第四話:黄金の誕生祭と、血塗られし七尾の仔虎(後編)
王立医療科学技術局での「特別検診」から、三十日の月日が流れた。
その間、トラ族の本邸ではひとつの小さな騒動が起きていた。あの日、ティーゲルに付き添って医療局へ赴いたはずの専属侍女キャレット・ミントが、屋敷へ帰ってこなかったのである。 ピューレルの説明では「急な腹痛を訴えたため、先に馬車で帰らせた」とのことだったが、ミントはそのまま忽然と姿を消した。それと同時に、ティーゲルがミントに預けていたライアライア女王下賜の秘宝――『聖獅子の安産石』もまた、行方知れずとなってしまったのだ。
「下賤な一本尻尾の分際で、王家の秘宝に目が眩んで盗み出し、地上へ脱走したに違いありません。すぐにキャレット兵の追っ手を放ち、八つ裂きにして安産石を取り戻しましょう」
トラ族の長老衆はそう息巻いたが、ティーゲルは静かに首を振った。 あの日、自分の身体ほどもある大きな荷物を抱えて「命に代えてもお子様をお守りする立派にゃ侍女ににゃりますにゃん!」と無邪気に笑っていた八歳の少女の瞳に、一片の嘘も邪心もなかったことを、ティーゲルは誰よりもよく知っていたからだ。
(ミント……。お前、一体どこへ行ってしまったのだ……)
胸の奥に、拭いきれない不吉な澱のようなものが沈殿していく。 さらに検診から二週間が過ぎた頃から、ティーゲルは時折、夜中に下腹部の奥がチリチリと焼け付くような奇妙な鈍痛と、お腹の中の子虎が苦しそうに身をよじるような不規則な胎動を感じるようになっていた。 だが、そのたびにピューレルから処方された「特製の鎮痛・安定シロップ(実際にはウイルスの進行を母体に悟らせないための神経麻痺剤)」を飲むと痛みは嘘のように引き、ティーゲルはそれを「臨月が近づいたことによる自然な身体の変化だ」と自分に言い聞かせていた。
そしてついに――運命の当日。 フェリディア王国最大の国家祝祭、『十本尻尾の王女・ライオニア殿下誕生祭』の朝が幕を開けた。
ドォォォォン! パァァァァンッ!!
地底世界の天井に輝く巨大な人工太陽の周囲に、色鮮やかな魔道花火が幾千発も打ち上げられ、首都の中央大広場『太陽の円形闘技場』は、早朝から幾万もの国民の熱狂と歓声に包まれていた。
広場の中央には、純金と赤いベルベットで装飾された高さ五十メートルの巨大な『祝祭壇』がそびえ立ち、その周囲には、王宮のメイン魔道炉から直接引き込まれた膨大なエネルギーによって、黄金の獅子や白百合が宙を舞う幻想的な『超巨大立体ホログラム』がキラキラと輝きながら投影されている。
その祝祭壇の真下――最も警備の重責を担う『近衛警護統括指揮所』の天幕の前に、王国軍参謀ティーゲルは凛として立っていた。
「……ふぅ……っ」
ティーゲルは誰にも気づかれぬよう、黒革の手袋に包まれた手で、自身の大きく張り出したお腹をそっと撫でた。 今日の彼女が身に纏っているのは、通常の戦闘用甲冑ではない。妊娠九ヶ月目を迎え、スイカ以上に大きく膨らんだ腹部を圧迫しないよう、腹部の装甲板を取り外し、代わりに伸縮性のある黒絹のドレス生地と魔道障壁の飾り帯で腹部を優しく包み込むように仕立てられた、『特注の妊婦用・礼装黒甲冑』であった。
胸当ての下から突き出すように大きくせり出したお腹と、母乳を湛えて豊満に熟れきった乳房。戦神のごとき威厳と、臨月間近の牝だけが放つむせ返るような母性の色香が同居したその姿は、周囲の近衛兵たちが思わずゴクリと生唾を飲み込むほどに妖艶で、そしてどこか危うい美しさを湛えていた。
「お姉様……! 本当に大丈夫なのですか? お顔の色が、朝から少し優れないように見えますわ……」
警護開始の直前、貴賓席へ移動する途中だった銀髪の妹・ハクレイが、心配そうに眉を寄せて駆け寄ってきた。その隣では、正装した幼い姪のコトラが、ティーゲルの大きなお腹を不安そうに見上げている。
「伯母様、お腹の赤ちゃん、苦しくないですか? もしお辛かったら、コトラが女王陛下に『伯母様をお休みさせてあげてください』って言いに行きますわ!」
優しい妹と姪の言葉に、ティーゲルは額に滲む冷たい脂汗を悟られぬよう、力強い微笑みを作って見せた。
「何を言うか、ハクレイ、コトラ。これしきのことで参謀の務めを投げ出しては、トラ族の名折れだ。それに……見ろ、あの上を」
ティーゲルが視線を向けた先――高さ五十メートルの祝祭壇の最上部にある黄金のバルコニーには、十本の美しい尻尾を太陽の光に煌めかせた女王ライアライアと、本日の主役である王女ライオニア、そして彼女たちを取り囲む華やかなライオン族の王族女性たちが姿を現し、広場を埋め尽くす国民へ向けて優雅に手を振っていた。
『ライアライア女王陛下、万歳!!』
『ライオニア王女殿下、お誕生日おめでとうございます!!』
地鳴りのような歓声が広場を揺らす。
