#07 BACKLASH
事務所へ戻る頃には、もう燃えていた。
建物の方ではない。そっちは消防に任せてきた。
私の発言の方だ。
エレベーターを待ちながらスマートフォンを開くと、さっきまで自分がいた現場が画面いっぱいに映った。
崩れかけた通路を背に、私が少し笑っている。
『でも、そういう時の方が数字は跳ねるわよ?』
人が死ぬかもしれない映像の方が気になる。そう言って、最後にカメラへ向けた「みんな」まで、きちんと入っている。
仕事が早いわね。
投稿された時刻を見ると、まだ私が下の階で人を受け止めていた頃だった。
私が一人ずつ床へ下ろしている間に、誰かはこの部分を切り出し、字幕をつけて投稿していたらしい。
「イリスさん」
顔を上げると、広報担当が廊下を歩いてきた。
私の手元へ目を落とし、それから、隣にいる撮影スタッフを見る。
「状況は聞いています。着替えたら、少しだけ時間ください」
「ええ」
「怪我は?」
「ないわ」
それを聞いて、彼女は少し表情を緩めた。
開いたエレベーターへ乗り込み、私も一度スマートフォンを閉じる。
グローブの留め具には、細かな粉塵が入り込んでいた。
まずは、これをどうにかしたい。
シャワーと着替えを済ませて会議室へ入ると、壁の画面にはさっきと同じ動画が映っていた。
広報担当は手元の端末を確認しながら、問い合わせの内容を順に説明してくれる。
報道機関から発言の意図について。
契約先から事実関係について。
それから、公式の投稿にも無関係なコメントがつき始めているので、しばらく確認を増やすという話。
初めてではない。
こういう打ち合わせで何を聞かれるかくらいは、私にも分かっていた。
「人命より再生数を優先した、という見出しも出ています。そこは現場の記録に沿って説明します。ただ、発言自体への批判は残ると思ってください」
「そうでしょうね」
「公開用の映像は?」
「今、確認中です。HAFENの映り込みと、避難者の顔や音声の処理が残っています」
撮影スタッフが答えた。
隣の端末には、同じ場所を何度も行き来する再生バーが見える。
「今日は長くなりそうです」
「手間をかけるわね」
「ええ、本当に」
返事が早くて、少し笑ってしまった。
活動報告の案には、HAFENが私の到着前から崩落を抑えていたことも書かれていた。
救助した人数と、消防へ引き継いだ時刻を確認して、端末を返す。
あとは、この人たちの仕事だ。
私が隣で見ていたところで、映像の処理が早く終わるわけでもない。
会議室を出て、窓際の椅子に座った。
水を一口飲んでからスマートフォンを開くと、さっきの動画は別のアカウントにも載っていた。
今度は縦長に切られていて、私の顔が随分大きい。
その下を、指で送っていく。
――普通に引いた
――またこいつか
――人が死ぬかもしれないって話で笑えるの怖すぎる
――すまん顔が良すぎて何言ってるか入ってこない
――こういう奴がいるから女は顔で得するって言われんだよ
――主語でっか
――この顔で見下されたい
――切り抜きだけで叩いてる奴はフル見ろ
――フルでも普通に言ってるが?
――こいつWIRRAとも笑って話してたやつだろ
――子供抱えて落ちたとこも載せろよ
――助けたら何言ってもいいのか
――助けてもらっといて文句言うなよ
――お前誰に言ってんの?被害者が文句言ってるなんて書いてないぞ
その返信欄を開くと、さらに何十件も続いていた。
最初は私の発言について話していたはずなのに、途中から互いのプロフィールを持ち出して罵り合っている。
最後の方では、もう私の名前すら出てこなかった。
元の画面へ戻る。
――新人の方誰?まともじゃん
――バス止めた人じゃね
――憧れの先輩がこれとかかわいそう
――憧れてるなんて誰も言ってないだろw
――新人も現場でレスバすんなよ
――片手で建物止めながら仕事してるんだよなあ
――おっぱいしか見てなかった
――こんなののスポンサーどこ?
――もう問い合わせた
――【動画】発言の一部始終はこちら↓
――そのリンク踏むな
同じ文章と同じリンクが、その下にも三つ並んでいた。
それを通り過ぎたところで、見覚えのある映像が出てくる。
今より少し髪が短い。
口元に血がついていて、片方の頬が腫れている。それでも画面の中の私は、目の前の相手を見て笑っていた。
あら、懐かしい。
再生すると、すぐに拳が飛んできた。
私はそれを受け、そのまま殴り返している。相手が倒れるより先に映像が切れ、別の日の戦闘へ移った。
――昔からこういうやつ
添えられているのは、その一文だけだった。
あの時の相手は強かった。
一度殴り倒したくらいでは止まらず、私が笑うと、向こうまで笑い返してきたのを覚えている。
最後まで見ると、映像の隅に小さく、別のアカウント名が残っていた。
元はファンが作った戦闘のまとめだったらしい。
それを保存して、今度は私を嫌っている人間が使っている。
――これ初めて見た、やば
――懐かしすぎる。当時これで無理になった
――何年前の持ってきてんだよ
――昔からこうだから何?
