女用・葬礼ドレス』を着せられ、皆一様に頬を紅潮させてキャッキャと喜んでいた。
洗脳教育の水準が低い彼女たちは、自分たちが兵士から侍女へと「栄転」したのだと完全に騙されていた。綺麗なドレスを着せられ、美味しいご飯を食べさせてもらい、これから神聖なお祈りの儀式に参加するのだと信じ切っていたのである。
一方で、トラ族に長年仕え、徹底的な洗脳教育を受けてきた『専属侍女キャレット』たちの態度は、彼女たちとは全く異なっていた。
彼女たちも同じ純白のドレスに身を包んでいたが、その顔に笑顔は一つもない。誰もが静かに両手を胸の前で組み、自らの死を悟り、あるいはそれを名誉なことだと狂信的に受け入れた、穏やかで虚ろな瞳をしていた。
巨大な縦穴の底――。
その中央には、ティーゲルが先日産み落とした七本尻尾の赤ちゃんの遺灰が納められた『黄金と黒曜石で彩られた豪華絢爛な棺桶』が鎮座しており、その周囲には、過去に流産した四匹の赤ちゃんを表す『四つの美しい白百合のオブジェ』が祭られていた。
「さあ、みんにゃ。あの尊き御子たちの棺を囲むように座るのにゃ。ティーゲル様の御子たちのために、立派な柱になりましょうにゃ」
専属侍女の一人がそう静かに促すと、騙されているキャレット兵たちは「お祈りに行くんだにゃ!」「お歌を歌いながら行くにゃん!」と、無邪気に手をつないで巨大な螺旋状の足場を降りていった。
五千匹の純白のドレスの少女たちが、縦穴の底を真っ白に埋め尽くし、中央の棺桶を囲むようにすし詰め状態になった、その瞬間。
「――クリムゾン・クロー、総員、足場を破壊しろ。一匹たりとも穴から出すな」
縦穴のはるか上部、最上段の縁に立ったティーゲルの、氷のように冷酷な号令が響き渡った。
「え……?」
ドレス姿の少女たちが不思議そうに見上げた次の瞬間、上部に控えていたクリムゾン・クローの精鋭たちが、壁面に設置されていた爆薬と魔道杭を一斉に起爆させた!
ドガガガガガッッ!!! バキィィィィンッ!!!
「ぎにゃあぁぁぁぁぁっ!!?」
逃げ道を塞ぐように螺旋状の足場が次々と崩落し、縦穴の底は完全に外界から隔絶された。
「ど、どうして……っ!? ティーゲル参謀様、にゃーたちは侍女にしてもらえるんじゃにゃかったの……っ!?」
「上から土砂を積んだ機械がいっぱい見下ろしてるにゃ……っ! う、嘘だにゃ、にゃーたち、生き埋めにされるんだにゃあぁぁっ!!」
パニックになった数千匹のキャレット兵たちは、死の恐怖に直面し、阿鼻叫喚の悲鳴を上げて必死に泥の壁をよじ登ろうとした。
「いやだあぁぁっ! 死にたくにゃい! なんでそんなに平気な顔をしてるにゃあぁぁっ!」
泣き叫ぶキャレット兵たちの横で、トラ族の『専属侍女キャレット』たちは、逃げることも壁を登ることもせず、棺桶の周りに静かに正座し、天に向かって祈りのポーズをとり続けていた。
侍女の長である一匹が、狂信的な瞳で見下すようにキャレット兵たちを一喝した。
「騒ぐにゃ、下賤な兵隊上がりども!! にゃーたちはこれから、ヴァルハラへ旅立たれるティーゲル様の尊き水子様たちの御霊を支える、永遠の猫柱になるのにゃ! 死後も永遠に貴族様にお仕えできる、これほど名誉なことはにゃいのにゃ! 誇りを持って静かに死を受け入れるのにゃあッ!!」
狂信的なまでに主君への奉仕に洗脳され、自ら望んで祈りを捧げる専属侍女たち。
そして、死の恐怖に勝てず、絶望のどん底で泣き叫ぶキャレット兵たち。
二つのあまりにも残酷な対比が、地獄の底で凄惨なコントラストを描いていた。
ティーゲルの瞳には、憐れみも、悲しみもなかった。
彼女は冷たく見下ろし、高く振り上げていた片手を、無慈悲に振り下ろした。
「――埋めろ。一気にだ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!!!
ティーゲルの号令と同時に、縦穴の周囲に円陣を組んで待機していた数百台の巨大な魔道重機が、一斉に荷台を傾けた。
数万トンもの「魔石を砕き込んだ土砂」と「粘ついたセメント」が、何十という滝のように、全方位から一気に五千匹の少女たちの頭上へと雪崩れ落ちたのである!!
「ア゛ギャアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!?」
「いやだあああぁぁぁぁっ!! ママぁッ! ママたすけ――」
ズドォォォォォォォォンッッ!!!!!