「あのように美しく尊き王家の方々が、我が国の太陽として輝いておられるのだ。その足元を影として支えることこそ、母アルティグラから受け継いだ私の誇り。……心配するな、ハクレイ。正午の祝賀パレードと女王陛下のお言葉が終われば、私の統括任務も実質的に終わる。そうしたら、すぐに屋敷へ帰ってあの揺りかごの横で休むさ」
「……分かりました。ですがお姉様、少しでもお身体に異変を感じたら、すぐに私のいる東の貴賓席へ侍女を遣わしてくださいね。絶対ですよ!」
ハクレイは何度も念を押し、コトラの手を引いて貴賓席の階段へと向かっていった。
妹たちの背中を見送った直後。 ティーゲルの下腹部を、これまでとは比較にならないほどの「ドクンッ!」という不気味な痙攣が襲った。
「……ッ、く、ぅ……っ!?」
ティーゲルは思わず傍らの鉄柱に手をつき、荒い息を吐いた。 お腹の奥が、熱い鉛を流し込まれたように重く、痛い。 まるで、お腹の中の子虎が、目に見えない何かに首を絞められて必死にもがいているかのような、不規則で激しい胎動。
(まだだ……。予定日までは、まだ一ヶ月もあるはずなのだ。私の子よ、もう少しだけ、母さんと一緒に耐えてくれ……っ)
ティーゲルは黒絹のドレス越しに自分の腹を強く抱きしめ、気力を振り絞って背筋を伸ばした。
彼女は知る由もなかった。 はるか頭上の貴賓席の一角――白い日傘を差して優雅にバルコニーを見上げている医療・科学局長ピューレルの手の中で、銀色の小さな『遠隔起爆スイッチ』が握りしめられていることを。
「……フフッ。見えてきましたよ、ティーゲル。額に美しい汗を浮かべて、必死に痛みを堪えているようですね」
ピューレルは双眼鏡越しに、広場の隅の指揮所で腹を押さえているティーゲルの姿を観察し、赤い唇を三日月型に歪めた。
「時計の針は、まもなく正午。ライオニア王女様の生誕の刻を告げる『太陽のファンファーレ』が鳴り響き、王宮のメイン魔道炉が祝祭演出のために100%のフル稼働に入る瞬間……。それが、お前の胎盤で目を覚ましたウイルスが一斉に牙を剥き、お腹の中の忌々しい七本尻尾の子虎を『黒い死肉』へと変える合図です」
太陽が天頂に達する。 広場の中心にそびえる巨大な魔道時計塔の針が、重なり合って『正午(十二時)』を指し示した、まさにその瞬間だった。
ゴオォォォォォォォォンッッ……!! パァァァァァァァァァンッッ!!!!
百本の黄金のトランペットによる耳を劈くような大ファンファーレと、大地を揺るがす百連発の祝砲が同時に炸裂した。 メイン魔道炉の出力が最大に達し、広場の上空に「巨大な黄金の獅子の光の幻影」が眩いばかりに描き出される。幾万の国民の熱狂が最高潮に達し、大歓声が空間のすべての音を塗り潰した。
カチリ。
貴賓席の陰で、ピューレルの細い指が、起爆スイッチを最後まで押し込んだ。
――ズガアアアアアアアアアアンッッ!!!
目に見えない魔道電波が広場を駆け抜け、ティーゲルの子宮の最奥へと到達した瞬間。 彼女の胎盤の細胞内に潜伏し、三十日間の増殖準備を終えていた『遅効性・胎盤崩壊ウイルス』が、一斉に【強制劇症化モード】へと突入した。
「ア゛ッ――――――!?!?!?」
ティーゲルの黄金の瞳が、極限までカッと見開かれた。 それは、陣痛などという生易しいものではなかった。 焼け焦げた千本のノコギリを直接子宮の中に突っ込まれ、内側から胎盤と子宮壁を生きたままズタズタに挽き裂かれるような、人間の理性を一撃で粉砕する絶望的な激痛!
「ガ、ア゛ッ……! あ、あああぁぁぁぁぁッッ!!!」
ティーゲルは声にならない悲鳴を上げ、膝から崩れ落ちて指揮所の石畳の上に四つん這いに倒れ込んだ。 『太陽のファンファーレ』と幾万の国民の「ライオニア様、万歳!!」という大歓声の轟音にかき消され、彼女の悲痛な絶叫は、わずか十メートル先の近衛兵の耳にすら届かない。
「い、いやだ……っ、なに、これ……っ! お、お腹が……私の、お腹の中が、溶けて……ッ!!」
劇症化したウイルスは、ティーゲルと子虎を繋ぐ命の綱である『胎盤』の血管網を、わずか数秒のうちに内側から急速に腐敗・壊死させていた。 行き場を失った血液が子宮内で大氾濫を起こし、母体が「このままでは母子ともに腐り死ぬ」と判断して、予定より一ヶ月も早い、暴力的で異常な『強制収縮(早産)』を開始したのだ!
バシャアァァァァッッ!!!
「ひ、ぐぅッ……!? あ、あぁぁぁぁっ……!!」
四つん這いになったティーゲルの黒絹のマタニティドレスの裾から、生温かい液体が滝のように石畳へと溢れ出した。 破水であった。 だが、彼女の股間からドバドバと流れ出たそれは、清らかな無色透明の羊水ではなかった。 鼻を突くような異様な腐敗臭を放つ、『どす黒く濁った緑褐色の羊水』と、壊死して剥がれ落ちた胎盤の黒い血塊、そして目が覚めるような真っ赤な大量の鮮血が混ざり合った、おぞましい「死の泥流」であった!
