#03 BETWEEN CALLS / 01
「フラッシュ入ります!」
白。
「もう一枚!」
また白。
「イリスさん、そのまま! 顔だけ少し上げて!」
視界が戻るより先に、正面からもう一度光が弾けた。
「右のライト、もう少し落として!」
「レフ上げます!」
「髪、左だけ直しますね」
「そのまま動かないでください!」
あちらこちらから声が飛ぶ。
数人のスタッフが入れ替わるように近づいてきて、髪を整え、ドレスの裾を直し、照明を動かし、また離れていく。
「イリスさん、もう少し顔を上げてもらえますか?」
「こう?」
「あ、ほんの少し下です」
何度やっても、この微調整は難しい。
「もうちょっと右で」
注文の多いこと。
次は身体中に塩を揉み込んでください、とでも言うつもり?
「はい、そこで止めて。目線だけください」
カシャ、とレフの跳ね上がる小気味よい音がスタジオに響く。
一度だけではなく、二度、三度とシャッターを切り、その度に視界が一瞬白に染まった。
黒いドレスの袖口から覗く左腕には細身の腕時計が嵌められている。
細い黒のベルト。銀色で縁取られた深い赤の文字盤だけが、光を受けて静かに煌めく。
これ一本で、一般的な会社員の年収くらいはするらしい。
もし仮に、今ここで火災報知器が鳴ったとしたら、この人たちは私とこの時計、どっちを優先するのかしら。
「……イリスさん、ちょっと笑ってます?」
「笑ってないわ」
どうやら顔に出てしまったらしい。
カメラマンが困ったように口を開く。
「今回はもう少し、こう……冷たい感じが欲しくて」
「冷たい感じ?」
「そうです。近寄りがたいというか」
「近寄りがたい顔、ね」
口元から力を抜き、僅かばかり顎を上げて見下ろすようにカメラに視線を向ける。
「あ、それです」
カシャ、カシャ、と続けて音が鳴る。
「はい、以上です! ありがとうございました!」
すぐにスタッフが駆け寄ってきて腕時計を慎重に外し、細かなホコリを丁寧に拭き取った。
「あれ? イリスじゃん!」
聞き覚えのある声に顔をあげると、私のダークブラウンとは対照的なハニーブロンドの髪が目に入る。
「ソフィア」
「何してるの?」
「撮影よ、時計のね」
そう言いながら、先程まで腕時計の嵌めてあった場所を指差すと、ソフィアはスタッフが持っていく箱を目で追った。
「あー、そこ取ったんだ」
「それで、ソフィアは何してるの?」
「もちろん新作の撮影。どう?」
そう言って、ソフィアは自分の頬を指差して笑った。
淡い色の乗った頬が持ち上がり、それにつられて青緑の瞳が細くなる。柔らかな金髪が頬の横で揺れて、光を拾った毛先がやけに明るく見えた。
さすがはソフィア・エリーズ・ベリエ。相変わらず、笑うだけで絵になる女ね。
「綺麗ね。似合ってるわよ」
「ふふっ、じゃあRAUSCHのお墨付きって売り文句も付けようかな」
「あら、ギャラは貰えるのかしら」
「お友達価格でね」
ソフィアは楽しそうに笑って、もう一度自分の頬を指先で軽く叩いた。
「冗談。炎上の多いイリスは賭けの部分が多いし! それに今回はちゃんとLUMEAの名前だけで売るつもりなの」
「賢明ね。そもそも今さら私のお墨付きなんて要らないでしょう」
《LUMEA》。
それは彼女のヒーローネームであると同時に、それ自体が一つのブランド名にもなっている。
服も、化粧品も、アクセサリーも。
三角形のプリズムが一つ入っているだけで、発売前から何万人もの人間が写真を保存し、発売日には列を作る。
三角形のプリズムは彼女を示すシンボルで、左耳には同じ形の小さなピアスをいつも付けていた。
「今回はチークなのね」
「そう、春の新色!」
「へえ」
「その顔、興味ないでしょ」
「色にはね。何本売れるかには興味あるわ」
「ほんっとイリスって感じ」
「どういう意味よ」
ふふっ、と笑ったソフィアにスタッフが遠くから声をかける。
「ソフィアさん、次は一時半からお願いします!」
「はーい」
明るく返事をしてから、ソフィアはもう一度こちらを向いた。
「ね、イリス、この後空いてる?」
「夕方までは空いてるわ」
「じゃあ、ご飯行こ。私も次まで時間あるから」
「いいわよ」
即答すると、ソフィアは満足そうに笑った。
「決まり。近くに行きたいお店あるの」
「あら。用意がいいじゃない」
「でしょ」
ソフィアはスタッフに少しだけ声をかけると、置いてあったバッグを手に取り、当然のように私の隣へ並んだ。
スタジオを出て廊下を歩きながら、隣のソフィアを見る。
ソフィアは人気には価値があると思っている。
誰かが自分に憧れて服を買う。
化粧品を買う。映画を見る。
そこに金が動いて、人が動いて、その金でまた別の仕事ができる。
それもヒーローの仕事でしょ、と以前言っていた。
別にそれが間違っているとは思わない。
私だってスポンサーの金は使うし、広告にも出るし、数字が伸びれば嬉しい。
ただ、それ自体に大した意味があるとは、やっぱり思えなかった。
「何?」
隣から声がした。
「何が?」
「さっきから私のこと見てる」
「見てただけよ」
「また変なこと考えてたでしょ」
「あら、失礼ね」
ソフィアは疑わしそうにこちらを見る。
「まぁいいけど」
エレベーターで一階まで降り、スタジオを出る。
外はよく晴れていて人が多く、ものの数十秒で何人かがこちらに気づいた。
「あ、LUMEAだ」
「待ってRAUSCHもいる!」
「生のRAUMEAだ!」
何人かのスマートフォンがこちらを向く。
お互いのヒーローネームをまとめて、そう呼ばれ始めたのはいつだったか。
最初に誰が言い出したかは知らない。
仕事で一緒になったり、互いの配信に顔を出したり、一緒に食事をしているところを撮られたり。
何度もそうしているうちに、いつの間にか世間では私たち二人をセットでそう呼ぶようになっていた。
「写真いいですか!」
「もちろん」
そのまま何枚か写真を撮り、手を振って別れる。
結局、店に着くまでに同じようなやり取りを5回繰り返すことになった。
「イリス見て。もう上がってる」
食後のコーヒーを飲みながら、ソフィアがスマートフォンの画面をこちらに向ける。
私とソフィアが肩を寄せて立っている写真。これは最初に声をかけてきた女の子のものだ。
@mii_06
最高!