あまりにも圧倒的な質量。
這い上がろうとする猶予も、土を掻き毟る隙すらも一切与えられなかった。
五千匹の悲鳴は、わずか数秒で完全に掻き消された。純白のドレスも、祈る者も、泣き叫ぶ者も、豪華な棺桶も、すべてが漆黒の土砂とセメントの奔流に一瞬にして飲み込まれ、五十メートルの厚さの土壁の下へと無慈悲に、そして完全に圧殺されたのである。
「…………」
静寂。
広大なクレーターは、数万トンの土砂によって一瞬にして平坦な土の海へと変貌した。這い出ようとする手すら一つも突き出していない。五千の命が、文字通り「瞬きする間」に圧し潰され、永遠の闇へと封じ込められたのだ。
魔道力を持たない五千匹のキャレットから立ち昇るのは、魔力ではない。純粋な血の匂いと、理不尽な死への「怨念」、そして極限の恐怖と絶望の「断末魔のオーラ」であった。
ティーゲルは、その縦穴から噴き出す目に見えぬドス黒い死の瘴気を、自らの七本の尻尾に絡みつかせ、深く、深く吸い込んだ。
「……ああ、憎しみが研ぎ澄まされていく。我が子らの無念を晴らすための、絶対的な怒りが……!」
ティーゲルの肉体が、自らの引き起こした惨劇の絶望と自身の底知れぬ怒りに共鳴し、バキバキと音を立てて異様に膨張し始めた。
フェリディアの王族や高位貴族が、極限の感情の爆発によって引き起こす忌まわしき姿――『ビーストモード(獣人化)』。
美しい白磁の柔肌から黒と黄色の剛毛がブワッと吹き出し、威厳のあった顔立ちは前へと突き出して凶悪な獣の顎へと醜悪に変形していく。戦闘能力が十倍に跳ね上がる代償として、その姿はあまりにも醜怪な化け物となるため、本来ならよほどのことがない限り誰もが避けたがる禁忌の姿である。
だが、今のティーゲルは、王家への復讐を果たすためならば、自らが醜い化け物に堕ちることなど微塵も躊躇わなかった。
『グルルルルルァァァァァッッ!!!』
完全に獣人と化したティーゲルの咆哮が、地獄の底を震わせた。
その光景を遠くから見つめていた妹のハクレイは、もはや立っていることすらできず、地面に崩れ落ちて嗚咽していた。
(違う……。あんなの、お姉様じゃない……! お姉様は……私の大好きだった、優しくて気高いお姉様は……あの分娩室で、赤ちゃんたちと一緒に死んでしまったのね……っ!!)
ハクレイは土に額を擦りつけ、声を殺して慟哭した。姉のあまりにも醜悪で残酷な変貌と、近日中に『虎の穴』へと送られてしまう娘コトラの運命。彼女の心は、この血塗られた狂気の世界で完全に粉々に砕け散ろうとしていた。
巨大な縦穴が完全に土砂とセメントで埋め立てられ、中央に一本の巨大な漆黒の慰霊碑(墓標)が打ち立てられた時。五千匹のキャレットたちの命を犠牲にして造り上げられた、フェリディア史上最大にして最悪の『猫柱』が完成した。
獣人と化したティーゲルはその巨大な墓標の前に立ち、暗黒のオーラを纏って王宮の方向を睨みつけた。
「……見ていろ、黄金の獅子ども。お前たちが祝祭の花火にうつつを抜かしている間に、私はこの地獄の底で『殺意』を研ぎ澄まし、王宮へ続く道を血で染め上げる」
ティーゲルの獣の顎が、凶悪な牙を覗かせて裂けるように歪んだ。
「王族の首をすべて切り落とし、その十本の尻尾を玉座に並べて燃やしてやる。……それが、私から家族と誇りを奪い取った者たちへの、私の最後の『忠義』だ」
復讐の化け物と化したティーゲルの宣戦布告が、暗黒の風に乗って地底の闇へと溶けていく。
一方、王宮のさらに上層――医療科学技術局の最奥にあるピューレルの私室。
優雅に赤ワインのグラスを傾けながら、隠しモニター越しにそのティーゲルの狂乱ぶりを監視していたピューレルは、腹の底から湧き上がる歓喜の笑いを堪えきれずにいた。
「ククク……ッ! アハハハハハハハハッ!!!」
狂気の高笑いが、防音の効いた私室に響き渡る。
「素晴らしい! 想像以上の出来栄えです! あの強靭な肉体と武術の才能を持ったティーゲルが、王家を心の底から憎悪し、自ら進んであのような醜悪なビーストにまで成り下がり、五千匹の命を躊躇いなくすり潰す完全な化け物へと変貌した。これで彼女は、私にとって『最強の暗殺兵器』として完成したのです!!」
ピューレルはワイングラスを掲げ、モニターの中のティーゲルに向かって祝杯を上げた。
だが、ピューレルの野望は、単に王国軍ナンバー2の座を奪うことなどという、ちっぽけなものではない。
「さあ、思う存分暴れ回るがいい、愚かな黒虎よ。お前が王族の喉笛を食い破り、王国が混乱と恐怖のどん底に陥ったその時……私は王族たちを救う『英雄』として現れ、用済みとなったお前の背中から、その首を落として差し上げます。そして、手薄になった王家から、獅子の『十本尻尾の秘密』をすべて奪い取るのです」
白衣の悪魔の眼鏡の奥で、七本の尻尾を持つピューマの瞳が、至高の野望にギラギラと燃え上がっていた。
「私の究極の目的は、ティーゲルの子虎から奪い取った『野生の生命力溢れる細胞』と、王族の獅子の『十本尻尾の遺伝子データ』を掛け合わせ……私のこの身に、ライオン族の十本を超える……十一本、いや、数十本、数百本の尻尾を科学の力で強制的に生やし、私がこのフェリディアの絶対的な『神』として君臨することなのですから!!」
最強の武人と、最悪の科学者。
二つの狂気が完全に交差した時、フェリディア王国を血の海に沈める破滅のカウントダウンが、静かに、そして確実に時を刻み始めたのである。
(第五話 完)