「あ、あかちゃん……ッ! ダメだ、今はまだ、産まれちゃダメだあぁぁぁっ!! まだ、一ヶ月も早いのに……っ、と、止まれ、止まれえぇぇっ!!」
ティーゲルは自らの血と黒い羊水の海にまみれながら、必死に自分の太ももを閉じて股間を両手で押さえつけようとした。 過去四回、『魔の五ヶ月目の夜』に自分の股間から小さな死骸が滑り落ち、それを抱きしめて血を吐くほど号泣したあの夜の悪夢が、何十倍もの恐怖となって彼女の脳裏に蘇る。
しかし、ウイルスによって引き起こされた子宮の暴走収縮は、最強の武人の筋力をもってしても絶対に止められない。 ドクンッ! ギリギリギリッ!! と子宮が万力で絞られるように収縮するたび、股間からどす黒い血の塊が「ゴボッ、ブチュウゥッ!」と音を立てて噴き出し、彼女の七本のトラの尻尾が激痛とパニックで石畳をバシバシと激しく叩きつけた。
「誰か……っ! ハクレイ……っ、ライアライア、陛下……っ! たすけて……私の、私の赤ちゃんを、たすけてくれえぇぇっ……!!」
ティーゲルは血の海に顔を伏せながら、はるか頭上の黄金のバルコニーへ向けて、血を吐くような思いで手を伸ばした。 だが、五十メートルの高みにあるバルコニーの上では、光り輝くホログラムの吹雪の中、女王ライアライアが満面の慈愛の笑みを浮かべて民衆に手を振り、王女ライオニアが「みんな、ありがとうー!」と無邪気に飛び跳ねて笑っている。 東の貴賓席にいる妹のハクレイもまた、華やかなパレードの音楽と歓声に包まれ、広場の死角である天幕の陰で姉が血みどろになってのたうち回っていることなど、微塵も気づいてはいなかった。
太陽の光と祝福の歓声に満ちた世界から、完全に切り離された孤独な地獄。
その時である。
「――大変ですにゃ! ティーゲル参謀様が倒れておられますにゃ!!」
まるでその瞬間を最初から知っていたかのように、天幕のすぐ裏手の地下通用口から、純白の防汚防護服に身を包んだ数匹の『医療キャレット部隊』が、特殊な防音シールド付きのストレッチャー(担架)を押して神速で駆けつけてきたのである! その先頭に立っていたのは、貴賓席から直通エレベーターで降りてきていた、局長ピューレルその人であった。
「て、ティーゲル参謀! なんてこと……常位胎盤早期剥離による大出血と切迫早産です! このままではお腹の赤ちゃんが死んでしまいます!!」
ピューレルは、さも驚愕し、心から心配しているかのような迫真の演技でティーゲルの傍らに膝をついた。
「ぴ、ピューレル……っ! は、早く……ハクレイを、呼んでくれ……っ! 女王陛下に、私が、産気づいたと……っ!」
激痛で意識が飛びかけているティーゲルが、ピューレルの白衣の裾を血まみれの手で掴んで喘いだ。 しかし、ピューレルは悲痛な面持ちで首を横に振った。
「なりません、ティーゲル参謀! 上を御覧なさい! 今はまさに、ライオニア王女様の生誕を祝う神聖なる正午の儀式の真っ最中です! ここで参謀が血を流して倒れたなどと騒ぎ立てれば、祝祭はパニックになって中止となり、王女様の輝かしい晴れ舞台が『血の穢れ』で一生台無しになってしまいますよ! 忠義を重んじる貴女が、それを望むのですか!?」
「ぐ、ぅっ……! そ、それは……」
王家への忠義を何よりも重んじるティーゲルの弱点を突く、悪魔の言葉。
「ハクレイ様をお呼びしている時間すら惜しい! 一秒を争うのです! 医療キャレットども、周囲の近衛兵や民衆に絶対に見られぬよう光学迷彩シールドを展開し、地下の秘密搬送路から、我が医療科学技術局の最深部『特別隔離分娩室』へ全速力で運び込みなさい!!」
「「「は、はいっにゃん! ただちに搬送いたしますにゃ……っ!!」」」
ピューレルの号令のもと、医療キャレットたちが震える手でティーゲルの巨体をストレッチャーへと乗せ、外部の音と視界を完全に遮断する黒いドーム型のシールドで覆い隠した。 誰一人としてトラ族の身内も、信頼できる部下もいない。 祝祭の大歓声が遠ざかっていく中、ティーゲルはどす黒い血を流し続けながら、白衣の悪魔が支配する「逃げ場のない地下の密室」へと、文字通り拉致されるように運び込まれていったのである。
十分後。 王立医療科学技術局、地下最深部にある『特別隔離分娩室』。
分厚い鉛と魔道障壁の壁に囲まれたその部屋は、地上の華やかな祝祭の熱気とは無縁の、氷室のように冷たく無機質な空間であった。 その中央に据えられた鋼鉄製の分娩台の上に、ティーゲルは礼装甲冑もマタニティドレスもすべてハサミで切り裂かれて剥ぎ取られ、生まれたままの一糸纏わぬ全裸の姿で仰向けに寝かされていた。
両手首は分娩台のサイドレールに分厚い革のベルトで括り付けられ、長い両脚は左右の金属製ホルダー(鐙)に乗せられて、これ以上ないほど大きくM字にガッチリと押し広げられ、固定されている。 さらに、彼女の背後から伸びる誇り高き『七本のトラの尻尾』は――最下層の一本尻尾である医療キャレットごときが上級貴族の神聖な尻尾に直接触れることなど、フェリディア王国の絶対的な身分文化において万死に値する不敬とされるため――ピューレルが遠隔操作する黒い金属製の特殊拘束具『封魔の尾環』によって、七本すべての根元と先端が分娩台の下部フレームへとガシャン! と機械的にロックされ、魔道力の放出と動きを完全に封じ込められていた。
「ア゛ァァァァッ!! ぐ、うぅぅぅっ……!! い、痛い……お腹が、裂けるぅぅっ……!!」
ティーゲルは全身を玉のような脂汗で濡らし、白磁の肌を紅潮させながら、分娩台の上で獣のように咆哮して身をよじった。 大きく膨らんだ臨月間近の腹部は、ウイルスの劇症化による内部出血と異常収縮によって、不気味な赤黒い血管が浮き上がり、ボコッ、ボコッと不規則に波打っている。そして大きく開かれた彼女の股間からは、どす黒く濁った悪臭を放つ羊水と鮮血が、金属製の受け皿へとチャプチャプと音を立てて流れ落ち続けていた。
分娩台の周囲に控えている数匹の医療キャレットたちは、そのあまりにも凄惨な光景を前に、マスクの上からでも分かるほど顔を蒼白にし、大きな猫目からポロポロと大粒の涙をこぼしてガタガタと震えていた。
(う、うそだにゃ……ひどすぎるにゃ……っ。こんなの、病気にゃんかじゃない、ピューレル様が仕込んだウイルスのせいだにゃ……っ!)