RAUMEAと写真撮った!!
生で見ると2人とも細すぎてヤバい
12:41 ・ 18.2万表示
♡ 8,486 ↻ 2,907
ーーほんもの???
ーーRAUMEAきた!!!!
ーーこの二人が同じ画角にいるだけで強すぎる
ーーRAUSCH様今日も顔がいい
ーーここどこ?
ーーLUMEAかわいすぎん???
ーーRAUSCH、LUMEAの隣だとちょっと表情柔らかいよね
ーー↑わかる 普段より口角上がってる
ーーRAUSCHの服どこの???
ーー付き合ってる?
ーーWIRRAとRAUSCHのツーショットはよ
ーー↑ヴィラン召喚すんな
ーー↑は?WIRRA様は神なんですけど
ーーまた金持ち同士で遊んでる
ーーもうヒーローじゃなくて芸能人じゃん
「あら、十八万も」
「ね。やっぱ二人だと強いね」
「あなた一人でも大して変わらないでしょう」
「変わるよ。イリスと一緒だと明らかに初速いいもん」
ソフィアが少し口を尖らせながら画面を更新する。
「あ、二十万いった」
「早いわね」
「今日なんかあったっけ。みんな暇なのかな」
「失礼ね。私たちに需要があると言いなさい」
画面上の数字が、更新するたび少しずつ増えていく。
「そういえばさ」
スマートフォンをテーブルへ置いて、ソフィアが言った。
「この前の崩落、大変だったんでしょ?」
「まあ、それなりに」
「それなりって。映像見たけど、結構危なかったじゃん」
「そうね」
「そうね、じゃないでしょ」
結局どちらもヒーローだ。二人で食事をしていれば、いつの間にかこうやって事件や事故の話になる。
ソフィアがコーヒーに口をつける。
「RETTARも行ってたんだっけ?」
「後からね。私が地下に入った頃は、別区画の救助に回ってたみたい」
「おかげで死者ゼロだって。やっぱすごいよね」
「そうね。救助では勝てないわ」
「イリスがそういうこと言うの珍しい」
「そう?」
「だって負けず嫌いじゃん」
「事実は事実よ。私より上手いもの」
少なくとも救助に関して、彼と張り合うつもりはない。
瓦礫を吹き飛ばすなら私の方が速い。ヴィランが混ざれば、私の方が役に立つ場面も多い。
でも、火災や崩落の中から人間を見つけて、最も安全な道で外へ連れ出す。
それを競うなら、彼の方が間違いなく上。
要は適材適所というやつだ。
「てか最近多いよね。崩落とか火災とか」
「能力犯罪よりはマシでしょう」
「どっちも嫌だよ」
ソフィアが即答した。
「あ、そうだ。高架の事故見た?」
「バスが落ちかけたやつ?」
「そう!」
ニュースで見た覚えがある。確か、若いヒーローが止めたとか。
名前はーー
「HAFEN」
「そう、それ」
ソフィアが頷く。
「すごかったよ。バス丸ごと固定したんだって」
「《HALTAR》だったかしら。触れた対象を固定する能力よね」
「そう! 時間止まってるみたいに止めててさ。それで結局、全員助けたらしいよ」
「ええ。だから覚えてたのよ」
「あ、そこ?」
「バスを止めただけなら、たぶん忘れてたわ」
映像では、最後の一人が降りるまで彼もバスに残っていた。
新人らしい。
まだ二十歳だったかしら。
「随分いい子みたいね」
「そうだね。SNSでは結構評判いいよ」
「そうよね」
だからこそ興味がある。
バス一台なら、全員を助けられた。では二台なら?
もしも一方を支えている間に、もう一方が落ちるとしたら。
どちらかしか選べないとしたら?
それでも彼は、同じ顔で「全員助けます」と言えるのかしら。
「ふふ」
「……出たよ、イリスの悪い癖」
ソフィアが呆れたように言った。
「何よ」
「今、絶対ろくでもないこと考えてたでしょ」
「失礼ね」
「趣味悪いよ、ほんと」
ソフィアはそう言いながら、別に本気で咎める様子もなくコーヒーを飲んだ。
それからしばらくは、ヒーローとは何の関係もない話をした。
あの店のコーヒーは前より高くなったとか、ソフィアが最近髪を少し切ったとか、私がそれに気づかなかったとか。
途中でソフィアがまた例の投稿を確認すると、表示数はいつの間にか三十万を超えていた。
「伸びてるねえ」
「伸びないよりいいでしょう?」
そんな話をしているうちに、テーブルの上のカップはすっかり空になっていた。