――相手も殺しに来てるんだから別によくね
――いや楽しむ必要なくない?
楽しむ必要ね。
そんなことを言われても、楽しかったのだから仕方ない。
さらに下には、若い頃のインタビューまで貼られていた。
戦闘を終えた直後で、まだ息が少し上がっている。差し出されたマイクへ、私は何のためらいもなく答えていた。
『怖くなかったですか?』
『怖かったわ。だから楽しかったんじゃない』
ああ。これもあったわね。
当時は質問されたから答えた、くらいにしか思っていなかった。
その返事を聞いて誰がどう感じるか、あとで何度説明を求められるかまでは、あまり考えていなかった気がする。
今なら、もう少し言い方は選べる。
はず。
――最近大人しくなったと思ったらこれ
――まともになったんじゃなくて喋らなくなっただけだろ
――昔の方が好き。今は変に取り繕ってる
熱心ね。
私が昔どんな顔で殴っていたのか、今何を言ったのか。探して掘って。
まるで、私のどこかに本当の私が隠れているとでも思っているみたい。
水を飲みながら読み進めていると、一つだけ、長い文章が目に留まった。
――この建物に家族がいました。連絡もつかなくて、映像を探していたらこれが流れてきました。助けてくださったことには感謝しています。でも、あの時間を思い出すと、笑っている顔を見るのはつらいです。
その下には、もう返信がついていた。
――本当に家族?
――証拠は?
――嘘松乙
――本当でも嘘でもそれ言う必要ある?
――助かったんだからよかったじゃん
投稿を開いてみても、普段は食事や買い物の写真が載っているだけだった。そこに今日のことが一つ混ざっている。
返信を書きかけて、やめた。
確かめたいことはあったけれど、私がここへ返事をすれば、それだけでまた人が来る。
近くを通った広報担当へ画面を見せた。
「これ、確認しておいて。被害者向けの窓口に連絡が来ていたら、そっちで対応お願い」
「分かりました」
彼女が投稿を控えるのを待ってから、画面を閉じた。
ソフィアからは、記事のリンクと一緒に、短いメッセージが届いていた。
『またやってる』
返事を打っている途中で、着信へ切り替わった。
通話を取ると、向こうで何かを開けるような音がした。
「何食べてるの?」
『まだ食べてない。今から』
「そう」
『腕、大丈夫? 何人も受け止めてたじゃん』
「少し疲れたくらいよ」
『ならよかった。あれ、私には無理』
「でしょうね」
『少しは否定してよ』
ソフィアが笑った。
私も椅子へ深く座り直し、肘掛けに腕を載せる。
『イリスはさー、なんであそこであんなこと言うの』
「聞かれたから」
『聞かれたことにだけ答えてるわけじゃなかったけど』
あの新人の表情を思い出す。
何を言われたのか分からない、という顔から、はっきりと嫌悪へ変わるまで、ほとんど隠そうともしなかった。
「真面目な子だったわ」
『そりゃ怒るでしょ』
「ええ。怒ってたわね」
『楽しそうに言わないの』
今日、何度目かしら。
電話口からは小さく息を吐く音がした。
『あ、今日の写真、すごい伸びたね』
「昼の?」
『そう。さっきまた流れてきた』
通話を繋いだまま、あの投稿を開く。
肩を寄せて立つ私とソフィア。投稿した女の子の喜んだ文章はそのままだったが、その下には、昼にはなかった言葉が増えていた。
――LUMEAは付き合う相手選んだ方がいい
「あなた、友達を選べって言われてるわよ」
『もう選んだあとなんだけど』
答えが早くて、思わず笑った。
『笑ってないで。今度ご飯奢って』
「どうして奢るのよ」
『心配料』
「はいはい」
店は私が決めるからね、と言い残して、ソフィアは通話を切った。
画面を閉じようとして、写真の下にもう一つ、短いコメントがあるのに気づく。
――撮ってもらった本人ですけど、勝手にかわいそうなことにしないでください。嬉しかったのは変わらないです。
投稿した女の子の返事だった。
その下にも、すでにいくつも返信がついている。
応援する人。発言の件を持ち出す人。本人がいいならいいだろうと怒る人。
その怒っている人へ、また別の誰かが言い返していた。
私は昼の写真を、もう一度見た。
真ん中にいる女の子は、少し肩を上げて笑っている。
撮り終わったあとも、何度も礼を言っていた子だ。
あの時はあんなに緊張していたのに、ずいぶんはっきり言えるのね。
少し眺めてから、スマートフォンを伏せた。