医療キャレットたちは、深層ラボでピューレルの陰謀のすべてを知りながら、絶対的な身分差と恐怖によって口を封じられている共犯者であった。
しかし、彼女たちは同じ一本尻尾の仲間であるトラ族本邸の侍女たち(そして行方不明になったミント)から、ティーゲル参謀や妹のハクレイ様がいかに下等なキャレットたちに対して優しく、人間扱いしてくれる慈悲深い方々であるかを、いつも聞かされていたのである。
そんな尊敬すべきティーゲル様が、今、目の前で血まみれになって苦しみ、お腹の赤ちゃんを殺されようとしている。ピューレル様の残虐行為を今すぐ止めたい、ティーゲル様に真実を教えたいと心が張り裂けそうになりながらも、逆らえばあの『猫食い花』や『尻尾神経直結』の地獄が待っていると思うと、彼女たちはただ涙を流して立ち尽くすことしかできなかった。
「……ひ、ひどいにゃ……。胎盤がどんどん剥がれて、心音モニターがほとんど消えかけてるにゃん……っ」
涙声で報告する医療キャレットを横目に、ティーゲルは血走った黄金の瞳でピューレルを睨みつけた。
「な、なにをしている、ピューレル……っ! は、早く……麻酔をかけてお腹を切れ! 帝王切開で、今すぐこの子を助け出せ……っ!!」
しかし、股間の正面に立ち、肘まである長い医療用ゴム手袋をはめたピューレルは、眼鏡の奥の瞳を冷酷に光らせながら首を振った。 ピューレルの計算では、あの超高周波パルスで劇症化したウイルスを浴びた胎児など、すでに子宮の中で完全に絶命しており、これから出てくるのは「黒く腐った死産児」のはずであった。 だからこそピューレルは、死んだ赤ん坊を引きずり出す前に、この誇り高き最強の女参謀に「医療行為」を装った極大の性的羞恥と凌辱を味わわせ、自らの歪んだ自尊心を徹底的に満たすつもりだったのである。
「帝王切開は不可能です、ティーゲル参謀。……残念ですが、現在この医療局には、高度な魔道外科手術や全身麻酔を行うための『電力と魔道エネルギー』がほとんど来ていないのですよ。理由は……お分かりですね? 本日はライオニア王女様の誕生祭。王宮のメイン魔道炉の出力は、すべて地上の華やかな祝祭演出のために王家によって独占されているのです」
「な……っ、なんだと……!? だが、緊急用の予備電力があるはずだろうがッ!?」
「ええ、わずかな予備電力だけはあります。しかし、それは産まれた後の保育器のために温存しなければなりません! ですから参謀、今は麻酔もメスも使わず、貴女自身の肉体を使った『自然分娩』で産み落とすしか道はないのですよ!」
ピューレルはもっともらしい医療的判断を装いながら、ティーゲルの大きくM字に開かれた股間へと一歩にじり寄った。
「しかし、予定日より一ヶ月も早い早産であるため、貴女の産道(膣)はまだ硬く閉じており、胎児の頭が骨盤の途中で完全に引っかかってしまっています。このままでは数分で産道内圧死に至るでしょう。……ゆえにこれより、我が国の産科医療における緊急最終処置――『経直腸・拳圧迫による骨盤底筋の強制開大、および仙骨神経叢の直接刺激による極限絶頂分娩法』を、この私自らの手で執り行います!」
「な、なにを言っている……っ!? 拳で、圧迫だと……!?」
「医療キャレットどもは、ティーゲル参謀閣下の豊満な乳房に『自動魔道搾乳カップ』を装着しなさい! 乳頭への強い吸引刺激は、脳下垂体からのオキシトシン(陣痛促進ホルモン)の分泌を通常の三倍に跳ね上げる、極めて理にかなった産科処置なのです!」
「「「は、はいっにゃん……っ! て、ティーゲル様、失礼致しますにゃあ……っ!!」」」
泣きじゃくる医療キャレットたちが、ティーゲルの汗に濡れた豊満な双丘の先端に、透明なガラス製の『吸引カップ』をパカッと装着し、スイッチを入れた。 ギュルルルルッ! ジュポッ、ジュポポッ!! 強力な吸引圧がティーゲルの敏感な乳首を容赦なく吸い上げ、すでに臨月でパンパンに張っていた乳房から、真っ白で濃厚な『母乳』がガラス管の中へと勢いよく噴き出し始めた。
「ひ、ぐぅッ……!? ん、んんッ……! お、おっぱいが……っ!」
「まだ始まったばかりですよ、参謀。……さあ、産道を物理的に裏側から押し広げ、同時に『封魔の尾環』で動きを止めている七本の尻尾の根元神経を内側から直接叩き起こします。歯を食いしばっていなさい!」
ピューレルは、高濃度のマタタビ濃縮エキスと超強力潤滑ジェルを、自身の右手の指先から「手首の上」までたっぷりと塗りたくった。
そして、激痛に喘ぐティーゲルの血と黒い羊水にまみれた秘裂(産道)のすぐ下――誇り高き武人が決して他人に晒してはならない不浄の孔『尻穴(直腸)』の入り口へと、五本の指をすぼめた自らの右手をあてがうと、一切の躊躇なく、ズブズブズブッ!! と手首の根元まで一気に『拳』をねじ込んだのである!
