#14 ON LIVE / 01
「イリス、もう少しこっち」
「こう?」
「うん。あ、そっちのカップ映るから下げて」
言われたとおりにカップを脇へ寄せると、代わりに小さなケースが三つ、テーブルの中央へ並べられた。
淡いピンクと、少し赤みの強いもの。それから、私にはピンクというより茶色に見えるもの。
どれも蓋には三角形のプリズムが入っている。
「これ、前に撮影してたやつ?」
「そう。今日から発売」
「なるほど」
だから呼ばれたのね。
ソフィアの隣で正面のモニターを見ると、まだ配信は始まっていないが、コメントだけは次々と流れていた。
――待機
――間に合った
――買ったよー
――まだ仕事なんだけどアーカイブ残る?
――RAUMEA久しぶりじゃない?
――駅前のやつ見てから来ました
――今日何時まで?
――音ないの私だけ?
「もう一万人いるわよ」
「告知してたもん」
「私、さっき知ったんだけど」
「昨日送ったのに。見てなかったでしょ」
見た。
時間と場所だけ。
カメラの横にいるスタッフが手を上げた。
ソフィアが姿勢を直し、私も椅子へ座り直す。
指が三本、二本と折られていき、最後に小さく合図が出た。
「こんばんはー」
ソフィアが手を振ると、モニターの中でも少し遅れて同じ手が動いた。
「今日は新作チークの発売記念配信です。それで、隣にいるのが」
「こんばんは」
「紹介する前に喋るじゃん」
「待つ必要あった?」
――きたあああ
――こんばんは!
――顔がいい
――最初からこれw
――二人とも無事でよかった
――ルメアの髪戻ってる
――そりゃ洗うだろ
「髪、戻ってるって」
「見えてる。戻ったよ、ちゃんと」
ソフィアが毛先を持ち上げる。
駅前で見た時には粉塵で色まで変わっていたハニーブロンドが、照明を受けて柔らかく光った。
「あの日、洗っても洗っても何か出てくるの。もう嫌になっちゃった」
「私も靴は駄目になったわ」
「え、あれ駄目だった?」
「底に何か刺さってた」
「うわ、危な」
「脱いでから気づいたのよ」
――そんな軽い話なの?
――足は大丈夫だったんか
――あの靴どこの?
――今聞くことかよ
――LUMEAの救助動画ほんと泣いた
――STOSSAの配信から来た
「足は平気よ」
答える間にも、コメントが上へ消えていく。
靴のメーカーまで答えようとしたところで、ソフィアがテーブルのケースを手に取った。
「はい。で、今日はこっちです」
「仕事熱心ね」
「そのために呼んだんです」
蓋を開け、カメラへ向ける。
小さな鏡に照明が反射しかけたが、ソフィアが手首を少し傾けると、ケースの中まで綺麗に見えるようになった。
「三色あるんだけど、今日はイリスにこれ使ってみようかなって」
「聞いてないわよ」
「昨日送ったよ」
「そう」
ソフィアが笑いながらブラシを取る。
「顔、こっち」
「はいはい」
「はいは一回」
頬へ柔らかい毛先が触れた。
ソフィアは画面と私の顔を交互に見ながら、何度か同じ場所を撫でていく。
こうして近くで見ると、相変わらず肌が綺麗ね。
本人が売っているものを本人が使っていて、この顔なのだから、欲しくなる人間が多いのも分かる。
「何?」
「別に」
「動かないでね」
――近い
――ありがとう
――ブラシもLUMEA?
――イリスされるがままで草
――この色イエベでもいける?
――私にもやってほしい
「ブラシもそう。今、下に出てるやつね。色はね、けっこうなんでも合うから店頭で試してみるといいかも」
私の顎へ軽く指を添え、顔の向きを変える。
「ほら。片方だけだと分かりやすいでしょ」
モニターを見ると、確かに塗られた方は少しだけ顔色がよく見えた。
「どう?」
「いいんじゃない?」
「もうちょっと何かない?」
「似合ってるわ」
「自分で言うんだ」
ソフィアは笑いながらブラシを置いた。
スタッフが画面を切り替え、私の顔が大きく映る。
――ほんとだ
――こっちの色買えばよかった
――全部買った私に隙はない
――顔が違うので参考になりません
――それはそう
――買いたいけど給料日前
「給料日まで待ってて。限定じゃないから」
ソフィアがすぐに答えた。
「なくなったら?」
「また作るよ」
「じゃあ急がなくていいわね」
「そういうこと言う!」
「あなたが言ったのよ」
画面の端で、スタッフが口元を押さえていた。
反対の頬にも塗ってもらおうと顔を向けたところで、ソフィアがコメントを指した。
「SONNELちゃんの配信でも見たって」
――昨日使ってたよ
――朝の番組もこれだった?
――娘が同じの欲しいって言ってる
――ソネルちゃんRAUSCH来るの知ってるかな
「先に送ってたんだ?」
「うん。気に入ってくれたみたい。嬉しい」
ソフィアがケースを閉じる間に、私は流れていくコメントの中から、自分の名前を拾った。
「私が来るの、何か関係あるの?」
「あの子、イリスのファンなんだって」
「そうなの?」
「この前、仕事で一緒になった時に聞かれたよ。普段もあんな感じですかって」
「どんな感じよ」
「今みたいな感じ」
随分と幅の広い答えね。
――ソネルちゃんずっと言ってる
――前からファンだよ
――知らなかったの本人だけw
――見る目ある
――あるか?
――子供番組でRAUSCHの話していいんだ
最後のコメントに、少し笑ってしまった。
「子供番組って私NGなの?」
「話の内容によるかなあ」
「あなたまで」
SONNELは、子供向けの番組やイベントでよく見かける。
現場からの映像でも、泣いていた子供が彼女の声を聞いて顔を上げるところを何度か見た。
いい仕事をする子だと思う。
ただ、私の何がそんなに気に入ったのかは、少し気になる。
「何て答えたの?」
「だいたいあのままだよって」
「そう」
「あと、普通にご飯食べるし、買い物もするって」
「普通のことじゃない」
――草
――食事中もあの顔なのかは気になる
――血肉食べてそう
――うちの子はヒーローは寝ないんだって言ってる
「寝るわよ。起こされることもあるけど」
「分かる。やっと寝たところでね」
「あと十分早く呼んでほしかった、って思うわね」
「それか、あと三時間遅く」
ソフィアが頷いたあと、カメラへ向き直る。
「あ、呼ぶ時はちゃんと呼んでね。今のはただの愚痴だから」
――夜勤明けワイ共感
――今日も仕事おわらん
――寝ていい?
――歯磨いたら寝なさい
「ファンといえば」