「ア゛ギャアアアアアアアアアアアアアッッ!?!?!? カ、ハッ……、あ、あぁぁぁぁっ……!!」
分娩室に、ティーゲルの鼓膜を破らんばかりの絶叫が響き渡った。 指三本どころではない。大人の女の握り拳そのものが、狭い肛門の括約筋を無理やり限界まで押し広げ、手首までズッポリと直腸の奥深くへと埋め込まれたのだ!
「う、うそだ……っ、こ、拳が……私のお尻の穴に、拳が全部、入って……っ、裂ける、裂けるぅぅっ!!」
「静かにしなさい! これもすべて、お腹の赤ちゃんを生きて産み落とすための正当な医療処置なのですよ!」
ピューレルは眼鏡の奥でサディスティックな優越感に酔いしれながら、ティーゲルの直腸の内部で、埋め込んだ右手をギュッと強く握りしめ、文字通りの『拳』の形を作った。 そして、その拳の関節を使って、腸壁のすぐ裏側にある『仙骨の馬尾神経束(七本の尻尾の神経の根元)』を、内側からゴリッ、ゴリゴリゴリッ!! と全体重を乗せて削り上げるように激しく圧迫・マッサージし始めたのである!
「ア゛ッ♡♡!? ひ、ぎゃあああぁぁぁぁぁっっ♡♡!! な、なんだこれは、お尻の奥が、拳で、グリグリされて……っ、あたまが、あたまが真っ白になるぅぅぅっ♡♡!!」
さらにピューレルは、空いている左手の指四本をティーゲルの血まみれの産道(膣)へと深く突き入れ、直腸の中の右拳と、膣内の左手で、薄い粘膜の壁を挟んで『内側から産道を物理的にこじ開ける』ように激しく動かし始めた。
グチュウゥッ! ズボッ、ズチュチュチュッ!!
「ほら、お分かりですか、ティーゲル参謀! 直腸内に拳をすべて埋めることで、骨盤内の空間が物理的に圧迫され、引っかかっていた胎児が下へと押し出されていきます! さらに、拳で尻尾の神経の根元を直接殴りつけるように刺激することで、貴女の脳の報酬系と生殖中枢が強制的にショートし、通常の十倍もの陣痛収縮波が発生しているのですよ! さあ、武人のプライドなど捨てて、お尻の穴に拳を突っ込まれたまま、牝豚のように鳴いて絶頂しなさい!!」
「あ、あガッ……♡ ち、ちがう、こんなの、医療じゃない……っ、ただの、凌辱だ……っ! で、でも……お尻の中の拳が、しっぽの神経に当たって……き、気持ちいいのが、止まらないいいぃぃっ♡♡!!」
ティーゲルの白磁の巨体が、分娩台の上で激しい痙攣を繰り返した。 『封魔の尾環』でガッチリと鉄のフレームに固定された七本のトラの尻尾が、根元の神経を直腸から拳で直接かき回されるたび、ガシャン! ガシャン! と金属音を立てて狂ったように暴れようともがく。 胸に装着された吸引カップからは、白い母乳がピューピューと噴水のように搾り取られ続け、大きく開かれた股間では、ピューレルの右腕が手首まで尻穴に飲み込まれたまま、ズボズボと淫靡な水音を立ててピストンを繰り返している。
普段は威厳に満ちた黒髪の女将軍が、涙と涎と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにし、白目を剥いて「ア゛ッ♡ ア゛グゥッ♡ お尻が、お尻が壊れるぅぅっ♡」と卑猥な嬌声を上げながら、宿敵の腕を自らの直腸でキュウキュウと締め付ける。
そのあまりにも無様で淫靡な姿に、ピューレルの自尊心は天にも昇るほど満たされ、その隣で吸引器のホースを支えている医療キャレットたちは、「て、ティーゲル様ぁ……こんな酷いこと、もうやめてあげてにゃあ……」と心の中で号泣しながら顔を背けていた。
「さあ、仕上げですよ、参謀! 産道の奥に、赤ちゃんの頭と前足が降りてきました! 最後の一押しです、私の拳を腸壁で噛み砕くくらいに締め付けて、人生最大のオーガズムとともに一気にひり出しなさい!!」
ピューレルは直腸内の右拳をさらに奥――S状結腸の入り口付近までグイッとねじ込み、仙骨神経の最も太い束を拳で思いきり突き上げながら、左手の親指でティーゲルの肥大したクリトリスを潰さんばかりに弾き上げた!
「ア゛ッ――――――――♡♡♡!!!!」
激痛と、屈辱と、脳髄を焼き切る直腸フィストの快楽。 そのすべてがティーゲルの肉体の中で臨界点を突破し、大爆発を起こした。
「んぎゃあああああああああああっっ♡♡♡!! で、出るッ、あかちゃんが、出るぅぅぅっ……、イ、イクゥゥゥゥゥゥッッ♡♡♡!!!」
バチィッ!! と視界が真っ白に染まり、ティーゲルの全身の筋肉が弓なりに極限まで反り返った。 胸の吸引カップが外れ飛び、解放された二つの乳首から真っ白な母乳が天井へ向けてスプリンクラーのように噴き出す。それと同時に、彼女の股間から大量の愛液(潮)と、どす黒い羊水、そして真っ赤な鮮血が爆発的な水しぶきとなってピューレルの白衣へとぶちまけられ――
ズルルルルッ……、ドチャアァァァッ!!
ついに、極限のオーガズムによって強烈に収縮したティーゲルの産道から、腐敗してボロボロに千切れた胎盤の塊とともに、ひとつの『小さな塊』が、金属トレイの上へと勢いよく滑り落ちたのである!
「はぁっ……、はぁっ……、あ、あぁ……っ……♡」
分娩台の上で、魂が抜けたようにガクガクと小刻みに尻尾と腰を痙攣させ続けるティーゲル。 ピューレルはティーゲルの尻穴から「ズポッ!」と粘液と血と糞便にまみれた右拳を引き抜くと、満足げに鼻を鳴らし、トレイの上に落ちた「黒い肉塊(死産児のはずのもの)」へと冷酷な視線を落とした。
(フフッ、最高の眺めでしたよ、ティーゲル。あれだけ私の拳で尻穴を掻き回されてイキ狂ったのです、さぞかし気持ちよかったでしょう。……さて、あとはこのウイルスで腐り死んだ子虎の死骸を見せて、トドメを刺してあげましょうか)
ピューレルが「残念ですが、死産ですね」と冷たく宣告しようと口を開いた――まさにその瞬間だった。
『……ミィ……っ。……ミ、ィ……っ……』
「……え?」
ピューレルの動きが、ピタリと凍りついた。 隣で泣いていた医療キャレットたちも、「えっ……!? い、今、鳴いたにゃ……!?」と一斉に目を見開いてトレイを覗き込んだ。
金属トレイの上。どす黒い血と羊水の海の中で。 母ティーゲルと全く同じ、鮮やかな『黄色と黒の美しい縞模様』を持ち、その小さなお尻に誇り高き『七本の小さな尻尾』を生やした愛らしい子虎の赤ん坊が――ウイルスによって毛並みのあちこちを黒く爛れさせながらも、小さな四肢を必死に震わせ、目も開いていない口から血の泡を吐き出して、かろうじて『生きて呼吸をしていた』のである!!
(な、なんだと……!? あり得ない!! あの致死率100%の劇症化ウイルスをまともに浴びて、一ヶ月も早く強制排出されたというのに……まだ心臓が動いているというのか!?)
ピューレルは眼鏡の奥の瞳を極限まで見開き、内心で激しく狼狽し、戦慄した。 野生のアムールトラの強靭すぎる遺伝子と、ティーゲルが拳で尻穴を犯されながらも最後の瞬間まで我が子へ送り続けた「七本尻尾の膨大な生命魔力」。その二つが、白衣の悪魔の完璧な殺戮計算をまたしても覆し、虫の息ながらも子虎を「生きたまま」この世へと誕生させたのだ!
「あ……あぁ……っ! い、生きて……いる……っ! 黄色と黒の、縞模様の……七本尻尾の、私の子虎が……生きて、産まれてくれた……っ!!」
分娩台の上で、霞む視界のままその小さな鳴き声を聞いたティーゲルの黄金の瞳から、歓喜の涙が溢れ出した。
「ぴ、ピューレル……っ! まだ、あの子は生きているぞ……っ! は、早く、保育器へ入れて、命を繋いでくれ……っ!!」
このままではまずい。予想外の生存に一瞬焦ったピューレルだったが――次のコンマ一秒で、彼女の250年の狡猾な頭脳に、当初の「死産計画」よりも遥かに邪悪で、遥かに残酷な『究極の悪知恵』が閃いた。
(……いいえ。ここで生きて産まれたことは、むしろ最高の幸運です!! 最初から死んで産まれるよりも、『生きて産まれたのに、王族が誕生祭で電力を独占して見殺しにしたせいで、目の前で救えずに死んでいった』という筋書きにする方が……この筋肉だるまの王家への憎悪を、百倍にも千倍にも燃え上がらせることができるではありませんか!!)
ピューレルの表情が、一瞬にして「赤ん坊の生存に驚き、必死に救おうと奔走する献身的な医師」の顔へと完璧に切り替わった。
「す、素晴らしい生命力です、ティーゲル参謀! 奇跡ですよ! 医療キャレットども、何を呆けているのですか! 今すぐその子虎を『特別集中保育器』へ収容し、ありったけの予備電力を繋ぎなさい!!」
「「「は、はいっにゃん!! ただちにっ!!」」」
医療キャレットたちは、ピューレルが急に赤ちゃんを助けようとし始めたことに戸惑いながらも、子虎が生きていることが嬉しくてたまらず、涙を拭きながら大急ぎで子虎の身体の血を拭き取り、部屋の隅のガラス製保育器へと優しく収容した。
『ミィ……っ、……カヒュ……、……ミィ……』
『ピ……、……ピ……、……ピ……』
保育器の心拍モニターが、今にも消えそうなほど弱々しいリズムを刻む。予備電力だけでは、ウイルスに蝕まれた未熟な肺へ高濃度魔道酸素を送り込むための『生命維持システム』が、わずか10%の出力でしか稼働しないのだ。
「くっ……! やはり、医療局の予備電力だけでは出力が全く足りません! このままでは数時間も持たずに、赤ちゃんの心臓が止まってしまいます!」
ピューレルは保育器のコンソールを叩き、いかにも切羽詰まった悲痛な声を上げた。そして、分娩台の上のティーゲルにもはっきりと見える位置にある『王宮直通・大型ホログラム通信機』の前へと駆け寄ったのである。
「こうなれば、祝祭に水を差すことになろうとも構いません! 私が直接、地上バルコニーのライアライア女王陛下へ緊急通信を繋ぎ、誕生祭のホログラム演出を止めて、この保育器へメイン魔道炉の電力を回してくださるよう、命がけで直訴いたします!!」
「あ、ああ……っ! 頼む、ピューレル……! 女王陛下なら、私の事情を聞けば、必ずすぐに電力を回してくださるはずだ……っ!」
ティーゲルは希望に満ちた目で、通信機の空間を見つめた。 だが、ピューレルが操作した通信機は、地上のバルコニーなどには一切繋がっていなかった。彼女が再生したのは、この日のためにあらかじめ深層ラボのスーパーコンピューターで精巧に合成・作成しておいた、『極めてリアルな偽造ホログラム映像』だったのである!
ブォンッ……と空間に光の粒子が集まり、通信モニターに、地上バルコニーの控え室と思しき豪華な空間が映し出された。 そこには、黄金のドレスに身を包み、グラスを片手に優雅に微笑む女王ライアライアと、王女ライオニア、そして彼女たちを取り囲んで談笑する数名の『ライオン族(十本・九本尻尾)の王族女性たち』の姿があった。
「――ライアライア女王陛下! 緊急事態にございます! 恐れながら、医療局のピューレルより直訴申し上げます!」
ピューレルは通信機に向かって深々と頭を下げ、涙ながらに叫ぶ迫真の演技を見せた。
「現在、警護統括の任に就いておりましたティーゲル参謀が切迫早産で倒れ、一ヶ月早い未熟児の『七本尻尾の子虎』を出産いたしました! しかし、赤ん坊は重度の呼吸不全で虫の息にございます! 今すぐ誕生祭の魔道花火とホログラム演出を停止し、メイン魔道炉の電力を医療局の保育器へと回していただけないでしょうか! さもなくば、ティーゲル参謀のお子が死んでしまいます!!」
分娩台の上から、ティーゲルもまた、拘束された手を伸ばして通信機の女王へと必死に訴えかけた。
「へ、陛下……っ、ライアライア様……っ! どうか、私の赤ちゃんを、助けてください……っ!!」
しかし、ホログラムの向こうの女王ライアライア(精巧な偽造映像)は、ピューレルの必死の嘆願を聞いても、眉ひとつ動かさず、まるで道端の石ころでも見るかのような絶対零度の冷酷な瞳でこちらを見下ろした。
『――何を騒いでいるのですか、ピューレル。私はまた、地上の人間どもが攻めてでもきたのかと思いましたよ』
耳を疑うほど冷たく、それでいて紛れもなくライアライア本人の優雅な声色。
『一万年に一度の、私の愛娘・ライオニアの神聖なる誕生祭ですよ? 国中の民が笑顔で空を見上げているこの最高の瞬間に、たかがトラ族の一匹の出産ごときで祝祭の演出を止め、興を醒まさせようというのですか。……身の程をわきまえなさい。トラ族の出産など、祭りが終わるまで後回しになさい』
「……え……?」
分娩台の上で、ティーゲルの思考が完全に停止した。 さらに、ライアライアの隣にいた幼い王女ライオニア(偽造映像)が、可愛らしい顔をプイッと膨らませて、心無い言葉を無邪気に吐き捨てた。
『そうよ、ピューレル! 今日は私のお誕生日なのよ!? お空のキラキラしたお花火やライオンさんの光が消えちゃうなんて、私、ぜったいにイヤ!! ティーゲルの赤ちゃんが死んじゃうのと、私のお誕生日のお祝い、どっちが大事かくらいお馬鹿さんでも分かるでしょ!? 私のお祝いのほうが、何百倍も、何千倍も大事だもん!!』
『うふふっ、ライオニア様の仰る通りですわね』
『まったくですわ。所詮、トラ族など私たち高貴なライオン族(王族)の盾として、戦場で血を流して死ぬためだけに存在する野蛮な武闘派の家系ではありませんか』
『ええ、しかも聞けば、今回のお腹の子は、地上の汚らわしい「知性なき野生の獣」と交わって孕んだ子だそうよ? そのような下賤な雑種の命のために、王女様の輝かしい祝賀の電力を一ワットでも削るなど、反逆罪に値しますわ。ほほほほっ!』
周囲を取り囲むライオン族の王族女性たちが、扇子で口元を隠しながら、ティーゲルと生まれたばかりの子虎を蔑み、嘲笑う声が分娩室に冷酷に響き渡った。
『……そういうことです、ピューレル。二度とこのような下らない件で、私たちの祝宴を邪魔しないように。では、ごきげんよう』
プツンッ。
ホログラム映像が一方的に遮断され、分娩室には再び、子虎の苦しそうな『ミィ……、カヒュ……』という虫の息と、心拍モニターの弱々しい電子音だけが残された。
「……あ……、……あ、あぁ……っ……?」
ティーゲルは、極限まで見開いた黄金の瞳から、血の涙をボロボロと溢れさせながら、消えた通信機の空間を呆然と見つめていた。 今、自分が見たものは何だ。自分が聞いた言葉は何だ。
母アルティグラの代から、命を懸けて忠誠を誓ってきた太陽。 四度の流産に耐え、臨月間近の重い身体に鞭打ってまで、その晴れ舞台を守ろうと尽くしてきた愛すべき主君・ライアライアと、王女ライオニア。 彼女たちが、今、虫の息で死にかけている自分の赤ん坊を「汚らわしい雑種」「お祭りの花火以下」と切り捨て、笑いながら見殺しにした。
「う、うそだ……っ、あんな、あんなのおかしい……っ! ライアライア様が、あんなことを、言うはずが……で、でも、今の映像は、声は、間違いなく陛下と王女殿下で……っ!!」
出血多量による脳の貧血と、出産直後の極限の精神状態にあったティーゲルに、その精巧すぎる偽造映像を見破る冷静さなど、一ミリも残されてはいなかった。 彼女の胸の奥底で、百六十年間ずっと美しく燃え続けていた『王家(ライオン族)への絶対的な忠誠心』が、ガラス細工が砕け散るように粉々に崩壊し、その破片がそのまま自身の心臓を突き刺す『ドス黒い憎悪と復讐の刃』へと変わっていく。
「……くっ、なんという冷酷非道な王族たちだ……ッ! あんまりです、ティーゲル参謀がこれほど王家に尽くしてきたというのに……ッ!!」
その時、通信機の前で拳を握りしめて悔し涙を流したピューレルが、白衣を翻して保育器の前へと飛びついた。
「いいえ、王家がこの子を見捨てようとも、医療局長であるこの私だけは、絶対に諦めません!! 私の尻尾に『魔力抽出プラグ』を繋ぎ、保育器のバッテリーへ直結します! 私自身の七本の尻尾の魔道力をすべてこの子虎に分け与えてでも、私がこの手で心臓を動かし続けてみせます!!」
「えっ……!? ピ、ピューレル様……っ!?」
医療キャレットたちが驚いて目を見張る中、ピューレルは自らの尻尾にケーブルを繋ぐフリをし、保育器の窓から手を入れて、小さな子虎の胸に指先を当てて必死に心臓マッサージと魔力注入を行う「献身的な救命処置の演技」を開始した。
「死なせませんよ、絶対に死なせません! ほら、呼吸をしなさい、小さな子虎ちゃん! 貴女のお母様は、フェリディア最強の誇り高き武人・ティーゲル参謀なのですよ! 私が必ず助けてあげますからね……っ!!」
額に汗を浮かべ、必死の形相で我が子を救おうと奮闘するピューレルの白衣の背中。 大量出血によって急激に視界が暗くなり、意識が深い闇へと沈んでいく中、ティーゲルはそのピューレルの姿を、ぼんやりと霞む瞳で見つめていた。
(ああ……ピューレル……。私は、今までずっと、お前のことを冷血な女だと疑っていた……。それなのに……ライアライア陛下や王族たちが私の赤ちゃんを見殺しにして笑っている中で、お前だけが……政敵であったはずのお前だけが、自分の魔力を削ってまで、私の赤ちゃんを必死に助けようとしてくれているのか……っ)
なんという皮肉。なんという残酷な錯誤。 自分の腹の子にウイルスを仕込み、侍女ミントをミイラにし、直腸に拳を突っ込んで凌辱した張本人である白衣の悪魔に対し、ティーゲルは薄れゆく意識の中で、心の底からの「深い感謝と信頼」の念を抱いてしまったのである。
「あ、りがとう……ピューレル……っ。お前に……今まで、ひどい態度をとって、すまなかった……。たのむ……私の、赤ちゃんを……よろ、しく……」
その言葉を最後に、ティーゲルの頭からガクンと力が抜け、彼女は出血多量と極度の疲労によって、完全に意識を失った。
ピー……、ピー……、ピー……。
ティーゲルが完全に気絶したことを確認した瞬間。 それまで必死の形相で子虎の心臓マッサージをしていたピューレルの手が、ピタリと止まった。
そして、彼女の顔から「献身的な医師の表情」がスッと消え失せ、眼鏡の奥に、凍りつくような爬虫類の嘲笑が浮かび上がった。
「……フフッ。よく眠りましたね、愚かな筋肉だるま。最期に私へ『ありがとう』だなんて……本当に、お腹の底から笑いが込み上げてきますよ」
ピューレルは保育器の中から手を引っ込め、ハンカチで指先についた子虎の血を汚らわしそうに拭き取った。 ガラスケースの中では、魔力供給を止められた『黄色と黒の縞模様の七本尻尾の子虎』が、冷たい金属板の上で「ミィ……、……ミィ……」と、誰の助けも得られぬまま、孤独に小さな手足を痙攣させている。
「ぴ、ピューレル様……っ! て、ティーゲル様は気絶されましたにゃ……っ! で、でも、このお子様への魔力供給を止めたら、本当に死んじゃいますにゃ! お願いです、このまま助けてあげてくださいにゃあ……っ!!」
たまらず声を上げた一匹の医療キャレットを、ピューレルは氷のような視線で振り返り、冷酷に唇を歪めた。
「助ける? なぜ私が、この忌々しいアルティグラの孫を生かさねばならないのですか。……さあ、ここからが本当の仕上げですよ。この虫の息の子虎を私の手で確実に絶命させ、その死体を抱いたティーゲルを、王家への復讐に狂う『最強の怪物』へと仕立て上げるのです」
頭上の地上広場では、王女ライオニアの誕生祭を締めくくる大歓声が、まだ華やかに鳴り響いていた。 そして地下の密室では、白衣の悪魔の前で涙を流して震える医療キャレットの悲劇と、小さな七尾の子虎の最期、そしてティーゲルの心が完全に暗黒へと堕ちる次章(第五話)の幕が、今まさに切って落とされようとしていた――。
(第四話 完)




